ゲシュタルト心理学

知覚研究から、心を探る
ゲシュタルトというのは耳慣れない言葉だと思います。
その言葉自体が専門用語なので、名前からはどんな心理学か想像がつきませんね。
簡単に言うと、「それ以上、バラバラにすると意味をなさない一塊りとして、扱うべきもの。」の事です。
それでも、簡単ではないですね。
右の絵を見てください。
この絵は点の集合です。
でも、1つ1つの点には何の意味もありません。
この点が、この絵のように集まって初めて、「1万円」という文字が浮かび上がります。
この絵では、点がいくつあるかが重要ではありません。
点の集まり具合が重要ですね。
一つ一つの点は意味がありませんが、たくさんの点が集まった、その全体の形に意味があります。
つまり、この絵は1つ1つの点に分けてしまうと意味をなさないのです。
このような集まりの事を「ゲシュタルト」と言います。
音楽もゲシュタルト性があります。
音を1つ1つに分解してしまうと、音楽ではなくなってしまうからです。
この言葉の言い出しっぺは、オーストリアの心理学者エーレンフェルスという人です。
このゲシュタルトという考え方は、言うまでもなくゲシュタルト心理学の基本的理念です。
ゲシュタルト心理学流の言い方を借りると、「全体とは、部分の単純な総和(合計)以上のものである。」
心の部分的な事を取り上げて研究するやり方では、心を把握できない。
ゲシュタルトという言葉は耳慣れなくても、結構みなさんおなじみの内容があります。
例えば、右の絵を見てください。
トロフィーのような絵があります。
よく見ると、トロフィーの軸の部分では、二人の顔が向き合っているようにも見えます。
心の中で、トロフィーをクローズアップすると、向かい合った顔はただの背景に見えます。
向かい合った顔に注目すると、トロフィーは背景に見えます。
何か一つものを意識すると(図と言う)、その他のものは背景(地と言う)と感じる性質があります。
人間が物事を知覚するときの性質です。
次の絵は、二つの図のうち横棒の長さは同じです。
でも、人間が知覚する横棒の長さは、くっついている矢印の影響を受けます。
上の方が長く見えますね。
横棒の長さを見ようとするとき、この図全体の影響を受けてしまいます。
その部分は、どのような全体の中に組み込まれているかによって、見え方が変わってしまうのです。
これも、人間が物事を知覚するときの性質です。
次の絵は、三角形ではありませんが、三角形だと感じます。
辺がとぎれた部分を補ってとらえてしまいます。
つまり、人間が物事をとらえるとき、単純化と最小限の操作でおなじみの形に変化させてとらえます。
このような知覚の性質の研究から、記憶、思考の研究へと、人の心を探っていこうというのがゲシュタルト心理学です。
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