序 章

「なに、父上が実元(さねもと)を越後へ入嗣させるだと、今は少しでも兵力を温存せねばならぬ時に。しかも実元は伊達家の血族ではないか、父上はなにを血迷っておるのか」

伊達家15代当主晴宗は父稙宗の突然の決定に唖然とした。

奥州守護職を得た稙宗のさらなる野望は奥州一帯に伊達氏を中心としたネットワークの確立であった。

11男6女をもうけた稙宗は晴宗を除いてすべて奥州の諸豪族に入嗣または嫁がせていた。このような政略結婚において三男の実元は越後の大守上杉定実(さだざね)のもとへ入嗣させることが決定されたのである。しかも100騎の精鋭部隊を添えて出すというものであった。越後は大国である。伊達氏が上杉氏を守り、かつ親族となることによって伊達氏の安泰は確かなものになるとの判断からであった。さらに稙宗は娘の夫である相馬顕胤(そうまあきたね)に伊達郡の数ヶ村を分け与えることも決定していた。このようなことに対し晴宗の家臣団からは反発の声が上がっていた。

「越後へ100騎の精兵が行ってしまったら伊達軍は蝉のぬけがら同然となろう」

「相馬に恵む土地があるのなら、我ら家臣に恵まれよ」

このような家臣団の声によってついに晴宗は立ち上がった。晴宗伊達軍と稙宗伊達軍は近郊の諸豪族を巻き込んで大乱となった。世にいう「天文の乱」である。この大乱は7年間に及んだが、ときの室町幕府将軍足利義輝(あしかがよしてる)の停戦命令によって終止符を打つこととなる。

天文の乱の余韻醒めぬ伊達家は稙宗派と晴宗派の対立によりその勢力は弱まっていた。そのような状況下、晴宗の長男「輝宗(てるむね)」が家督を継ぎ伊達家16代当主となった。輝宗は祖父と父の尻拭いのような戦に奔走せねばならず、領土の拡大どころか侵略を食い止めることが精一杯であった。さらに輝宗は信心深く善良な心の持ち主であったため武将として生きるにはいささか不向きな人物でもあった。そのような輝宗の性格を見抜いていた近隣の諸豪族は隙あらばと伊達領を狙っていたのである。伊達家の将来を危ぶんだ稙宗は考えた。

「このままでは伊達家は衰退するばかり、ならば伊達家にふさわしい世継ぎをもうけねばならぬ。されば羽州の最上義守の娘にお義という男勝りの姫がおるそうな。ぜひとも輝宗の嫁に欲しいものだ」

政略結婚の才ある稙宗はさっそく最上へ縁談を申し込んだ。

最上義守は娘の義姫に伊達家からの縁談話を聞かせた。

「伊達がそなたを欲しいと言ってきた。伊達の当主輝宗は武将の長には値しない弱い人間というもっぱらの噂だ。稙宗の時代ならまだしも今の伊達にはなんの魅力もない。お義よ、この縁談別に断わってもかまわぬが、そなたの考えを聞かせてもらえぬか」

「父上、わたしは喜んで申し受けいたしとうございます」義姫は冷静に答えた。

「なんと小心者の輝宗の嫁になりたいと申すのか」

「はい、なぜならこの縁談、最上家にとっては良縁と思いますので」

「なにゆえ良縁と思う」

「されば、輝宗殿の世継ぎとして生まれた我が子を人質に伊達家を最上家にいただきたいと思います。力は衰えたとはいえ、奥州探題の伊達家、まだまだ奥州への影響力はあるでしょう。なれば羽州探題職である我が最上家は奥州探題職も兼ね、名実ともに奥羽の覇権を握ることでしょう。」

義守は娘の言葉に頼もしさと恐ろしさを感じ心の中でつぶやいた。「お義が男として生まれておれば・・・」

かくして義姫は伊達家に嫁ぎ、輝宗の正室となった。

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