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[243] 温故知新 投稿者: 投稿日:2002-12-06 (Fri)
今、古典を読んだり聞いたりしようとしています。
新しい文化を創造するためには、『温故知新』の字のごとく
古きものを温めることが第一歩なのかなと思ったわけです。
今日は、レンタルCD屋さんに行って、落語のCDを
借りてきました。それが途方もない量あるので
とりあえず、姫路にちなんだ演目を一つ借りてきました。
来年の全二回の公演のおおまかなテーマは
「地域密着」とした以上、姫路や姫路近郊の歴史なんかを
綿密に知ることが大切です。
まだまだ郷土の事の知らない部分が多いです。
それを丁寧にひとつずつ読み込んで
面白い題材を探す旅にでようとしはじめたところです。
貧乏暇なし・・・公演すんでも何かしてないと
落ち着かない性分になってしまったみたいです。
1月中旬まで、こういった作業を繰り返し
5月末か6月の初旬にやる公演のことを考えてみたいと
思います。
そして、それ以外に「いい音楽」を探すべく
いろいろな曲をいっぱい聴いて、自分の引き出しに
蓄えておこうと・・・・・
「いい構図」を探るために、「いい映画」・「いい絵画」
「いい建造物」をいっぱい見て、引き出しに
貯めておこうと・・・・・
蓄えては吐き出し、また貯める・・・・その作業の繰り返し
なのかもしれません。でもこういった作業の源である所の
何かを創造しようとするエネルギーはマグマのように
熱く、いつも燃えています。
それが私にとって「生きること」なのかもしれません。
[242] 地域密着で行こう!! 投稿者: 投稿日:2002-12-04 (Wed)
第三回公演が終わり、まだ一週間も経っていませんが
来年の第四回・第五回のコンセプトを夜な夜な考えている。
仕事場で公演に来ていただいた方々(ほとんど私より年配
なのですが)から忌憚のない、様々な意見を聞きました。
嬉しいです。みなさん、真剣に劇を見てくださったと
思える意見ばっかりなものですから。
演劇の良さは何かということを考えたとき
映画やテレビは同時に多くの方々が、全国各地で見れますが
演劇だけは、その場に居合わせないと見れない・・・
役者と観客が同じ空気を同じ時間に吸っていることが
「良さ」に繋がっていると感じています。
そうしたとき、姫路で公演を行う以上、この街に根ざした
この街の人々が共感できるテーマを持った作品にしたら
どうですかというサジェッションがありました。
私もそのことは頭の片隅にありましたが、時期といいますか
タイミングといいますか、まだ自信がなかったのかも知れま
せんが、今まで、それをやらなかったのが事実です。
三回やって、右も左もわからなかった
『この街での演劇にまつわる、様々な事象』が
右側くらいは、ぼんやりとわかってきた感じがしています。
来年こそは、地域密着で行こう!!
この播州地方にまつわる話を題材にして公演しましょう!!
そう思うようになってきました。
少し、「ほっ」としています。
漠然ですが、光が少し見えてきた感じがするからです。
明日から、いや今日から、資料作成の毎日が続きます。
内容に関しては来年一月の中旬に発表します。
姫路という街をこよなく愛している方々が
多く参加されることを願っております。
来年のキーワード・・・それは『地域密着』です。
[241] 一枚のアンケート 投稿者: 投稿日:2002-12-02 (Mon)
アンケートの一言、一言に一喜一憂するのは
あまりよくないなぁと思いつつ、一喜一憂してしまいます。
今日の書き込みで「愛里」という役柄を演じた「ゆう」さん
のを読ませていただいて、私も昔、25歳の頃のときの
『一枚のアンケート』のことが頭に浮かびました。
あれは忘れもしない15年前の春3月・・・・
京都は下鴨の無門館(今は劇研という名称だそうですが)
で私の作・演出でやった芝居のアンケートのことです。
タイトルは、(お恥ずかしいのですが)
『風のグラジュエーション』といったベタなものだったので
すが、そのお芝居のアンケートが今も忘れることができない
でいます。芝居の内容は、卒業をしたくない、大人に
なりたくない女の子の物語だったのですが、そのアンケート
には、以下のような内容が書かれてありました。
「私は明日、田舎である和歌山に帰ります。
京都での学生生活、あまり、いい思い出がありません
でした。情報誌で昨日、この芝居があることを知り
やってまいりました。
来て、よかったと思います。
ありがとうございました。今は、とても元気です。」
知り合いでもない、ふらっと来られた方が
まして、明日、電車に乗って田舎に帰られる卒業生の方が
私たちの芝居を見に来ていただいて、このようなアンケート
を書いていただいたこと・・・やってて、よかったなぁと
救われた気がしました。
なぜ今の演劇に携わっているのかという問いの
答えの一つがここにあるようです、自分なりに分析すると。
すべての人々に満足できるものを作るのは
並大抵のことではないでしょうが、それができなくても
ちっぽけでも、一人の人間の心を動かしたんだなぁと
思うと嬉しくて、嬉しくてなりません。
人のエネルギーは、悔しさや屈辱や敗北感などを見返すもの
ではなく、素直に他人様に喜んでいただいたときに生まれる
喜びからくるものであってこそ、本当にいいものが
作り上げられる・・・・そんな気がしています。
より一層、いいものを・・・再考した一日でありました。
[240] 第三回公演を終えて 投稿者: 投稿日:2002-11-30 (Sat)
今、実際は12月1日の午前二時十五分です。
今日が芝居の楽日でした。打ち上げが今さっき
終わってパソコンに向かっています。
ご来場していただいた皆様、ありがとうございました。
そしてお手伝いのスタッフのみなさん、ありがとう。
そしてスタッフ・役者のみんな、ご苦労様・・・・です。
いろいろな方々によって演劇が支えられていることを
実感できるのが、この楽日であります。
そして自分が、なぜ演劇に携わって生きていこうとしているかを実感できる日でもあります。
姫路という地方都市、しかも古い伝統を重んずる城下町で
演劇という馴染みのないものを普及するのは
大変だなぁと実感する日でもあります。
公演を重ねるたびに、段取りと言いますか
要領はよくなってきていますし、公演に携わるスタッフも
多くなってきてはいるのですが、いかんせん、宣伝不足なの
か来場者は横ばいです。もっと多くの人に見に来ていただき
たいのですが、どうも芝居をみるというと、おおげさなので
しょうか、大変さがまとわりつくのでしょうか・・・・
気軽さはありません。「お気軽に」といったフレーズが
ありましたが・・・お気軽にするのも、見るのも
なかなか難しいことなんでしょうね。
私的には、気楽にやって、さくっと見ていただける感じに
いつもいつもできればなぁと思ってはいるのですが。
まだまだ三回くらいでは、そのような雰囲気には
到達してないのでしょう。
反省点は多く、ひとつずつ、ひとつずつ、亀の歩みでも
それを解決してゆくよう努力していこうと思います。
また明日から始まりです。
今回、出演された方々とは、情がうつっているのですが
いったん、その思いを断ち切り、また新たな4回目に
向けて始動しなくてはならないとも思います。
もし今回参加された方々でまた参加されようと御思いなら
気持ちも新たに、あたらしく参加しようと思ってらっしゃる
方々と一から作り上げる覚悟できていただきたいと
思います。一期一会・・・それが合言葉ですから。
[239] 本番当日です。 投稿者: 投稿日:2002-11-29 (Fri)
とうとう29日になってしましました。
本番当日です。
芝居作りが生活の一部のように、のん気に悠々と
できればいいなぁと、少し前に思ったこともありましたが
ホールに入ってみると・・・・てんやわんや・・・・
そんなこと言っていられません。
あわただしく一日がすぎるばかりです。
貧乏暇なし・・・いつになったら悠々とできるのでしょう。
今回に関して言えば、初めて芝居をはじめた役者さんが
よく頑張って、練習に参加し、伸びてくれたことが
真っ先に思い浮かびます。
はじめてかどうか、お客様はわかりません。
役柄のまま、いいか悪いか判断します。
その点では初心者ぽくなくなっている気がしています。
一つの役柄をもらい、一生懸命にそれを演じようとする姿が
あります。テクニックを駆使するプロの役者さんよりも
演技的には下手ですが、けなげに、前向きにやってやろう
という意志を感じます。
練習でマンネリになったことなど一度もありませんでした。
新鮮でした。毎日が。
その新鮮な生きのよさを今日からの公演に
思い切ってぶつけて欲しいとおもっています。
いつか書きましたが、この『home@home』は
あなたたちのために書かれた作品でありますから。
二度と再演されないであろう、この本の最初で最後の
演技者として、舞台で暴れまわってほしいです。
後は無事に怪我なく初日を終えられることを
祈っています。
『夢見てたんやろか?』・・・・という台詞があります。
今日・明日と同じ夢をみんなで見ることにしましょう。
「お芝居」という夢を・・・・ね。
[238] ホール入りした水曜日 投稿者: 投稿日:2002-11-27 (Wed)
今日、午後からホール入りをしました。
あっという間の時間が過ぎてゆくのが仕込みの初日です。
今日も今日とて、知らぬ間に時間だけがどんどん過ぎてゆきました。今日の一日は24時間なかったかのように・・・
ホールはイーグレひめじの地下にあるアートホールという
所なのですが、あまり演劇として使うには
設備がよいほうではないのですが、空間の広さが
私の目指す芝居の空間と一致しているので、ここを
使っているわけです。
キャスパホールで一度、やりましたが、大きすぎて
また白塗りの壁のような外装が気に入りません。
芝居と言うのは、ちょっとおどろおどろしい見世物小屋
のような雰囲気を持っているものだと勝手に思っているので
ここの広さ、暗さの方を設備の充実よりも優先的に
選んでいるわけです。
今回のお芝居は登場人物7名ですが実質は5名の芝居です。
5名くらいなら、ちょうどいい空間かなぁと
終わり間際の練習を見て、そう思いました。
出入りに気をつけたり、吊った照明のシュートをしたり
音量を調整したり、だいたい予定どおりの一日で
終えることができました。明日、一日は朝から晩まで
役者中心の練習です。ころころ気が変わる私は
明日になって、その空間ならではの新しい演技を
つけるかもしれません。多分、つけるでしょう。
最後の最後までよりよいものを求めて・・・・
ホールにずっと入っていると、いったい今日は
何日なのか、何曜日なのか、わからなくなります。
『いったい今日は何曜?月曜?火曜?土曜?
木曜かな?・・・・・金曜?』
こんな台詞を言う毎日が後三日続きます。
すんでから『夢やったんかなぁ?』てなことにないように
かみしめて冷静にホールと仲良くしてゆこうと思います。
[237] 木だけが生きている。。。 投稿者: 投稿日:2002-11-25 (Mon)
ゲネプロを4回やりました。
後はホールに入ってからの一回だけです。
ゲネが後一回・・・本番が二回です。
そう思うと・・・そう思うと・・・残りわずかだなぁ
淋しいです。もっともっとゲネをやりたいというのが
本音です。この一週間でゲネをしていて
お客の立場で見た場合、今回の芝居で私が一番
印象に残っている台詞があります。
それは『木だけが生きている』という台詞です。
劇中劇で『ゴドー』のまがいものみたいな芝居を
するのですが、ゴドーから取り込んだ台詞も
何箇所かあって・・・その中のひとつが・・・これです。
今日、仕事場に行く途中
姫路の大通りに立っている、黄色く紅葉した銀杏の木や
公園の周りの木を眺めてしまいました。
いつもは何も感じないのに・・・『木だけが生きている』
という台詞が頭にこびりついているものだから
あっちこっちの木が気になって仕方がない病に
かかったみたいです。
木も生きてるんやなぁ・・・そうなんや・・・・
私も生きてるんやけど・・・・この台詞はなんやろ・・・
木だけが・・・木だけが・・・生きてるんやって
どういうこっちゃ・・ベケットさん!!って
言いたくなる奇妙な感覚であります。
その変な感覚が嬉しいというか心地よいというか
自分的には好みというか、いいですね。とっても。
ついつい家でもこの台詞につられて
『時計だけが動いている』なんて、言っています。
感化されやすい性分だと思います。
のりやすい性格だとも思います。
そういうのって『お調子者』って世間ではいうのかも
しれません。
まぁ、この芝居終わるまで、この台詞に限らず
自分の書いた台詞を含めて、いろんな台詞のことで
影響を受けつづけるのでしょうね、多分。
終わるまでには、いっぱい感化されて
脳裏に焼き付けておくことにしましょう。
あと本番まで4日だというのに・・・呑気な調子者です。
[236] 酔いしれていては。。。 投稿者: 投稿日:2002-11-23 (Sat)
台詞を読む際に、効果としてBGMをかけます。
そのとき、わたしが一番してほしくないことがあります。
それは『酔いしれないでほしい』ということだけです。
曲調にあわせて、ついついムードのある曲ならムーディに
もの悲しい曲調なら、さびしく台詞をいってしまいがち
です。それでは、つまらないし、面白くないのです。
曲調は曲調です。そのシーンにあうように音響さんが
選んでいます。それと同調して自分の読む台詞の
リズムをそれに合わしてしまうと同じ調子の音が
二つ聞こえてくるわけで、台詞の意味が伝わらなくなる
のではないのでしょうか。
悲しいシーン、悲しいBGM、台詞だけは
強くて、いきがっている、堂々と語っている
・・・・悲しみを堪えながら。
そういうのが私の趣味といいますか・・・好みです。
効果的な演出かなとも思います。
今回も後半で詩のような台詞を3人が交互に
言うシーンがあります。今日もゲネでしたが
そのシーンを口を酸っぱくして言っているのが
『酔いしれるな』『曲に台詞をあわせるな』です。
誰でもできる簡易な方法を排除し
その人間の悲しみをこらえて、強がっている部分を
悲しいシーン、悲しいBGMが流れる中
だしてもらえれば私的にはOKです。
そのことの延長線上には
BGMのない場面においても、台詞をどのように
読めば、伝わるか・・・・感動させられるか・・・
のヒントが隠されている気がしています。
酔いしれた俳優をみても、自分の世界にはいっているだけで
お客さんは遠い感じがするだろうなぁ・・・と思います。
酔いしれるのは明日から止めにしましょう。
黙々とひたすらに演技をしながらも
冷静な自分がいなければ、何も伝わらないでしょう。
自分が客になった場合、空気が別世界であると感じる
行動をとった役者は見たくないのです。
酔いしれること、それは『ひとりよがり』の
始まりですから。
[235] ドラフト会議 投稿者: 投稿日:2002-11-21 (Thu)
子供の頃の「夢」・・・プロ野球の選手
野球少年でした。学校から帰ったら、近くの神社の広場で
いつもいつもボールを追いかけていました。
中学校に入っても野球部に入りましたが
視力が著しく低下しため、好きな野球をやめました。
でも野球をしなくなった今でも
少年の頃、バットの芯にボールが当たった心地よい感触は
忘れてはいません。
昨日は年に一度のドラフトでした。
多くの選手がプロ野球に入れるか、否かの日です。
悲喜こもごも、いろんな気持ちが揺れ動いた日だと
思います。
特に逆指名で入った有名な指名選手よりも
下位で指名された選手に頑張ってほしいものです。
契約金は下位のほうが安いですが
これからは一位も七位指名も同じラインに立つわけで
努力しだいで、何億もかせげるプレイヤーに
なれるわけですから。
我がタイガースは11名の指名をしました。
札束の力でぺタジーニを口説き落とした巨人
いつもいつも逆指名でアマチュアの一番手をとる巨人
・・・・巨大戦力の東京読売巨人軍を・・・・
・・・・倒すべく・・・阪神に入団して・・・
頑張ってほしいものです。
そうでなきゃ、野球が面白くなくなるのです。
一つだけが強くて、何が面白いのでしょうか。
なんか阪神以外の4球団に巨人を倒す意気込みを
感じられないです。
星野阪神、二年目のシーズン、あなたたちが
甲子園で活躍する姿を望んでいます。頑張れ!!
[234] あーよかったな。。。と思うこと 投稿者: 投稿日:2002-11-19 (Tue)
四十です。もうすぐ厄です。
まさか、自分が四十になるとは・・・早いものです。
多分、五十になっても、六十になっても・・・まさか
私が・・・と多分、そう思うのでしょうね。
四十の私が今、二十の人々と『お芝居』をしていること
素直に・・・『あーよかったな』と思います。
学校の演劇顧問の教師なら、学校の部活などで
定年まで演劇に携わることができるのでしょうが
私の場合、普通の市井の勤め人です。
こういった身分で若い才能のある人々と『芝居作り』を
共に苦悩しながらできるのは幸せものかもしれません。
そして、S−PROJECTに応募して来ている人たちは
芝居作りに対して真摯な態度で取り組んでくれいます。
そういった態度を見ていると・・・『あーよかった』と
思います。
今まで二回、今回が三回目でいろんな人々が集まって
来られましたが、だんだんと集まってくる人々の質というか
真面目さというか・・・演劇に対する強い思いというか
・・・しだいに・・・よくなっている感じがします。
初期の頃は・・・応募して出ることが決定したにも
かかわらず、急に連絡がとれなくなり、本番三日前に
連絡がやっと取れた人なんかもいました。
聞いてみると、バイトにあけくれていたそうです。
可哀相な人だと思いました。彼女は多分、今のままでは
何もつかめないまま、人生を終えるのだろうなぁ・・・
一つの事柄を一生懸命にやることの大切さを
わかって欲しいなぁ・・・素直に、そう思いました。
物質的に豊になり、欲しいものが増えているのは事実です。
車、バイク、洋服、アクセサリー、etc
でも人間同士の信頼や信用は『お金』では買えないのです。
『でます』・『参加します』・『なんでもやります』
私やその他大勢の前で言った言葉が
ええかげんな態度をとっていると空虚なものになって
不信感を抱かせているとは、思わないのでしょうか。
演劇とは役者・スタッフまた役者でも主役・脇役
だれひとりかけても成立しないものです。
大切なのはチームワーク・お互いを信頼する気持ちです。
今回の役者さんたち・スタッフの方々、すべて私は
信頼しています。信頼できる人々だと確信しています。
後わずか・・・・あなたたちといて
『あーよかった』という思いを最後まで持ち続けたいと
思います。そうすれば、おのずと
結果は見えてきそうですから。
[233] 演出日記 vol.5 投稿者: 投稿日:2002-11-17 (Sun)
今日、初めて衣装もつけての『通し稽古』をしました。
全体的にレベルと言いますか、練習した分だけは
着実に上手になってきていると思います。
しかし・・・・哀しいかな・・・・・
昨日まで、よかったシーンが悪くなり、昨日、最悪だった
シーンが良くなる・・・日替わりメニュー状態です。
このことは、あまりよくないことです。
毎日毎日、いいシーンと悪いシーンがある。
やるたびに、それがころころと変わる・・・それは何故か
答えは簡単です。集中力が一時間半、続かないからです。
それと芝居を一時間半するスタミナがないからです。
スタミナは無理かもしれませんが、集中力は
変えられると思います。
一時間半のうち、どれだけ気をはって、集中するか否か
その量に比例している思います・・いいシーンの
全体に占める割合は。
多分、アマとプロの差ってここなんだろうと思います。
プロはステディです。同じ芝居を何ヶ月も続けても
笑かすシーンは、わらけるし、哀しいシーンは
涙ぐめるし・・・・計算されたとうりに進みます。
初日に来た人にも・・・3日目に来た人にも・・・
同じような気持ちにさせてくれます。
はやく私たちも「その域」まで達しないと
いけないなぁと・・・ふとリハを見てそう思いました。
集中するには、やはり台本を何度も何度も
時間があれば読み返し、練習でも目一杯、動いて
それだけやったんだから・・・・何も怖くない・・・って
言えるくらいの自信を持てるかによる所が大きいと思います
練習して・・・練習して・・・一杯失敗して
後は本番では楽しく、リラックスして、演技を
すればいいのではないかな、と思います。
残りわずか・・・いいシーンを今よりいっぱい作って
お客様に喜んでもらいましょう。
[232] 演出日記 vol.4 投稿者: 投稿日:2002-11-15 (Fri)
昨日、本番と同じ場所・・アートホールで練習をしました。
照明担当者がはじめて来たので、最初から時間を計りながら
通し稽古みたいなものをやりました。
正直、ホッとしました。それは公演時間のことです。
人間の集中できる時間は、お芝居の場合、休憩を入れずに
だいたい一時間半くらいだと思っています。
その時間くらいに今回の公演時間が収まりそうです。
でも、ホッとできないこともありました。
それは役者のひとりが、あまり台詞を覚えていない
ということです。彼以外の人はほとんど入っています。
彼だけが覚えていない。覚えていないと、自信がないから
声が小さくなる。早口になる。カツゼツが悪くなる。
悪循環のオンパレードです。
彼は努力をしているのか?疑いたくなります。
努力という言葉を使うのが恥ずかしいくらいです。
役者にとって台詞を覚えるのは当たり前のことです。
その作業を怠っている感じがします。
下手でもいいのです。不器用でもいいのです。
高校野球で全力疾走する選手を見ていて、心地よくなる。
そんな芝居でいいと思います。最初は。
あまりにも・・・あまりにも・・・・だったので
怒ってしまいました。
正直、あまり怒りたくはないのですが
真剣に音を出しているスタッフ・・・照明プランを
真剣に構築しようと、お芝居を見ているスタッフ・・・・
舞台袖でスタンバイして、真剣に見つめる舞台スタッフ
わざわざ今回の芝居を記事にしていただくために
来ていただいた新聞記者の方・・・・
多くの人が真剣に見つめている舞台に立つのです。
それなら、それなりの努力をして、真剣に役者を
演じてほしい・・・・頑張って欲しい。・・
ただ、それだけです。
時給750円の喫茶店で汗水流して働いている
芝居好きな女性が、公演を楽しみにしていたら
・・・彼女の2時間の労働をこのままでは無にすることに
なると思います。・・・・毎日、毎日、シナリオと
向き合って、シナリオが溶けるくらい何度も何度も
言葉をだして声にして・・・覚えてくれることを望みます。
後二週間、彼がどのように変わるか、変わらねば
変えさせるか・・・・私はいつも真剣です。
[231] オモイッキリ。。。 投稿者: 投稿日:2002-11-12 (Tue)
後二週間と少しで公演です。
なかなか練習が思うようには進まないけれど
面白い芝居になる予感はあります。
お芝居もタバコやお酒などの嗜好品のように
人ぞれぞれ、好き嫌いがあると思います。
今回は自分で本書いているので
とっても自分的には面白い作品だと思っています。
それが唯一の救いかもしれませんが・・・・・
舞台にのせる以上は演劇的に面白く仕上げなければ
なりません。本を読んでいるのではなく
舞台は視覚・聴覚などの五感に働きかける部分が多いので
そのあたりを上手に見る側に伝えなければと
常に思っています。
オモイッキリ・・・という言葉があります。
関西弁なら・・・おもくそ・・・になるのでしょう。
台詞が心もとなかった状況から役者さんたちも
台詞をこなしてきたようです。
後は・・・オモイッキリ・・・おもくそ・・・です。
舞台ではじけて欲しい・・・そう思っています。
何の関係も今まで持たなかった人間が集まって
ひとつの芝居をつくっています。
高校の同級生でもなければ、幼馴染でもない
ただ『ホーム・アット・ホーム』という芝居のために
参加してきた人々たちです。
このことは、よくよく考えてみると凄いことだと
思います。
私の性格から多分、この芝居を再演しないでしょう。
自分が書いた作品はいつも、その時代とともにあると
思っていますので、何年か後にしても
あまり意味のないことじゃないかと・・・考えます。
そうすると、ある意味、今回の役者さんが最初で最後の
この本のプレイヤーということになります。
まぁ・・なんて・・・凄いこと・・かもしれないと
一人・・・思ってしまいます。
あなたたちの為にある芝居であり、あなたたちの為にある
戯曲ならば・・・・もっと、もっと楽しんで欲しい
おもいっきり、はじけて欲しい、大きな声で
大きな手振りで、おもくそ、おもくそ・・・オモイッキリ
飛び跳ねて欲しい・・・そう感じはじめた
残り二週間とちょっとです。
私も楽しみます。お客さんも楽しみます。
そして・・・・あなたたちも・・・・・ね。
[230] 知ってもらう努力 投稿者: 投稿日:2002-11-10 (Sun)
今回から協賛という形で姫路市における企業や自営業の
方々に援助をしていただくことを始めました。
お金が足りないとか、そういう経済的な意味合いは
あまり大きくはありません。総予算にしめる割合は
協賛予定数が満杯になったとしても6分の1程度のもの
です。なぜ、このようなことをしようとしているのか
それは、二つの意味合いがあります。
芝居にはお金がかかります。それを参加している人々に
わかってほしいことがひとつあります。
S−PROJECTは劇団費もチケットノルマも
ありません。コピー代程度の実費を一月に1000円ほど
いただいているだけです。それにあぐらをかいて
『知ってもらう努力』を怠っている人々がたまにいます。
一番最初にした『ドラキュラ』という芝居をした時のこと
誰がどのくらいチケットをさばいたか、またその人が
配った当日精算券で何人が公演を見に来たか・・・など
きっちりと公演後に統計をとったことがあります。
その中で、少数ではありますが、チケット販売が0
当日精算できた人も0・・という役者の人がいました。
準主役の俳優さんでした。はじめて来た人にいろいろと
指導もしていました。演劇のことも詳しい人でした。
しかし、誰にもチケットを売らず、また当日精算券の客も
いないし、本当に『知ってもらおうとする努力』をしていた
のか・・・疑問に思いました。
演劇を普及さすには、演劇そのものを理解してもらうことが
必要だと思います。S−PROJECTに入いれば
ただで芝居ができると思われるのは悲しいことです。
よって協賛してもらうべく、企業やお店に行って
自分たちのことを知ってもらう、わかってもらう作業が
このことで参加している各人に自覚してもらえればと
思っています。
もうひとつは、リサーチといいますか、演劇というものに
対して、どのような感覚で外部(企業とか自営の方々)
の方たちが受け止めているのか。
それが狙いでもあります。多分、多くの協賛者は得られない
かもしれません。でも、協賛していただく説明をする中で
いろいろと相手の考え方が見えてくることがあろうかと
思います。それが、この町で演劇文化の向上を目指すという
命題を解決する上でのヒントになるんじゃないかと
思います。哀しいかな・・・日本は芸術的なことに
あまりお金を使いたがらない国です。
政治家は道路や橋、市井の人々は食べ物や着る物
目に見えるもにしか、お金を使わない感じがします。
それを根底から覆すために、町の演劇関係の外の意見を
聞く、うってつけの作業として、この協賛があるならば
有意義なことになるのかなぁと考えています。
明日からも仕事・・・練習・・・協賛活動・・・
忙しい日々が続きます。
『知ってもらう努力』・・・『相手を知る努力』・・・
闘いは続きます。
[229] 本気モード突入。。。 投稿者: 投稿日:2002-11-07 (Thr)
今日、練習でした。やりたいことがありすぎて
3時間ではぜんぜん時間が足りないといった感じでした。
集まりもいいし、発声している役者陣の気合の入った
練習を見ていると、本気モードに
入ってきたのかなと思います。
私の場合、本気モードに自分が入ったかどうかの
目安はひとつあります。それは、本気モードに
なると、ずっと・・・ずっと・・・永久に練習を
していたいと・・・思うようになることです。
自分勝手な基準ですが、そんな感じです。
今日、今回の芝居の練習で初めて、そう思いました。
このまま、この役者さんたちと、ずっと永久に
練習をし続けていたいなぁ・・・と。
そろそろ私もエンジンがかかってきたみたいです。
そのような心持ちに今回もなれたことが
まず嬉しいし、役者さんやスタッフさんたちの意気込みに
のせられてるなぁと感じています。
あぁ・・演劇っていいなぁ・・・舞台作りって・・いいなぁ
と思える自分が幸せ者なんでしょうね。
毎日毎日、ここちよい緊張感の中で生きていける喜びも
感じています。
いつかは公演日が来て、公演をして、思い出に変わることは
重々承知してはいますが、そういうのを飛び越えて
今ある練習が永久に続ければと思うようになったのは
前回の『SーPRO版 熱海殺人事件』からです。
それまでは何度も公演はしてきましたが、あまり
そういった事を感じたことがありませんでした。
純粋に何かを追い続ける人々の姿を見ていると
そのような気持ちになるのでしょうか。
明日からも練習は本番まで続きます。
今の心持ちが最後まで続けば、きっといい芝居に
なっています。
いざ・・勝負!・・勝負!・・・本気モードの始まりです。
[228] 怒るとき 投稿者: 投稿日:2002-11-05 (Tue)
芝居の演出していて、怒るときがあります。
「こうやって下さい。」と言って、できなくて怒りは
しません。まだまだ、この時期、できなくて当たり前です。
怒るときは、役者が失敗して笑ったり、演技を急に止めたり
音響でもそうですが・・・・自分の失敗によって
時間を中断したにもかかわらず、その後も
それを引きずって、なかなか次に進行していかなく
なったとき非常に腹立たしくなります。
練習の時間って無限にはありません。
貴重な時間です。それを個人的なことで
多くの人間の動きが止まり、また、それが長引くと
いらいらしてゆきます。
練習で本番同様の緊張感を持てないものが
いい芝居ができるわけがないと思っています。
舞台に立つということは怖いことです。
真剣勝負です。
それができるようになるには、常日頃の練習から
いつも本番モードになっていないと痛い目にあいます。
痛い目にあってから、後悔しても 後の祭りです。
後4週間、後悔のないように全力で集中して
練習する心構えを役者陣もスタッフも持って
臨まないといけないと思っています。
お金をだして、見に来ていただいた「お客様」に
下手でも真剣に取り組んでいるところを見せることが
最低のラインだと考えています。
その最低ラインの上に何本の線が描けるか
今からが勝負です。
あまり私が怒ることなく練習ができることを
望んでいます。
[227] 『きっかけ』 投稿者: 投稿日:2002-11-03 (Sun)
練習、仕事、練習の毎日です。
今回のお芝居のテーマは『ふるさと』です。
おおまかすぎるかもしれませんが、『ふるさと』です。
homeという英語は『家』という意味もありますが
ふるさと・故郷という意味で考えました。
拉致被害者の方々の問題が取り上げられていた
今年の5月くらいのことです。
もし、拉致されたまま、異国で生涯を終えることになった
としたら、その死ぬ間際は彼らがどのような感情を
もって自分の生涯を振り返るのだろうか・・・
単純にそう思いました。拉致されたこと自体、とっても
不条理なことです。その不条理さに・・何を思うのだろう。
多分、自分の人生における不条理な不遇さよりも
ただ単に『ふるさと』に帰りたい・・・ただ、それだけ
思うのではないか。あくまでも私の憶測ではあるのですが。
これが、今回のシナリオを書く「きっかけ」です。
私も約40年生きてきて、ふるさとである、この姫路の地に
20年、他の場所に20年・・・半々に暮らしてきました。
同じ日本の地ではありますが、自分の生まれ、育った
場所のことを片時も忘れたことはありませんでした。
「ふるさと」を考えると言うことは
自分を考える、自分の原点を考える、そういった事に
つながっていると、ふと思います。
いろんな事で悩み、いろんな事でつまずき、いろんな事で
やりきれなくなる・・・そういったとき、まず浮かぶのが
ふるさとの山であり海であり川であり、そこに住む人々
かもしれません。
もし、これを読まれた方で「ふるさと」を感じたいならば
「自分」を見つめなおしたいならば、どうか今回のお芝居を
御覧になって下さい。
拉致された5名の方々は「ふるさと」に帰ってこられて
本当に幸せそうですが、その裏側に、もしかして
まだ生存していて、北朝鮮で望郷の念をもって暮らしている
方々がいるかもと・・・あまのじゃくな私は、そう
思ってしまいます。
そういった方々には私どもの芝居で言う台詞は聞こえない
かもしれません。でも実際、演じている役者、スタッフは
我々の想いが届くことを祈っています。
人を想う心・・・それは「ふるさと」を想う心に
つうじるものですから。
[226] シナリオ完成で・・・ひとまずの・・「ほっ」 投稿者: 投稿日:2002-10-31 (Thr)
シナリオを書き始めて約一ヶ月、やっと完成し
今日の練習で役者やスタッフの方々に最終稿を
手渡すことができました。
10月末をひとつのメドにしていたものですから
何か自分との約束を果たせて、ほっとしています。
昨日、朝4時まで無理してでも机にむかって
よかったです。
今回の芝居のプロットは何ヶ月も前から
いろいろと考えていました。
プロットをもとに参加される人数(今回は7名)によって
どのくらいの世界がひろげられるか
また、その参加された方々の演劇的技量も分析もして
各役者たちを配役し、芝居をどのように構築してゆくか
・・・・・そういった思いをいつも頭に入れながら
シナリオを書いた一ヶ月でありました。
将棋で強くなるには、自分より少し強いくらいの人と
将棋をさしなさいと言う言葉を聞いたことがあります。
私も同じ考えで、舞台に出る役者を今より、もっと
魅力的に引き出すには、彼が持っている役者の技量よりも
少し難易度の高い技量を求めます。
それによって、その役者の反応を見ることがあります。
できない・・と、へこたれる者
どうにかして、やってやろうとする者
どちらが私好みかは、わかろうかと思います。
常にたたかい、常に上を見ている人こそ
いい俳優になれるような気がします。そういう人が
大好きです。向上心がなければ、なにもなりませんから。
より・・いいもの・・・より・・・面白いもの
より・・・より・・・・・より・・・
この「〜より」という貪欲な姿勢がたまらくいいのです。
明日から11月、今回の役者陣が
どのように化けてくれるか・・・楽しみです。
シナリオ書き終わったことで、真剣に演出として
彼らに向かい合えることも・・・楽しみです。
いろいろな場所から集まった7人です。
私も「ほっ」とせずに、あなたたちを真剣に見つめていこう
と思っています。
シナリオ書き上げたくらいで・・・ほっとしていられない。
でも今日くらいは、ほっとさしてくれ!!
でも貧乏症の私が言うのです。
「ほっ」とするのは、今回の芝居がすんでからだよって。
[225] 演出日記 vol.3 投稿者: 投稿日:2002-10-29 (Tue)
もう後三日で11月です。
わきあいあいと練習をするのも、あと三日です。
11月になれば、鬼に化さなければ、いいものは
できません。役者と演出の本当の闘いが始まるのが
11月です。
今度の役者陣たちは、あまり変な癖のある人々が
少ないので、毎日、少しずつですが成長しているところが
見ていてわかるので、練習していても楽しいです。
高校演劇かなんかやっていて、演劇をあまり知らないけれど
偉そうに「こうやれ!」「ああやれ!」とのたまう
馬鹿な顧問の教師によって、多分、変な癖がつくのだろうと
S−PROを始めて、実感しています。
演劇を志す生徒は多分、真面目な人が多いので
その顧問の教師の言うことを立派なことだと
ついつい思ってしまい、(オウム真理教の麻原のごとく)
変な癖が知らず知らずの間についてしまうのだろうと
勝手に分析しています。
ゴルフでもゴルフを少し、かじったくらいの人に
教わると、変な癖がつくのと同じように。
変な癖がつくと、こちらが言ってもなかなか直りません。
芝居によって、脚本によって、それぞれ
読むリズムや動きが変わってくるのにもかかわらず
いつも同じリズム、同じような動きしかできないことは
可哀相に思えてきます。
いろんな引き出しがあって魅力的な俳優になれるのに
一度、演劇をやったものだから、それに胡坐をかいて
進歩しようとしない人がよくいらっしゃいます。
前にやった自分を捨て去り、新たな自分から
新たな芝居をスタートをさせたとき、うるものは大きい
はずです。まぁ、これは芝居だけのことだけでは
ありませんが。
捨て去ること・・・こそ、進歩への第一歩だと思います。
恥ずかしがらずに・・・今までの自分を捨てて
彼らがこの芝居にどのように取り組んでくれるか。
楽しみにしましょう。
[224] 寒い夜に。。。お寒い話を 投稿者: 投稿日:2002-10-27 (Sun)
寒気が南下してきているようで
今日の夜は非常に寒いです。あともう少しの台本を
書き上げなくてはならないのですが、暖房のない北向きの
部屋でパソコンに向かっていますと、寒くて頭も
まわりません。今日は、このエッセイだけ書いて寝ようと
思います。・・・皆さん、風邪にはご注意を。
そんな寒い夜、最近のニュースで一番、気になっていること
があります。それは、経済の話です。
竹中財務・金融大臣 vs 銀行の話です。
銀行の不良債権問題でどれだけ時間をかければいいの
でしょうかねぇ。もう死にかけの人がいて、いますぐ
人工呼吸しなければならないときに、「あなたは病人だから
いい病院を探してあげましょう。」って言ってるみたいな
感じで討論しているように思えてなりません。
株価が下がってもいいじゃないですか
デフレになっていいじゃないですか
不況・大恐慌・・・来てもいいじゃないですか
ずっとソフトランディングといって、生ぬるいことばかり
やってきて今の状況になったのではないのですか。
私は竹中氏がやろうとすることを応援したいし
今やらなければ、いつやるのだろうと思っています。
官僚たちが・・・天下りをした馬鹿な元・官僚たちが
銀行の馬鹿な経営者たちが・・・・苦しめばいいのです。
失敗したら、竹中氏に責任をきちんと取るのかと
言葉で脅す貴方達は、何の責任をとってきたのですか。
マネーゲームばかりして、金から金を生むことを
もう、やめにしましょうよ。
日本人の良さは、勤勉さです。こつこつと汗水流して
頑張って、働いてきたからこそ、ある程度、物質的に
豊かになれたのだと思います。
ある程度、豊かになったら、次は心の部分で豊かになること
に、お金を使うようにはならないのでしょうかねぇ。
このままじゃ、心が寒くて、凍傷を起こしそうです。
はやく、そのことにも気づき、今の改革を進めていって
いただきたいものです。
小泉さんも、しょうもないマスコミへのパフォーマンス
ばかりせずに、もっと、もっと自分の言葉で
国民に語りかけてほしいものです。
大切なのは、政治家にたいする根回しじゃなく
国民に対しての理解だと思うのですが・・・
[223] 空気 投稿者: 投稿日:2002-10-25 (Fri)
お芝居の練習をするなかで、最近、つくづく『空気』というものが大切なんだなぁと感じています。
配役は決まっているのですが、私の場合は
その役の役者の台詞を練習で違う人にやってもらうことが
よくあります。いろいろな人が読むことによって
その配役の役者さんにいろいろと考えてもらいたいというの
が、その狙いであります。
人は千差万別、それぞれの雰囲気を持っています。
その雰囲気が、そのシーンの空気をかもしだしていると
思っています。雰囲気をいかに作るかによって
そのシーンの空気が違ってくるようです。
しかし、その元来、各人が持っている雰囲気を
だせない人がいます。いいものを持っているのに
なかなか、それがでない。それを導くのが演出家の
役割のひとつだと思っていますが、演出家頼みでは
困ります。役者自身が変わってもらはないと、いけません。
持っている良い雰囲気がだせない理由がなんだろうと
考えると、それは「羞恥心」という言葉がひとつ
頭に浮かびます。殻をなかなか破れない理由が
それによるのかなとも思います。舞台に立つと言うことは
どうことなのか・・・・見られよう・・・自分を見てくれ・
私の存在を見てください・・・逃げも隠れもいたしません・
・・どうぞご自由に・・・もうまな板の上の鯉・・・・
っていう感じで、いい意味での『開き直り』が必要に
なってきます。テクニックはその後だと思います。
心の持ちようをいかにつくっていくか・・・・
これからの練習で変化してゆくことを期待しています。
[222] 演出日記 vol.2 投稿者: 投稿日:2002-10-22 (Tue)
今日の練習は本読み中心の練習でした。
どのような音をだすか・・・役者さんがだす音を
集中して、耳をすまして、聞き入っていました。
今月の初めの火曜日にシナリオを渡して、初めて読んで
もらったときから、この三週間でみんなは
確実に進歩しているなぁと今日ふと感じてしまいました。
若い人々の吸収する力は凄いなぁと感じています。
この前のエッセイで日本橋まで音響機材を
買いに行ったことを述べましたが
その商品が、次の日に着いて、今、その音を聞いています。
大きな出力のアンプから、その大きな出力を
ささえるに充分なスピーカーから小さな出力で音をだすと
とってもひとつひとつの音が鮮明で
耳障りのいい音に聞こえてきます。
役者さんも、それと同じことが言えるのかなぁと
今日の本読みをして、そう思いました。
複式をちゃんとやって、体を鍛えて
自分のアンプを大きくして
正しい口の開け方をして、口としてのスピーカーから
その音をだす。
やっと・・いい音がでてきた・・・・そんな感じです。
しかし、これが一時間半前後の長丁場で
動きもあり、いろんな段取りもあり、様々な制約の中で
いい音が出せるものかどうかは、これからです。
スタミナ・・・それを養う体力増強は各個人個人に
まかせています。役者陣が毎日、こつこつと
腹筋や背筋や腕立てやマラソンなどの走る作業を
してくれていると信じています。
限られた練習時間で短期間で芝居を作っているので
体力向上の練習はあまりできないものですから。
体力もそなわり、役者としてのアンプとスピーカーを
手にしたなら、後に残っているのはひとつ。
どのような音をだしてゆけるのか・・・ただそれだけです。
いろんな音をだすには、鍛えたらできるものではなく
その人の感性みたいなところがあります。
いろんな、いい音をいっぱいいっぱい聞いて
口真似でもいいから、自分で口にして、言ってみると
いいかもしれません。モノマネをしている人が
人のモノマネをするとき、似せようと思った人を
観察します。特に話し方、声の大小、声のトーンなど
さまざまなファクターで研究します。
マネをしようとする人の声を聞き、その特徴をとらえ
何回も何回も練習して自分のものにします。
われわれはモノマネする芸能人ではないですが
その手法だけは、お手本にしてもいいかもしれません。
そうすれば、いいアンプにいいスピーカーに
いい音源がある・・・・いい役者がいる・・・・
存在感をしめせてこそ、役者があるのですから・・ね。
[221] テント芝居 投稿者: 投稿日:2002-10-20 (Sun)
通常のホールじゃない場所でいつか公演したいと
最近、つとに思います。
芝居のことを考えて作った箱がないから、そう思うのかも
しれませんが・・・それとは別に、自分たちが自分たちの
演劇空間をつくるところから始めるって
とても、楽しい作業かなって思います。
それにはテント買ってきて、照明機材や音響機材などを
買うか借りるかして、自前でテント芝居してみたい気が
しています。この前、第二回公演にでていた山原君と
話していて、冗談で5周年記念には、大手前公演で
木下大サーカスにも負けないくらいのテントを張って
芝居したるねん!どうや!って、いきがってしまいました。
半分冗談、半分本音って感じで、いつか、いつの日にか
テントでやりたい・・・そう思います。
生まれて初めて、自分の「お金」で見に行った芝居が
状況劇場だったからかもしれませんが
あのときの衝撃は、今も忘れてはいません。
ラストシーンで今まで舞台の背景だったセットが壊れ
その後に、後ろのテントが開き、主人公が星空が見える
自然の世界の中へ消え去っていくのをみたとき
震えが止まらなかったことを覚えています。
自分たちの手で、あのようなことができるようになれば
結構、きちっとした芝居の打てる集団になっているかも
しれません。まだまだ、よちよち歩きの段階で
こんなこと言うのは、お恥ずかしいですが
『念ずれば花開く』という言葉があるように
それを夢みて、頑張っていこうと思っています。
次回公演まであと約一ヶ月です。
こんな悠長なこと、言ってる場合じゃないのですが。
[220] 移動時間に? 投稿者: 投稿日:2002-10-18 (Fri)
今日は休みだったので、大阪の日本橋まで行ってきました。
目的は音響の機材をいろいろとみるためです。
まぁいろいろといろんな電気屋さんがあって
面白かったというのが感想です。
中古の音響機材の店に行くのが第一目的なのですが
行く途中行く途中に、寄り道をしてしまうくらい
様々なものを売っている店があって時間のたつのを
忘れるくらいでした。
たまに、ひとりで姫路じゃない町をぶらぶらするのも
いいものだなぁと感じました。
行きかえりはJRの新快速だったのですが
普段あまり、いやほとんど電車に乗らないもので
電車の中の風景をじっくり観察してしまいました。
電車に乗ってる時間って、人間にとって
たんなる移動時間なのでしょうが、人それぞれに
いろいろな行動をとっているようです。
私が一番多いのは、外の景色を見ている時間で、その次が
寝ている時間かなと思うのですが、今日の観察では
年齢によって行動が分かれているように感じました。
10代から20代であろう人は、ほとんどといっていい
くらい携帯電話をいじくっています。メールしたり
ゲームをしたりしています。ペースメーカーの方が
いるので電源を切ってくださいのアナウンスの下。
わたしが立っている真下に座っている20代の女性は
テトリスをしています。「おい!おい!そこちゃうやろ!
えっ!それでは点にならへんやん。」
六万点プレイヤーの私は彼女に教えたくなります。
30代から40代のサラリーマン風の人は
新聞か雑誌を読んでいます。
私の右下の人は経済誌を読んでいます。
「ホンダが業界売り上げ・二位のごまかし!」
こんな見出しの所を黙々と読んでいます。
左の立っている人は「日本シリーズに向けて!西武の戦い」
スポーツ関係の雑誌を読んでいます。必死で揺れと
たたかいながら。
二列くらい向こうで50代と60代のおばちゃんは
二人でぺちゃくちゃ、お話をしています。
まわりの目をまったく気にしていない様子です。
・・・・・電車の中にいると・・・・
いろんな人々がいるのがわかります。
もう二度と会わないであろう人々・・・・・
いままで知り合った人の何倍も何倍も
多くの人間がいることを痛感さしてくれます。
そう思うと、今回の芝居もそうですが
ご縁ができた方々を粗末にしてはいけないのだなぁと
こっそり思った・・日本橋・日帰り・ショッピングでした。
[219] 拉致された人々の帰国。。。何を思ってこのニュースを見ましたか? 投稿者: 投稿日:2002-10-16 (Wed)
北朝鮮に拉致された人々5名が一時にせよ帰国しました。
彼らの5名やそのご家族の様子がテレビから流れるたびに
私は複雑な気持ちになります。
素直に喜べない・・・・問題は何も解決していないから。
誰も真実を知ることはできないかもしれません。
洗脳されて、北朝鮮の不利益になることを彼らは
言うはずがないとテレビにでている評論家は言っています。
インタビューも疲れているという理由だけで
一言だけコメントして、その場から立ち去りました。
もっといろいろと話したいことがあるのでしょうが
誰かがシナリオを書いているのでしょう、後は
その家族の人々のコメントに終始しました。
ご都合主義的なシナリオを書いたものだと
テレビを見て、そう思いました。
本当のことを言いたいのに、言えない拉致被害者に対しての
配慮なのでしょう。でも、彼らこそ、この事件の生き証人
であります。人情的な部分を越えて、今後、このような事が
起こらないためにも、今こそマスコミは真実を追求し
伝えるための努力をすべきじゃないかと思います。
それを私たち、国民が後押しする空気をつくって
ただ帰ってきたから、よしとする甘い考えや情緒的なものを
きょくりょく排除して、この事件に対峙しなければ
ならないと思います。
今度のHOME@HOMEという芝居の中で
私なりに、この拉致問題を取り上げています。
拉致されて、このように帰国できずに
年老いていった老人がいるとしたら、彼はどのような気持ち
で祖国を思い、家族や愛する人を思うのだろうか。
ずっと何かを待っている、ひとりの老人の妄想。
満たされないときこそ、人はいろんな事を思い
たたかい、もがき、自己を見つめるのではないのかな
そう、思ってシナリオを書いています。
『ふるさとは遠きにありて思うもの
そして悲しくうたふもの よしやうらぶれて
異土の乞食となるとても 帰るところにあるまじや
ひとり都のゆうぐれに ふるさと思い涙ぐむ
そのこころもて 遠きみやこにかえらばや
遠きみやこにかえらばや』
室生犀星のこの詩が浮かんでは消え、また浮かぶ
今日は、そんな夜になりそうです。
[218] 第四位・・・明日につなげて! 投稿者: 投稿日:2002-10-14 (Mon)
本日の甲子園の中日戦で阪神タイガースの公式戦は
終了しました。
結果は66勝70敗4引き分けでした。
思い起こせば、開幕から7連勝したときは
今年こそ優勝だと多くのファンが思いました。
でも結果は第四位でした。
4年連続で最下位のチームが8年ぶりに4位に
なったことを思えば、よくやったと褒めてあげたいと
素直に思います。
去年の12月の星野監督就任以来、めいっぱいに
走り続けてきた感じがします。
最後まであきらめない試合が多くて、勝ち負け関係なく
いい試合が多かった気がします。
優勝を目指しているのは当然ですが
その過程において、情熱を感じさしてくれる、いい試合が
来年も数多くみられたらなぁと思います。
遠山、葛西、星野、伊藤・・・・打てない時代に
毎日毎日、リリーフで踏ん張っていた選手たちが
今日で引退しました。
遠山選手の涙を見て、こちらもなんだか泣きそうになって
しましました。お別れは淋しいけれど、彼らの思いは
ひとつ、自分たちが味わえなかった優勝を目指して
来年こそ頑張ってほしいということなのでしょうか。
阪神ファンになって何十年たつかわからないですが
もし星野監督の時に優勝があるなら、おもいっきり
優勝した日に泣ける気がしています。
星野仙一は男の中の男だと思います。
強きをくじくことに生きがいを感じる男だと思います。
阪神ファンだった私が今は星野ファンになっています。
男・星野が胴上げされる姿、見たいものです。
この一年、星野さんをずっと見続けてきた上で
私が彼の男気に惚れたのですから。
「明日からがはじまりです。」
今日の甲子園の星野監督の一言が
すべてをあらわしています。
[217] ノーベル賞 投稿者: 投稿日:2002-10-11 (Fri)
最近、暗いニュースが多い中で
ノーベル賞の話題はとってもいいです。
特に化学賞とった島津製作所の田中さんは
庶民的な人柄でとっても親近感が持てます。
ノーベル賞をとるために、大学で研究をし
学会で発表を重ねる、どこかの名誉教授がいますが
その欲深い人々を押しのけての受賞は
なんだか、無欲の勝利って感じです。
難しい理論を展開して、とった賞ではなく
実験を重ね、また失敗を繰り返しながら
実社会のために、実用性のある発見が
こうして賞に選ばれたことに
ノーベル賞を選ぶ方々の良識をうかがいしれることが
できたような気がします。
賞と名のつくものは、どこか、うさんくさい部分があって
主催する側にとって、都合のいい方・・・・
たとえば、○○の女王を選ぶ場合、その主催者の取引先の
娘さんを選ぶか、それより少しだけ綺麗な長屋の娘を
選ぶかなら、まぁだいたい前者を選んでいたような
場合が多いように思います。
いつも年末のおこなわれるレコード大賞なんかは
私の予想がいつもくつがえされて、大きな事務所の
タレントが新人賞や特別賞や大賞までも持っていきます。
数字にでない賞を人が選ぶということは
難しい作業だなぁとつくづく思います。
なんの圧力もなく、既成概念にとらわれず
選ばれることが大切なのですが・・・・ねぇ。
化学賞をとった田中さんの人生が
これから変わるのは確実です。彼が、この賞をとっても
今と変わらず、普通の一サラリーマンとして
粛々と研究ができるか、淡々と驕らずに生活できるか
それが彼にとって重要なことだと思います。
いろんな所からくる講演依頼を断り、今のフィーバーが
冷めるのをじっと待って、さりげなく、仕事を
していってもらいたいものです。
そして、新たな発見をして、我々にとって有意義なものに
それを発展させて欲しいものです。
[216] カメレオン 投稿者: 投稿日:2002-10-08 (Tue)
詩をばひとつ
タイトルは『カメレオンは、かわいそう』
人の中にもカメレオン
そいつは、いつも、ころころと
会うたびに 言うことを変える
いつか 誰からも 相手にされなくなるよ
言っても 利かぬカメレオン
今日も 今日とて 言うことを変える
カメレオンはかわいそう
カメレオンは 誰からも 相手にされず いつも ひとり
いっそ あの夕陽の中に飛び込んで
夕焼け色に 染まってしまえば
いいのだろうと 思う勇気もなく
ころころと ころころと
言うことを変える
鏡に写らぬカメレオン
自分のことが知りたくて
鏡の前にたつのだけれど 自分の色がわからずに
戸惑い 苦しみ その結果
何も写らぬ保護色に 変化してゆくカメレオン
鏡の前でも ころころと ころころと
その姿を変える
カメレオン あぁカメレオン
一度 わたしが 君のいっぱい持ってる色の中から
保護色という絵具をとりだして あげようか
いつも 自分を守ってばかりじゃ
いつも 一人ぼっちだから
いつも 自分を守ってばかりいたら
いつも 幸せになれないから
君が幸せになるように 君が君自身の手で闘えるように
友達いっぱい 菜の花畑で 写真を撮ろうね
そのときの君の色は もう黄色じゃない
僕と君が 鮮明に 肩くみあっている姿
僕は
宝物にしたいんだ 宝物にしたいんだ
[215] ふるさとの『祭り』 投稿者: 投稿日:2002-10-06 (Sun)
播州地方はこれから祭りシーズンが始まります。
私も高校生のときは、屋台をかついでいましたが
大学行ってからは、ちょうど、この頃は秋季公演の
真っ最中ということで、姫路には帰ることが
できませんでした。それから、しだいに疎遠になったと感じ
です。姫路に帰ってきた今は、参加するというより
まわりから見守る一観客として、祭りをみています。
観客のひとりとして、祭りをみていると
「私のふるさとは、ここなんだなぁ」とあらためて
感じずにはいられません。
幼い頃、あの大きな屋台を大きな声で担ぎ上げる様子を
見て、一種、恐怖心や大人になったら自分も担げるように
なりたいなぁっていう憧れがありました。
いろいろな年代で、いろいろと祭りの日に思ったことが
蘇ってきます。
今の私にとって、祭りは、過去を蘇らせてくれるイベント
みたいです。今年も仕事終わってから、祭りを見にいこうと
思っています。いったい今年は何が私の脳裏に
浮かんでくるのか・・・・楽しみです。
そして、小学校の初恋の人に会うかもしれないとか
草野球を一緒にやった悪がきだった連中に会うかもとか
会ったら、ちょっと恥ずかしいなぁとか
なんて言って、会話をしようとか
まぁ、いろんな事を考えながら、観客としてみるわけです。
両親は、多分、私のそんな思いはしらず
いっぱいの手料理とお酒でもてなしてくれるのですが。
ふるさとがあって嬉し、祭りがあってなを嬉し
今年の秋は、邂逅の秋になるかもしれません。
[214] 演出日記 Vol.1 投稿者: 投稿日:2002-10-04 (Fri)
第三回公演の練習は、10月からはじまっています。
初めて演劇を経験される人が多く
基礎の、基礎の、そのまた基礎の・・・ところから
練習している日々であります。
練習して、つくづく感じることは
正直いって、ちょっとくらい演劇をした人間と
あまり差異がないということであります。
確かに、発声とか体の使い方などぎこちない部分は
まだありますが、正しい練習方法さえやっていければ
一ヶ月くらいで、高校演劇を少しかじった人くらい
いけるようになります。
ようは感性であり、演じよう、何かを伝えようという
気持ちだと思います。意識をどのように持つか
それが大切なことだと思います。
今回の役者陣には、やってやろうとする意気込みみたいな
ものを感じています。練習して成長してやろう
自分がやらされてるのではなく、やっているのだという
能動的なものを感じます。
不安いっぱいでスタートした今回でしたが
その不安も、彼らに会うたびに、少しずつ小さなものに
なっていく感じがしています。
凝り固まった演技しかできない、何も知らない、勘違いを
している役者よりも、やわらかく、しなやかで、何でも
吸収してしまう彼らのほうが演出していても
やりがいはあります。
最後まで今と同じ気持ちで練習すれば
とっても、いい芝居になる予感がします。
多分、初めての芝居作りは、彼らにとって、とっても
濃度の濃い日々になるかと思います。
ひとつの物事の真理を見るには、多くのものを犠牲にして
それに対峙しなければ、ならないこと
わかって頑張ってほしいものです。
最後の公演が終わった時、何を手にすることができるのか
今から楽しみです。
[213] まんてん・・・・作・マキノノゾミさんです。 投稿者: 投稿日:2002-10-02 (Wed)
大学3年の秋の夜、共同下宿のピンク電話が鳴った。
隣の1回生の男の子が電話をとる役目であった。
その日も彼が電話をとった。しばらくして私の部屋を
ノックする音。「首藤さん、電話ですよ。」
「ありがとう。すぐ行くから。」
電話の受話器をとった。
「はい、首藤です。どちらさんですか?」
「マキノです。」
「マキノ?」
「マキノノゾミです。同じ同志社の第三劇場で
芝居をしていたマキノです。」
はっと思った。マキノさんといえば、当時、京都の学生の
演劇界では超有名で、私も、何回も新町にある小ホールに
彼の舞台を見に行ったことがあった。
「今度、MOPという劇団を旗揚げするのです。
第一弾の芝居『広島に原爆を落とす日』の
オープニングで英語のMCを流す予定です。
そのMCをやってもらえないかなぁ・・・・」
当時、私は同志社のESSのドラマセクションの部長を
していた。それを誰かから聞いたのであろう。
電話番号を調べて、私のところにかけてきたのだ。
「いいですが・・・MCなら私より適任の人がいるので
とりあえず、その人を連れて行きます。」
そういって電話を切った。
次の日、『ほんやら洞』という喫茶店で待ち合わせをした。
こちらはMCしてもらう先輩と私、むこうはマキノさん
清水さん、堂岡さんの3人、計5人だった。
旗揚げをどうしても成功裏におさめたい・・・
彼らの熱意が会話をしてひしひしと伝わってくる。
だから最初のシーンで派手にいきたい。
よって英語のMCを入れて、ダンスをして盛り上げたい。
ふむふむ・・・なんだか面白そうだなぁと思った私と
先輩は、お役に立てるならと、そのMCを受けた。
「どうしたらいいのですか?」
「録音するから、今夜、この場所に来てくれませんか。」
「いいですよ。」
夜、指定された場所は熊野神社から程近い、堂岡さんの下宿
だった。彼の下宿に入って驚嘆した。
それは普通の学生の下宿と違い、音響機材の中に
住んでいる感じで、ひとつのスタジオみたいであった。
「今から流す曲にあわせて、英語でMCを入れてくれたら
結構ですから。」「はい。」
曲は当時はやっていたチェッカーズの『星屑のステージ』と
いう曲であった。その曲にあわせて、何回も、何回も
英語でシャウトする感じでMCを入れていった。
マキノさんがOKをだすまで、それは続いた。
「はい。OKです。お疲れさん。」
終わった。四畳半の狭い下宿に夜な夜な男5人が
集まって、麻雀もせず、ひとりが英語を読み、残り四人が
静かにそれを聞いている・・・・なんとも変な光景だった
ろうと今になって思う。あの時のマキノさんたちの熱意が
彼をNHKの朝の連続テレビ小説のシナリオを書くまでに
つながっているのかと思うと、しょうもない会社に入って
妥協で結婚して、くだらない毎日を送らなくて、よかった
ですね、マキノさん、と言いたくなります。
NHKの朝ドラは嫌いだけれど、彼の今までの苦労があれば
また違った朝ドラにしてくれる気がしています。
「まんてん」が「れいてん」にならないように
今までのNHKの型を打ち破って、本を書いていただきたい
ものです。遠く姫路の空から応援したい気持ちで
いっぱいです。
[212] 女性専用車両 投稿者: 投稿日:2002-09-30 (Mon)
通勤・通学の時間帯に女性専用車両をJRで運行して
とっても好評だそうです。
それを受けて各私鉄でも、それを取り入れるそうです。
このニュースを聞くと、男性である私は
少し複雑な気持ちになります。
「痴漢は必ずいる。」「痴漢はなくならない。」
「痴漢は男性だけである。」
だから別々にしてしまえば、それで解決する。
男性からみれば縁切り状をつきつけられたような
解決方法のように思えてなりません。
確かに、痴漢する人間は許されないし
した人間は弁解の余地もないと思います。
罪をもっと重くしたらいいとも思います。
だけど、女性の過度な痴漢にたいする意識のために
たまたま手が触れただけで痴漢あつかいされるケースも
多々あることは事実です。
「やった。」「やらない。」の水掛け論で両者とも
嫌な思いをするなら、この女性専用車両は
とってもいい解決方法だと思います。
しかし、それでいいのでしょうか。
それですべて解決したのでしょうか。
「この日本という社会から痴漢をどのように
なくすか。」・・・この問いには誰も答えを持って
いないのではないでしょうか。
あくまでも私の勘で言うのですが、痴漢する要因として
彼らは女性に対して誤った認識をもっていたり
あまりにも女性のことにたいして無知なため
自己の性欲からくる妄想を誇大化さして
その行為にいたるのではないかと思います。
第二の性が目覚めてから、男性は女性を女性は男性を
意識するようになります。
その意識してから、なぜか私学などでは男子校と女子校に
わかれて学校運営をしています。
異性を意識しないで勉強に専念してということでしょうか。
専念した分、いい大学にいけ、いいところに就職できるかも
しれませんが、痴漢はへらないと思います。
共学であれ、男子校であれ、学校という場所を離れて
実体験として、男性は女性と触れ合う、女性は男性と
触れ合う場所を探してゆくべきじゃないかと思います。
学校で男と女を分けて勉強したことが
女性専用車両を作り上げているとしたら
なんとも皮肉なことだなぁと仮説ですが思ってしまいます。
[211] 夢の旅路・・・・・エッセイ書いて、ちょうど一年たちました。 投稿者: 投稿日:2002-09-27 (Fri)
昨年の九月二十一日に書き始めた、このエッセイが
一年も続くとは思いもよりませんでした。
今回で第211回目になります。
勝手気まま、思いのまま書き綴ってきました。
このページに足を運んでいただいた方々に感謝し
またこれからも、ゆっくりですが
書き続けていこうと思っています。
これからも、ご愛顧のほどよろしくお願いします。
で・・・本日のタイトルは『夢の旅路』です。
たまに、ふと「なんで演劇みたいな、面倒くさいものを
やってるのだろう」と思うことがあります。
もう役者として舞台にでることに決別した今では
別に人前にでて、格好つけて、歌ったり、踊ったり
目立とうとは、思いません。
また劇団を作って、それをメジャーにしたいとも
思いません。
ただ、いつも空気のように演劇が、生活の一部として
そばにある・・・ただそれだけでいいのかなぁ・・・・
そんな感じで演劇と接していければと思っています。
演劇がテレビや映画と違うことは、その場に生きている
役者が、その場に生きている観客と
その場にある同じ空気を吸っているということだと
思っています。
生身の人間同士がぶつかりあって、ひとつの空間で
ひとつの物語を共有する・・・時代はマスの時代です。
衛星から送られる映像で最新の映画や音楽のコンサートが
家で寝転んで、おやつでも食べながら、見れる時代です。
そんな時代に逆行してるのが演劇かもしれません。
だけど、こういった演劇などの皮膚感覚的な生身の
人間を感じる場所がなっくなった社会って、とても
恐ろしい社会になるような気がしています。
私が感じる恐ろしい社会にならないように
演劇というものをやり続けていこうとも思います。
ソフト面では、S−PROをつくって、細々とやり始めましたが、ハード面もいつかは考えるときがくると
思っています。
いつか、この姫路の街に、フリースペースとしての
小劇場をつくれればと思います。そのときは、もう老人に
なっているかもしれません。でも今の私と同じ思いの
若い後継者がいて、その人々の感性で作り上げられた芝居を
袖幕の横で静かに見守ることができれば、満足です。
まだまだ『夢の旅路』の序章・・・第一歩がはじまった
ばかりなのですが。
[210] とりあえず・・・祝・巨人軍優勝 投稿者: 投稿日:2002-09-25 (Wed)
にっくき敵、ジャイアンツが昨日、優勝しました。
今年の巨人軍の優勝の要因は原監督の采配という人が
多いですが、私はそうは思いません。
今年の勝因は『ホームランバッターが相次いで怪我をした事』
だと思います。
巨人といえば、FAであっちこっちからホームランバッターを
とってきて強力打線を築き上げる事ばかりしてきました。
落合、広沢、清原、江藤・・・などなど
しかし、一番から八番までホームランバッターで
かためたら、勝てるかというと、そうではないと思います。
ホームランバッターといえば、お芝居で言えば『主役』です。
その主役が八人もいる芝居ってどうでしょう。
面白いでしょうか。わけわからないストーリーに
なってしまいそうです。
脇役があってこそ、主役がひきたつし、物語もしまると
いうものです。
今年の巨人は、清原や高橋や仁志の怪我、江藤の不調などで
そのホームランバッターがずらりと並ぶ打線が組めなかった。
その穴を二軍にいた足のはやい、こつこつとバットにあてて
ヒットを狙いだけの小兵的な選手が埋めていった。
小兵的な選手が芝居で言うと、名脇役になったわけです。
このことが優勝した、もっとも大きな要因であったと思います。
つまり、ホームランバッターが故障や不調でなければ
今年の優勝はなかったことになります。
来年、タイガースファンの私は、巨人の選手、とくに
ホームランをよく打つ選手が一年通して、健康で試合に
でれることを望み、若手で一軍半の小粒な選手が怪我を
してくれることを望みます。
なにか芝居と野球って共通点があることを
思い知らされた2002年のプロ野球でありました。
[209] 合コン 投稿者: 投稿日:2002-09-22 (Sun)
S−PROの練習後、すこし食事をとりに
居酒屋へいきました。わたしたちが席についてから
小一時間くらいして、10人の団体さんが入ってきました。
男5人・女5人でいかにも合コンといった感じで
よそよそしいというか、緊張しているというか
『重々しい空気』が漂っています。
なかなか注文した料理がこないので、暇つぶしって感じで
彼らの行動を眺めていました。
「あの5人のなかやったら誰にいくかなぁ。」とか
「あの子は顔は可愛いけど、体ごついなぁ。」とか
「髭はやしてる兄ちゃんは多分、あの娘がええんやろか。」
・・・・・・・と無責任で勝手なことばかり、こちら側で
言い合っていました。
そうしていると、その合コンのテーブルにも
ビールが来て、料理が来て、宴がはじまりました。
すると、その『重々しい空気』が次第に消えてゆくのが
こちら側で客観的にみていると手に取るように
わかります。下を向いて恥ずかしそうにしていた
髪金の小柄な女の子も対面に座るお兄ちゃんに
お酌をしはじめています。
当たり前の話ですが、お酒の力は・・・・ふむふむ・・・
こういう力があるのだなぁ・・・人同士を和ます力・・
重々しい空気を軽い空気にかえる力・・・・・
お芝居をやっていて、大切なもののひとつとして
感じているのは『空気』です。
芝居はじまって、どのようにしてお客さんが
われわれのかもしだす空気に触れて、同じ空気の中に
同化していってくれるか・・・なかなか、その線を
超えるのは時間がかかります。
お酒の力を借りるわけにはいきませんから・・・・ねぇ。
それには、いかに演者がリラックスして演じるか
ほどよい緊張感を持って演技に集中しているか。
空気というのは必ず、伝わってゆきます。
幕が開いたときから、どれだけはやく、まずその空気を
伝えるか・・・それからだと思っています。
客席と舞台が、一体になったと感じたとき・・役者冥利
演出冥利になる気がします。
[208] 人生の学校は疑問形? 投稿者: 投稿日:2002-09-20 (Fri)
学校ってなんだろう?
知識をえる場所?技能を修得するところ?
学校にいけばなんとかなる?なんとかって?
なんとか食べていけるってこと?
なんとか生きていけるってこと?
困ったときの学校頼み?
「学校に行く」って言葉は隠れ蓑?
「学校に行く」って言葉は時間稼ぎ?
マニュアルを教えてもらって何になるの?
体系を教えてもらって何になるの?
それを超えたところに何があるのか?
それは考えないの?
※ここでいう学校とは
義務教育の学校のことではありません。
例えば演劇をやろうと考えたときに、実際の劇団に
入るか、学校に行くか。料理に興味をもったときに
自分で毎日、工夫して料理を作るか 料理学校に
行くか。英語を話したいときに、自分でテープ買って
きたり、ラジオ聞いたり、いろんなことするか
NOVAに行くか。
学校に行くのは悪いことじゃないと思います。
だけど、学校にいけば、すべて解決してもらえるという
すべて満たされると思っていることは危険です。
方法論として、すぐに学校に行けばいいという考えも
好きではありません。
まぁ世の中にいろいろな学校はありますが
教えることは、ありきたりで、体系的なことしか
教えてはくれないような感じがします。
それを超えたところにあるものは、自分の手で
掴み取るしかないのかもしれません。
「あの・・・・人生について学びたいのですが?」
「はぁ?」
「人生の学校ってありませんか?」
「はぁ?」
「学校に行きたいのですけど・・・・・」
「ちょっと私にはわからないですね。」
「そうですか。」
「あの人なら知ってるかもしれません。」
「誰ですか?」
「駅前でアルミ缶、拾っている・・あ・・あの人。」
「あのホームレスですか。」
「はい。」
「あの人・・・いつも町に出て、いつも駅で行き交う
人々を見ています。朝も昼も夜もずっと見ています。」
「はぁ・・・・」
「あの人に聞いてください。私はこれで。」
「・・・ど・・・どうも。」
聞いた人物はホームレスの老人のところに行かなかった。
一日中、老人と同じように、駅で行き交う人々を
見ていた。朝も昼も夜も。
何日も何日も・・・・・・雨も日も晴れの日も
彼は、もう『人生の学校』のことは
すっかり忘れていた。『学校』という言葉が
彼の頭からなくなっていた。
秋がはじまり、天高く、うろこ雲が
彼の頭上に あった。
[207] 異空間での旅 投稿者: 投稿日:2002-09-18 (Wed)
トイレに時刻表を一冊、おいてある。
トイレで新聞を読む人の話はよく聞きますが
私の場合、トイレという家庭の中で一風変わった空間で
時刻表を読むのが、なんだか癖になってきたようです。
今日はちょっと北海道までいってきました。
大阪駅:12:00発トワイライトエクスプレス号の
ロイヤル(A寝台個室)に乗り込み、いざ札幌へ。
札幌着次の日の9:08ですから約22時間の旅です。
日本中あちこち行ってきましたが、まだ一度も訪れていない
のは沖縄と北陸・北日本の日本海側なので、車中からですが
一応、北陸と北日本の風景をはじめて見ることになります。
日本海に沈む夕陽がいかなるものか、乗り込んだばかりの
私はわくわくしています。
夕食はダイニングカーでの食事を予約しています。
フランス料理になるそうですが、それも楽しみです。
今は新幹線なんかの食堂車が採算がとれなくて
しだいに無くなっていると聞きます。
食事するだけの車両が一台専用についてるなんて
贅沢な気持ちになります。
・・・・・・とここまで馬鹿なやつの空想を
聞いていただき感謝しています。でも人間がなんらかの
行動をおこす時、衝動的な事例を除き
だいたい予定をたてて、行動していると思います。
私の場合は今日一日なにをしなければならないのかを
昨日のうちにメモにして就寝することが多いです。
トイレでの『異空間の旅』の延長線上に
実際の『行動としての旅』があるように思います。
ただいま脚本執筆中です。行き詰まると・・・
どこか、遠くへいきたくなります。逃避行かな。
でも逃げられないから、空想の世界でもいいから
どこかへ行ける『異空間の旅』はありがたいです。
明日は、どこに行くことにしましょうか。
それは明日、異空間に入ったときにしましょう。
今から考えずに・・・・そのときの気分で・・ね。
[206] 集中 投稿者: 投稿日:2002-09-15 (Sun)
アマチュアの劇団を見に行って、いつも感じることがある。
それは『恥ずかしそうにやってはるなぁ』ということで
あります。特に視線。定まっていないというか
どしっとしていないというか。言葉に「目が泳いでいる」と
いうのがありますが、まさにそれです。
そういう出演者を客として見ていると、見ていいものかと
こちらが恥ずかしくて、恥ずかしくて
その人ばっかりが気になって、ストーリーになかなか
入っていけないですね。
舞台に立った以上、もう「まな板の上の鯉」、度胸くくって
やるしかないのに、うろたえるのは、どうしてでしょうか。
それは一言でいうと、経験不足という言葉でかたずけられる
かもしれません。しかし、それだけでないような気がしてい
ます。あほほど練習やれば、いいのか・・・・それも
本質的な答えではないような気がします。
うーむ・・・なんやろ?・・・・うーん
『集中力』・・・これやろか?
『コンセントレーション』・・・英語にしただけやん
『・・・・・・』・・・・何も書いてへんやん
書いてへんのと違う。これしかでてこえへんのや。
『集中力』の持続。これにしましょう。
ダラダラ練習してもダメ。集中力を持って、短時間、練習
して日本一になった神戸製鋼ラグビー部を見習おう。
いかに集中して役づくりに取り組むか。
その役を集中して演じるか。
役者以外でもスタッフにそれはいえることですが。
皆が皆、集中して練習し、それを舞台にのせる。
そうしたら、お客さんも集中して見ていただけるような
気がします。
われわれもアマチュアです。プロではありません。
恥ずかしそうにする人がいます。
それを払拭する方法・・・昨日、はじめてやった練習から
そんなことを考えてしまった連休の中日です。
今後の成長がいかなるものか・・集中して見守ることに
します。
[205] 自転車泥棒 投稿者: 投稿日:2002-09-13 (Fri)
マンションに住んでいます。
昨日の朝、自転車に乗って出かけようと一階の自転車置き場
に行くと私の自転車がありませんでした。
周囲を見てもありません。
「やられた!」・・・・これで二回目になります。
鍵はちゃんとしていたのですが、一個の鍵では
だめだということでしょうか。
自転車盗られたり、パンクさせられたりした経験は
多くの方がお持ちであろうと思います。
見えない、わからない人間の仕業というのが
私や被害にあった人々の苛立ちにつながっているようです。
なんで人が困惑するようなことをするのか・・・
盗る人間にそんなことを言っても無駄だと思います。
彼らは一生、何も変わらずに、せこい窃盗をくりかえし
つまらない、卑怯な生き方をしていくでしょう。
そして不幸な結末をむかえて人生を終えるでしょう。
1999年、姫路に帰ってきてから
三台目の自転車購入になりそうです。仕事場に
行く手段でどうしても必要でありますから。
じっと堪えて昨日の出来事をこのエッセイで書くことにより
自分の憤りを浄化していくことしかないのでしょうね。
くだらない、せこい、汚い人間がこの世から
なくなることを祈りつつ。
[204] あれから一年・・・NYの朝 投稿者: 投稿日:2002-09-11 (Wed)
世界貿易センタービルが崩壊してから一年。
今日は、いろいろな特集を組んでテレビでやって
ましたね。このような事柄(何人もの人が死んだときなど)
が、起こったとき、『あの日のことを忘れてはいけない』
とよく言いますよね。
9月11日を忘れるな・・・・・とか。
いったい何を忘れないようにしようというのでしょう。
人を傷つけたり、殺したりするのを
悪として、忘れてはならないと言っているのでしょうか?
そうしたらアメリカによって殺戮されたアフガンの人々には
どうなるのでしょう。アメリカが空爆した日を
この9月11日みたいな日にするとしたら
そんなのいくつでも、こうした忘れてはならない日が
できてくるように思います。
自分たちだけが正義であるというのは大嫌いです。
力によって、人間を押さえ込もうとする態度も
大嫌いです。
私は、いま述べた二点のことを
この日になれば、思い起こすことになると思います。
市井でも、他人の話をなんにも聞かず
自分の事ばっかり話す奴がいますよね。
自分中心的で、自分が世の中の中心にいて
世界がまわっているのかのごとく。
頼むから、自分中心的な話をやめてくれ!
これ以上、しゃべると殴ってしまうかもしれないから。
人の優しさや人間の情を己のエゴというフィルターを
透してみるから、そういった奴は
何もわかっていないことが多いです。
そのような方々は、私のそばから遠い世界で
過ごしていただくことを祈ります。
アメリカ・・・アメリカかぶれ・・・アメリカ好き
さようなら・・・です。
[203] 時計 投稿者: 投稿日:2002-09-08 (Sun)
♪大きなノッポの古時計 おじいさんの時計
100年いつも動いていた ご自慢の時計さ
おじいさんの生まれた朝に 買ってきた時計さ
今はもう動かない その時計
100年休まずに チクタク チクタク
おじいさんと一緒に チクタク チクタク
今は もう動かない その時計
何でも知ってる古時計 おじいさんの時計
きれいな花嫁 やって来た その日も動いてた
嬉しいことも 悲しいことも みな知ってる時計さ
今はもう動かない その時計
真夜中にベルが鳴った おじいさんの時計
お別れの時が来たのを みなに知らせたのさ
天国へのぼる おじいさん 時計とも お別れ
今は もう 動かない その時計
100年休まず チクタク チクタク
おじいさんと一緒に チクタク チクタク
今は もう 動かない その時計 ♪
「大きな古時計」はやってますね。
小学校の音楽会で歌うような、この曲を
平井堅が歌うとなぜか新鮮な感じがします。
いい歌をこうして、掘り起こして
これからも歌っていってもらいたいです。
まぁ、このおじいさんのご両親は
なかなかセンスがいいというか 私流に言わせてもらうなら
「おしゃれ」といいますか
自分の子供が生まれた日に 時計を(しかも大きい壁掛け)
買ってくるなんて 凄い。本当に洒落た両親です。
まぁお母さんは、産むのに大変だったでしょうから
お父さんの考えでそうしたのでしょうね。
時計っていうのは 何気なく日頃 腕にしたり
壁にかかってるのや机の上に置いてあるのを
ぼんやり見てるだけだけど こうして素敵な詩にして
擬人化して表現されると 時計って哲学的です。
多分 わたしたちも死ぬまで ずっと時計とともに
時間を感じながら 生きていくわけで
意識として よくわからない時間という概念的なものに
いつも なんらかの形でしばられているのでしょうか。
しばられるということが、なんらかの不自由さになるならば
時間を忘れさせてくれるものが
一番 贅沢なものになるのかもしれません。
世界一周の旅をするエリザベス二世号の船内には
どの部屋にも時計を置いてないということを
聞いたことがあります。
時間の贅沢を楽しんでくださいという
ことなのでしょうね。
時計で刻めば、同じ一時間、同じ一日なのに
我々 人間にとっては 状況などいろんな要素によって
長さが違うのは確かです。私の場合、芝居の公演で
ホール入りしてから、本番して、撤収するまでの時間が
何回も公演を重ねても 一番 短い一時間、一日に
なってるようです。その感覚がたまらなくて、忘れられ
なくて、演劇をやっているところもあるかもしれません。
あっという間の・・・・時間。
時計の針が狂ったかのように、はやく進む一日が
11月に味わえるかと思うとわくわくします。
それまでの日々はじっくりと時計の針を調節しながら
たんたんと過ごすことにしましょうか。
[202] すべてを望むものは何も得られないことになっているのかもしれないと夜な夜な想う 投稿者: 投稿日:2002-09-06 (Fri)
彼女・彼が欲しい。お金も欲しい。
楽しい趣味も欲しい。友達も欲しい。夢も欲しい。
・・・・欲しい。・・・・・欲しい。・・・・欲しい。
「欲しい」「欲しい」「欲しい」って
欲張りな人は、なにひとつ得ずに人生終わりそうな
感じがします。
ひとつの事をつきつめていくうちに、いろいろなことが
叶っていくのだと思います。自然に、ごく自然に。
芝居もやりたい、金も欲しい、彼女・彼も欲しい
(彼女や彼がいる場合→彼女や彼との時間が欲しい)
・・・・最初からこんな事を思っている人がいたら
芝居をやめることをおすすめします。
芝居に限らず、音楽など芸術的なことも同じだと思います。
さっさと止めて、時給のいいバイトでもして
そこに務めている可愛いオネーちゃんとでも親しくなって
毎日、楽しく飲み食いしたらどうでしょうね。
姫路でS−PROJECTとして活動をしていて
思うのですが、本当の意味での芝居好きと、この町で
出会ったのは少ないです。ほとんどいないかもしれません。
京都には芝居気狂いがたくさんいました。
そんな人々を見て私の大学の後輩のW君なんかは
「世捨て人」と「世捨て人」と呼んでいました。
(後々、私も彼から「世捨て人」と呼ばれることに
なるのですが。)
「世捨て人」という言い方を私なりに分析すると
ひとつの物事に熱中し、つきつめていくには、やはり
世を捨てるくらいのエネルギーが必要だったのかと
最初にこの言葉を使った人に変な意味で感服せざるをえない
感じです。
ひとつの真実を得るのは並たいていではないこと
わかってらっしゃいますから。
ひとつの真実が見えたとき、がらっと世の中が
変わってくるように思います。
もし、あなたが迷っているなら
答えはひとつですよ。
『多くを望むことなかれ。真実はひとつのことから
見えてくる。さぁ今、立ち上がるときです。』
[201] 九月からはじまるのです 投稿者: 投稿日:2002-09-03 (Tue)
九月になりました。まだ暑いけれど、もう九月です。
八月、目いっぱいした仕事の疲れもだしてはいられません。
九月十四日から芝居の練習をはじめることにしました。
新たなスタートです。今回で姫路での「お芝居」は三回目に
なります。また新たな人々と「お芝居」ができます。
喜びと不安を抱えながら・・・・のスタートです。
不安はいままでの何十回した芝居も今回も同じで
それが結構、いい緊張感持たせてくれてます。
どんな「お芝居」ができるんだろう。
どんな役をどんな風に応募してきてくれた方々が
演じてくれるのだろうか・・・・・楽しみです。
今、カレンダーをぼんやりと眺めています。
長そうで短い、公演までの三ヶ月になりそうです。
九月というのは世の中でも夏休みが終わり
REーSTARTって感じで新たな気分になれる月だと
思います。2002年、今まで、充実しなかった人も
充実していた人も残る四ヶ月をどのように過ごすかで
「いい年」になるか「悪い年」になるか・・・・
大切な四ヶ月だと思います。
S−PROJECTとしても、今年を締めくくる意味で
いい「お芝居」ができるようになればいいのですが・・・
後は私を含め、参加された人々の頑張りいかんだと
思います。
皆さん、頑張りましょう!!
[200] Try to Do 投稿者: 投稿日:2002-09-01 (Sun)
本当に嫌いな人間なんていない。
本当に好きな人間もいないかもしれない。
「この人はこうだ!あの人はこういう人だ!!」
決めつけるのが嫌いである。
又 決めつけていいのだろうかという疑問もある。
一人の人間の中には、その人のDNAと同じくらい
様々な性格を決定する因子みたいなものが
あるような気がする。そして、その中の表面に突出した
部分を見て、この人は赤だとか、青だとか、黄だとか
勝手に色を決めつけているに違いない。
見えているのが、氷山の一角ならば、人を憎んだり
うらんだり、好きになったり、愛したり
いろいろなアクションを起こすことが馬鹿らしく
無意味なことになるように思える。
とことん人と付き合えば、隠れている部分が見えてくるか
といえば・・・・・・・これも難しい。
結婚をして、同じ共同生活をおくっている夫婦でも
相手のことがわからないことが多々ある。
あきらめるか・・・・とほほ・・・とほほ・・・
いやいや、あきらめるのは早計だ。
決してあきらめず、相手のことを知ろう、わかろう
そうする姿勢が大切なことだとこの歳になって感じる。
「愛している」とは言えない。
「愛そうとしている」なら言えるかも知れない。
最後まで相手がわからなくてもいい。
最後までとにかく伝えること、わかり続けようとすること。
九月十七日、わが国の首相が平壌に行くことになった。
両国には様々な、互いに、理解しあえない懸案が存在する。
わかりあおうとする姿勢を崩さずに
根気よく交渉をしていただきたく思う。
そうすれば自ずと道は開ける気がする。
[199] 闘うべき相手 投稿者: 投稿日:2002-08-29 (Thu)
「闘う」という言葉がいつも頭の中にある。
実際に行動しなくても頭の中だけでも
最近は何者かと闘えるようになっている。
「闘う」ことは好きだ。何かと闘ってるなぁと思うと
自然とエネルギーが湧き出てくる。
勝負事が好きなのも、多分、知らず知らずに
そのエネルギーがでているからだろう。
自分自身でエネルギーがでてくるのがわかる時がある。
そんなとき、少し恍惚としている自分がいる。
酔いしれている自分がいる。酔いしれるのが好きなのかも
しれない。
演劇が好きになったのも、それがあるからだろうなぁと
思っている。
私にとって今、そして今から闘うべきは何だろう・・・・
とふと考えてみたくなった。
『私が今まで生きてきて、矛盾してるなぁ、変やなぁ
おかしいなぁ、と思っていた事柄が何年生きてみても
何一つ変わっていない状況』
この状況と対峙して闘わなければならないと思う。
「変えなくちゃ」「変わらなきゃ」「捨て去らねば」
与えられるのに慣れっこにばかりなってもいられない。
「与えなきゃ」「ボールを投げなきゃ」「走らなきゃ」
守りに入ったときが自分の終わりのときだという
感じがする。
大社一族が守りにはいった時から、日本ハムの
凋落が始まったのだと思う。
企業も個人も何かを変えようとしないと不幸な結末が
くる。しかし、私が抽象的に書いた
『矛盾を抱えながらも何一つ変わらない状況』の代表格
である官公庁(国・地方自治体)は、なぜか不幸な結末
が来ないことが多い気がしている。
日本ハム問題で農水省が格好つけて、えらそうに
事業所などに立ち入っているが、おおもとは
君たちがBSE問題ではっきりした態度をたらなかったこと
また業界をかばう、消費者無視の牛肉買取システムを
誰に圧力をかけられたが知らないが、時間をじっくりかけず
構築したことに起因するものだと思います。
つらつらと文章を書いているうちに
具体的に闘う相手が見えてきたようです。
その相手は大きければ大きいほど
私のエネルギーも大きくなるから
なんだかワクワクしてきます。いざ勝負!!
[198] 時代 投稿者: 投稿日:2002-08-25 (Sun)
時代を感じたくて、よく電器屋さんに行きます。
大きな電器屋さんに行って、様々な最先端の技術を駆使した
商品をみるのが好きです。
携帯電話やパソコンなどの、それ自体、先端をいってるもの以外にも
白モノ家電と呼ばれる洗濯機や冷蔵庫などでも、技術の進歩に
驚かされます。ドラム式の縦回転の全自動洗濯乾燥機などは
わぁー・すげ―・ほし―!飛びつきそうになります。
テレビも今では超薄型の液晶テレビやプラズマテレビが
どや!!見てちょ!!って感じで売り場の真ん中にどかって
座っています。
衝動買いパートVではないのですが、AIWAの15インチの液晶TVを
買ってしまいました。価格コムで買った人の評価どおり、とっても
キレイな画面で満足しています。画面にうつる文字の輪郭がしっかりしていて
鮮明です。重さが5〜6kgくらいなので持ち運びも簡単です。
あと何年かしたら、重い重い、箱型のテレビはなくなるのではないかと
思ってしまいます。時代は便利なものを勝者にしますから。
そして私がなくなるものの一つとしてあげたいのが
VHSのビデオテープとそれにまつわる機材です。
懐かしい話ですがビデオテープがでたとき、若い方は知らないでしょうが
ベータ方式とVHS方式の二種類が最初は規格としてあったわけですが
なぜか大きさが、小さい方のベータが負けてしまい、今のVHSが
ビデオで主流になりました。しかし、そのときは同じビデオ同志の
勝負だったけれど、今度は違う相手が勝負です。
今、電器屋さんではHDD録画、DVD録画の機材が10万前後で
売られています。これが普及して、コストが下がって、どんどん
安くなれば、ビデオデッキに変わるものになると思います。
それはデジタルの時代が来るので、それに対応したものに
録画機器自体も変わらざるを得なくなるというのが私のつたない考え
なのですが。いかがでしょう?
時代を感じるとは、今を知るということです。
本当に電器屋さんは時代の鏡です。器械にうとい、そこの
お父さん、お母さん、お姉さん、僕・・・・みんなで電器屋さんに
もっと行きましょう。何も買う必要がなくても、今を感じに・・・ね。
[197] うつせみの家 投稿者: 投稿日:2002-08-22 (Thu)
街路樹から聞こえる蝉の鳴き声が
ミ―ン・ミ―ンからツクツクボウシ・ツクツクボウシに
変わったことに今日、気がつきました。季節は、ほっといても
勝手に過ぎてゆくものなんだなぁと感じた涼しい一日でした。
久しぶりに、詩でも書いてみたくなりました。
『うつせみの家』−56歳で逝った貴方へのレクイエムー
何気なく ほんと 何気なく 歩いていた
蝉が死んでいた 死んでいたというより 固まっていた
・・・ように見えた 誰かに魔法をかけられたように
可哀相だなぁと思った まっとうしたのだろうか とも思った
その蝉をまたいだ瞬間 「ミ―ン」と鳴いた 本当に鳴いた
私は驚いた なぜか走った その場から逃れたかった
死んでいると勝手に思った私に まだまだ息絶えてたまるか!!
それを言いたかったのだろう
貴方は何も言わなかった 何も言わずに逝った
ひとり暮らしが辛いとか 淋しいとか 苦しいとか
何も 何も 何も 言わずに逝った
何か 言ってほしかった
何か 伝えてほしかった
あなたがいない家は うつせみの家
あなたがいない部屋は うつせみの部屋
あなたがいない会社は うつせみの会社
あなたがいない町は うつせみの町
あなたがいない私の心は うつせみの私の心
私の周りはヌケガラだらけになってゆきます
これから、こんなことが増えてくるのかと思うと
嫌になります
いつまでも いつまでも いつまでも
すべての私の周りの人々よ ありつづけて いてください
時の流れは そんなこと 許してくれないのは 承知の上で
[196] 夏の別れ 投稿者: 投稿日:2002-08-20 (Tue)
祖母の通夜のとき、親戚のおじさん、おばさんが私にこう言いました。
「おばあさんのこと、今日はいっぱい話してあげよう。」
知りませんでした。そうすることで、彼女が安らかに冥土に行ける
ということを。
今日、ひとりの知り合いの男性が亡くなりました。
電話でそのことを聞きました。彼は、仕事上での部下でした。
数日まえから少し体調を崩していたので、お休みしてもらっていました。
その間、電話をしてもつながらないので心配をしていた矢先のことでした。
ひとり暮らしをしていました。身寄りもなかったそうです。
地区の自治会の人が倒れている彼を発見したそうです。
彼は片目が不自由でした。それでも仕事では一生懸命に
左右確認をして車を誘導していました。
へたくそでしたが、一生懸命でした。手を抜く事をしりませんでした。
子供のような性格だったので、みんなに可愛がられていました。
明日、会社のみなさんにこの事を伝えるのはつらいです。
このエッセイに書いた『かき氷』の美味しい店を教えてくれたのも
彼でありました。姫路の美味しい食べ物やのことを
よく知っていました。食べ歩くのが趣味みたいなところがありました。
他には、これといって趣味みたいのはなかった気がします。
煙草も吸わないし、酒も飲まないし、賭け事もしませんでした。
人がよくて、いろんな人間によく食事をおごったり
苦しい人には、お金を貸したりしているのを見たことがあります。
若くして父親を亡くし、母と生活していたらしいです。
しかし、その母も痴呆症にかかり、看病に数年の月日を費やしたけれど
6年前に他界してしまい、それからはひとり、家族もなく生活していました。
夏の別れです。淋しいです。悲しいです。やりきれないです。
冗談っぽく、一度、舞台にたってみないかということを
彼に言ったことがあります。二、三日して、そのことをすっかり
忘れていた私にたいして彼が近寄ってきて一言いいました。
「よかったら、出てもええで。」
私は 「冗談やん。本気にしてたん。ふーん。で・・また、なんで?」
彼は 「自分を変えたいんや。」
そう言いました。子供っぽい彼の口から、そんな台詞がでるとは
おもいもよりませんでした。引っ込み思案でおとなしくて赤面症で
人前で少しどもりクセのある彼から・・・その言葉が。
葬式もお通夜も身寄りが、いないからしないかもしれない。
会社からの連絡はこうでした。あなたの事を少しだけ、ほんの少しだけ
このエッセイに書かせてもらいました。ここで語らせてもらいました。
安らかに眠ってください。ただそれだけです。そして、姫路に帰ってきた
私にいろんな所へ連れていってくださって、心より
『ありがとうございます』
こう言いたいです。今日の涼しさは、あなたとの別れとともに
今年の夏との別れみたいで、なんだか切ないなぁ・・・
[195] 衝動買い PART U 投稿者: 投稿日:2002-08-18 (Sun)
頭から芝居のことが離れた事はありません。
何かにつけ、面白いことがあれば芝居に使えるんじゃないかと
思う性質に体がなってしまったようです。
街でふと流れる音楽がいいなぁと思えば、いつか芝居で使ってみようかとか
ユニークな服装をした人やメイクをした人なんかを見ると・・・・・
同じようなことを思ってしまいます。
盆で飾磨の実家へ帰った先日、母からリバーシティ(ジャスコ系のスーパー)で
夕食(盆なので我が家では珍しく・・・お寿司)を買ってきてと
頼まれました。夕食を買いに行ったものの、リバーへ行ったときには
いつも立ち寄ってしまう店があります。それは3Fの楽器屋さんです。
買う、買わないにかかわらず、楽器って見てて、楽しくなります。
私にとっては、本当に字の如く『楽しい・・・器』であります。
何十万もするギターの前に立ち、このギターの音色はどんな音を
するんだろうと思いをはせる・・・楽しい時間であります。
ギター見たり、シンセ・ドラム見たり、店の中をぐるぐるまわっていたら
ミキサーのコーナーに来ました。ミキサーは芝居の音響で使うのですが
まだ持ってないので興味津々、眺めていたら、若い男の店員さんが
背後にやって来て、「お客さん、貴方が今、ご覧になっているミキサーは
なかなか手に入らないものですよ。入荷したら、すぐに売れてしまうし
今度、いつ入るかも知れないものですよ。」と私に言いました。
「ほんま?」「はい。同じメーカーの型違いは予約ずみの札が
はってあるでしょう。横を見て下さいよ。」「ほんとや。」
「いい音でますよ。何に使われるのですか?」「お芝居に・・」
「そうですか。お芝居なら、あの予約ずみのより、今、ご覧になっている
方がチャンネルも多いし、お勧めですよ。」「・・・・じゃあ下さい。」
「・・・・」の時間はわずかだったと思う。
本当に衝動的にかってしまった。メーカーもあまり聞いたことないし
ドイツ製だし、使い方よく知らないし・・・・・
右手にミキサー、左手に家族4人分の寿司を手に持ち、リバーから
帰る姿はへんてこなものだっただろうなぁ。
それから三日たち、今日はじめて、そのミキサーを開封した。
説明書を読んでも、よくわからない。悪戦苦闘の時間が続く。
いろんなボタンやコントローラーみたいなのを動かして
なんとか一つの音源から音をだすことができたけど・・・・
多分、本質をわかってないから、まだまだこれから勉強しなくては
ならないでしょう。頭が痛いけど、心地良い頭の痛さであります。
いつか、このミキサーもって、何の設備もない所に行って
芝居とかコンサートとか、やってやるぞ!!という意気込みは
ありますが・・・・使いこなせるようになるまで、いったい
どれくらいの時間がかかるのか・・・頭の中の私のミキサーが
いろんな考えを整理できないまま、不協和音をだしそうな・・・・・
そんな現状であります。いろんな知識を蓄えて、それを整理して
いい音がだせるように、頑張ってゆこう!それしか今は言えません。
まぁ車もそうですが、自分のものとして買って、毎日、それと
戯れていれば、結構、うまくいくようになるものだと
楽観的に考えている、都合のいい自分もいるのですが。
えーい!!どうにでもなるわい!!そんな思いの『衝動買い』だった
のかもしれません。
[194] 衝動買い PART T 投稿者: 投稿日:2002-08-17 (Sat)
残暑厳しいです。本当に暑いです。
マンションの5階に住んでいますが、部屋にものを限りなく一杯置いている
ものですから、風通し悪いです。私の書斎(たんにパソコンがある部屋)
は孤立していて、廊下をへだてなければならず、ベランダもないので
今まではエアコンを置いてませんでした。というより置くことができなかつた
というのが本当のところです。
暑さも限界になり、エアコンの外機が置けなくてもよい、窓用エアコンを
買おうと思いたったのは二日前。姫路市内の大きな電器屋さんを何軒か
廻り、一番安い『コジマ』で昨日、買いました。
今なら、特価!7割4分引き!セール!!という言葉にも騙され
買ってしまいました。買ったのはいいけれど、取り付け工事代を節約したもの
ですから、今日は、その取り付けに悪戦苦闘の日々を過ごしてしまいました。
取り付けして、その窓用エアコンのスイッチを入れると、まず室温が
表示されるのですが、なんと、それには日当たりの悪い場所にも
かかわらず、33℃の表示(午後5時現在でですよ)でありました。
よく我慢して、この部屋のパソコンの前でエッセイ書いたり
会社の資料揃えたり、台本書いたり・・・・・・
自分を誉めてやりたくなるくらい、この暑さを我慢したなぁと
感心しています。
今の室温は、27℃です。滅茶苦茶、涼しいわけではありませんが
快適です。これで、やっと落ちついて、この部屋に長くいて
じっくりと、いろんな事を考えられると思います。
今日は取り付けで体力をだいぶ使って、へとへとですが
明日からずっと、この快適さが保障されると思うとにっこりしてしまいます。
暑さよ さらば!!残暑なんて へっちゃらだーい!!
調子に乗りそうなくらい、心の中で喜んでいる衝動買いでした。◎
[193] お盆 投稿者: 投稿日:2002-08-14 (Wed)
お盆といえば墓参りです。
昨日、墓参りをすませてきました。わが家の墓参りは母方が姫路に住んでいた
関係上、田中家(母の旧姓)の墓に参るわけですが、よくよく考えてみれば
母は養女なので、血のつながりのない先祖の人々の供養をしていることになります。
少し不思議な墓参りって感じがします。
だけど私を一番可愛がってくれたのが、その墓に眠る祖母なものですから
不思議な感情を越えて、祖母に手をあわせて、近況報告することは
わたしにとって自然な感情です。
彼女の名前は『田中うの』といいます。
明治30年生まれで、91歳まで生きました。大往生です。
子供の頃、「うの」という、ひらがなの名前が妙に変な感じがしてましたが
時代は平成になって、神田うのさんが登場してきて、ファンから
「うの」ちゃん、「うの」ちゃんと呼ばれだしてからは
祖母の名前がなにか今風なものに変わってゆきました。
うの・・・・UNO・・・・いいかもしれない・・・って。
生前、彼女と英賀保の西のお山と呼ばれる田中家の墓まで
何回か歩いて墓参りしたことがあります。
歩いて二時間くらいだったでしょうか、レンゲやタンポポが咲く田んぼを
見ながら行ったことを覚えています。
田んぼと民家しかなかった記憶があります。道も細くて、車も少なくて
旧街道といったものしかなかったように記憶しています。
今は、車で行ったのですが、田んぼは殆どなくなり、木造の民家よりも
マンションがけっこう増え、大手のコンビニ・フードショップなどが
立ち並んでいます。道も今まで田んぼで土地があったものですから
太い、大きな道ができています。車だと15分くらいでついてしまいます。
お盆ですから、祖母も今、帰ってきて、この英賀保地区の変貌ぶりに
驚いているかもしれません。
町は近代的になっても、私にとっては、『祖母と手をつないで歩いていった
二時間の墓参り』のほうが、先日の『車で15分でシューっと行った
墓参り』より心の中に記憶として残っている部分が大きいのは事実です。
簡単なことより、しんどくて面倒くさいことのほうが
思い出としてはいいようです。
[192] 83万6510円です。 投稿者: 投稿日:2002-08-11 (Sun)
今日のニュースからです。
今日の小倉競馬12RでJRA史上最高の配当がでました。
その額は、なんと!なんと!なんと!
836510円でした。100円が83万円になるわけで
もし1000円かけてると830万に、10000円だと・・・・
穴をあけたのがスリーライアン君という馬です。
べべた人気の彼が3着にきたので3連複でこういう結果に
なったわけでして、彼の背負ったゼッケンが3番で
名前がスリーで結果が3着で・・・・こじつけかもしれないけど
そんな感じで買わなければ、あたらない馬券です。
411万票のうち当たりが363票だったそうです。
なんと確率は0.0088%です。凄い事です。
宝くじで一億円あたる確率は知りませんが
結構、いい勝負するのではないかなぁと思います。
こういう馬券あたる人はあまり欲のない方かもしれません。
だってオッズみたら怖くてかけられませんし、まさか、これがと
思ってしまうからです。金を追いかけると逃げるとは
よく言ったもので、負けて、とりかえそうと、意気込むと
なかなか勝負ごとはあたらないものです。
無の境地になったときに、あたるのかもしれません。
いつも冷静に思慮深い人が勝負事にむいているのでしょうね。
勝負師になりたかった時期があります。
だけどお金のかかることなので、だめだなぁと思いました。
人間関係、変になりそうでしたから。
芝居というグランドで細々と勝負といいますか
チャレンジといいますか、そういった自己の心を満たすくらいで
いいかなと思っています。小さな幸せで・・・小さな喜びで・・
それが続くならば。
そういったことを戒めつつ、スリーライアン君にちょっとだけ
感謝しつつ眠る事にします。真夏の夜の夢で終わらないように(^^)
[191] TAMEIKI 投稿者: 投稿日:2002-08-09 (Fri)
田中真紀子さんが議員辞職しました。
秘書給与不正問題が引き金です。辻元議員と同じようになりました。
私は彼女たちに関して詳しく調べるのは専門家にでもまかせて
他の国会議員の先生たちが同じようなことをしていないかどうか
徹底的に個人個人調べる機関を作っていただきたい。
それと彼女たちのこういった事件の内容を誰がどこにどういう目的で
情報を流したのかということを知りたいです。
だれかが作為的に追いつめている感じがしてならない。
そう思うと溜め息がでます。
日本ハムの偽装牛肉事件が姫路営業所からあかるみにでました。
確かに残念ですが、これも明るみにでた以上、あとはしかるべき所に
まかせて、他の伊藤ハムやプリマハムやゼンチクなどの大手から
小さな問屋やスーパーまで徹底的に偽装した牛肉を取り扱ってないか
調べる機関を作っていただきたいと思います。
日本ハムの場合、内部告発で判明したらしいのですが
そういった機関をつくって輸入牛肉をあつかう業者の関係者に
呼びかければ、もっともっといろいろとでてくるような気がします。
この際です。とことんやって醜い膿を全部だしましょう。
それをしないと・・・・・溜め息がまたでてきます。
USJで規定以上の火薬をつかっていたそうです。
アトラクションだけの停止では処分が甘い感じがします。
USJが起こした数々の問題からして、すべての業務を一年間くらい
停止するくらいのきついものにするくらいでなければならないと思います。
また旅行関連の会社も日本ハム製品を引き上げたスーパーのように
USJの旅行パックをやめて自粛をうながすという動きが
あってもいいように思いますがどうでしょう。
でも多分そんなことできないでしょうね。・・・・また溜め息がでます。
溜め息ばかりでます。
それはこの三つのニュースのどれもどれも氷山の一角であり
なんら解決する方法をだれも見出していないからかもしれません。
TAMEIKIのでない世の中になるには
いったいどのくらい時間がかかるのでしょうか。
事件は時代の鏡です。こういった事件は、今の日本を象徴しているのかと
思うと、くだらない国に身をおいている自分がなんだか
情けなくなってきます。
また溜め息です。これ以上、書いても、今日は溜め息しかでないようなので
このへんにしますか・・・・ね。
[190] B級ニュースはとっても面白い・・・です。 投稿者: 投稿日:2002-08-06 (Tue)
こんばんは、ヴィレッジシンガーズの清水道夫です。
私、昔ですが、今はやりの『亜麻色の髪の乙女』という曲を
歌っていました。当時でオリコン7位までいったのですよ。
それが最近、リバイバルヒットして、とっても喜んでいます。
といいますのも、ヒットしたおかげで、小さな町のカラオケコンテスト
などに、お声がかかり、『亜麻色・・・・』を一曲歌い、審査員をする
だけで、15万ほどいただけるからであります。
島谷ひとみさま、そしてリバイバルを企画されたスタッフのみなさまに
心より感謝いたします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
地元のケーブルテレビに映し出された偽の清水道夫さんの映像を
見ました。気持ちよく『亜麻色の髪の乙女』を歌ってらっしゃいます。
審査員としても堂々とされてらっしゃいます。
でも観客の中に本当の清水道夫さんのお友達がいることは
知るよしもなかったのですね。まさか、こんな東京から遠く離れた
地方都市にそのような方がいらっしゃるなんて想像もできなかったですよね。
その方がいなければ御用になることはなかったのにね。
でも貴方のことを私は許してあげたくなります。
そりゃ主催者側は大変、迷惑な話だったかもしれませんが
私的には騙されてもいいかも・・・と思っています。
貴方がいつばれるかドキドキしながらも、あれだけ堂々と、あの名曲を
歌い上げたという根性に感服しているからであります。
今度からは、美空ひばりならぬ美空びばりのように
ヴィレッジシンガーズならぬヴィレッジシンカーズという名前にして
登場されることを期待しています。
・・・・・・それではお呼びがないって?・・・・・
それもそうですよね。でも呼ばれなくても場末のスナックで
自分がかってにそう名乗って歌えば、しょせん相手はただの酔っ払いです。
本物と間違ってくれるかもしれませんよ。
いろんな意味で楽しませてもらった今日のB級ニュースでした。どうも(^_^)
[189] 説明会 投稿者: 投稿日:2002-08-04 (Sun)
今日は第3回のプロジェクトの説明会でした。
とある公民館の一室を借りて、説明会をしました。
説明会なのに、なぜか説明は少なく、初めて会う方々と
今までにS−PROに参加していただいた有志と一緒になって
パントマイムを使った連想ゲームみたいなものに殆どの時間を
費やしました。大変、楽しくみなさんのマイムを見させてもらいました。
この場を借りまして、今日、来ていただいた過去の芝居に参加してもらった
方々にお礼を述べさして頂きたく思います。
『どうもありがとうございました。』
いつか、いつの日かあなたたちともう一度、一緒に共同作業ができれば
いいなぁと正直思っちゃいました。叶わぬ事かもしれませんが・・・
また、今日、説明だけだと思っていた応募された皆さん
マイムとはいえ、はじめて会う人々の前でいろんなことをさせて
驚かれたかもしれませんが、これもS−PRO流といいますか
とにかく動く、とにかく何かをやってみるという精神のもと
芝居作りをしたいと思っている表れでありますので
御了解ください・・・・・今後とも。
千差万別・・・いろいろな人が集まるところには、いろいろな色が
できます。同じ色はありません。みんな個性的な色に見えます。
初々しい色に見えます。それが大事なことかなと思います。
芝居をかじりだすと変な使命感やありきたりのテクニックに流されて
自分という色を見失うことがあります。
あなたたちだけは、今日出会った純粋な色であって欲しいし
こちらも貴方たちが色あせないように見守ってゆく覚悟をもって
接してゆこうと思っています。
初心忘れるべからず・・・新しい人々に出会うたび、その言葉を
思い起こします。久しぶりに心あらわれた一日でありました。感謝
[188] 夏休み 投稿者: 投稿日:2002-08-02 (Fri)
夏休みはありません。お盆休みもありません。
ただただ、もくもくと働くだけの夏です。
いつもの公園のいつもの桜の木で少女がセミをとっていました。
彼女はとっても捕まえるのが上手で次から次へと
セミを捕まえてゆきます。なかなか、こつをわきまえています。
そんな彼女の姿をみて・・・・子供の頃、私も夏になれば
昆虫たちとたわむれたことを思い出しました。
いつからでしょうかね、昆虫たちとたわむれなくなったのは。
今、夏休みをあげるから、好きなことをしなさいと
会社のお偉いがたが、私におっしゃったなら何をするのか、ふと考えました。
多分、何もしない、何もできないかもしれないなぁ・・・
よく学生の頃、自由課題っていうのがありましたが
自由っていう不自由さに悩んでなにしたらいいか、なにから
始めたらいいか、いつもそういう状況になっていた自分のように。
仕事も学生の頃の授業なんかもみんなカリキュラム決まっていて
毎日、毎日けっこう同じ事をやっていればいいみたいなところがあって
それに安堵して生きている自分がいたりして・・・・・
そのクセといいますか慣れといいますか
それが体にしみついているから、何もすることが思いつかないのでは
ないかなぁといった感じでしょうか。
枠組みを与えられることになれっこになることは怖いなぁと思います。
いざ自分で枠組みから何かをはじめなければならないときに
その枠組みの作り方を知らなかったり、枠組みが頭に思い浮かばない
ことは本当の意味でアビリティがないと言わざるをえない気がします。
無から有へ・・・・そういった作業をどんどんしていくことが
必要かもしれません。
『仕事は与えられるよりも、自分で作りなさい』・・・・といった
部長(私がはじめて社会にでたときの人なのですが)さんの
言葉が浮かんできます。さて明日からどんな仕事をしましょうか・・ねぇ。
[187] 神様のひとふり 投稿者: 投稿日:2002-07-31 (Wed)
毎日が楽しくなくていい。辛くて苦しくて悩み続けてもいい。
あの『一振り』のためなら。昨日のような『一振り』があるなら。
熱狂的な野球好きである。昨日の阪神・八木線選手の逆転満塁代打ホームラン
には久々の感動を覚えました。
阪神ファンが彼のことを「神様」と呼ぶのがわかる気がします。
神様はみんなが苦しいときに、ひょこっとあらわれて
大仕事を平然としてゆきます。
憧れますね。みんなが大丈夫なときは昼間の行灯みたいでいて
困ったときだけ出て行って、颯爽と大仕事をしてゆく。
これぞ『男のダンディズム』ですね。
でも神様はみんなが見ていないところで、血へど吐くくらいの練習を
しているのだと思います。『一振り』のためにいろんなものを
犠牲にしているのでしょうね。
野球とは関係ないけれど私も年に二回くらい演劇で代打の神様みたいな
『一振り』・・・決めてみたいですね。
そのための意気込みは人一倍持っているつもりでいます。
第3回公演に参加してみようとS−PROに興味をもたれた方々と
初めて今度の日曜日にお会いします。とっても楽しみです。
私の意気込みをわかってもらえれば・・・・それだけで
・・・・・いいです。神様のひとふり・・・あなたたちも打てるように
なることもわかってもらえれば。
[186] 大学という学歴 投稿者: 投稿日:2002-07-28 (Sun)
今、働いている施設には三つの会社が入っています。
各会社ごとに事務所というか待機する場所はなく
3社共同の事務所を借りて、そこから仕事にでかけるようになっています。
机が三つ隣同士に並んでいて、その机ごとにA社、B社、C社の責任者が
使うようになっています。
一昨日、隣のB社に研修生がやってきたときのこと。
仕事の内容を幹部たちが、その研修生に説明してから、研修生が仕事にでた
あとのこと。幹部(だいたい50代後半の人々が数名)が彼の履歴書を
みて、話しをしている。隣で書類を書いていた私の耳に、彼らの話しが
聞こえてくる。
X幹部:「こいつ、大学でてるで!」
Y幹部:「ほんまや、横浜の会社に行ってたんやな。」
Z幹部:「リストラちゃうか。まだ45やもん。」
X幹部:「大学でてても、なんやあれ。挨拶もきちっとでけんやないか。」
Y幹部:「ほんまや。何、勉強してきたんや、あいつ。」
Z幹部:「ほんまや。情けないなぁ。」
・・・・・・・・・・・・・・
このような会話が続いている。
彼らは皆、大学をでていない。でていないし大学というものを知らない。
だから大いなる勘違いを生んでいる。
大学でたからといって、きちっと挨拶できるわけでもなく
人間的に素晴らしいとは限らない。
知らないということは、哀しいことだなぁと思った。
学歴で人間の価値は決まらないと私は思う。
ただ50代後半の彼らの話しを聞いて思うのは
学歴の低い人々は高い人々を意識しすぎていることである。
高卒であろうが専門学校卒であろうが中卒であろうが
人間として、いかに生きていくかを真摯に考えているか、否かで
人を判断しなければだめなような感じがします。
今年、ある企業が大学の名前を聞かないで、就職の面接を行なったという
NEWSを聞きました。とっても、いい傾向だと思う。
大学の名前で固定観念をもっては人柄は判断しにくいでしょうから。
でもまだまだ日本社会では多くの所で多くの人が
学歴や肩書きなどで人を判断する悪癖が残っています。
少しずつでもいいから、価値観を変える作業をしなければ・・・・
ぼんやりとした責任感が芽生えてきています。頑張りましょう!
[185] 『負の指標』という言葉を耳にして 投稿者: 投稿日:2002-07-26 (Fri)
昨日のNEWS23の筑紫さんの多事争論のタイトルが
『負の指標』という言葉でした。
年間に自殺する人々は過去最高で約3万人だそうです。
中高年者の自殺が特に増えているそうです。
凶悪犯罪も増えているそうです。
最近、特にこういう事件、多いです。
犯罪をおかした人々の共通点は、借金がある、離婚歴があるといった
社会的には落伍者といってもいいような人々であります。
自分の思い描いた世界(幸せで裕福な家庭など)が崩壊して
孤立した人々であります。
自殺する中高年の人々も自分が存在していた会社などから
リストラされたり、自分で経営していた会社が資金繰りが
うまくいかなくて、自分の手で死を選んでいるケースが多いように
かんじます。
つまり犯罪者のそれと同様に自分の思い描いている、自分が今そこにある
世界が崩壊してゆくことで死を選んでいるのではないのかと思います。
このままでは日本において『負の指標』の数値がどんどん
大きくなっていくように思います。
自分が今ある世界や自分が手に入れた幸せな世界が崩壊したとき
何を選択するか・・・・・これが問題である気がします。
その答えが今の日本には『自分の死』か『他者の死(凶悪犯罪による)』
しかなくなってきていることは、とっても危惧するところであります。
もし自殺する人々や犯罪をおかす人々が
今までに構築と崩壊(破壊)を繰り返しながら
強く生きていたならば、こんなことにならなかったのかなと少し思います。
しかし、今の教育制度において、構築した後にまた構築し、その積み重ね
が多くできたものが、良い大学に行き、良い企業に入り、良い暮らしを
手に入れることになるようです。
「良い暮らしを手に入れること」は構築し続けた歴史の上に
成り立っているのかもしれません。
ずっと、ずっと構築の歴史が続けばよいのでしょうが・・・・ねぇ。
作っては壊し、また作っては壊し・・・する演劇に携わっていて
よかったなぁと何気なく感じています。
『崩壊』や『破壊』になれっこになった自分がいるものですから。
演劇にかぎらず、今までの自分の人生をふりかえっても
崩壊ばっかりの40年、なんの正解をいまだ持ちあわせていないようです。
[184] サーカスにはピエロが・・・ 投稿者: 投稿日:2002-07-24 (Wed)
サーカスにはピエロがつきものなのさ
だって、いつもいつも君が笑っているとかぎらないもの
サーカスにはピエロがつきものなのさ
だって昨日の思い出に別れを告げるんだもの
題名は知らない。歌っているのは『西岡きょうぞう』という
今はなきフォーク歌手です。
なにげなく暑い夜を彼の曲を聞いてすごしています。
凶悪事件が続いています。
悲しいです。やりきれないです。昨日まで幸せだった人々が
己のいいかげんさで不幸せになった人々に
あやめられる。
不条理な話です。
あやめられた人々の家族や友人や知り合いの方々は
全く関係のない私が、こんな気持ちになっているのですから
悲しいとかやりきれないとか、そんな言葉ではいい表せないほどの
感情を抱いていることだと思います。
今は、ピエロを見ても
笑えないかもしれません。
だけど、ピエロが必要なのは確かです。
ピエロのような存在がいなくては、本当に救いのない社会に
なっていくような気がしています。
[183] 眠れぬ夜 投稿者: 投稿日:2002-07-22 (Mon)
朝から夜の9時まで仕事をしていると体が火照って
夜も眠れなくなる。今も深夜2時である。
体が熱い。今日の最高気温は姫路で33℃あっただろう。
新聞を読む。住民基本台帳のニュースが書いてある。
ひとこと・・・・反対である。
小さな政府がいいと思っている。
テレビをみる。ゆとり教育のことで話しをしている。
ひとこと・・・偽善っぽい。嘘っぽい。
文部省は仕事をしなくていいと思っている。
東大でて、公務員上級試験をとおった貴方たちに
管理されたくないし、『ゆとり』などといった言葉を
使っていただきたくない。
大使館のプールで泳ぎながら、ドンペリでも飲んで
天下国家をお話しにでもなれば、よろしいんじゃないでしょうか。
バブルはもういらない。どこかの土建屋や投資家たちが喜ぶためなら
景気なんてよくならなくていい。
清貧でありたい。貴方たちが多分、失ったであろう言葉なのかもしれない。
眠れない・・・・体の火照りと官僚のことを思うと。
眠れないときの口の運動でもしようか。
『だいぜんじ がけだらなよさ』
『だいせんじ がけだらなよさ』
『だいせんじ がけだらなよさ』
寺山も天国でねむれぬときに、言っているのかもしれない。
捨て去ること、さよならすること、未練をもたないこと・・・
何回か言ってみた。逆からも言ってみた。
やっと眠れるような雰囲気になりました。おやすみなさい・・・ハイ。
[182] 多面体 投稿者: 投稿日:2002-07-20 (Sat)
台本を書き始めようとしている。
自分なりに面白い物語を書きたいと思っている。
面白い物語ってなんだろう?・・・・ふと考える。
・・・・ふと考え・・・目をつむり・・・瞑想のように考える・・・
そんなにすぐに・・・面白いことなんて浮かばない。
やーめた!考えるの・・・・やーめた!
でもなぁ・・・よし!面白い形を考えてみよう。うん、そうしよう。
なんだろう?丸?四角?三角?・・・平面的すぎるなぁ、これでは
立方体?三角錐?円錐?円柱?球?・・・・・味気ないなぁ、これでは。
面白いということは、どういうことか?
いろんな多くの人々が面白いということが面白いということなんだろうか?
面倒くさいから、そうしよう、そうしよう。
そうしたら、いろんな多くの人が面白いと思う形ってどんな形なのだろう?
最大公約数的な『球』だろうか?
いや違うような気がする。
うん・・・うん・・・考える・・・考える・・・ひたすら考える
ひとつの答えがでる。『多面体』・・・・『多面体』
これならどうだろう。
ええ答えちゃうんかな・・・ふと、その言葉の響きが好きになる
自分がいる・・・なぜか微笑む自分がいる。
イメージは大切である。『多面体』のような物語
ぼやけているが・・・抽象的だが・・・これを目指そう!
梅雨明け、海の日、夏休みの初日
12時間仕事を終えた後、なんとなく、そんなことを
漠然と思った・・・今日の通り雨みたいに。
[181] カーテンコール 投稿者: 投稿日:2002-07-18 (Thu)
♪カーテンコール ステージライト ざわめき 今でも 火照る体
ギターかかえて 夜汽車に揺られ 次の街まで ただ眠るだけさ
どこへゆくのか 何をしてるのか 時々 わからなくなるよ
飛び去ってゆく レールの上で 時は過ぎてく またたくまに
描いた夢と 叶った夢が まるで違うのに やりなおせもしない
もう帰ろう みんな投げ捨てて でもどこへ いったいどこへ・・・・
大好きな浜田省吾の曲の中でも、大好きな曲「ミッドナイトブルートレイン」
の出だしの部分です。先日の暑気払いのビアガーデンの後のカラオケで
この曲を「おっちゃん」たち・演歌大好きグループの前で
歌ってしまい、少しヒンシュクをかってしまいました。
でも私のカラオケでのポリシーは、どの世代といっても
今(そのときに)、歌いたい歌をうたうということ、迎合しないということ
です。この時も、何日か前から、この曲を聴いて、いろんなことを
考えていました。ずっと、ずっと何回も何回も聴いていました。
頭にフレーズがこびりつくくらい聞いてたものですから
多分、歌いたくなったのでしょう。
「描いた夢」と「叶った夢」が違うって何だかわかるような気がします。
夢を追いかけているうちは、いいけど、ある程度、その何割かが
達成してしまったら、こんな気持ちになるのでしょう。
なにかの本で読んだのですが、歌は3年、踊りは7年、演技は一生
うまくなるのに時間がかかるということが書いてありました。
演劇というものを、なぜ今もやっているのか
いいお芝居を作ろうと、なぜ今もやっているのか
いい役者に、なぜ今も出会おうとしてるのか・・・・・
一生ものだから・・・やってるのかもしれません。
高校や大学の連中と昔の栄華を求めて、演劇している時代は
そんなことを真摯に考えた事はありませんでした。
ひとりになって、孤独になってから、もうひとりの自分と対峙したとき
演劇の本質が少しながら見えてきた気がしています。
『東京へ行こう!』・・・・何かがあると描いた東京で叶った夢は
あまりにも違うものでありました。
やりなおそうと東京を離れて、時間的に紆余曲折はありましたが
かえってきた故郷で今こうして演劇という活動していける状況を
感謝しています。これからが・・・・これからが・・・・
自然と手に力が入ります。幾度も幾度もカーテンコールを聞きながら
この街で生きてゆけたらなぁと思いながら
今も「ミッドナイトブルートレイン」を聞いている深夜2時です。
[180] 子猫 投稿者: 投稿日:2002-07-16 (Tue)
仕事場の近くの公園を朝、歩いていると
どこからともなく「ニャ―、ニャ―」と小さな声が聞こえる。
大きな桜の木の下に、白い小猫がいる。
よく見ると、目やにで前が見えにくいようで よたよたと歩いている。
直感で『捨て猫』と感じた。このような状態でここにたどり着ける
はずはない。ここの公園によりつく猫もあまりない。
誰かが捨てたんだ!・・・・そう思った瞬間、ものすごく腹が立った。
人間のエゴの為に、このように捨てられていく動物がいる。
生まれ出でた時に、この子猫が目が悪かったかもしれない。
それゆえに捨てたのかも知れぬと思うと余計に腹が立ってくる。
動物は商品や物ではなく、生き物である。
命がある。ここに飼い主として、捨てるということは
どういう意味を持つのかということをわかってほしい気がする。
「ニャ―、ニャ―」とかぼそい声でなく子猫の横に
花が咲いている。小さな一輪の花である。
太宰治の文章を思い出す。
『ぽかんと花を眺めながら、人間も、本当によいところが
あると思った。花の美しさを見つけたのは人間だし
花を愛するのも人間だもの・・・・・』
複雑な気持ちになった。
私が少し付け加えるなら
『花を愛するのも人間だし、子猫を捨てるのも人間だし
いったい人間の心は何なのでしょう。』と。
心に棲む天使と悪魔・・・だれしも持ってるものなのでしょうか?
あぁ・・・人間なんて・・・・人間なんて・・・・
仕事帰り、桜の木の下には、子猫はいませんでした。
多分、もう見ることはないだろうなぁと思いました。
でも、なぜか私の心には、その子猫がいるのです。
気になってならないのです。
自分の無力さを感じた、むし暑い、夏の一日のできごと。
[179] ビールの季節 投稿者: 投稿日:2002-07-14 (Sun)
初めて、お酒を口にしたのは、いつだったか よく覚えていませんが
硬派きどりの高校生だったので 高校の頃は 間違いなく飲んでいました。
多分、高校一年のときの学校を仮病で休んだ祭りの日・・・
祭りの後にお酒を飲んだのが最初のような気がしています。
高校2年の頃、クラスで司馬遼太郎ブームがおこり、短期間で
彼の本をまわし読むことがあったのですが、その数ある著作の中で
土佐藩主・山内容堂を描いた作品『酔って候』っていうのがあって
いつも酒を飲みながら藩をきりもりしていく容堂さんの
豪放磊落さに、憧れたりもしました。
高校の頃はアルコールだったら、なんでもよかったようで
味も多分、あまりわからなかったのでしょう、とにかく多く飲むこと
それが『男だ!』みたいな勘違いがありました。
大学になると、少し飲み方が変わって、場所も京都に変わったせいか
こぎれいなパブなんかで、バーボンなんかを飲むようになりました。
これは先輩の影響が多分にあって、いろいろな飲み方、いろいろな
飲み屋を教えてもらいました。
このころからかな、ビールの苦さが美味しく感じられてきたのは・・・
社会人になってからは、ビール・ウイスキー・ブランディーと
まぁ普通の感じで飲んでいましたが、姫路へ帰ってきた、ここ2、3年は
焼酎をよく飲むようになりました。ウイスキーの類はあまり飲みません。
だけど、どの時代も、最初は必ず、ビールだけは口にします。
ビールを2、3杯飲んでから、次にうつるのが定番になりました。
今日は会社で業務終了後、夏の暑気払いということで
約20人でビアガーデンに行く事になっています。
若いY君なんかは、今日の目標は、ジョッキで11杯飲むぞと
ひとりで盛り上がっています。多く飲むことが、男らしかった
私の高校時代のように。
姫路の街が一望できるビルの屋上で もう男らしさなんて考えなく
自分のペースで楽しい酒が飲めたらなぁと個人的に思っています。
20代から60代まで幅広い年齢層の二十人・・・・
きっと面白い飲み会になりそうです。
今日は午後2時くらいから水分をひかえ、夕方からの、それに
備えるようにしようと思います。
ビールの季節・・・夏、本番です。
[178] ダイエット 投稿者: 投稿日:2002-07-12 (Fri)
中国で製造されたダイエット食品を使用した女性が
肝機能障害を起こし死亡する事件が起こりました。
この不況でものが売れない時代にダイエットを中心とする
健康食品はよく売れているそうです。
時代が変われども、『痩せたい』と、どの時代の女性も思うのでしょう。
このような「いいかげんな商品」を売りつけて被害にあった事件は
あとをたちません。
薬とか健康食品を使って、体を変えようとするのが
都合のいい話で、痩せようとするなら、体を動かすとか
毎日の食事についてのカロリー計算をきちんとして
献立を考えて、普段の食生活から改善していこうとすれば
こんなことにはならなかったのになぁと思ってしまいます。
人間は弱くて、痩せるためなら、藁をもつかむ気持ちで
この「うさんくさい中国健康食品」にたどり着いたのでしょうが
今一度、痩身について、新たな方法を考えるときにきているように
思います。今回の事件で驚いたのが、結構、年輩の女性の方が多く
こういった商品を使われていた事です。
私だけの考えかも知れませんが、歳がいけば、変なダイエットして
病的なおばちゃんになるより、ダイエットをしないで、ある程度
自分の好きなものを食べて、ちょっと小太りで、丸いおばちゃんの
ほうが、かわいらしく思えるのですが・・・・まぁ限度もありますけど。
飽食の時代です、そして、その裏側でダイエット本やそれにまつわる
商品が売れる時代でもあります。けったいな矛盾したことが
食以外でも、いろいろな分野で起こっているように思います。
私も知らず知らず、その世界の中にいるのかもしれません。
なぜって今もこうしてエッセイを書いている最中も
煙草を吸いながら、のど飴をなめているのですから。
[177] 台風6号 投稿者: 投稿日:2002-07-10 (Wed)
台風6号が来ています。今、10日の深夜1時半なんですが
雷鳴が響いて、風、雨も強い状況です。
台風が来て大変ですが、幼い頃は、台風がくるとなると
なにかワクワクするものがありました。
その残り香でしょうか、この歳になっても、ほんの少し
ワクワクしている自分がいるような気がします。
船場川が氾濫して、いままでの道が道でなくなり、すべてが
川のようになって、その中を家まで歩いて帰ってた小学一年生
停電して、家中が真っ暗になって、ロウソクだけで
何時間も過ごした小学二年生
台風にそなえて、戸という戸に板をかまし、窓という窓に
テープを兄とともに貼った小学三年生
様々な思い出が今も頭をよぎってゆきます。
みんな楽しい思い出です。
子供ながらに、非日常を楽しんでいたのでしょう、多分。
一度だけ、台風の目が姫路のわが家の真上に来たことがあります。
いままでの風や雨がやみ、急に青空が出現する光景は
本当に不思議な世界でした。
その静寂がみょうに怖かった事を覚えています。
ポカーンと口をあけて見た台風の目・・・・
いったい上空から、なにを眺めていたのでしょうね・・・・
ひとつしかない目で、私のことをにらんでいたのかもしれません。
自然と向かい合うことのできる一日・・・・それが台風が来る日
なのかもしれません。
『片目閉じ 右目でにらむ台風の目 狭き視界に 見えた真実』
[176] ひとり問答・・・・アット・タナバタ・デイ 投稿者: 投稿日:2002-07-07 (Sun)
七夕の日、これといって祈る事もないので
拓郎の『イメージの詩』と今日は「ひとり問答」です。
『イメージの詩』
拓郎:これこそはと信じれるものが、この世にあるだろうか?
私 :あります。それは自分だと思います。
拓郎:信じるものがあったとしても信じないそぶり
私 :そんな照れ屋では世の中、渡っていけません。
拓郎:悲しい涙を流している人はきれいなものでしょうね
私 :そうは思えないんですが・・・
拓郎:涙をこらえて笑っている人はきれいなものでしょうね
私 :確かに、その類の人は、きれいだと思います
拓郎:男はどうして女を求めてさまよっているのでしょう
私 :やはり〇〇〇したいからでしょう
拓郎:女はどうして男を求めて着飾っているんだろう
私 :やはり〇〇〇されたいからでしょう
拓郎:いいかげんな奴と口をあわせて俺は歩いていきたい
私 :いいかげん・・・いい加減・・・それなら私も歩いていきます
拓郎:いいかげんな奴らも口をあわせて俺と歩くだろう
私 :いやぁ・・・どうでしょう。歩いてくれるのか自信ありません
拓郎:いったい俺達の魂の故郷っていうのは、どこにあるのだろう
私 :今現在では覚えていない、生まれてから幼少期までの記憶に
あるような気がします。
拓郎:自然に帰れってことはどういうことなんだろうか
私 :何の意味もわからない、無邪気な、あの頃に帰れってことでしょう
拓郎:誰かが言ってたぜ 俺は人間として自然に生きてるんだと
私 :ふ〜ん、それで?
拓郎:自然に生きてるって自分でわかるなんて
なんて不自然なことなんだろう
私 :お見事!これは一本とられました。私の負けです。
参りました。返す言葉がありません。残りのメッセージをどうぞ
拓郎:古い船には新しい水夫が乗り込んでいくだろう
古い船を今 動かせるのは 古い水夫じゃないだろう
なぜなら古い船も 新しい船のように 新しい海へでる
古い水夫は 知っているのさ 新しい海の怖さを
※やはり今日は七夕の日、短冊に願いを書いて、眠ることにします。
短冊には・・・・『いつまでも新しい水夫であり続けたい』と。
[175] ここはいったい・・・どこの国 投稿者: 投稿日:2002-07-05 (Fri)
疲れています。大変、疲れています。
それは今、仕事をしている施設がナイター営業をするようになり
朝9時から夜の9時まで12時間も勤務しているからです。
日が暮れてからの仕事は大変、疲れます。
これが6日間、続きます。大変です。気合入れて頑張らねば。
自分の話はさておき、その施設の周辺は姫路市でも
一番の夜の繁華街(飲み屋街)・・・魚町と呼ばれる場所です。
通常は昼間だけの勤務なので、いたって静かな街なのですが
夜になりますと、街は顔を変えます。
ネオンがあちこちに点きはじめ、キレイなおね―さんたちが
集まってきます。お仕事なんですね。
そのおねーさん目当てにサラリーマンたち、自営の社長さんのような方、
ちょっと怖そうな?方々・・・・いろんな人たちが集まってきます。
今日は本当に魚町は人・・・人・・・人・・といった感じでした。
そのおね―さんたちを見て、感じたことは
なんと外国の方が多いのだろうということです。
東南アジア系の方が一番多いと思いますが、白人(多分ロシア系?)の
方も結構いらっしゃいます。
その若い白人の女性(20代前半っぽい)と頭の禿げた
センスの悪いスーツを着た、いかにも土建屋さんの社長さんみたいな人が
手をつないで、歩いている姿があります。
中国語で会話をして、お店に向かっている、スタイルのいい(ホントに脚が
長いです、中国の方は)女性のグループがいます。
そういった光景を目の当たりにしますと
いったい、ここは、どこの国?・・・って感じがします。
夜の魚町は多国籍です。
魚町で流しをされているSさん(魚町事情に詳しい)に聞いたところ
外国の女性を雇った方がコストが安くつく。この不況のなか
生き残るためには、このように人件費をきりつめないと
商売が成り立たなくなってきている。しかし、その傾向は
あまり好きではないと・・・・彼は言います。
それは、古き良き時代の魚町に集う男性たちは、スナックやラウンジなど
おねーさんのいる場所に来て『会話』を楽しんでいた。
少しのスケベ根性があるのは今も昔も同じとして
今は、そんな『会話』などなくてもよくなってきている。
それはカラオケの普及と因果関係があるのではないかと。
お店に来て、会話しなくても、キレイなおねーさんが隣にいて
ただカラオケで歌うたってるだけで、『大人の遊び』が、成り立つならば
コストの安い、日本語のできない人々で十分であるということ
なのでしょう。
異国の方々が増えた要因は、不況によるものと同時に
遊び方が変わっていったことなのかもしれませんね。
ふと、そんなことを思った、2002年の魚町事情でありました。
[174] 7月・・・夏といえば 投稿者: 投稿日:2002-07-01 (Mon)
7月になりました。夏です。
こうして『夏』って漢字をよくよく眺めると、なんか格好いいですね。
夏子っていう名前、いいかもしれませんね。
春子、秋子、冬子・・・そして夏子
こういう風に書いてみても、どれかひとつ選べといわれれば
断然、『夏子』がいいですね。あくまでも漢字の字体からですが。
夏といえば、普通は「海」とか「太陽」とかイメージするのですが
私の場合、夏といえば「かき氷」ですね。
いつも食い意地はってますから。頭がカキ―ンとくるのがいいですね。
暑くて、ボーっとした時に、そのカキ―ンが目を覚ましてくれるというか
しゃきっとしろ!頑張れ!!って言ってくれてる気がします。
コンビニの「かき氷」は「かき氷」じゃないです。
やっぱ、「かき氷」は、氷屋さんが作った大きくて、とってもきれいな氷を
大きくて、タッパのある「かき氷機」の台にのっけて
右手で機械を動かし、左手で容器を持って、けずられた氷を
うける・・・・その時の音がまたいいです・・・・シュッ、シュシュシュッ
・・・削られた氷の何ともいえぬ食べ心地・・・・絶品です。
小さい頃、近くには「かき氷」をそうして作って、食べさしてくれた店が
けっこう、あったんですが、今はあまり見かけないのが残念です。
今、そうした「かき氷」を食べようと思えば、喫茶店になるのでしょう。
姫路城の南側、大手前公園の西側に「ミラノ」という喫茶店があります。
普段は多分、お城に行く観光客の人たちが一服するために
たちよる喫茶店だと思うのですが、そこの「かき氷」が
姫路では美味しいと思って、年に何回か食べに行きます。
私は「ミル金」派なので、練乳がどのくらいかかっているのか
また、その練乳の甘さはどんなものか、金時の質や分量(ただ多くても×)
など細かく味を吟味します。
ここの「かき氷」はとってもバランスがいいといいますか
練乳と金時の比率がお互いを殺し合わない程度に入っていて
とっても美味しいです。氷も質的にもサクっとしているし
量も少なからず、多からず、適度な量であります。
ミラノの回し者ではないですが、一度、氷好きな人は行かれる価値ありと
思います。
浴衣といい「かき氷」といい、古き良き日本の先人たちは
私たちに、夏のしのぎ方をどのようにするか、教えてくれているようです。
梅雨があけ、本格的な夏が来ます。
温暖化がささやかれている昨今、温故知新、暑い夏の過ごし方を
今一度、頭をひねって考える時にきているのかもしれません。
エヤコンばかりに頼っていては、馬鹿になるいっぽうですから。
[173] HOME@HOME 投稿者: 投稿日:2002-06-29 (Sat)
HOMEを辞書で調べる。
1)家 2)家庭 3)故郷 4)家庭の 5)療養所 収容所
6)生息地 原産地
『家』や『家庭』しか知らなかったHOMEの意味が
いろいろ書いてあり、面白い。
そうか!老人ホームっていうのが、あるけれど
あれは、療養所としてHOMEを使っていたのか・・・なるほど、うむうむ。
HOMEの次にAT HOMEってのが、すぐ下に書いてある。
at home・・・・・1)在宅して 2)訪問客を受ける用意がある
3)本国で、国内で《副詞》
えっ?私が日本語で知る「アット・ホーム」と意味が若干、違うなぁと
思いきや、その下に
・feel at home・・・くつろぐ、気楽に感じる
・make oneself at home・・・くつろぐ、気楽にする
そうか!日本語では「feel」と「make oneself」を
省略して「アット・ホーム」だけで「くつろいだ、気楽な」といった意味
となったのか気づく・・・・なるほどなぁ。
なにせタイトルを先に決めたものだから、いろいろと知識をひろげないと
「まともな?」本は書けないと思い、右往左往している。
連想ゲーム的に、ひとつの言葉から次の言葉へと
関連をもたせてシナリオを書くのも面白いかもしれない。
イメージを膨らますだけ、膨らませて、書くのも面白いかもしれない。
こじんまりと、まとまってしまっては面白くない。
野球の打撃でよく「あてにいくバッティング」をしている選手が
いるが、それではフェンスオーバーはしない。ボールに
あたろうが、あたろまいが「おもくそバットを振る」事が
シナリオを書くうえでも大切かもしれない。
例文:野球選手の夫をもつホーム・メイカーのマリーは
彼が試合でホーム・ランを打つたび、ホーム・メイドの
ケーキを焼くことにしている。
息子のトムはテレビに釘付けでホーム・ワークをするのを
忘れ、マリーに「トム!ちゃんと勉強しないと、あなた
ホーム・レスになっちゃうわよ。」と叱られた。
※この例文で、ひとつだけ ホーム〇〇〇の使い方が英語として
間違ってるものがあります。さて何でしょう?
わかったらメールして下さい。お待ちしています。
[172] 町の匂い 投稿者: 投稿日:2002-06-27 (Thu)
仕事帰りの日暮れの町の木造の家から匂うは
「カレーの匂い」・・いや「秋刀魚を焼いてる匂い」・・いや
「おふくろの匂い」
狭い路地の多い城下町には、今もこうした情景に遭遇することがあります。
そのこととは対照的にマンションがたち、今まで建っていた木造の家が
数日で駐車場に変わっている風景もあります。
当然のことですが、マンションの前も空き