会津若松城(鶴ケ城、黒川城)跡

 

天正17年(1589)政宗が入城するまではおよそ400年間奥州の名族蘆名氏の居城であった。蘆名氏4代直盛が現在の若松城の地に黒川館を築き、後に改修されて黒川城となった。常陸の佐竹氏から養子として蘆名家を継いだ義広が最後の黒川城主である。黒川城主はその後伊達政宗(約1年間)、蒲生氏郷(7層の天守閣を築く。城の名を鶴ケ城と改名)、加藤明成(天守を5層とし、現在の形態となる。)、保科(松平)と変わっていく。

戊申戦争では有名な白虎隊が奮戦したが、ついに城は落ち、明治7年に取り壊された。現在の天守閣は昭和40年に復元されたものである。

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