2003年を歩く

平成15年正月

新年明けまして、おめでとうございます。
今年も、よろしくお願い申し上げます。

今年の正月はのんびりしすぎて、ホームページの更新が遅れました。
1日の元旦は家族全員で近くの氏神様にお参りに行き、2日は妻の実家・相模原に行き、昨日3日は、
午後から雪降る大手町に行き、私の母校と長男の大学の箱根駅伝を応援に行きました。
残念ながら両校とも10位以内には入れませんでしたが、健闘しました。なによりも今年は、繰上げスタート
がなく、全校が「たすきリレー」出来たことが良かったですね。
大手町からその足で秋葉原に行き、パソコンのビデオカードを買いました。昨年の暮れ、ようやく有線ブ
ロードネットワークスの光ファイバーインターネット回線が引かれたので、私のパソコンを高画質に改良す
ることにしました。暇が出来たなら、映像中心の3つ目のホームページを作りたいと思っています。
今日の4日は昨日夜更かしをして遅く目が覚め、午後からはNHKの昔の大河ドラマ「秀吉・太陽の子」の
総集編を見たら夕方になってしまいました。その途中に、近くの環状7号線で事故らしいすごい音がした
のですぐに外に出て行くと、ワゴン車が横転していたので直ぐに自宅に戻り警察に連絡、救急車・消防車・
パトカーの順に到着。幸いガソリン漏れはなかったですが、意識不明の運転手が気になりました。
そんなことで、やっと正月ボケから目が覚めました。

さて、21世紀の幕が開けて2年が過ぎましが、21世紀は私が子供のころに思い描いていたような明るい
未来社会になるのでしょか。科学の進歩と比例して、人の心も神仏の精神に近づいて行けば良いのです
が、そうはならないようです。それは、自分自身にも言えることです。
NHK大河ドラマの秀吉の様に、人は力を得ると思い上がってしまうのでしょうか。
反面、この世は幾多の生きもの・人々が共存して成り立っていることを忘れているのか意識して目を向け
様としないのか、世の中に無関心な人が多くなって来たのでしょうか。政治や他人事に、非常に無関心な
人が多い気がします。
最近社会的地位のある人が地位を利用して犯罪を犯したり、それを見過ごしたり。また、毎日の様にあら
ゆる犯罪が横行しているのも、人の欲深さと社会の無関心から来ているのでしょう。
金銭欲・物欲等あらゆる人間欲が激しく渦巻いている現代社会において、他を思いやる心、ささやかな幸
せ、小さな夢・希望を育める家庭、学校、職場、社会であってほしいと思います。
子供のころ、寒い正月に家族で火鉢にあたりながら餅を焼き「ささやかな幸せ」を感じた様に、私自身も年
を取る度に、嘗て思い・見えていたことを失わず、おごり高ぶらず、謙虚に生きて行きたいと思う正月です。

近所の氏神様にて 箱根駅伝往路・大手町
平成15年元旦 選手を写しそこないました
なんと、デジカメ電池切れ

                                                  2003年1月4日

平成15年1月13日(月曜)成人の日

11.12.13日の3連休は、長女が海が見えるところに一人旅したいと急に言うので前々日の夜にインターネットで
検索し、千葉県・鴨川のプチホテルに11・12..13日の2泊3日旅行を予約する。但し、母親と2人との旅になりまし
た。そんな分けで、私と長男そしてラッキーの男組は留守番となりました。
鴨川のプチホテル「ブランシェ」は、食事がイタリアンなことと犬1匹と猫2匹が仲良く暮らしているのも気に入った
ようです。可愛そうなのは1月11日に19歳になった大学1年の長男、私と2人との夕食になってしまいました。
鴨川では天気がよくとても暖かい日よりのようで、鴨川シーワールドでイルカとの触れ合いでは、ウエットスーツ
を着用して母娘共に上半身夏の格好で、イルカと触れ合ったそうです。
彼女らが話した様子やデジカメのスナップを見て、私もいつか行きたいと思います。

プチホテル「ブランシェ」 母娘、イルカと触れ合う
のペット達と

平成15年3月30日(日曜)

3月も明日で終わり、もう春の4月です。
とうとうこの冬は、小淵沢の山小屋に行かずに過ぎてしまいました。
昨日・今日は比較的天気も穏やかなので行きたかったのですが、年度末の仕事の疲れと、高校時代の同窓生
よりゴルフコンペのホームページ立ち上げを依頼されていたので、中止しました。
4月は、各土曜日に仕事や長男の大学・父兄会役員の会合があったりしてなかなか行けそうにありません。
今日は運動不足なので、妻・ラッキーと近くの北沢川緑道を散歩してきました。
桜は3分から5分咲きといった感じでしたが、いろいろなとこで花見の宴会が行われていました。

来週が見ごろかな ラッキーと私
妻が撮影

平成15年4月13日(日曜)〜14日(月曜)

12日土曜に休日出勤したため、14日(月曜)に代休をとって、ようやく、今年初めての山小屋行きとなりました。
ラッキーも連れて来ようかと迷いましたが、小屋の掃除や庭の手入れ等のためラッキーの面倒を見れないので、
13日(日曜)に都知事選挙の投票後、私一人で来ました。
久しぶりの新鮮な空気と八ヶ岳の山々、そして夜は素晴らしい星空(月明りが少し邪魔していましたが)を観るこ
とが出来た、ホットした一泊旅行でした。
久しぶりの八ヶ岳を仰ぎ、また今年の夏は登山したいと思いました。
しかし、現在の体力や長男大学の父兄会役員の仕事等を考えると、無理な気もします。
いずれにしても、もっと体力つくりをしていこうと思います。

八ヶ岳 小海線 能楽殿
小渕沢の牧草地から 甲斐小泉駅より 八ヶ岳・身曾岐神社 内

平成15年5月2日(金曜)〜4日(日曜日)

今年初めて、妻とラッキーと来ました。
娘も来るはずでしたが、直前に友人との約束が入りスッポかされました。
おかげでアウトレットに行かずに、出費が少なく済みました。
短い滞在でしたが天気が良く、のんびり過ごしました。
ただ4日の夜9時に東京に向かい帰りましたが、すごい渋滞で翌日の午前
2時30分ごろの到着となってしまいました。5日早朝に帰宅すればよかったと、
後悔しました。
また最近左肩が50肩になり、腕が真直ぐ上がらなくなりました。
ここ数年、毎年夏に赤岳登山をしていましたが、今年は、夏までに左肩の状
態が良くなればいいのですが、厳しくなりました。

小淵沢町から
八ヶ岳を望む
八ヶ岳高原大橋
から八ヶ岳連峰を望む
山小屋にて

平成15年5月9日(金曜)〜11日(日曜日)

2週連続でこちらに来たのは久しぶりです。
今回は家族全員で来たかったのですが、娘は友人等の約束があり来れませんでした。
大学2年の長男が、中学3年時から数えて5年ぶり以来に珍しく同行しましたが、ほとん
ど寝てばかりでした。
小屋から出かけたのは、私と長男が小淵沢町営の「延命の湯」に行ったぐらいで、妻は
小屋からほとんど外に出ませんでした。
下半身に障害が発生したラッキーも、こちらに来ると元気になり一生懸命歩きます。特に
今回は長男が一緒に来たせいか、長男との散歩は生き生きとしていました。
家族と自然に癒されているのが、よく分かりました。

これから公私とも忙しくなり、来れなくなります。
喧騒に満ちた東京での生活のなかで、来れる機会がありましたらまた出来る限り来たい
と思います。
5年振りに訪れた長男はあまり語りませんが、今回どんな思いでを持ったのでしょか・・・
私も長男も、それぞれ別に赤岳登山をしましたが、いつか一緒に登山したいと思うのは、
子離れ出来ない親の勝手な思いなのでしょう。

山小屋で 八ヶ岳ウエスタン牧場 山小屋の庭で
久しぶりに長男とのショット 長男が幼き頃に妹とポニー
の乗馬に訪れた牧場
同じく幼き長男・長女が遊ん
だ私自作の滑り台は、朽ち
始めて来ました。長男は、久
し振りにそれを眺めていまし
た。
後方は物置とした中古ワ
ゴン車で、だいぶ痛んで来ま
した。月日の長さを感じます。

平成15年8月6日(水曜)〜7日(木曜日)

私の夏休み
に合わせて、5年ぶりに家族全員で山小屋に来ました。

もう家族全員でここに来ることは無いだろうと、昨年の9月にちっぽけな車に乗換えた為に、
4人とプラス・ワンでは少々手狭な往路ドライブとなりました。高速道路の途中から、今年春に
免許を取得した長男が山小屋まで運転しました。妻は、私よりも上手な運転と褒めていました。
その長男は、7日夕方よりスーパマーケット厨房掃除のアルバイトの為、7日pm12:44のあすさ
で東京に一人帰宅。
やはり長女は8日お昼より友人と会う約束をした為、8日の朝一番に電車にて帰宅させようと思い
ましたが、台風10号が迫ってきたのと、東京の母屋に暮らしていた87歳の実父が今年になり背骨
の圧迫骨折で半寝たきり状態でしたが、ごく最近持病の喘息と肺気腫が併発して救急車で緊急
入院したため、兄達に任せて来たとはいえ後ろ髪を引かれる思いで来たこともあり、10日(日曜日)
まで夫婦プラス・ワンで滞在しようと思っていましたが、急遽、長男が昼に帰宅した7日夜の夕食後
に東京に帰宅しました。
結局、1泊2日の短い滞在でしたが、6日は家族全員で温泉に行きゆっくりしました。
7日は皆で小淵沢アウトレットに行き、妻と娘、私と長男の2組となり別々の行動で過ごし、途中で
私は長男を小淵沢駅まで見送り、小屋で留守番のラッキーが気になり小屋に戻りました。
そして、夕方まで妻と娘がタクシーで帰宅するまで、ラッキーと昼寝をして過ごしました。
その夕方、ラッキーの散歩後に、ご近所の指宿さんの奥さんと高浪さんの奥さんと愛犬アバ君が
散歩して来たので、私の妻・娘・ラッキーを交えて路地端会議となりました。
娘は、昨日に続いてまた「小淵沢の森の妖精」アバ君と会えて、ご満悦でした。

長男は初めて
中央高速を運転
山小屋で5年ぶりに
家族全員のスナップ
アバ君に会えて、
ご満悦の娘

追加訪問 8月10日(日曜日)

忘れ物とガス・水道の元栓を閉め忘れた気がしたので、台風明けの本日、私だけで初めて日帰りで山小
屋訪問する。
なんとガス・水道の元栓はキチット閉めてありました。先日慌てて帰宅したので、ちょっとボケました。
天気は良かったのですが、八ヶ岳は雲がかかっていました。スパティオ小淵沢で温泉につかり昼寝して
から帰宅しました。6日から12日火曜日まで夏休みなので11日月曜の朝に帰宅すればよかったのですが、
入院している父のことが気になり、日帰りとしました。
中央高速下りは、笹子トンネルを抜けてから小仏トンネルまでひどい渋滞でした。
今年は私自身も50肩になり登山はしないつもりでしたが、その他にも公私とも忙しくなり、そして父が入院
となり、しばらくは山小屋に来れそうにないので、今回は念のため冬支度までして帰宅しました。

南麓からの八ヶ岳 1時間ほどの昼寝でした

平成15年8月24日(日曜)

先週の後半からやっと夏日がやって来ました。
昨日、娘が急に海に行きたいが友人との都合がつかないとのことで、私が車で本日朝6時に娘と湘南海岸に
向かいました。

最初は私の意見で多少海のきれいな大磯海岸に向かうため東名高速に乗りましたが、途中の港北サービス
エリアで娘と再検討した結果、浜崎あゆみさんの海の家「レインボーハウス」がある鵠沼海岸に方向転換する
ことにしました。鵠沼海岸には早朝に到着したため、9時より開く駐車場に車がズラリとならんでいました。
ならぶのと9時まで待つのが嫌なので、今流行の100円パーキングを探し回り運良く1台開いているところが見
つかりました。午前中で大分日焼けしたのと、道路が混むこと、娘が思ったより海が汚かったこと、娘が昨夜ほと
んど寝てないこと等で、お昼前に海岸を後にしました。
それでも、娘も私も海で水着姿になったのは久しぶりで、潮風と波の音を心地よく感じて帰宅しました。

帰りは第三京浜出口から比較的近い父の入院している病院に、娘とお見舞いに行きました。
その病院で、母と長男夫婦、次男兄貴と合流しました。
父は一時意識不明の状態で現在は意識が回復したものの、まだ予断を許さない状況が続いています。
食事が出来るぐらいに回復させて、はやく自宅に戻してあげたいと思っています。

早朝より日光浴しました RAINBOW HOUSE
にて

平成15年9月7日(日曜)

今年の短い夏は、終わりました。
今日は曇り空で、空気は秋の気配を感じます。
下北沢の床屋に行ったら、北沢の祭りで神輿が出ていました。

先月末8月28日(木曜日)の午前9時35分に、私の実父(87歳)が病気療養中の病院で死去しました。
病院は私の勤め先から徒歩で18分ほどのところでしたが、病院から私の勤務先に緊急連絡が入り10分
ほどで来れますかと電話がありました。仕事を引継ぎもせず他の人に任せ会社を出るも、タクシーがつか
まらず、病院まで走りました。私だけどうにか父を看取ることが出来ましたが、母や兄妹は間に合いません
でした。
喘息・肺気腫そして肺炎を併発して、一時意識障害を起こしていましたが、意識も戻り比較的落ちついた
父に戻って、息を引き取る前は苦しまなかったのが、私達家族にとってせめての慰めとなりました。

生前の父は何よりも家族を大切にする人でした。旧国鉄の技師としてちょっと堅物な性格でしたが、決して
豊かな経済状況でないにも関わらず、私達3人の息子を大学に出し妹を専門学校に出してくれました。
私が高校・大学時代に祖父母を失くし、昭和天皇を亡くした年に義父を亡くし、私の身近で昔の日本を語っ
てくれる人がまた亡くなりました。
父は胸の病気で戦地には行きませんでしたが、国鉄職員として東京大空襲や戦前・戦中・戦後の混乱等を
大変な思いで生き抜いた人でした。多くを語りませんでしたがなによりも平和を尊びました。そして、個人同
士の争いごとも大変嫌いで、個人を尊重して言葉少なかったでしたが他人を思いやる人でした。

私は、そんな父に育てられた3男坊(実際は終戦まもなく長男を失くしているので4男)ですが、少々我がま
まで自由奔放な面があります。父のようにじっと我慢することがあまりできず、思ったことをすぐに有言実行
してしまうところがあります。そんな私のために、いろいろな人に苦労を掛けたと反省する思いがあります。
特に妻や子供に、私の考えや思いを強要して来た気がします。
これからの私は、父のように平安を尊び、じっと耐える心とその自然な姿を少しずつ持ちたいと思っています。
そして、現代の日本社会の悪い面の「個人主義と利己主義を履き違えてしまった社会風潮」に染まらず、本
来の意味での「個人を尊重する個人主義」の考え方で、他を思いやる心を失わないように生きて行きたいと
思います。

私の子供たちは、同じ敷地の母屋に住んでいたおじいちゃんの闘病生活と死に向かい合い、少々ショック状
態のようでしたが、乗り越えて成長してくれると思います。毎日母屋に行き、お線香をあげています。
母は、毎日私達兄弟夫婦・孫達や犬猫に囲まれて、ボケないよう頑張っています。

ここの近況報告は、父の49日の法要が過ぎるまでしばらくご無沙汰します。

お通夜 告別式

平成15年11月7日(金曜)〜8日(土曜)

久しぶりに山小屋に来ました。
父の49日も過ぎ、先週土曜日に休日出勤をした代休を取り、ようやく自分だけの時間を作りました。
不思議なことに50肩の具合が、父の49日を過ぎて良くなり、痛みも取れて通常生活に支障がなくなりました。
そんなことで、今回は久しぶりの足慣らしで飯盛山ハイキングをすることとしました。
7日朝8時30分ごろ東京を発ち直接に飯盛山を目指しました。この日は、暖かな良い天気でした。
翌日8日は、山小屋の大掃除と冬の準備をして夜8時30分に東京に戻りました。
また当分の間、土日は公私とも自分の時間が持てそうにありません。でも1度は冬の八ヶ岳を見に来たいと
思っています。 9日の今日は、衆議院選挙。

山小屋周辺は 飯盛山山頂にて 八ヶ岳高原大橋から
冬に向かいつつあります 後方は八ヶ岳連峰 主峰の赤岳を望む

平成15年11月24日(月曜)

勤労感謝の月曜日に、父が国鉄の鉄道技師で唯一父が転勤した青梅市沢井に、妻と行きました。
今回は私でなく、妻からの希望で行きました。
ここは、青梅市といっても奥多摩に近い自然豊かな土地で、私が幼児期に2年ほど暮らした思い出の地です。
この幼児期の思いが、やがて「八ヶ岳南麓の小さな生活」につながりました。
昼食は、今や観光地となった小沢酒造経営の「ままごと屋」にて豆腐懐石料理を食べました。清酒「沢の井」も飲
みたかったのですが、車だったので我慢して、父へのお供え物も含めお土産としました。
少々寒かったですが、紅葉を見ながらの散策は、良い思い出になりました。
桜咲く来年の春に、また行きたいと思います。

沢井・青梅街道沿いから ハイキングコースの
楓橋・沢の井園を望む 多摩川から沢井町を望む