複数の流れ
単に言葉のやりとりではない!
  
コミュニケーションというと、会話。
会話というと、言葉。

結局コミュニケーションとは言葉なのか?と考えると、答えは「NO」になります。
言葉の変わりに、絵に描いて見せてもいいし、身振り手振りでも伝えられます。
言葉は、コミュニケーションの手段の内の一つ!
2人で通りを歩いていたとしましょう。
そして、1人が、カレーライスのとてもおいしそうな香りに気がつきます。
そして、相手の方を、ポンポンとたたいて、ニコニコ。
カレー屋さんの方を、指さして、ニコニコ。
これで、充分通じます。
思えば、まだ小さい小さい子供の頃、まだ充分に話せなかった頃、私たちは泣いたり笑ったり怒ったり「あ」とか「うー」とか声を出したり、それで充分にコミュニケーションをしていきました。
つまり、コミュニケーションは「伝えること」と「伝わること」。
その手段は、必ずしも「言葉」でなくて良いはずなんです。
ところが、言葉が話せるようになると、あまりにも言葉に頼りすぎます。
言葉はとても便利だから、当然のことですね。
しかも、普段からあまりにも言葉に頼りすぎているということを意識していません。

私などは、日本語だけに頼って生きております。
ある時、電車に乗っていると、面白い状況に出くわしました。
外国人の団体旅行の集団が、私の乗っている車両にどっと入ってきて、気がつくとその車両の中では、私以外は全員外国人!
みんな楽しそうに騒いでおりました。
日本で、こんな面白い状況は、またとない!
私は、いいチャンスだと思い、話しかけようとして、みんなが話している言葉に耳を傾けておりました。
「どうも、英語ではなさそうだな!かといってドイツ語のようでもない。」等と考えておりました。
言葉のことばかりに、気持ちが向いてしまって、いったい何をどうすればいいのかわかりません。
改めて、自分がどれほど言葉に頼っているのか、思い知らされましたねえ。
逆に、言葉にあまり頼らないコミュニケーションをする人なら、その状況で楽しく過ごしたのかもしれないなあという思いが残りました。
さて、話は変わって、
では、言葉が伝達手段の重要な要素だとしても、コミュニケーションは「言葉」を伝えるものではなく、言葉を使って「何か」を伝えるものですね。
私たちは、何を伝え合うでしょう。
先ほどのカレー屋さんの話なら、香りや空腹感、食べたいという欲求、意志!
何か他の話をしていても、カレー屋さんのいい香りがしてくると、急に話題が変化してくるかもしれない。
嗅覚、視覚、痛覚、触覚、などの感覚機能、感情、欲求、思考、それらを統合した意志、そう言ったものを伝え合っています。

しかも、順序立てて伝え合うのではなく、ある時は相手の顔の表情が気になったり、ある時は自分の気持ちに夢中だったり!
他のことが気になって、上の空で会話をしたり、何かを言おうとして、しゃべっている内に、何が言いたかったのかわからなくなったり!
しゃべっている内に、気が変わって、最初と最後では全然違うことを言っていたり!
コミュニケーションの中には複数の事柄が錯綜しています。
私たちのコミュニケーションは、私たちが自覚する以上に複雑に出来ています。
つまり、言葉のやりとりというよりは、複数の常に変化している「何かの複合体」のやりとりをしているのです。
さらに、同じ言葉でも、その話し方が違えば、意味が変わります。
「何を話したか?」だけでなく「どのように話したか?」が意味を決めます。 また、何もしゃべらなくても、機嫌の悪そうな顔をしているだけで、感情が伝わります。
それだけで、すでに何かが伝わるのです。
そんなとき、「どうかしましたか?」等と聞かれて、「別に何でもないですよ。」と、これまた機嫌悪そうに答えると、相手は「きっと何かあったんだな。」と思います。
このように、言葉が意味をなさないコミュニケーションもあります。
自分の感じたこと、思ったこと、過去の記憶、そして相手の感じたこと、思ったこと、過去の記憶などが、複雑に流れ、コミュニケーションを作っていきます。
それだけにコミュニケーション上のトラブルも多発しちゃいます。
だからこそ、コミュニケーションがうまいと得をすることが多いでしょう。
研究する価値があると思いませんか?
  
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