疱瘡(ほうそう)
輝宗の梵天丸にたいする期待は大変なものであった。輝宗は梵天丸のために最高の教育環境を整えんがため側近の遠藤基信(えんどうもとのぶ)と相談した。

「基信よ、梵天丸は伊達家の世継ぎなれば相応の人間を側に仕えさせねばのう」

「御意、されば以前より梵天丸様の傅り役としてうってつけの人物を見立ててございます」

「ほう、そのような者が基信にはすでにいると申すか」

「はい、その者、名は片倉小十郎と申しまして、歳は11、米沢八幡の神職景重の次男にござます」

「なんと、武将の家筋ではなく八幡神社の子とな」輝宗は基信の意外な答えに驚いた。

「されば人物の中味に武将も神職もはたまた百姓も関係ございませぬ。現にわたしも修験者の子であれば、それでもどうにか殿のお側でこうして仕えさせておる次第。この小十郎なる者まだ子供なれど俊才かつ剛直な性格の持ち主とわたくしは見ております。いわゆる文武に秀でておりますわけで、必ずや立派な傅り役となることと信じております」

「わかった。基信がそれほど申す者ならばこの輝宗もそのほうに従うしかあるまい。早速呼び寄せるとしよう。なれば養育の問題だが、武家の嫡男たるもの実母には育てさせられぬ。故に乳母はどうしたものか」

「されば、これも小十郎の異父姉に於喜多と申す者がおります。この女、義姫様に負けず劣らずの剛なる性格、乳母という役目上義姫様とも少なからぬ確執もありましょう。要は義姫様と渡り歩かねばならぬ身分と考えておりますれば。また梵天丸様におかれましても逞しくお育ちになるものと存ずる次第」

「なるほど、あいわかった。ときに於喜多は小十郎の異父姉と申したが、父親が違うとなれば於喜多は誰を父親にもっておるのだ」

「このことは他人のお家のこと故、わたくしの口からはなんとも・・・」

「かまわぬ、申してみよ」

「はあ、実は父親は良直殿にございます」

「なに、良直というとあの鬼庭良直がことか」

鬼庭良直は伊達家の重臣である。後に入道となり「左月」と名乗る。後に人取り橋の合戦においてすさまじい討ち死にを遂げる。

「はい」基信は少々うつむき加減に返事をした。

「なるほどのう、良直の爺にもいろいろあるのだのう。そうだ、良直には綱元というこれも文武に秀でた嫡子がおったの。綱元にも行く行くは梵天丸の側に仕えてもらわねばならぬのお」

こうして輝宗は梵天丸の近従の者達を手際よく決めていった。

そして5年の月日が経ったある日のこと、毎朝決まった時刻に起床する梵天丸がこの日にかぎってなかなか起きてこないため、乳母の於喜多は梵天丸の寝所へ様子を見にいった。

「若様、いつまで寝ておられるのですか。伊達の頭領となられるお方がこのような寝坊助では困りますよ」

於喜多は梵天丸を包みこんでいる布団を剥いだ。するとそこには顔を真っ赤に腫らし、熱にうなされている梵天丸の姿があった。

「ああなんたること、誰か、いますぐお医者様を呼んで参れ、若様が・・・」

まもなく医者は現われ、足早に梵天丸の寝所へ向かった。梵天丸の側にはすでに輝宗の姿があった。

「梵天丸よ、医者が来たからにはもう心配ないぞ」輝宗は梵天丸の手をとり、励ました。しかし医者は梵天丸の姿を見ただけですぐに病の名を口にした。

「これは疱瘡です。しかもかなり重い・・・」

「なんと、疱瘡だと!」

輝宗はその病の名を聞くと逆上した。なぜなら戦国期では現代と違い、疱瘡は命に関わる重病のひとつであり、当時の医療技術ではおよそ5割から6割がた助からぬ状況であったからである。

「母上、母上・・・」熱にうなされた小さな口は母の義姫を呼んでいた。

「お義はいったいなにをしておる。いつ山形からもどってくるのだ!」

輝宗は叫んだ。

義姫はこの時実家の最上家のもとへ帰っていた。理由は義姫の父である義守と兄の義光が仲違いをし、合戦に至っていたのである。その親子の争いを止めに女の身でありながら甲冑姿で仲裁に入っていた。義姫の説得により最上父子の問題は解決し、この様子はすぐに奥州一帯に広まって更に義姫の評判は高まった。

「どうにかならんのか、梵天丸を死なせてはならん、絶対に死なせてはならん」輝宗は医者を押し倒しかねない勢いで懇願した。

「とにかくできる限りのことはいたします」

医者は責任の重さを感じながらも冷静に輝宗に応対した。しかし2日、3日と過ぎても一向に梵天丸の回復の兆しは見えてこなかった。輝宗は最後の頼みと思い遠藤基信に言いつけた。

「基信よ、長海を呼べ、こうなれば神仏に頼るのみだ」

翌日長海上人は祈祷の道具を一式揃え、梵天丸の寝ている隣の部屋に祈祷の場を造った。そしてすぐに祈祷ははじまった。

義姫は梵天丸の急を知り、急ぎ米沢城へ向かっていた。

「梵天丸が疱瘡にかかっただと?実家の最上家はあのような情けない状態、そこへもって梵天丸が死んだらわたしの計画はいったいどうなるのじゃ」

義姫はそう口走りながらひたすら米沢城へ馬を走らせた。祈祷がはじまってまる二日が過ぎようとしていたとき、義姫はようやく米沢城に着き、着替えもせず梵天丸のもとへ向かった。

「お義よ、いったい何をしておったのだ。梵天丸は毎日のように母上、母上、とそなたを呼んでおったのだぞ。このようなときこそ母親の情が梵天丸を救うなによりの頼みだとそなたは思わぬのか!」

日頃義姫にはやさしい輝宗もこのときはさすがに強い物言いとなった。しかし義姫も簡単には聞き入れなかった。

「なれば申します。殿は梵天丸が生まれると間もなくこのわたくしから梵天丸を奪ってしまわれたではないですか。そのような状態でどうしてこの子に愛情を捧げられましょう。わたしが育てていればこのような病は防げたでしょうに」

義姫の理屈は輝宗を逆上させた。

「なんたる物言い、そこへなおれ!」

輝宗は刀に手をかけた。そのとき於喜多が二人の間へ止めに入った。

「殿、奥方様、どうかおやめください。お二人がそのような状態では若様をよくしてくださる神様も退散してしまいます。お願いですからどうか・・・」

二人は於喜多の言葉を聞くと冷静さを取り戻した。梵天丸は苦しそうな声で義姫を呼んでいた。

「母上、母上、」

「おお、梵天丸、母はここじゃ。ちゃんとここにおるぞ」

義姫は梵天丸に顔を見せるように側へつき、梵天丸の手をとった。

それから数日後、風船のように膨れていた梵天丸の顔は以前の愛らしい顔立ちにもどり、赤みもひいた。

「母上・・・」

梵天丸は左眼を開け、義姫を呼んだ。

「おお、梵天丸が気をもどしたみたいじゃ」

義姫がそういうと、すぐに輝宗が身をのりだし、それに続いて於喜多、小十郎他付き添いの者も皆身をのりだした。そして梵天丸が言葉を発した。

「母上、梵天はお腹が空きました」

「なんと、お腹が空いたと」

義姫はもちろん輝宗も於喜多もその他皆が驚いた。医者がすぐに梵天丸の熱を計り、脈をとると笑顔で輝宗に言った。

「大日菩薩様が疱瘡を持って行ってしまわれたようです。よって梵天丸様はもう大丈夫です。」

輝宗はそれを聞くと涙を流して喜んだ。

「ようがんばったぞ梵天丸。さすがは我が伊達家の嫡男。これだけ心配かけさせおって、その終いが腹が空いただと。なんたる物言い、そなたは大物じゃ」

梵天丸は一命を取り留め、いままでの生活を再び取り戻した。

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