人間関係に巣くう魔物
”全体”という化け物
  
人の心には、不都合なことに、奇妙な性質があります。
その奇妙な性質は、もしかすると人間に必要な性質かもしれません。
私が小さい頃、ある時、何かぼんやりと考え事をしていました。
そこは道路でした。ダンプカーがバックしていました。
私は全くそのことに気がつきませんでした。
バックしているダンプカーが、私に近づいていました。
私は、ダンプカーが近づいてくるのを見ていました。
でも、それなのにダンプカーに気がつきませんでした。
ぼんやりと何かを考えていたからです。
あと20cmというところで、親が私を助けました。
その時、私は「あっ!」っと気がつきました。
人の心は、同時に複数のことに注意を払うのは苦手なのです。
それから、もう1つ!
似ているものは、同じもの!!
心理学では、般化と言ったりします。
ニュースで、何か凶悪な事件が報じられると、世の中全体が凶悪な世の中になってしまったように感じませんか?
学校の教師が、事件を起こしたというニュースが、何度も報じられてきました。
そうすると、学校の教師全体がくだらない人物のように思えてきませんか?
つまり、特定の情報なり経験から、
★いつもそうに違いない!
★みんなそうに違いない!
★どいつもこいつも同じだ!
と、広げて解釈してしまいがちなのですよ。
人の心は、事細かく厳密に情報を分類することが苦手で、あいまいに解釈するのは得意なのです。
つまり、一部の部分に注目すると、他の部分が見えなくなり、それを全体的な事へと広げちゃう!
そして、人間関係上に、”全体”という名の化け物が生まれちゃったりするのです。

それは、複数の人間をまとめて”みんな”という全体にしちゃう。
”みんな”と言う全体にまとめると、個々の人間が見えなくなります。
それから、一人の人間を相手にしても、
あの人はあんな人、この人はこんな人、その人はそんな人、と、その人の人物を全体的に一言で解釈してしまう。
一人の人間が様々な部分を持つことを理解できなくなってしまいます。

「あんな良い人が、こ〜〜〜んな恐ろしいことをするなんて、信じられな〜〜〜い!」と叫ばねばなりません。
明るく朗らかな人は、いつでも明るい!などと信じ込まなくてはなりません。
また、「明るくなりたい」などと、”全体”という化け物を目標にして、途方に暮れなければなりません。
”全体”という化け物を取り扱うには、とても強力な推進力が必要で、かなり成功率の低い話なのです。
だからこそ、部分に注目したいのです。
”みんな”の中には様々な人がいて、一人の中には様々な部分があるのです。
”みんな”を、個人という部分に個別に注目すると、不思議なことに、今までと違った”みんな”が見えてきます。
一人の人物から、その人のいろいろな側面を見いだすと、不思議なことに、また違う印象を持ちます。
ところが、「複数の部分を発見すること!」って、やってみると結構難しい事がわかりますよ。
そして、難しいと感じますが、それは出来ることです。
”全体”という化け物と戦うよりは、はるかに簡単だとわかるでしょう。

もし、あなたの知人にとてもイヤなヤツがいるとしましょう。
その人の、とてもイヤな部分を痛感して、そのイヤな部分を全体へと広げているかもしれません。
そして、そのイヤな部分以外の部分をどれくらい発見できるだろうか?
挑戦してみる価値はあると思っています。
おもしろいことが発見できるから!

それから、もし自分の性格を変えたい!としましょう。
”性格”という全体を扱おうとすると、どうにもなりません。
自分は、どういうときに限り、どのように振る舞う部分を育てたいか?と考えて見る価値はあると思っています。
  
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