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もしあなたが宝くじで・・
もしあなたが、友達2人と一緒に・・つまり3人で宝くじを買ったとしましょう。
あなたと、Aさん、Bさんがそれぞれ同じ枚数ずつ!
同じ枚数ずつ買ったのだから、当たる確率は同じです。
3人とも同じ確率でチャンスがあります。 当選番号の発表までは・・・・・
しかし、当選番号が発表されると・・
結果は同じとは限りません。
3人とも同じだけの努力と投資をして、同じ確率の可能性を手に入れたのですが、当選番号か発表されると、違う結果が出ます。
同じ確率なら同じ結果を期待してしまうのですが、現実は違うのです。
結果を見てみると、あなたには、何と10万円あっていたとしましょう。
そこであなたはBさんに「どうだった?」とたずねます。
Bさんは、「宝くじなんて当たる分けないよ!全部はずれていたよ。」と答えます。
あなた・・・至福のひととき!
Bさんは、あなたのことをとてもうらやましいと思います。
そして、Aさんにたずねてみると・・
「驚いちゃぁ、いけないよ!1億円当たったよ!」
うそだろ〜!信じられない!
Aさんは1億円、あなたは10万円、Bさんは0円、という現実が・・・
人の心は大いに動きます。
身近に比較できるものがあるからですね。
もし、Aさんも、Bさんと同じように、全部はずれていたら、あなたは単純に幸せでした。
滅多に当たらない宝くじで、10万円当たったなら、十分幸運です!
でも、Aさんがよりによって1億円を手に入れました。
あなたは十分幸運なはずなのに、何だかくやしい!
比較することで、価値観が影響される。
宝くじだけのことではありません。
人生にはこんな事柄が満ちています。
恋愛だってそうです。
仲のいい友達の彼氏と自分の彼氏を比較して、う〜〜〜ん・・・と考え込みますね。
給料だって結婚だって仕事だって子育てだって!
周囲のみんなが自分と同じなら、普通だと感じます。
周囲のみんなより良ければ幸せだと感じます。
周囲のみんなより良くなければ・・・
「どうして私だけが、いっつもいっつも損するの?」
人生の罠
比較することで、価値観の基準が無意識のうちに生み出されます。
これは人間が社会的に生きるためには大切な心の働きでもあります。
何が良くて何が悪いのか、何が得で何が損なのか!人間は社会生活の中で機敏にその判断をしていく必要があります。
判断基準を持たなければ、本当にどのように判断すべきかわからないのです。
みなさんがパソコンを買うとき、何を理由に選んだでしょう?
いろいろな商品の中から何かの理由を持って比較したんじゃないでしょうか?
もし、パソコンを”どのように選べばいいのか”パソコン選びの価値基準を持っていなかった人は、誰か詳しい人に「どんなのが良いの?」とたずねたかもしれません。
基準があると言うことは、素早い判断の源ですね。
しか〜し
人の心は、基準を持つことで、自らを苦しめてしまう事があるのです。
私の彼氏と友達の彼氏、比べてみると、判断基準があれば、すぐにわかります。
しかも、その判断基準はとても無意識的ですね。
判断の理由は無意識的で、結論は意識的です。
何だか知らないけど、結論は簡単に出ます。
友達の彼氏の方が良い!私の彼氏の方が良い!
判断しようと思わないのに判断してしまう!
そこで、友達の彼氏の方が良かったら、あなたはどんな気持ちになるでしょう。
もし、友達の子供の方がいい子だったら、あなたはどんな気持ちになるでしょう。
友達の収入の方が高かったら、あなたはどんな気持ちになるでしょう。
友達の方が楽に稼いでいたら、あなたはどんな気持ちになるでしょう。

比較することで生み出される価値観には、あなたを苦しめる人生の罠がある!
どこまで行っても比較は終わらない!
比較することで、判断する!
それは、底なし沼のように、どこまで行っても終わらない。
比較すればするほどに、価値判断基準は高くなります。
自分の価値観に沿うように、努力して、すばらしいものを手に入れると、次はさらに高度なものと比較してしまいます。
そして、価値判断基準は高くなります。
とても恵まれた環境を手に入れた人も・・
「どうして私だけが、いっつもいっつも損するの?」
と嘆くのです。
比較によって満足できるのは、ほんの一瞬だけのひととき!
すぐに不満は訪れます。
どこの誰と比較しても、納得できるようになるためには、世界でNO.1になるより道はありません。
世界でNO.1に、もしなれたとしても、それをずっと維持できるだろうか??
ちょいと話は変わりますが・・・
人の心には、劣等感があります。
劣等感なんて、嫌なものです。
嫌だから、何とかしたくなります。
”他の人よりも良い”ということで、劣等感を何とかしたいのです。
他の人よりも充分に勝っていることで、劣等感は癒されるんですねえ。
「決して劣ってはいない!」と確認したいのです。
言い換えれば、単純に他の人と比べて勝っていたいんですね。
それで、望みはどんどん高くなる!
もっと勝っている自分でなければいけない!
ま、確かに世の中では勝っている方が良い扱いを受けますので・・・
比較による価値観だけだと・・・
望みや理想が高まるばかり!
自分で追いつける範囲なら、逆に良い刺激になるでしょう。
でも、今の自分の実体から遠くかけ離れた高い望みになると・・・
その理想や望みと、現実の自分を比較して、
「どうして私だけが、いっつもいっつも損するの?」
とてもくだらない自分に思えてきます。
というわけで・・
比較すること以外の価値基準もまた必要だと思うのです。
自分はいかに個性的か!
自分はどれほど他人を思いやる気持ちがあるか!
今ある自分自身をうまく使いこなせているか!
今持っているものを充分に使いこなせているか!
自分の欠点を長所として活用する知恵はあるか!
今現在の自分自身に価値を見いだす事が出来るかどうか、それが勝負所かも知れません。