信じるものは救われるとは言わないが・・
救われやすいかもしれません。
  
必ずしも、そのように決まっているわけではありませんが、多くの場合、頭ごなしに最初から人を疑ってかかると、うまくいく話もうまくいかなかったりします。
ただし、これはとても複雑な話なのです。
もし、あなたが会社の中でとても信頼されていたらどうでしょう?
または、友だちからとても信頼されていたらどうでしょう?
その信頼に応えたいと思いませんか?
人は信頼されると思わぬ力を発揮することがあります。
”自分のために”なら、とても出来ない事でも、”信頼してくれる友だちのために”なら、かなり思い切った事が出来るときもあります。
だから、コミュニケーション上で、相手を信頼していることを示すことは重要なのです。
特に、会社の上司という立場の人は肝に銘じておいた方が良いですよ。
自分の部下が
「どいつもこいつもやる気と根性のないヤツばかりだ!」
と嘆く前に、部下は”あなたから信頼されている”とは感じられないことが、災いしている可能性があるのです。
それは、子育てでも夫婦間のコミュニケーションでも同じ事ですね。
そして、信頼しているかどうかを、人が感じ取るのは態度なのです。
他のページで書いた「ノンバーバルコミュニケーション」です。
口先だけで「信じてる」とか「信頼している」とか言ってもダメですな。
そして、ここから少し話は複雑になります。
というのは、 あなたは、もし誰かから信頼されたらどんなことでも出来るだろうか?ということも考えてみて欲しいのです。
人にはそれぞれ個別の事情で出来ることと出来ないことがあります。
出来ることと出来ないことは人ぞれぞれに個別の事柄です。
つまり、あなたに出来ても他の人には出来ないかもしれないことがあるのです。
だから、信頼しているから何でもやってくれるだろうと考えるのは間違いです。
それから、人は人を騙そうとすることも確かにありますね。
さらに、あなたが信頼した事柄と、その人が信頼に応えようとする事柄とは食い違うかもしれないです。
人を信頼するためには、
少々の不具合を吸収する柔軟性が必要ですな。
さて、信頼したあげく、裏切られたとか騙されたと言うことだってあります。
これには2通りの事があると思います。
1つは、最初から騙そうとしている相手を信じてしまった場合。
そして、もう1つは、相手が応えることが出来ないような事柄を期待した場合。
人間関係には、このようなリスクもあります。
だから、”信じる者は救われる”とは言えません。
「信じる者は救われやすいかもしれない。」という程度です。
  
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