| あまりにもご苦労様です。 | ||
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病院でこんな風景を見ました。
看護婦さんが小さい女の子に目薬をさそうとすると、わーわーと泣き出して目薬がさせなくなりました。 どうするのかな、と思ってその様子を眺めていると、事態は最悪の展開へと続いていくのでありました。 看護婦さんは、忙しいらしく「じゃあ、お母さんにやってもらいましょ。」と言って苦笑い、お母さんにまかせました。 私は、さてこの母さん、どんな風にやるのかなと思って興味津々で眺めていると、 お母さん大激怒!「なぜ目薬が怖いの!どうしてそんなに泣くの!」 よほどその子に腹が立ったと見えて、怒りとばすだけでは気が済まずその子の頭をこづくやら、つねるやら!
「ふり帰ってみれば、自分もついついああなっているなあ。」って思う人、そして、このお母さんの気持ちが「うん、うんよくわかるなあ。」という人は、大勢いると思いますよ。そして、「子供っちゅうのは、叱ったらなあかん!」「子供のためを思って、叱ってるのよ!お母さんだってほんとはガミガミ言いたくないの。」 こんなダイナミックな言い訳がここらあたりで登場することになります。 どれほどうまい言い訳を考えつこうとも、腹が立つから怒っているのです。そして怒れば何とかなると信じています。 しかし、「腹が立ったから怒りました。」では、子供の手前、どうもまずい! お母さんは、お父さんは、子供の見本となるべき 立派で正しい人なのだ!「腹が立つから怒った。」なんてことは、ぜ〜ったいにない! う〜ん、親は辛いねえ。 ところが、「親は立派で正しい」は、子供が中学に入る頃には、化けの皮が剥がれてしまっていることを親はなかなか気づかない。 化けの皮が剥がれてしまう時期は、その時代によって違うでしょう。もちろん個人差も大きいですね。 いつかは剥がれる化けの皮です。自分の子に見破られる運命です。 子供はあっという間に賢くなるが、親の方は変化が乏しい。親の子供に対する認識の変化は、子供の実際の変化には追いつかない。 親の方だけが、「親は立派で正しい。」という幻を追いかけてしまいがちですよね。 さて、病院での出来事に戻りますが、自分が小さい頃病院に連れて行かれて、泣いたことはありませんか? もしそこで親が怒ると、気分が収まって泣きやんだでしょうか。 そして小さい頃、病院に連れて行かれて、注射やお医者さんが怖くて泣いたとしても、みなさんは今はいかがでしょうか? 小さい頃、病院で「びーびー」泣いたとしても、いい年になればそんなことはありません。 何もしなくても良いし何も教える必要はありません。 子供は年とともに自動的に泣かなくなります。 このお母さんは、しても仕方のない、そしてしなくても良いことに魂をそそぎ込んだようです。 子育ては大変なんですから、しなくても済むことは手を抜きましょうや! 目薬の方はどうするんだあーっ!とのお声もありますが、考えてみてください。 小さい子供と大人では、体力が十分違います。 無理矢理目の中に放り込んで、好きなだけ「びーびー」と、泣かせておけばいいでしょう。 私ならついでに、「こんなに目にしみるのに、もっと大きな声で泣けないか?」と子供に質問するでしょう。 |
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