T混声合唱組曲「働くということ」より 目覚めの朝
 
日本のうたごえ50周年記念の委嘱作品で、片岡輝さん作詞、池辺晋一郎さん作曲の4曲構成の作品の1曲目となっています。
 労働者の朝の風景から始まり職場での一日の出来事・・、朝出勤する人と反対に夜勤で向こうから帰ってくる人とすれちがう雑踏の様子など、大きな職場でならば綺麗に掃除した職場でそこで働くこと自体がちょっとロボットになってしまいかねないような冷え冷えとした様子が詩から伺えます。
 現代社会において働く人達の現状を如実に表した作品です。
(参考/季刊日本のうたごえ)

U陽気に生きようこの人生をさ 
 1970年代に創作されたうたはともに踊りも広がりました。宮沢勝之さん作詞、作曲。 ―うたがいのちを持つーずいぶん昔につくられたこのうたは人々の暮らしや人生の中で様々な生命を吹き込み一人旅を続けているーと作者の宮沢さんはおっしゃっています。
 98年から99年、京都のうたごえ50周年記念第1弾!「カウントダウンおけらうたう会」でのこと。円山公園での寒空、とにかく寒い。ふるえが止まらない。しかも小雨・・暖かいものを食べたり呑みながら、またキーボードなど楽器を守りながら4時間歌い通した30名(通し)の皆さん。その中で何回歌ったか覚えていないほど歌った曲で、唯一というか一番人気のあったのがこのうたでした「夢が夢があるから…・」の所になると若者がどっと集まってきました。
 決まった踊りではないけど、わあーっと踊り出す。そんな雰囲気に若い人達も前の踊りを知ってる世代もこの曲を全然知らない壮年世代もみんなが楽しめました。
 人は誰もが、もっともっとすてきにいのちを輝かせることができるはずだからそんなふうに生きていきたらいいね、生きていきたいね!・・そう呼びかけるこのうたに共感する人が多いと思います。そんな思いをもっともっとたくさんの人たちと確かめ合えたら。
 この未来が見えにくい、こんな「今」だからなおさらに…。
  (参考/音でつづる日本のうたごえ半世紀) 

V人間のうた
 1987年4月、国鉄がJRに解体再編され、この激動の渦中で100人を超える国鉄労働者が自殺に追い込まれました。
 どれほどつらかったことでしょう、せめて歌で彼らを弔いたいと思い立ったのが山ノ木竹志さんでした。(作詞、作曲。)作者自身も84年に目を患い、療法を求めて九州から関東まで尋ね歩いた経験があります。ある療養所で半年間ほど入院し、病者と苦楽を共にするひと味違った人生があったそうです。病気を抱えて生き暮らす多くの人々にであった作者は心のひだにふれる中で「辛くなったらいつでも心で口笛を吹く(チェーホフ)」すべも学んだそうです。
 「死を択んだ」仲間を心に抱き、 生き残った者は生き通して、国鉄復権の道を歩んで欲しい、そんな思いを真ん中に据え、励ましてくれた難病者の人達を思い起こして書かれたのがこのうたです。
 「過労死」という会社の歯車になって自ら死を択んだひとたちに今生きている私 達の思いがこのうたで届けられたらと思います。
  (参考/うたごえ新聞)

Wひまわりの花のように
  50周年京都のうたごえCステージプロジェクト作詞/作曲。
 4月29日立命館大学国際平和ミュージアム中野記念ホールで行われた〜メーデー前夜祭〜京都職場のうたごえ交流会〜で初演されたこのうたは「ひまわりの花のようにを歌い広めたい」のメンバーたちの手によりすべての地域祭典を走り回り色々な人達の心の中にに浸み入りました。
 京都で起こった過労自殺死を契機に、過労死認定裁判を支援しようと、支える会のメンバー、ご家族、職場、青年が集まって、裁判の事や職場の実態、働く事への思いを出しあい、心と心を寄せ合いつくったのがこの曲です。支える会の機関誌のタイトルが「ひまわり」で、これは「ひまわりはいつも太陽を向いて、そんなひまわりのようにいつも前を向いて生きていきたい」という思いと、弁護士を目ざす過労自殺された労働者の長女。弁護士バッジはひまわり。このうたへは歌を作ることが初めての支える会のメンバーが積極的に関わってくれ、ストレートにその思いを汲み上げてつくられました。生き生きと働きたいと願ってたたかっている労働者の思い、自分の将来に夢をもちたいと願っている学生、青年の思いを包み込み、 前向きにせいいっぱい明るく生きようと願うすべての人達にエールを送りたいと思います。

 

これはメモリアルとして保存してある内容です。
連絡先などは消しています。

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