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目次 江田島海軍兵学校・教育参考館とは 一、教育参考館拝観の心構え 二、稀代の名将――東郷平八郎元帥・ネルソン提督の遺髪 三、日本最古の写真―勝海舟遺影― 四、部下を気遣い壮烈な戦死―広瀬武夫中佐― 五、東郷ターンで国難を救った―東郷平八郎元帥― 六、全員配置についたまま殉職―佐久間勉艇長と第六号潜水艇― 七、アメリカの国力を知り開戦に反対―山本五十六元帥― 八、祖国を愛し続けた日本画家―横山大観― 九、見敵必殺の闘将―山口多聞中将― 十、兵学校出身のすべての戦没者、殉職者の名を刻む銘牌 十一、決死の奇襲兵器―特殊潜航艇― 十二、特殊潜航艇及び特攻隊の名を刻む特攻隊銘牌 十三、生還を期さない必死の部隊―特攻隊員の遺書― 十四、特攻隊編成の責任を取り自決―大西瀧治郎中将― おわりに ―命永らえて戦後を生きた人々の思い 《コラム》海軍兵学校の歴史と教育 海軍の藩閥支配を打破し近代海軍組織を創出した山本権兵衛 歴代校長のユニークな教育方針 アメリカ海軍にも影響を与えた「五省」 編集「日本を愛した勇士たち」製作委員会 「江田島海軍兵学校・教育参考館とは」 「貴様と俺とは同期の桜 同じ兵学校の庭にさく」で 始まる軍歌「同期の桜」で有名な江田島の海軍兵学校を ご存知でしょうか。アメリカのアナポリス、イギリスの ダートマスとともに世界三大兵学校としてその名を知ら れた日本海軍の幹部養成機関です。 (中略) ところで、海軍兵学校には、日本人として、また海軍 軍人としての誇りを生徒たちに教育する教育参考館とい う施設がありました。これは大正14年(1925)、 当時の校長谷口尚真中将が海軍大臣の承認を得て、第二 生徒館内に設置したものです。以来、戦没者の遺品や数 多くの記念品が蒐集され、参考館に保管展示されました。 昭和11年(1936)には、卒業生や一般有志の浄財 によって近世古典様式の立派な建物がつくられています。 昭和20年、大東亜戦争の敗戦によって海軍兵学校は 廃校となり、教育参考館の資料の多くも処分されました が、昭和27年に日本が独立を回復すると、同地に幹部 候補生学校や術科学校が創設され、教育参考館も再建さ れました。現在ここには、難を逃れた戦前の貴重な資料 と、戦後新たに蒐集された遺品、遺影など約16000 点が所蔵され、うち約1300点が展示されています。 現在の教育参考館は自衛隊の教育施設ですが、一般の 拝観も可能で、幕末から大東亜戦争までの間に祖国のた めに散華された方々の思いや願い、生き方に触れること ができます。 本冊子「日本を愛した勇士たち」は、この教育参考館 の展示の中から、代表的なエピソードをその展示順に取 り上げ、教育参考館を訪れる青少年の方々にその感動を 反芻し温めていただければとの願いをもって製作されま した。勿論、青少年以外の方にも、また現在のところ参 考館を訪問される予定のない方にも是非読んでいただき たい内容の冊子です。 本冊子を、祖国と同胞のために自らの人生を捧げた 戦没者の方々に思いを致す縁としていただければ、これ に過ぎる幸福はありません。 (以上、引用) ※参考「五省」 一、至誠(しせい)に悖(もと)るなかりしか 一、言行(げんこう)に恥(は)ずるなかりしか 一、気力(きりょく)に?(か)くるなかりしか 一、努力(どりょく)に憾(うら)みなかりしか 一、不精(ぶしょう)に亘(わた)るなかりしか |