| 社会と人間とアイデンティティー | ||
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今、ある男性のことを、思い出しています。彼は、当時高校3年生でした。
彼は、受験勉強の出遅れを感じていました。 「他のみんなはもっと受験勉強がはかどっているんだろう。」 自分だけが、取り残されていくように感じていたでしょう。 元々彼は、まじめで自分に厳しい人間でした。 今更、勉強しても、無駄なような気がしてならないのです。 彼は、このままではダメだろうと予感していました。 ただただ、そのダメになるのを待っている日々がありました。 そして、うんを天に任せて受けた入試試験は予感通り失敗。 浪人することになりました。 彼は、そう人している自分を良いとは思いませんでした。 本来あるべき自分と、現実の自分との大きな落差が気になって、またしても勉強が手に着きません。 次に受けるはずの受験も、彼には絶望的に思えてきたのです。 そして、彼は大学受験をあきらめることにしました。 自分は大学生でもなければ浪人でもなく、いったい何なのか? 自分は何者であると、人にどう言えばよいのか? 彼は、大学のついでに、アイデンティティーを失いました。 彼には、自分だけが不幸に思えてなりません。 他の人はうまくやっているのに自分だけがどんどんダメになっていくように思えるのです。 現実に、彼の友人達は、みんな大学に行きました。 浪人した人も結構いましたが、結局大学に行きました。 彼が予感したとおりの結果がそこにありました。 こうなると、彼にあるのは焦りだけです。彼が望むのは、素早くこの事態を何とかする方法です。 素早く、あっという間に、簡単に! 彼は全ての事柄が、面白くありません。 なぜなら、何をやってもこの事態がすぐに改善されることはないからです。 彼は、この事態がすぐに改善されそうな事以外には、意義を感じません。 しかし、彼が実際に発展しようとするならば、そう簡単ではありません。 彼の望んでいるようなことは、この世の中にはありません。 この場合、彼の現実の発展のためには、心の発展が先に必要です。 心の発展のためには、彼が重要ではないと思える事柄こそ、重要なのです。 この道のりは、焦りでいっぱいの彼には、とてつもなく長いものに感じるでしょう。 彼は、素早く何とかする方法を望みます。それがとても遠回りだということは理解できないでしょう。 彼は、不幸への道をたどります。 私には、どうすることもできません。なぜなら、それは彼が選んだことであり、私の言うことを彼は受け入れないでしょう。 彼の意志です。 彼は、自分のことを自分で決定することができるのです。 彼の意志で、そこに私が関わることを拒否しました。 時間の流れは常に現在から未来へと進みます。 世界中の全ての人にとって、常に現在がスタート地点です。 いつも、全ては、今からスタートするのです。 スタート地点に着かなければ、ゴールはありません。 彼のスタート地点は、彼にとってとてもイヤなものでした。 だから彼はスタート地点に着かずに、いきなりゴールインすることを望みました。 それは、人間の能力では、できない方法です。 人間にできる方法を選ぶのか、人間にはできない方法を選ぶのか、本人に選択の権利があります。 それよりも、選択の範囲を限定することの方が、恐ろしいのです。 無駄だと思えることが本当に無駄なのか?それは神様でもない限り、予想することはできませんからねえ! |
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