元 服 「基信、相馬の言い分についてはそちも知っておろう」輝宗は渋い表情で側近の遠藤基信に言った。
「はい。相馬が言うには今は亡き稙宗公が遺言で相馬へ伊達郡の一部と信夫郡の一部を与えるといったような内容のこと」
「うむ、上杉のことはどうにかなったが相馬はしつこい。父上(晴宗)が病床にある今、伊達家もどうにか一つにまとまりはじめた。しかし相馬の物言いがいつなんどき伊達家を再び分裂せしめることとなるや。現に亡き爺(稙宗)の忠義な家臣達が爺の遺言ならそうせねばならんと言い出しておるのだ」
「ならばどうでしょう、相馬がこの世には既にいない稙宗公の名を出すなら、われら伊達家はこの世にいる者の名を出し、事をはっきりさせては」
基信はうっすら笑みを浮かべて言った。
「この世にいる者の名だと」
輝宗は一瞬伊達の縁戚関係にある者の顔を頭によぎらせたが、すぐに基信のいうこの世にいる者の名を左手でピシャリと膝を叩いて口に出した。
「そうか、梵天丸か」
「はい。殿は伊達家の頭領、故に相馬の言い分は二代も前の話なれば、梵天丸様におかれては三代も前の昔話になります。さらに梵天丸様は相馬が頼りとする稙宗公直々の所望で縁組となった最上家との間に授かりし若君なれば、稙宗公へ義のある家臣達も迷いがなくなるかと思います。さらに・・・」
「まてまて、その後のそちの言わんとしていることは察しがつく」
輝宗は笑いながらそう言い、基信の口を止めた。そして今度は輝宗が多少興奮気味に言った。
「我が嫡男である梵天丸が戦に加われば伊達軍の士気が高まる。もはや父上と爺の時代の伊達家ではない、伊達家は生まれ変わっている。梵天丸の口から相馬へ遺言話は戯れ言と言わせればよい。そして一気に相馬を討ちのめす」
輝宗は意を決すると、まずは梵天丸の師である虎哉禅師へ相談のため資福寺を訪ねた。
「和尚、わしの考えは間違っておりましょうか」
輝宗がさぐるような表情で虎哉禅師に問うと、虎哉禅師は無表情で答えた。
「間違ってはせんが、間違っておる」
「間違ってはいないが、間違っているとはどういうことでしょうか」
輝宗は虎哉禅師のとんちのような答に戸惑った。合点のいかぬ表情の輝宗に対し虎哉禅師は話を続けた。
「ならばお聞かせしよう。輝宗殿の物言いでは明日にでも若君を戦場に連れ出さんと言わんばかりに聞こえます。もしそのようなお気持ちなら、まずは若君の元服式を急ぐのが順序、なぜなら成人に満たない10才そこそこの倅を戦場に連れ出したとなれば伊達家はそこまで切羽詰まっているのかと世のもの笑いとなりましょう」
「そのようなことなれば梵天丸の元服式を取り急ぎおこないます。そうすれば梵天丸は戦場に・・・」
「いや、まだ早い」
虎哉禅師は輝宗の口をふさいだ。
「この度のいきさつは相馬のいう稙宗公の遺言話とのこと。ならば祖父の晴宗殿より元服の祝いとして伊達郡と信夫郡を若君へ贈らせればよい」
「なるほど」
輝宗は虎哉禅師の知恵に感心した。さらに虎哉禅師は話を続けた。
「そして元服をした後は嫁とりじゃ」
「なんと梵天丸に嫁をとらすと言われるか。いやはや和尚にはそのようなお戯れを、梵天丸はまだ11才・・・」
輝宗が笑いながらそう言うや否や虎哉禅師は声を張り上げて言った。
「輝宗殿、若君が嫁をとるには若すぎるというなら、そのような者を戦場にに連れ出そうという輝宗殿も戯れか!」
輝宗はそう言われると我に還り何も言えなかった。
虎哉禅師は呆然と己の顔を見つめる輝宗に対し少々強く言いすぎたと思い、輝宗を慰めるような口調で話を締めくくった。
「若君の嫁とり話の噂が近隣に広まれば、伊達の嫡男はもうそのような大人になったと思われよう。それも眼に見えぬ戦力のひとつになるまいか、のう輝宗殿」
輝宗はまたひとつ虎哉禅師の知恵の深さに感心し、深々と礼をして資福寺を出た。
そして天正5年11月15日、梵天丸は元服式を向かえた。
式場には伊達家重臣達が列席し、正装に身を包んだ梵天丸が輝宗に挨拶をした。
「父上、この度は元服の義仰せつけられたる事、恐悦至極に存知奉ります」
「うむ、ようできた」
ひととおりの儀式が済むと輝宗は一本の巻物を手にしながら梵天丸の右手に立つと重臣達に言った。
「皆の者よく聞け、我が嫡男梵天丸はこの時よりはや梵天丸にあらず。」
輝宗はそう言うと手にしていた巻物を一気に広げた。そしてそこには輝宗直筆のひとりの人間の名が書かれていた。
「我が嫡男の名は今より伊達藤次郎政宗と名乗る」
重臣達は皆喜びと驚きの入り交じった声で政宗の名を口にした。特に伊達家の血族である伊達実元、留守政景は驚きの方が強かった。その理由はすぐに輝宗の口から説明される。
「皆も知っておるとおり、政宗とは我が伊達家中興の祖といわれる武勇名高き九代目大膳大夫政宗公のこと。これまではわしを含め名の一字を将軍より頂いていたが、我が嫡男より伊達家を新たなものにしたい。そこで政宗公の名を頂戴した由。皆の者、ここに居るは政宗なり、されば今まで以上に伊達家への奉公を努められよ」
「ははー、元服の義、御目出度うござりまする」
重臣達は皆深々と頭を下げ、その後誰からと無く一気に歓声があがった。その様子を見る輝宗は満足な表情を浮かべていた。が、その式場の中でただひとり複雑な表情をしていたのは政宗本人であった。
「藤次郎政宗・・・、俺にこの名を名乗る資格があるのか・・・」
政宗は心の中でつぶやいた。
この翌月、晴宗がこの世を去った。皮肉にも他国とではなく実父稙宗との確執に生涯を翻弄させられた晴宗は「梵天丸が伊達政宗・・・、わしも政宗公と合戦を共にしたかった・・・」と眼をにじませた。享年59才。
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