
そして数年が過ぎ、去年の春。その小説風に言うならば(笑)、ワタシはいくつかの精神的トラブルを抱えていた。これ以上しぼっても1滴の何も出ないような心をリセットするために、ワタシもハワイでピナ・コラーダを飲む必要があったのだ。
「パンコール・ラウ」を選んだのは母だった。ワタシの海外旅行の相方はいつも母であり、今回もそうだった。友達がいないせいもあるけれど、例えいたとしても、1週間未満の旅費に数十万をつぎこむような愛嬌のある友人は見つかるまい。
逃避行先は、美しいビーチでピナ・コラーダが飲めなくてはいけないので、当たり前のように「南の島」になる。勝手に決めて申し訳ないから母には「楽園リゾート写
真集」を見せてリゾートを選んでもらった。
それが1島1リゾートの「パンコール・ラウ」だった。
ワタシたちにとって、(ほとんど)初めての滞在型旅行、そして南の島体験だった。
今となれば、南の島の定番と分かるけれど、アイランド・ホッピング(島めぐり)は啓示的だった。ワタシたちはそこでシュノーケルを初めてやり、そして熱帯魚の竜巻きにまかれる。
それからは展開がはやい。はや過ぎるほどだ。
8月にダイビング・スクールに申し込み、9月には来年夏のモルディブ旅行を代理店にリクエスト、同時に器材を揃え、10月にはライセンスを取得した。11月には旅程があがり、あとは3月の旅費算出を待つだけ。
パンコール・ラウは、どこまでもシックなリゾートだった。ワンピースは場違いだが、金の指輪ぐらいはしないと落ち着かない、と言うていどに、ビーチでピナ・コラーダを頼めば、支配人が挨拶にくるていどに。海や太陽までも、上品なフィルター越しに眺めている感じがした。