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[403] 今年も終わりです。お世話になった方々へ Date:2003-12-31 (Wed)
今日で今年が終わります。
この日が来るたびに、「一年ってはやいなぁ。」って
思いますが、はてさて2003年の1月に何があったのか
聞かれたら憶えてないというのが事実です。
地方都市であり、保守的(閉鎖的?)な、この地で
演劇をはじめてから4年たち、明日からは5年目に
突入します。
明日からも地道にやるだけだと思っています。
今年、二回の公演を打ちましたが、ご来場来てくださった
方、また、このHPに来てくださった方・・・・・
本年は、ありがとうございました。
来年もよろしくご愛顧のほどお願いいたします。
「毒にも薬にもならない」という言葉があります。
あまり、この言葉のような存在になることだけは
さけたいと考えています。
2004年1月には
HPも新しくなることを聞いています。
そして1月下旬には2004年のS−PROJECTの
公演をお知らせできると思います。
どうかお楽しみにしていて下さい。
それでは、よいお年を。
[402] 好みは何ですか? Date:2003-12-28 (Sun)
煙草にもいろいろ種類があるし
珈琲にもいろいろ種類があるし
それによって好き嫌いがあって当然だと思う。
珈琲の種類で言うと、私はモカよ。あなたは何?
キリマンジェロ、僕は、ブルーマウンテン、・・・・・・
いろんな種類があれば、あるほど、珈琲の世界全体が
ふくらんでいって、その発展につながる気がしている。
モカ珈琲愛好者であって、他が好きな人に
あなた、モカを飲みなさいともいいたくないし
それを言うのは、おせっかいなことだと思う。
そしてまた、モカ珈琲が好きな人がブルーマウンテン
愛好者の存在をつべこべ言うのも品がないと思う。
趣味思考がいろいろあって、いろんな色がいっぱい
あって、よいのだろう、よいことなのだろう。
民主主義では多数決でどちらかに決める。
それは社会を維持していくためには
何らかの形として、どちらかに決定しなくては閉塞状況に
なってしまうからであって、文化や娯楽などでは
多種多彩なものがあっていいと思っている。
大衆が望んでいるものを作る作業は、利益を考える
企業家にまかせておけばいい。
権威もいらない、利益もいらない、迎合もしない
徒党をくまない、日本の村社会にも属さない
・・・・今、あげたことを戒めにしないと
今の文化における閉塞状況から
いくらたっても抜けきれないで
いつまでたっても、もがき苦しむのは目にみえている。
神のみぞ知る・・・・方法論は正しいのか否か。
『古い船を今、動かせるのは古い水夫じゃないだろう』
古い水夫さん、さようならです。
[401] 今年最後の忘年会。。。そして Date:2003-12-27 (Sat)
今日が楽日でした。
その後、打ち上げでしたが、芝居の打ち上げと
今年の劇団の忘年会をかねて、いつもの場所とは
違った所で、いつもより、少し豪勢に
会を開きました。
公演をうつたびに、いつも思うことなのですが
演劇というのは、その場所でしか見られませんので
時間をさいて、その場所に来ていただいた人々に対して
本当に感謝の念で一杯になります。
お客さんもそうでしょうが、お手伝いの人たちも
本当に一生懸命に残って、掃除など雑用をしてくれている
姿を見ると、胸が熱くなります。
招待券を手渡しして、そのときだけ、嬉しそうな態度や
頑張って下さい、必ず見に行きますからと
言いながら・・・・・
もうよしましょう。
今日の本番前に役者さんたちを集めて
今回の義士スピリットについて、話をする機会が
ありました。
義士といいますのは、主君のために命をかけた男たちの
物語です。
「○○○のために・・・・・人は何をするのか・・・・」
このことを考えて、この戯曲を書いたことをいいました。
○○○のところには、義士なら主君、母なら子
サラリーマンなら会社・・・などなど
いろんな事があてはまるのですが、○○○の中に
入る言葉として、最近、といっても物質的に豊かになった
日本が形成された頃から、『自分だけのために』という
言葉がはいる人間が増えているように思います。
そういった人間は本当に怖いです。
簡単に『嘘』をつきます。
簡単に『裏切り』ます。
簡単に『自分を事故にあわせ、他者を殺し』ます。
それを時代のせいにするのは、よくないことなのでしょうが
そう思えてしかたがありません。
寄り合い所帯で自分以外の人間が周りにいっぱいいた時代
物は豊富になかったのでしょうが、自分以外の人ために
何かしようとする気持ちは、今よりも強かった気がします。
多分、そのときの海は今より青く
そのときの空も今より青く
そのときの山は今よりも緑で
あったのだろう
物心という言葉がありますが
その二文字はいつも反比例しているのでしょうか。
明日から、また仕事に戻ります。
いろいろな思いを持たせてくれた、今回の
公演でありました。
[400] 二日目 Date:2003-12-26 (Fri)
師走の寒い中、ご来場していただいた
方々に感謝しています、今。
本番二日目がすみ、一人パソコンに向かってはいるのですが
・・・・芝居の難しさを痛感しています。
演出として、伝えることをきちっと伝えてきたのか
・・・・自分の非力さを感じてしまいます。
本当にいつもいつも参加している人の心は
清らかで、私生活をともにしていましても
好青年や純な女性ばかりで喜んでおりますが
やはり、芝居となると、普段のその人間がよくても
舞台に立てば、そんなこと関係ありません。
もっと、もっと、伝えておけばよかった
相手が口で理解したといっても、毎日、毎日
口がすっぱくなるくらいに、言い続けなければ
ならないのかと思います。
いつも、いつも、この繰り返しなのでしょうか。
その反省を忘れずに、どれだけつきつめて
やれるかでしょう。
見ていてつらいのは・・・・本当につらいことです。
明日で2003年のS−PROの活動も終わります。
2004年度へ向けて、次につながる公演にしたいもの
です。
ホント、あと一日です。
[399] 本番初日 Date:2003-12-25 (Thu)
今日が本番初日でした。
いらんなことがあって、私が今日だけ音響を
するはめになりまして・・・・・・
なんとか「あら」なくできたことに
ただただ満足しています。
本当に迷惑をかけなくて、よかったという、その一言です。
あまり客の入りはよくなかったのですが
まぁ、クリスマスといって、バカ騒ぎしている奴には
見て欲しくない、問題意識を持たない作品であるので
少々、少なかったことに、落ち込む気持ちは
ありません。
物事をあまり考えない、おたくのような人には
見てもわからないだろうなぁ、人情のわかる
情の深い人だけに見てもらえれば、それでいい
そういった感じです。
アニメおたくや、あまり本を読まない人に
あわそうとは、これっぽっちも思いません。
今、演劇の世界でも、ただ面白ければいい
そういう軽い風潮があるのかもしれませんが
人である以上、考えて、試行錯誤して
芸術である演劇と対峙していかなければならない
ときにきているのではないかと思います。
個人的に友達になって、その義理でくだらない芝居を
見ることは不幸なことなのですから。
『汝、迎合するなかれ』
その言葉を持って、明日からもです。
比較論ばかり、論じても仕方がないのだと
思います。
他者を気にせずに、自分の道を進むことに
一抹の光を見出さなければ何もはじまらない
・・そう思います。
言葉に対する感受性の強い方がたを
いかに開拓するか・・・・道は遠いかもしれませんが
それをやる時に来ているのかもしれません。
明日は二日目です。
[398] クリスマスだったんですね Date:2003-12-24 (Wed)
朝から夜の9時まで一日中、ホールにいると
世の中がクリスマスであるということを
忘れてしまいます。
今日は仕込みでした。
まぁ順調に予定通りに運んだ気がします。
が、油断禁物です。
明日には、どんなハプニングが待っているやもしれず・・・
最後の最後まで気をぬけない4日間になりそうです。
ふと帰ってきて、思ったのは
芝居をしている人間はMじゃないかということです。
自分を追いつめて、体も精神も極限まで疲れさせて
くれるものっていったら、お芝居であるように思います。
二日に一回のペースで前回の「さらやしき」のときは
エッセイが書いていたのに、五日に一回とは・・・・
疲れているのかもしれません。
まぁ、今回は役者が7人でて、それぞれに複数のキャラを
演じるので、その分の衣装関係や小道具だけでも
この前の「さらやしき」にくらべて、3倍くらいの
量になっているのが、疲れている原因かもしれません。
そして、自分的には今回の作品の方が好みなので
自然と力が入ってきます。
クリスマス・イブ・・・・が仕込みで
クリスマスが公演初日、確認しないと
今が何月で何曜日でって忘れそうな気がします。
こんな年の瀬もありかな・・・・・・
ありかも・・・・あります。
明日・・・・本番です。
[397] ただいま・・・追い込み中 Date:2003-12-19 (Fri)
稽古、稽古、稽古、稽古の毎日です。
ほんとに・・・ただいま追い込み中・・・って
感じです。間に合うのだろうか・・・・
大丈夫だろうか・・・・ここまできたら、そんなことを
言っている暇はないって感じで、黙々と稽古を
やっているといった状況です。
楽しいとか、苦しいとか、しんどいとか
そんなことを通り越しています。
やるしかない・・・状態であります。
討ち入りを決めた浪士たちの心境に似ているのかも
しれません。
やるしかない、あきらめずにやるしかない、ただ
やるしかない、ひたすらに・・・・・
毎日、少しずつでも進歩している役者さんたちを
見ると嬉しくなりますが・・・・もっと、もっと
貪欲さを持って、もっといいものができる
もっと面白いものができる、最後の最後まで
ねちっこく、あきらめずに、見守ってゆこうと思います。
本番まで・・・あと・・・なんと・・6日
[396] 魂 Date:2003-12-15 (Mon)
いったい死んだらどうなるのだろう?
一つの魂となって、空高く消えてゆくのだろうか。
それとも地に落ちてゆくのだろうか。
だれもしらない。
いくら科学が発達しても、このことだけは
わからないのだろう。
いつだったか、多分、高校生くらいだったろうか
死んだらどうなるのか、ばかり考えていた時期があった。
答えがでないのに、そればかり考えていた。
魂・・・・ってなんだ?
肉体は滅びても、魂は残る?
本当だろうか?・・・・・・・
そんなことばかり考えていた。
私のまわりの人々もいつかいなくなるのだろう。
私、ひとちぼっちになるのだろうか?
そのときの気持ちはいかなるものなんだろう?
・・・・・・・・・
そのときいろいろと考えたことが
今もふと浮かぶときがある。
切なくて、やりきれなくて、苦しくて
どうしようもなくて、何もする気が起こらなくて・・・・
そういったこと、もろもろを忘れたくて
芝居をやっているのかもしれない。
時間を忘れさせてくれるものを
追いかけているのかもしれない。
毎日、第五回公演の練習が続きます。
あっという間に時間が過ぎ去ってゆきます。
練習を真剣にすればするほど・・・・
その反面、自宅に帰ってきて、久しぶりに
こうしてパソコンなんかに向かうと
・・・・・変なことを思ってしまいます。
公演まで・・・あと10日・・・・・
反動が来るくらい・・・・練習した月曜日です。
[395] 十二月二十五日 Date:2003-12-11 (Thu)
「義士スピリット」の公演の初日が半年前に
12月25日に決まりました。
イラクのことと赤穂浪士=義士の話を絡めて書こうと
思ったのが、それから一ヵ月後のことです。
今日、政府の発表で航空自衛隊の先遣隊約10名を
12月25日にカタールとクウェート向けて
派遣する方針を決めました。
私どもの最初の公演初日が、そのような日になるとは
何か因縁めいたものを感じずにはいられません。
2003年12月25日は
そういった意味で一生忘れえぬ日になりそうです。
芝居の方は、まだまだで、練習に練習を重ねないとという
危機感で一杯の状況です。
時間が足りないけれど、あせらずに、こつこつと
やっていくしかないのだろうなぁと言い聞かせています。
後二週間で25日はやってきます。
わたしたちも派遣される自衛隊の方々も。
彼らの気持ちを考える、今回の芝居です。
自分以外の人のことを考えること、想像することは
できそうで、なかなかできないことだと思います。
日常の自分の生活に追われている人が多い世の中です。
たまには、自分以外の人のことを考える,いい機会として
この文章を読まれた方々と劇場でお会いできれば
と思っています。
本番初日まで・・・・あと14日
[394] 寒くとも・・・ Date:2003-12-08(Mon)
今日は、今年で一番、寒く感じた一日でした。
土曜日から三日続けての練習でした。
練習するのが・・・楽しくなってきました。
いつも、この時期に思うのですが
本番なんか来ずに、このまま、ずっと練習ばかり
していたいなぁと・・・・・
よく絵を描くことと芝居のことを比較してしまいます。
それでいうなら、今は、一枚のキャンバスに
下絵(=台本)を書き終えて、その各場所場所に
色を塗っていっているのだろうなぁ・・そう思います。
何色を塗ろうか?ここは黄色、赤、紫、白、いや青・・・
考えるのが、とても楽しい作業です。
展覧会にだしてしまったら画家はすることがなくなります。
芝居は生き物ですから、最後の最後まで変更変更なのですが
最後の楽日の公演は、何もすることがない画家の
心境でゆっくり、のんびり、楽しく、今回は客席の片隅で
見させてもらおうかな・・・とちょっと贅沢なことを
思っています。
色をつけても、表現者である役者さんが、その色を
美しく、だしてもらうには、何度も、何度も繰り返しの
練習を経て、自己の体に、その色をしみこませないと
だめなんでしょうね。
まだまだキャリアの浅い人々が多いのですが
その思いだけは、失わずに謙虚にこれからの日々を
過ごしていってもらいたいなぁと思います。
シナリオが完成して、めずらしく『あとがき』なるものを
書きました。
私の想いが伝わったと信じています。
あとは・・・街は・・寒くとも・・・心は・・・燃えて・・
いてほしい・・・そう願っています。
『あとがき』の最後に次のような文章を書きました。
今、練習していても、このことをわかって、みんな
やってくれているなぁと喜んでいます。
ありがとう・・・・感謝・・・・感謝・・・です。
『熱い心で誠心誠意、真心をこめて作った「おにぎり」が
形が悪くとも美味しいように・・・そんな芝居を
目指してゆきたい・・・・そう思います。』
[393] 中庸・・・これが私の作品を作る原点かもしれない Date:2003-12-06 (Sat)
高校生のとき現代国語の松尾先生が好きでした。
明石は朝霧から姫路まで通勤してました。
雨になると、持病の神経痛がでて、学校を休んでいました。
体が華奢な方で、見た目に強いとは言えない感じの
方でした。
彼の授業が面白くて、彼のことを好きになったと
思います。説明の仕方が上手で、いつもそこには
ユーモアやウィットがありました。
今も鮮明に憶えているのが
彼が説明した『中庸』という言葉であります。
中庸という言葉は、どういう意味かと言いますと
「考え方・行動などが一つの立場に偏らず中正であること。
過不足がなく、極端に走らないこと。また、そのさま。
古来、洋の東西を問わず、重要な人間の徳目の一つ
とされた。中道。」
辞書でひくと、わかりにくい表現が並び、理解しにくいの
ですが、先生が私たち学生に言ったのは
「やじろべぇを考えてください。右におもりが偏ると
右に傾いて、立てなくなる。左もしかり。
やじろべぇが真っ直ぐに立つには、左も右も
同じ重さでないといけない。人間世界もおなじで
右におもさが偏ると左へ行くのが中庸になるし
左もしかり。主体性がないように感じるかもしれません
が。これも重要なことなのです。」
その言葉がなぜか、あのときから、離れません。
多分、その話を聞いて、こういう生き方も面白いと
高校生ながら、思ったのでしょうね。
そんな気がします。
高校生のときから、あまのじゃくだった私と
波長があったからかもしれません。
今、世間はなんだか右に傾いているように
私は感じます。
アメリカでのネオコンの動き、テロ、自衛隊派遣問題
イラクでの外交官殺害事件への東京都知事の発言などなど
もうちょっと時間がたつと『やじろべぇ』が
傾きすぎて、倒れそうな・・・そんな気がします。
そう感じて、書き出したのが、今回の義士スピリットで
あります。
ただ戦争反対、戦わないことに勇気があるのだ・・・・
それだけで書いた作品ではないと思います。
大きな時代の流れのなかで
極端なことにならないよう、願った作品であります。
それを思い書いた本であります。
中庸・・・それが見つめる世界が国家的なものだけではなく
日常的なものに関する些細な事柄をも対象に
本を書いてゆきたいと思います。
最低でも、二つの世界を考えることで本質が見えてくる。
そう信じて・・・・です。
公演まであと・・・・19日です。
[392] 僕たちの・・・義士スピリット Date:2003-12-04 (Thu)
役者で参加予定の男の子が二日前、交通事故に
遭いました。命には別状ないのですが、単車で転倒した
際に、首、腰、脚部を強打し、脚部の骨にひびが
はいりました。普通の日常生活に戻れるまで
三週間だと聞かされました。
こういうこと、長いこと、演劇にたずさわって
はじめてです。テレビや新聞で、大きな劇場でする芝居
でニュースとして、こういうことは聞いたことは
ありますが、まさか、自分たちが・・・・です。
悩みました。どうしよう・・・彼が出られない・・・・
うーん、どうしよう・・・・なかなか結論を出せずに
一日が経ちました。知り合いの○○君に頼もうか
それとも、私が知らない誰かを・・・他の劇団員に
探してもらおうか。
一日経っても、まだ解決策が見つかりません。
冷静になって、じっくり考えてみました。
『新しい外部の誰か』に頼むのは・・・・もう、よそう。
それをまず決めました。あとわずかなのに、その人が
来てもらって、みんなや私が、遠慮して、言いたいことが
いえなくては、何のためにやってるのかわからなくなる。
その人もつらいだろう・・・・・・・・
ということで、今いるスタッフの中から
何とかしようと思い、最初に役者ででてもらおうと
思っていた、音響担当の男性に出てもらえないかと
お願いしました。
とっても言いにくいことです。
なぜなら、彼は本当に音響初心者にもかかわらず
一生懸命に音響の仕事をこなしてくれていたからです。
彼を音響にしたのは、スタッフ強化という意味合いが
主な理由です。
スタッフも役割分担がきちっと、できつつありました。
いい感じでした・・・その矢先の事故です。
彼に役者の事故のことを伝え、舞台に立ってもらえないかと
お願いしました。
彼は事情が事情でもあるし、私の心の中にある危機感を
察知したのでしょう・・・・
しばらく考えた後、「やります。」と一言いいました。
配役を新たにし、今日から再出発です。
事故をして、半泣きで電話してきた人間・・・・
その事情をしって、「やります」といった人間・・・・
配役変更を余儀なくされて、昨日まで覚えた台詞が
人の台詞となり、また一から役作りを開始する人間・・・
相手が変わったことでまた新たに相手と間を
知るために読みあわせをはじめる人間・・・・・
そういう人々を見ると・・・・心が震えてきます。
涙が、でそうになります。
俺はこいつらと一緒に芝居をできてるのだという
喜びを感じます。
かれらこそ、義士スピリットを持った人々かもしれません。
苦境に立たされた時こそ、人は今までにない
エネルギーをだすのかもしれません。
サッカーで一人が退場になって、10人で戦ったチームが
勝つときがあります。苦境になればなるほど、新たな
結束力が芽生えることを信じて、残り少ない時間
お客様が喜んでもらえるように精進して芝居作りを
していかなければなりません。
前を向いて。
本番まで残り21日です。
[391] シナリオ完成 Date:2003-11-30 (Sun)
昨日、シナリオが完成しました。
今日の練習で役者およびスタッフに手渡し、作家としての
一区切りの仕事を終えられたかなぁといつものように
「ホッ」としております。
後は演出家として、いかに仕事をするのか
ただ、それだけであります。
今回は、第五回ということで記念公演という形で
公演します。その記念にふさわしい戯曲にしようと
まぁいろいろな書物を山のように読み、実際に
舞台でやる、とある職業(見てからのお楽しみということで
今は言えない)の仕事をする現場を見るために
神戸まで足を運び、それをビデオでとり、とったものを
パソコンに落として、日々、研究したり・・・・と
だいぶ熱のこもった作品つくりでありました。
そういった意味では満足感があります。
ただ、これを舞台で表現するにあたり
いろんなことがつまっている本なので、きちんと的確に
その意図を汲み取って、表現できなかったら
・・・・・そういった危機感を感じさせられます。
元阪神タイガース監督の野村克也氏が、いつも
おっしゃる言葉があります。
それは、投手が投げるボールの配球において
一球たりとも、意味のない、意図のない球を
なげてはいけないし、キャッチャーは投げさせては
ならない。
この言葉を聞くと、芝居の世界でも、同じ事が言えます。
一つの台詞を言うとき、どういう意図で、どういう表現で
台詞をいおうとするか、それがないと、つまらない舞台に
なってしまいそうです。
江夏のように、自分で組み立てができる投手(役者)は
なかなかいません。素人同然の人ばかりです。
だとすると、キャッチャーが配球を考えなくては
なりません。そのキャッチャーの役目を演出家が
しないといけないと感じています。
どういう意図で、その台詞を読むのか、どういう意図で
どういった動きをするのか・・・
考えてくるのは、ほどんどいなく、台詞を覚えるのが
やっとこさです。
考えて、考え抜いて、一つの台詞を言わそうと思います。
きちっと色をぬっていこうとも思います。
黒一色のベタ塗りにならぬように、いろいろな色が
まじりあった極彩色のお花畑になるように・・・・・
あと初日まで・・・・25日です。
[390] 演出日記〜「義士スピリット」〜その3 Date:2003-11-27 (Thu)
読み込む毎日です。
まだまだ読み込みが足りないと今日、実感しました。
『歌は語るように、台詞は歌うように』・・・
誰が言ったか忘れましたが、なかなか言いえて妙な言葉で
あります。
こういう風に言ってください・・・といっても
音のとれない人はやっかいです。
台詞をどのように音にするか・・・そればかり考えている
今の練習です。
手を抜くのではないでしょうが、練習のときにこそ
やりすぎるくらい、目一杯やってほしいものです。
ち・・・ち・・・ちょっと・・・トーン押さえ気味で
という風に言ってみたいものです。
もっと大きくとか・・・もっと抑揚をつけて・・・
なんて、もう言いたくない気がします。
舞台というのは、ある種、特異な所です。
ある意味、狂気がない役者はでてはいけない
かなとも思います。
一線を越えたものが、舞台に立ってほしい、いや舞台に
たてる権利がある、そんな感じですか。
普通のあんちゃん、おねいちゃんであるなら
舞台にたたずに、友達と映画見て、お茶して
美味しいものを食べて、旅行にいって・・・・・
並の人がすることをすればいいのに・・・そう思います。
舞台の上で、あなたの狂気がみたい。
狂気のある役者を見たい。
狂気とは、狂うのではないのです。
一線を越えられるか、どうか、自分を捨てられるか
どうか。
11月も残り少なくなってきました。
あと公演まで、一ヶ月をきりました。
これからが、本当の役者さんとの対決です。
さぁ、練習に来るまでに何を仕込んで来てくれるのが
楽しみです。ぶつかりあいましょう。
[389] 〜みんな夢の中〜 Date:2003-11-24 (Mon)
♪恋は短い 夢のようなものだけど
女心は 夢を見るのがすきなの
夢のくちづけ 夢の涙
喜びも悲しみも みんな夢の中
やさしい言葉で 夢が始まったのね
いとしい人を 夢で捕まえたのね
身も心も あげてしまったけど
なんで惜しかろ どうせ夢だもの
冷たい言葉で 暗くなった夢の中
見えない姿を 追いかけてゆく私
泣かないで 嘆かないで
消えていった面影も みんな夢の中 ♪
よく夢を見ます。
昨夜は、交通事故現場に遭遇する夢でした。
とある警察官が、事故現場に到着したところから
物語は始まる。
事故処理にきた警察官とその近くで交通規制をしている
警察官。規制をしている車道は姫路でいうと
2号線みたいに、日頃からよく混む道である。
一車線をまるまる規制している。しかも時間は朝
通勤通学の時間帯である。
ということは、とほうもなく長い渋滞が起こっている。
ドライバーがイライラとしてくる。
警察官の処理もなかなか進まない。
極限状態に来たのであろうか、一人の渋滞待ちをしていた
ドライバーが、「えーい、行ってしまえ!!」とばかりに
規制している車線に車を進め、先へ先へ行こうとする。
止めようとする警察官。しかし、その車は、スピードを
緩めずに警察官に突進する。
車のボンネットの前方に警官をのせ、壁に激突する。
警官の断末魔!!!
その様子を見ている私がいる。
何ってこった・・・・この運転手は気が狂っている・・・・
こんなひどいことするのは・・・・
『くすり』をやってるか・・『精神の病』を患っているのか
そのどちらかに違いない。
そして・・・・もしかして・・・・
警察官の次は・・・・私かも・・・不安がよぎる
そう思っていると、壁に激突していた車のバックライトが
白く光る。やはり・・・こいつは・・・・次に・・・
自分を・・・・・狙うのか。
「逃げよう。とにかく逃げよう。」そう思ったが
なぜか体が動かない。手足がしびれて動かないのだ。
あぁ・・・どうしよう・・・どうしたらいいのだ・・・
このままでは・・・殺される!!!!!!!!!!!!
その時、目が覚めた。夢から覚めても、まだ手と足が
しびれている。そして、体が動かない。
変な格好をして寝ている自分の姿がそこにあった。
体は下向きで、その体の下に、自分の手を敷いている。
左足は曲げて、その「ふくらはぎ」の上に右足を
のっけている。もうメチャクチャな寝方である。
最近、睡眠時間が少なく、やらねばならない事が多くて
疲れ気味である。だから、こんな格好で寝たり、変な
夢を見ているのではないかと思ってしまう。
あと一週間、はやく『義士スピット』を完成して
ゆったりした夢を見たいものである。
[388] 演出日記〜「義士スピリット」〜その2 Date:2003-11-20 (Thu)
戯曲まだ書いています。
なにか、この前よりも、内容が濃くて大変な日々です。
この分だと2時間超える芝居になってしまうかもしれない。
まぁ、書きたい事を素直に書いた結果、そうなるのもよし
・・・深く考えずに行きましょう。
年の瀬の芝居です。
12月の初旬にやったことは一度ありますが
今回は25、26、27日という、本当に年の瀬です。
なんでも、いいように考える私は、芝居が終わって
打ち上げをして、「あぁ、芝居も終わったんだなぁ。」と
いつもより、強い達成感になるのではないかと
勝手に想像しています。
年の瀬ならではの雰囲気を街に感じながら・・・・・
一年を終える芝居ってのもいいかもしれません。
でも、本当の達成感は、練習して、ねって、ねって
あーでもない、こーでもないと試行錯誤してこそ
得られるものであると思います。
芝居の神様が、おっしゃっています。
楽をするな、苦しみなさい・・・・と。
楽をして、手を抜いた者には、必ず、悪魔が訪れ
苦労して、真剣にとりくんだものには、天使が微笑む。
長い経験で、これだけは自信をもって言えることで
あります。
時間をかけたら、かけたぶんだけ良いものができる。
そう確信しています。
仕事や学業などをやりながらの練習です。
どこかのプロみたいに、朝から晩まで毎日、練習という
わけにはいきません。
練習のない日にシナリオを開き、何度も何度も、この芝居に
まつわる人は、全体を読んでくれていると思います。
人前でできるのはしれています。
陰でどれだけやるか、その成果は、顕著にでます。
あと1ヶ月と5日です。
これから、しだいに気合が入る時期でもあります。
[387] 絵の採点 Date:2003-11-17 (Mon)
中学・高校の6年間、美術の授業が一週間に一度ある。
その時間が嫌いだった。
一学年130人程度しかいないので、美術の先生は
学校に一人だけしかいなかった。
奥山という、少し東北弁の混じった言い方をする
先生だった。
ようするに、その奥山先生が嫌いだったのである。
その理由は、ただひとつ。
生徒が書いた絵を先生のところに持っていき
点数をつけてもらうのだが、彼は、点数をつける際に
その生徒が実際に書いた絵の右上のところに
赤いペンで「5」とか「4」とか数字を書き
「この絵は、5には、ちょっと足りないから
4の一個マルだなぁ。」と言って、4と書いた数字の
右上にマルを書くのである。
それが、とっても嫌な点の付け方だった。
一生懸命書いた、ひとつの作品なのに、貴方の主観で
3とか4とか5とか点数をつけられた上に
汚い字で、その作品に赤いペンで数字を書いてしまう、
デリカシーのなさに・・・・こいつは芸術家じゃない
エセ・芸術家だ、いや職業・芸術家だとか
わけのわからない、憤りを持って彼に接していたように
思う。
今、実際に芸術というものに携わっていて、とくに
感じるのは、一番とか二番とか三番とか
順位がつけられないから『芸術』なんだなぁと
いうことである。
競争を生まないのが『芸術』である。
『芸術』があふれた場所では平和でストレスのない
健全な人間がいる。
みんな、生き生きとして生活している。
そんな風になるのだろうなぁと想像している。
芸術というものは、そもそも教わるものではない。
教わらなければ、なにもできない、現在の
学生気質(学生以外もそうかもしれないですが・・・)
が、あることは情けないし悲しい。
自分らしさをいかに出すかということを
常々、考えていきましょう。
芸術こそ、ナンバーワンにならなくていい
芸術こそ、オンリーワンでなければならない。
[386] 演出日記〜「義士スピリット」〜その一 Date:2003-11-14 (Fri)
今は、シナリオが約4割程度完成して、書き上げては
役者さんに渡し、そして、読み込み、その場面の雰囲気
をつかむ作業が続いています。
動きをほとんどつけていないというのが現状ですが
あまり、あせらずに、やっていこうと思っています。
人間というものの行動は、やはり、その人間が
何を思い、何を考え、といったところをしっかりと
把握しないと、役者として、どのように動いていいか
わからないと思います。
今は、与えられた役柄の心を読み取る作業が、主な練習で
あります。
今回のシナリオで自衛隊のイラク派兵を取り上げています。
イラクに行った息子を思いやる父・・・なんてのも
登場します。イラク行きが決まった恋人と最後の夜を
むかえる女性も登場します。
そういった人々の心境を把握して演じるのは
とっても難しく、想像の世界のことなのかもしれません。
しかし、それに負けてはいけません。
それに類似した体験談(例えば太平洋戦争の話)を
読むとかパソコンをする方なら、いろんなHPで
戦争のこととかを知ろうとする、そういう努力が
役者として、この芝居に立ち向かう第一歩のような
気がしています。
例えば、昨今の新聞の投稿を見てみましょう。
今日は11月13日付け朝日新聞・朝刊の「声」から
の抜粋です。
『恋人に迫った派遣をやめて』 女性会社員・札幌23歳
私の恋人は自衛隊員です。来春、イラクへ行きそうです。
国からの正式発表がないのに、「なぜ?」って
思うでしょうが、現場の部隊では意思確認の面接があり
彼は「8割方、行くことになる。」そうです。
こんなことになるとは夢にも思いませんでした。
どこか遠い国での出来事としかとらえていなかった
イラク戦争が急に身近に思え、毎日が不安でなりません。
彼に詳しいことを聞きたくても忙しすぎて連絡が取れない
状況です。・・・・・・(中略)・・・・・・・
考えてみてください。とてもとても大事な人が戦地に
行くのです。命を落とすかもしれません。
たとえ、彼が行かなくても、代わりに誰かが行き
私と同じ思いをする人がいるのです。
そう考えるとなぜ戦争がおき、なぜ止められなかったか
いろんなことが頭をよぎります。
昔、戦争を体験した人たちもこんな思いをしたのでしょうか
それならなおのこと、同じことを繰り返さないで
と思います。
自衛隊のイラク派遣、本気でやめて下さい。
※切実な声です。いかに、いろんな『声』を聞き
それをいかすかが、役者として、いい演技ができるか
どうかの別れ道になっている気がしています。
[385] 総選挙に思う Date:2003-11-11 (Tue)
日曜日、近くの小学校まで投票に行った。
行く道すがら、出くわすのは、おじいちゃん、おばあちゃん
おじさん、おばさん、ばかり、若い人、特に20代の人を
見ることはなかった。
お年寄りの多い地域なのかもしれないが、20代の人が
0というのはどんなものだろう。
選挙後、各世代の投票率がテレビで紹介されていた。
思ったとおり、20代の人々の投票率が最低であった。
この傾向は今にはじまったわけではなく
その前も、その前の参議院選挙もそうであった。
政治に興味が無い、政治に無関心
そんな言葉でこの現象を説明してはいけないと思う。
私が、考えるのは、14,5歳で元服した江戸時代
金の卵といわれ、就職して、自分の仕事をもって
自分の力で生きていた昭和30年代、それから以後
大学が増え、少子化も進み、バカでもアホでも
大学という名の学校に行けるようになった現代
・・・その時代の違いが、若者の投票率の低さに
起因しているような気がする。
つまり、端的に言うと、親のスネをかじって
適当にアルバイトをして、適当に好きなことをして
本当の貧困も味わったこともなく、人生における
修羅場も経験したことの無い、生活感が希薄な人間が
現実の政治に関心を持てるわけがない、それが
20代の投票率の低さに出ているのだと思う。
学生運動という言葉がなくなり、今の大学は
楽しいワンダーランドになり、自分を犠牲にするという
言葉なんて格好の悪い言葉になり、いかに嘘っぽくても
いいから、格好よく、人から見て美しく体裁を
とるかというのが主流をしめていると思う。
最近、選挙権を18歳から認めてはどうかという案が
あがっているが、18にしても、どうせ選挙に行かない
人間が多いのなら、その事務的な費用がもったいない
気がする。
もっと、もっと、切実なものとして
若い世代が選挙というものを受け止めてほしい。
あなたたちが行けば、本当に政権交代も起こるかも
しれない。利害関係でがんじがらめになって投票している
大人ではできない選択をできるのが
貴方たちなのだから。
[384] お国言葉 Date:2003-11-08 (Sat)
姫路の南部・飾磨という場所で育った。
いつからか、自分たちが使う言葉が荒っぽくて
汚い言葉だなぁと思うようになった。
海が近くて、昔は、漁師の人が多かったからかもしれない。
もともと、南部に限らず、姫路という場所は
柄が悪い場所だと思われているようである。
こちらの地方紙には、なぜ姫路ナンバーの車が
マナーが悪いのかという特集記事がでてるくらいである。
お国言葉・・・・私にとっての、それは紛れも無い
汚い播州弁である。それは、この故郷で生まれたものとして
生涯つきまとうだろうが、初めての方と会ったときなどは
京都で教わった、はんなりした関西弁を使うように
心がけている。威圧するような感じが姫路の言葉には
するからである。
思うに、このような言葉は、『男言葉』であるように思う。
だから、高校のときからまじに、あらあらしい播州弁を話す
この地域の女性とは結婚しないぞ!!と心に決めていた。
母親は、同じ飾磨の人をもらってほしいようなことを
いつも言っていたが、残念ながら、もう10代の頃から
それは私の心にはなかったのである。
姫路に帰ってきて、町をゆきかう女子校生が話しているのを
たまに聞くが・・・・可愛い顔をしているにもかかわらず
言葉が汚い、品性が無い、たまにだが、ヤクザのような
言葉を使っている人もいる。
多分、昔には、この地域でも、播州弁としての女言葉という
ものがあって、それは、優しい、はんなりとしたものだった
ような気がする。いつしか、男女平等、男女共同参画の
時代になり、それを間違った解釈として受け取った
女性たちが、言葉までも醜くなっていった感がする。
言葉をいかに使って、話すかで、その人の魅力が
違ってくる。今の汚い、荒っぽい、男言葉を話す女性から
何ひとつ魅力を感じられない。
もう一度、話し言葉を見直してみてもいい時なのかも
しれません。
[383] ある場面が見たくて。。。 Date:2003-11-06 (Thu)
シナリオを書く日々が続いています。
まぁ、いろんなシーンを書くわけですが
やはり、お客さんの心に響く、いいシーンを
書けたらなぁと思っていますが・・・・・
難しいですね、これだけは。
心に響く感動する場面・・・・今までの芝居や映画で
私が心に響いた場面って、いくつくらいあるのだろう。
どんなシーンが記憶に残っているのだろうか・・・・
考えてみました。
一番、最初に頭に浮かんだのが次の映画のワンシーンです。
映画『蒲田行進曲』
階段落ちを明日にひかえた大部屋役者ヤスの部屋
看板俳優・銀ちゃんの子供を身ごもった小夏が
一人、ヤスの部屋にいる。
ヤスは銀ちゃんからの頼みで妊娠中の小夏と結婚をし
新撰組土方歳三を演じる銀ちゃんのために
映画の見せ場である階段落ちでの、切られ役、つまり
大階段から転げ落ちるのを承知する。
ヤスが、場末の酒場で知り合った人々をたくさん引き連れて
帰ってくる。何事が起こったのか、戸惑う小夏。
明日が階段落ちというのに、ヤスは酒をかなり飲んでいる。
帰って下さい・・・・泣き叫ぶ小夏。
しぶしぶ帰る人々・・・残るはヤスと小夏
小夏:ごはん食べる。作り直すから。
ヤス:いらねぇよ。(小夏に向かってヤスが屁をする)
小夏:(手でその臭いを払う動作)
ヤス:なんだよ。臭いのか、俺の屁が。なんだよ、これは。
このまねは。お前よ、前に銀ちゃんが屁こいた時、
ワァー、やだ、クチャイ、クチャイ、クチャイ・・・
やだやだやだやだ・・・喜んで、撮影所の中
走りまわってたろ。なんだよ、銀ちゃんの屁は
嬉しくて、戸籍に入った俺の屁は臭いのか!
戸籍は屁よりも劣るのか。情けないよ、俺はよ。
小夏:すみません。ごめんなさい。
ヤス:よぉ、よぉよぉよぉ、お前よ。話し合ったか?
銀ちゃんと。保険金の使い道、話あったか、よぉ。
ねぇねぇねぇ、なんて言った?銀ちゃんねぇ。
小夏:あんたねぇ、なんでいちいち銀ちゃんのこと
持ち出すの?
ヤス:銀ちゃんじゃない。
小夏:私ねぇ、あの人とは、はっきり別れたのよ。
ヤス:腹に子供まで仕込んでよ。
小夏:そんなことよりね、あたしたちの生活のこと
どう考えてるの?
ヤス:最近よぉ、銀ちゃん、妙に冷たいんだ、俺によ。
何考えてんだ。何が不服なんだ。この飲み込みの
ヤスのよぉ。お腹の子供まで飲み込んじまった
この、ヤッサンのさぁ。
小夏:だからさ、話そらさないでよ。
ヤス:今日だってよ、目そらして逃げやがんだよ。
明日、いよいよ階段落ちじゃねぇか。こんなんで
いい落ち方ができるかよ。
俺は死ぬかも知れねぇんだから。
小夏:だから、やめてくれって言ったじゃないよ。
ヤス:冗談じゃねぇよ。おぅ、俺は何のためにお前と
くっつけられたわけだ、腹ぼてのお前とよ。
小夏:くっつけられたわけ、私たち。
ヤス:それだけじゃねぇや、俺は、何のために、十年間も
あの野郎に殴られてきたんだ。蹴っ飛ばされて
きたんだ。あの野郎に、あの野郎に・・あの・・・
小夏:お腹だけは蹴んないでよ、私の子なんだから。
ヤス:てめぇと銀ちゃんのガキなんて知るかよ。俺がよ。
小夏:どうしたらいいの。何が不満なの。(泣き崩れる)
ヤス:俺にわかるかよ。万年、大部屋のこの俺によ。
小夏:そんな風にね、臨月の今になっていいだすなら
どうして私のこと引きとったりしたのよ。
ヤス:俺は大部屋だぞ。お偉い方の言う事は、なんでも
へいへい聞かなきゃいけねぇんだよ。
高い所から飛び落ちろって言ったら、飛び落ちる。
すっころがれって言ったら、すっころがる。
火かぶれって言ったら、火をかぶる。
階段から落ちろっていったら、落っこちる。
それで3000円だ、5000円だ!!
それが大部屋なんだよ。文句があるか!
文句があるか!!文句があるか!!!文句があるか!
文句があるか!!文句があるか!!!!!!!
(そう言いながら、部屋中をめちゃくちゃにする)
小夏:やめて・・・やめてよ・・・(泣きじゃくっている)
(少しの静寂、ヤスもテーブルに顔をつけ泣いている)
ヤス:前はね、平気だったのよ。何言われても、へらへら
へらへら笑ってやってきたの。それが、どうしちまっ
たんだろうね、俺。お前のことを好きになれば
なるほどね、悲しんだよね、この心が。
小夏:あんたー
ヤス:お前とね、いっしょに生きていこうと思えば
思うほどね、切ないんだよね、この胸が。
小夏:あんたー
ヤス:お前とね、離れられなくなればなるほどね
苦しいんだよね、体中が。
小夏:あんたー
ヤス:どうしちまったんだろうね、俺。ほんとに。
小夏:あたしのことで、随分、苦しましちゃったみたい。
ごめんね。ごめんね。
(抱き合っていたのをヤスは解き、一人立ち上がり
玄関のほうへ歩き出す)
小夏:今夜、帰ってきてくれる。
帰ってきてほしいんだなぁ、今夜は。
今夜か明日にでも陣痛がはじまりそうなの。
そりゃ、あんたの子でもないのに悪いとは思うけどさ
やっぱり、産みたいじゃない、女だもの。それにね
こんなこと言ったら、あんた、笑うかもしれないけど
私、この生活、けっこう気にいってんの。
あんたに殴られても、蹴られても失いたくないの。
(ヤスは、外に出てゆく)
小夏:やっぱり、だめだったの・・・・・私たち・・・・
(泣き崩れる)
※このシーンは約5分あります。何回みても涙します。
いろんな事を考えさせてくれます。頑張ろうという
勇気をもらえる感じもします。まだシナリオを書く
作業が続きます・・・・・はい。
[382] 不可解なことで一杯 Date:2003-11-03 (Mon)
「ダイエーの小久保選手、無償で巨人にトレード」
あぁ〜不可解だ。不可解だ。
「公約守ったことがない政党同士が、マニフェスト選挙」
あぁ〜不可解だ。不可解だ。
「友人に結婚語った三日後に、殺害幇助の女子高生」
あぁ〜不可解だ。不可解だ。
「ただ不作というだけで、あせって作物、盗むふとどき者」
あぁ〜不可解だ。不可解だ。
「調子乗り、赤ブラジャー つけて踊った留学生」
あぁ〜不可解だ。不可解だ。
「争点にならない イラクの派兵問題」
あぁ〜不可解だ。不可解だ。
「老後の安定ばかり 考える この国の民」
あぁ〜不可解だ。不可解だ。
「液晶だ、プラズマだ、本当にテレビ大好き この国の民」
あぁ〜不可解だ。不可解だ。
「安全な場所から 戦争映像を 液晶テレビで
ビール飲み飲み 楽しみに きっと
見ている この国の民」
あぁ〜不可解だ。不可解だ。
文化の日とは名ばかりの文化のない国、文化を育てようと
しない国での不可解な事を羅列してみました。
この不可解さを消すにはどうしたらいいのだろう。
どこかに、これらを消す、消しゴム、売ってないかなぁ。
ちっちゃいのでいいからさぁ。
どこにも売ってないか・・・・さて、どうしましょうか?
[381] 第九条 Date:2003-11-01 (Sat)
『日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を
誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による
威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段
としては、永久にこれを放棄する。』
『前項の目的を達成するため、陸海空軍その他の
戦力は、これを保持しない。国の交戦権は
これを認めない。』
これが日本国憲法第二章第九条であります。
戦後58年経ちました。
この間、どれだけ、この第九条について議論されてきた
のでしょうか。
戦争を知らない世代です。
生まれたときには、自衛隊という軍隊があった世代です。
自衛目的という理由だけならいいのですが
この度の「イラク支援法案」によるイラクへの
自衛隊員の派遣は、どうなのでしょうか。
カンボジアに行くのとわけが違うような気がします。
非戦闘地域ってあるのでしょうか。
言葉が現実と乖離している感じがします。
官僚が机の上だけで考えただけのような、今回の法案が
成立してしまう、我が国を憂いてしまいます。
正義と秩序を基調とした国際平和・・・・とありますが
正義って誰の正義ですか
秩序って誰の秩序ですか
星がいっぱい付いている国旗の国のための
正義ですか
そのために、人を犠牲にするのですか
しかも、丸腰で・・・・犬死させるのですか
あなたが派遣される自衛官の家族だとしたら
どんな気持ちになるのでしょう。
国同士のお付き合いのために、命をささげるのは
納得できません。
11月になり、選挙カーが、けたたましく街を
行きかっています。
私の一票で何が変わるのか、無力感を感じながらも
選挙に行こうと思います。
[380] 港がみえる丘。。。 Date:2003-10-29 (Wed)
ふと、海が見たいと思うときがある。
美しい海ではない。港の岸壁から見る海でいい。
少し、潮の香りがすればいい。
高校のとき、毎夜、飾磨港の突堤まで
体を鍛えるという名目でジョギングしていた。
夜のフェリー乗り場、誰もいない埠頭、薄明かりの道
・・・・少しの潮の香り
海を見たら、今でも、ほっとする。
何気なく、どこかで聞いた「港が見える丘」という曲が
脳裏に浮かぶ。
最近になって、この歌が昭和22年に東辰三という
神戸大学出身の人が作ったことを知った。
そして彼の息子さんが山上路夫さんであることも
知った。
山上路夫さんが作詞した歌はよく覚えている。
「ひなげしの花」「恋する夏の日」「虹をわたって」
「学生街の喫茶店」「あなたに夢中」「瀬戸の花嫁」
「世界は二人のために」「ふたりでお酒を」
などなど、当時の有名どころばかりである。
最近知ったのだが、水戸黄門の「人生楽ありゃ、苦もあるさ
・・・・」も彼の作詞であります。
あぁ、何か繋がっているんだなぁと思ってしまう。
東さんは昭和25年に亡くなっているのだから
自分の息子さんが自分のあとをついで、同じように
作詞の道にいったことを知らない。
こういうことを調べていくと、なんだか探偵になった気分
で面白い。
今も聞いている。
新井英一さんが唄う・・・・「海の見える丘」が
最近の、私のお気に入りである。
「港が見える丘」
あなたと二人で来た丘は 港が見える丘
いろあせた桜が 唯一つ 淋しく咲いていた
船の汽笛 咽び泣けば チラリホラリと花びら
あなたとわたしに ふりかかる 春の午後でした
あなたと別れたあの夜は 港が暗い夜
青白い灯り 唯一つ 桜を照らしてた
船の汽笛 消えてゆけば チラリホラリと花びら
涙の雫にきらめいた 霧の夜でした
あなたを想うて来る丘は 港が見える丘
葉桜 ソヨロ訪れる しお風 浜の風
船の汽笛 遠く聞いて うつらとろりと見る夢
あなたの口許 あの笑顔 淡い夢でした
[379] 燃え尽きた・・・闘将 Date:2003-10-27 (Mon)
プロ野球の全日程が終わりました。
3月の終わりからはじまって、7ヶ月もの期間
戦いぬいた選手や監督、コーチのみなさん、本当に
今年は、野球ファンとして(阪神ファンとして)
素晴らしい一年をありがとうございましたと
言いたいです。
第六戦を今シリーズ、絶不調の伊良部を投げさせるならば
最後の最後に、今年の軸として頑張った「井川」投手を
先発で投げさせてもらいたかった、そのことが
唯一、心残りなことでありました。
一年間、一度もローテーションをはずれずに
最多イニングを投げ抜いてきた、若いエースしか
ダイエーの勢いを止められる人はいないなぁと
試合前、予想していましたので、先発投手の名前を
聞いて、正直、だめかなぁと思いました。
でも、星野監督なりに、いろいろと考え抜いた結果
なので、文句はないのですが・・・・・・
二年前には最下位のチームをよくぞ、ここまで・・・
彼の持っている全エネルギーを傾けていただいたのだと
思うと勇退された後は健康な体にはやく回復されることを
望むばかりです。
疲れ果てた顔になっているなぁと人は言いますが
私なりには、燃え尽きた顔になっているのだろうと
言葉を変えたくなります。
疲れはなんとか休めばとれますが
燃え尽きたのは、もう終わりを意味します。
ふりしぼっても、ふりしぼっても、何もでないのが
燃え尽きるということです。
それほどまでに力を注ぐことは並大抵の人には
できないように感じます。
野球人生は、燃え尽きても、一人間として
まだまだ56歳というのは、これからだと思いますので
本当に健康に気をつかって、のんびりと楽しく
過ごして下さいとしか言葉が見つかりません。
そして、多くの阪神ファンは、彼が阪神のフロントに
残って、GMなどの仕事についてもらいたいと思うで
しょうが、私は、それを望みません。
彼は燃え尽きたのです。
その彼に、また、なにをしろというのでしょうか。
エネルギーをこれ以上、しぼりとるようなことをしたら
大変なことになるような気がします。
何もお願いせず、プレッシャーやストレスのかからない
立場で野球界を見ていただきたいと思うだけであります。
野球人、星野仙一さん、さようなら!!
自由人、星野仙一さん、こんにちわ!!
てな、感じで、やってもらいましょう。
正直、ダイエーの方が強いチームだと思います。
若い力がみなぎっています。
次期監督には、阪神も若いプレイヤーがベテランを
引っ張って、セリーグを連覇するようなチームを
作ってほしいと思います。
金本、桧山、矢野、片岡、伊良部・・・・残念ながら
彼らは30代半ばです。
浜中、関本、鳥谷がクリーンアップを打って、シーズンで
100打点、30ホームラン以上を記録して
日本シリーズにのぞんだとき、今日の悔しさが晴れるとき
だと確信しています。
その時、ネット裏で喜ぶ「星野」前監督の姿が
あることでしょう。
夢をありがとう・・・というよりも・・・・
夢のはじまりをありがとう・・・です。
[378] BLOWIN’ IN THE WIND Date:2003-10-25 (Sat)
How many roads must a man walk down
Before they call him a man
How many seas must a white dove sail
Before she sleeps in the sand
How many times must the cannonballs fly
Before they're forever banned
The answer,my friend is blowin' in the wind
The answer is blowin' in the wind
ちっぽけな事ですぐ怒る人
料簡の狭い人 恩を知らない人 一番にばかりなりたい人
平気で嘘をつく人 せこい人 特殊な武器を使う人
二枚舌を持ってる人 視野のせまい人
キレイ事ばかりいう人 醜さを知らない人
暴力の痛みを知らない人 せつなさを知らない人
考えずに物を言う人 思慮深くない人
ふるさとを捨てた人
自分の力で生きてない人
勘違いを勘違いだと思わない人
人を攻撃するくせに攻撃されたらたじろぐ人
今あげた人々は多分
風に吹かれて、この意味がわからない人たちだろう
風に吹かれて、その意味は、その答えは。
風に吹かれながら考えてみることに
しよう。
[377] 引退 Date:2003-10-23 (Thu)
我が阪神タイガースが歴史に残る二試合連続サヨナラ勝ちを
しました。なんかもう4勝しなくていい、ただ甲子園で
負けなければいい、甲子園に来て応援するファンの前だけ
勝てばいい・・・そんな気分になりました。
本当に、素晴らしい日本シリーズです。
あと甲子園で一つ、ゲームが残っています。
なんとか勝って、星野監督の勇退に花を添えて欲しい
ものです。
勇退をこのシリーズ後にする人もいるかと思えば
今日のニュースで中曽根康弘翁が、小泉首相の
引退勧告をけって、次期衆議院選挙に出馬するそうです。
比例区定年を73歳と決めた以上、例外を認めないというの
は、あたりまえのことだと思います。
それが民主主義というものなのに、中曽根翁は
橋本元総理のときに彼と交わした念書を持ってきて
この約束を破るのか・・と怒り心頭であります。
もう85歳ですよ、おじいちゃん、あとは後進に道を
譲っていいじゃありません・・と言いたくなります。
「政治的テロ」って彼らしい言葉の使い方に
笑ってしましました。
藤井総裁といい、この中曽根翁といい
困った人々です。藤井総裁を解任にするなら
この中曽根氏も遠慮せずに、党を除名にしたらどうなので
しょうね。
人間、引き際が大切だと思います。
男の花道・・・・という言葉があります。
往生際の悪い人には、その花道で
花が咲いているのでしょうか・・・・・
ゴミだらけの道で去っていく感じがしています。
[376] 遠藤さん Date:2003-10-21 (Tue)
朝日新聞10月20日付け夕刊より
『遠藤寿美子』(えんどうすみこ=演劇プロデューサー)
18日、心不全で死去、66歳。
葬儀は近親者で済ませた。
お別れの会を、12月25日午後1時から
京都市左京区下鴨塚本町1のアトリエ劇研で開く。
84年、京都市左京区に
「アートスペース無門館」を開き
大学生らがつくる演劇サークルに作品発表の場を
提供し、若手劇作家や俳優を育てた。
02年にサントリー地域文化賞受賞。
1984年12月、当時できたばかりの無門館で
有志を集め、「熱海」をやりました。
大学三年生の冬のことでした。
大学を離れ、自主的な外部での公演でありました。
それ以来、この無門館では5本の作品を公演しました。
なかには生まれてはじめて自分自身が書いた
オリジナル作品もありました。
違う劇団の公演の手伝いに行ったり、たまにですが
京都以外から来られた劇団の公演も見に行ったりと
年に十数回は、この無門館に行った年もあります。
このエッセイでも以前、書いたことがあります。
その当時、一番、お世話になったのが
『遠藤さん』です。
彼女は、本当に気さくな方でありました。
はきはきと話をされるし、私ども素人同然の公演の初日を
必ず見てくれました。
そして、お金の心配をいつもしてくれました。
いまでは驚くような話ですが
この無門館で公演をうつ際には、手付けを少しうって
会館使用料は公演の一週間後に精算する形式を
とっていました。他の劇団はどうかわかりませんが
私たちには、いつもこの形で遠藤さんがやってくれて
いました。
「あんたら、お金ないんやろ。お金は後でええよ。
芝居がすんでからでええよ。券いっぱい売りなよ。
宣伝もいっぱいして。・・・・・・」
この文章を書きながら、涙が流れてきます。
もう、彼女の元気な励ましの声が聞こえない・・・・
演劇に、それも名もなき学生演劇集団にたいして
あたたかい情をもって、ホールを利益目的ではなく
運営されていたのだと、今、思うと
・・・・・・言葉になりません。
今年の12月25日、お別れ会だそうです。
その日がS−PROの第五回公演の初日です。
何かの因縁を感じています。
彼女の演劇に対する情熱を感じた一人として
離れた姫路の地ではありますが
これからも頑張ろう、頑張らねば、という気持ちに
なりました。
天国から見守ってくださいね。安らかに、安らかに。
合掌
[375] 準備万端 Date:2003-10-19 (Sun)
様々な思いをこの一ヶ月、ノートに書き綴りました。
このエッセイ書き終えてから、シナリオという形で
書き始めようと思っています。
思っているというより、決意していますといったほうが
いいのかもしれません。
ついつい、いろんな事を考えたくなるので
そればかりしていると、いつまでたっても台本が
できませんから。
推敲に推敲をかさねてこそとは思いますが
自分で第一稿を役者さんにお渡しする日を
来週の日曜日と決めたからには、やらねばならぬって
感じです。
頭で考えてばかりよりも、実際に活字にしないと
見えてこない部分も多々あるのですから
そう思って、気楽に執筆を進めることにしたいと
思います。
今日から後、一ヶ月、11月の終わりまで
芝居の練習と台本を書く作業と日常の仕事が
続く毎日になります。
確かに、しんどく、苦しく、眠い日々です。
でも、役者の人たちが私が書いた本の台詞を
声にだした時のあるしゅの感動があるかぎり
できる作業かなぁと思ってもいます。
今日も練習でした。今日までは、ワークショップみたいな
感じの練習でしたが、来週からは本格的な第五回公演の
練習がはじまります。
ワくワクしてきます。
備えあれば憂いなし・・・・何事にも
準備万端・・・・といきたいものです。
[374] 勇退 Date:2003-10-17 (Fri)
昨夜、星野阪神監督が今季かぎりで監督を
健康上の理由でやめることが報道されました。
今朝、スポーツ新聞を買って、詳細を読みました。
新聞には、星野監督の今後や次期阪神監督の岡田氏のこと
や島野、田淵コーチなどの今後の進路などが
結構、克明に書かれてあります。
そうかぁ、だいぶ前に決まってたんやなぁ
なんかビックリして損したなぁ、青天の霹靂の感じで
このニュースを聞いたのになぁ・・・・・
ということは、誰かが、この時期を選んで
意図的に、このニュースを流したのだろうなぁと
思ってしまいます。
いつも踊らされるのは、何も知らない私たち、庶民
なんだなぁと。
まぁ意図的なものはあるにしても、真の阪神ファンなら
この事実を素直に受け止め、来季のことは、明日から
はじまる日本シリーズ最終戦後まで封印しておきましょう。
小学校の頃、給食を食べてからの
5、6時間目の時間は 私にとって
学校帰りに 赤土と呼ばれたグラウンドでする
草野球のメンバーを集める時間でありました。
放課後 夕焼け色にボールが 染まるまで
野球ばかりしていた そんな少年でした
今もいると思う いると信じたい
野球バカな子供たちが。。。
そんな子供たちと昔のそんな子供たちが
一喜一憂するゲームを明日から見せてください・・ね
そんな願いをこめて
今夜、外に出て、星空にむかって
わたしだけの 始球式
第一球はストレート カーブ フォーク スライダー
何を投げよう 悩みながら
明日になれば いいのにね
待ちきれぬ金曜日の夜であります
[373] 宝石 Date:2003-10-15 (Wed)
ある日 ぼくは思った
ぼくに買える宝石なんてあるだろうか
またべつの日 ぼくは思った
ぼくに作れる宝石なんてあるだろうか
そのつぎの日 ぼくは思った
ぼくの手に入る宝石なんてあるだろうか
ぼくは詩を書く
「どうしても
宝石を手に入れることのできない ぼくが
かなしい
だが
宝石を欲しがる ぼくの心が
もっと かなしい」と
※寺山さんの詩は、いつも心があらわれます。
今、脚本執筆中、私の頭がいろいろなことを
考えていると 爆発しそうになります。
そんなとき 彼の詩集を無造作にひろげて
でたページの詩を幾度も幾度も読みかえします。
今日は「宝石」でした。
宝石のような美しい本が書ければ・・・・
戸惑いの午後11時55分・・・・
しばらく生みの苦しみを楽しみますか。
[372] 赤穂へ。。。 Date:2003-10-12 (Sun)
赤穂に行きました。
S−PRO第二回公演に水野刑事役で参加した
藤本京子さんが、出演する舞台「友情」を
観劇するために赤穂ハーモニー・ホールまで
足を運んだわけです。
思っていたより、近い印象を受けました。
電車で35分くらいでしょうか。
JR播州赤穂駅について、徒歩10分くらいのところに
ハーモニーホールがありました。
中に入って、ホールの大きさにびっくりしました。
演劇なのでもっと小さな所でやるのかなと思っていました
が、なんのなんの、1000人くらい入りそうな
立派なホールです。舞台の天井も高いし、奥行きもあるし
客席もキャスパと違い、段になっていて、見やすいし
いきとどいたホールって感じです。
芝居の方は、国宏富之さんや荒木しげるさんや山本みどり
さんや丹古母鬼馬二さんなどテレビで良く見る方々が
でていて、けっこう、あきずに見ることができました。
私的には、ドン貫太郎さんという俳優さんの演技が
面白く、上手いなぁと感心させられました。
間がいい役者さんだなぁと思いました。
お話は、白血病治療のために転校してきた女子中学生と
そのクラスメートたちの「友情」を描いたものです。
薬の副作用のために、髪が抜けてしまった主人公を
励まそうと、クラス全員が自ら、同じように髪を切り
全員丸坊主になる場面は、こんなこと、現実ではないやろと
疑問を持ちつつも、実際の役者さんたち(中学生を
演じる20名程度の人々)の本当に頭を丸めた姿を
目の当たりにすると、感慨深く、ジーンとしてしまいます。
そのクラスメート役の一人が、藤本さんでありました。
彼女が一生懸命に踊ったり、歌ったりしている姿を見ると
嬉しくて嬉しくて、頬がゆるみっぱなしになります。
ニコニコしながらも、ある種の感動も覚えます。
18歳で「これが私の生きる道」と学生にもならずに
演劇の道に進んだ、彼女の気概に私は感動を覚えざる
をえません。
もしだめなら、こっち、こっちがだめなら、そっち
・・・と逃げ道を作っていないところが素晴らしい生き方
であるように感じます。
これからも何事にも迎合せず、自分の心に素直に
やりたいことをやって、頑張っていただきたく思います。
ずっと応援したい人です。
カーテンコールが終わり、ホールの出口に中学生役の
人々が客出しをしていました。
彼女の前にいき、「公演、おめでとう」と握手を
しました。彼女のパワーを今日はもらった感じです。
そのパワーを第五回公演「義士スピリット」につなげて
ゆこう、そう思います。
赤穂で。。。赤穂から。。。赤穂にむけて。。。
今日は気持ちのいい一日です。
[371] 人間をみること Date:2003-10-10 (Fri)
私が働く施設は登録制になっています。
その施設で働くには、まず会社で面接を受け
会社の面接官の人が、この人なら大丈夫であろうと
私のところに送り込んできて、私が研修生として
二日間ばかり預かり、この施設での仕事ができるのか
どうか判断を下し、それによって登録するか
どうかを決定して、合格なら何枚かの書類を用意し本登録
ということになります。
今日、研修生として53歳の男性がやってきました。
彼のことを会社で面接した女性は、事前の電話連絡で
すごく好感のもてる方であると話されていたました。
朝、9時に彼が来て、おおまかな仕事の説明をした後
各地区の担当の責任者(班長と呼んでいるのですが)に
彼をそばにつけて、仕事内容を実際に見せるように
指示をだしました。
9時から昼休憩をいれて3時まで、彼に仕事を見せた後
実際に、あるポジションに行って、彼一人で
車両を誘導する仕事を10分間ばかりさせました。
黙って彼を見ていました。静かに見ていました。
その姿を見ていると、だんだん腹がたってきます。
この人は今日一日、何を見ていたんだろう。
何を考えて、わたしたちの仕事を見ていたんだろう。
そういう感じがします。
技術は下手でもかまいません。経験がないのですから。
その技術の前の話で・・・・おはなしにならないのです。
人命を守るということ、安全に車両および通行者を
導くということ、をわかっていないようにみえました。
わかろうとしないようにも見えました。
何人もこういう形で研修の人間を預かりましたが
メモをとったり、質問をしたりして、なんとか
ここでプロとして生きていこうする人もいます。
彼には、そういった熱意が微塵も感じられません。
私は彼にここで働くのは残念ですが認められないことを
言いました。
会社で数十分、面接したくらいで、人はわからないもの
なのだと、こういう事があるたびに思います。
今、ネットの社会でも、会ってもないのに
恋愛感情をもったり、その人間を信じたりすることが
多く、事件に発展しているケースがあるようです。
声を大にして・・・・だまされてはいけないよ!!!!
・・・・と叫びたくなります。
特に二枚舌を巧みに使う女性の甘い言葉によって
被害に遭っている純な男性が多い話をよく聞きます。
自分の目的が達成するためなら、心にもない言葉を
だすことのできる卑劣な人間が、この世にはいます。
実際に会って、判断するならいいのですが
仮想世界であまり、その人の言葉を信じないように
しましょう。
短時間でその人のことを知ることは難しいことです。
立場上、仕事もS−PROでの活動に関しても
『人をみること』を長年、やってきているので
少しは、うさんくさい人間の匂いくらいは
感じられるようになった気がします。
経験でしか培われないものなので、何かの機会に
このことが役立てばと・・・・漠然と思う日です。
[370] 〜オレ流〜 Date:2003-10-08 (Wed)
今日、中日ドラゴンズの監督に落合博満氏が就任しました。
彼は、よくオレ流の人だと言われます。
まぁ現役時代の練習も人と違うことをして
三冠王を三回もとったわけですから
オレ流というのが、しょうにあっているのでしょう。
今年、低迷した中日をどのように建て直すのか
お手並み拝見です。
彼がなぜ人と違う練習方法をやったのかには
わけがあるように思います。
人それぞれに弱点があります。
バッティングなら内角が弱いとか早い球に弱いとか・・・
その自分の弱点を知った上で、どうやったら
克服できるかを自分で考えること、そして、そのための
練習(克服方法)も自分で考えることを独自に
していたように思います。
そうすることで、弱点は克服され
いい結果を導いていたように思います。
コーチや監督に頼っている選手がいます。その場合には
コーチや監督などから、欠点は指摘されます。
そのための克服方法も言われます。
そして練習をします。だけど・・・・だけど・・です。
なかなか、その練習によって、すぐに結果はでません。
至難の業です。一生上手くならなくて、戦力外選手に
なる人もいるでしょう。
それは、受身だからです。
芝居の役者さんでも演出のいったとうりにしか
動かない人がいます。いったとうりにしか台詞を
読まない人がいます。受身な人です。
そうでない能動的な人は、練習までに家で考えてきます。
この台詞を今日はこんな風に読んでみよう・・・とか
動きに関しても、こう動こうとか、ああ動こうとか
様々なパターンを考えてくる人がいます。
そんな人と練習すると楽しいし、本番の舞台でも
生き生きと役を演じています。
オレ流は・・・・言葉を変えて言うなら・・・・
積極的に能動的に物事と対峙すること・・・・と
言ってもいいかもしれません。
オレ流の役者さんが、いればいるほど、面白い舞台に
なる・・・・そんな感じがします。
〜オレ流〜 いい響きです。
[369] せっせ、せっせと、ボランティア Date:2003-10-06 (Mon)
大金持ちで 力持ち 末は博士か大臣か
そんな人こそ ボランティア
せっせ せっせと ボランティア
自分のすること 愛あることと
身銭ださずに ボランティア
人から何も 言われずに
自分の口から ボランティア
せっせ せっせと ボランティア
ひどいやつが いるもので
自分の体験 ボランティア
本書き 儲ける 大学教授
妻も一緒に ボランティア
せっせ せっせと 日銭を稼ぐ
何を見ている ボランティア
苦しむ人の 流す涙 ばかり見るのか ボランティア
見ていて 見落とす 彼の目を
今度は 彼の目ばかり 見たものの
見ていて 見落とす 彼の姿
彼の姿ばかり 見たものの 見落とす 彼のふるさとを
ふるさとばかり 見たものの 見落とす 彼の実世界
実世界ばかり 見たものの 見落とす 彼の一日を
一日ばかり 見たものの 見落とす 彼の悲しみを
彼の悲しみ 見たものの 見落とす 彼の一筋の涙
あなたは いつも 見落としている
それは あなたが ボランティア
偽りの 善いこと 気付かない
気付いてくれとは 言わないが
私の前から 去ってくれ 頼むから 去ってくれ
※久しぶりに詩を書いて見ました。
醜い人間が少なくなることを望みます。
[368] 『動』 投稿者: 投稿日:2003-10-04 (Sat)
頭の中がいろんな構想でいっぱい・・・・・
どれもこれも捨てがたく・・・・でも、すべては
入れられず・・・・整理が必要な状況です。
第五回公演の台本の初稿を10月26日に渡す予定です。
今回は『動き』がたくさんある芝居にしたいと
思っています。遊眠社をやめて、京都に帰ったばかりの
芝居で役者を動かすことばかり考えて演出したことが
あります。
踊りはあまりありません。
台詞をいいながらも、とにかく動く、走る。
今から思えば、よくもまぁ、動かない役者を動かすなんて
無謀なことをやったものだと思います。
今回も、あそこまではいかないまでも
動きのあるものにしたいと思います。
シーンが動く。世界が動く。役者が動く。
今回の公演が先生も走り回る師走に行われます。
あわただしい年の暮れに行われます。
ちょうど、そういった意味で『動き』のあるのが
いいのかもしれません。
ただ無作為に動かしては、美しくありません。
アンサンブルを綿密に考えねばなりません。
シナリオを書くのと同時に、絵コンテみたいなものを
並行して、たまにかくときがあります。
動きのあるシーンでは、それを書くことが多いです。
今回は、ほとんどのシーンで絵を描かなければ
ならないのではないかと思います。
演出テーマは『動』です。
夜な夜な、今回参加される役者さんたちが
動ける体つくりをしてくれていると思うと
シナリオを書くのも自然と力が入ります。
もう腹筋は終わりましたか・・・・・・次は?
腕立て?背筋?スクワット?
えっ?酒飲みすぎて・・・ダウンしてる?
いろんな景色が目に浮かんできます・・・本格的な練習が
はじまるのが、とっても楽しみであります。
[367] 今日の生き恥をかく 投稿者: 投稿日:2003-10-02 (Tur)
今日、カラオケに行きました。
久しぶりで、楽しい時間でした。
最近、よく聞いている「泉谷しげる」の曲を
歌いました。
その歌のタイトルは「春のからっ風」という歌です。
マイナーな曲がいつも好きになります。
その曲の歌詞のなかにでてくる
「今日の生き恥をかく」というセンテンスがとっても
お気に入りです。
「恥をかく」ことは人にとって嫌なことです。
人は他人から、自分がどう見られているか気になるもの
です。
人は、ええ格好したがるものです。自分が、人から
いいように思ってほしいから。
人は権力が欲しいものです。権威をもって、他人に
えらそうにしたいものです。
・・・・・・・・・
「恥をかいて生きること」は、人からええようには
見えないであろうし、自分の権力も失いかねないことに
なるように思います。
だけど、私は「恥をかいて生きること」が素敵なことの
ように感じています。
さらけ出すこと・・・・まわりの人を意識しないこと
人を力づくで押さえつけないこと・・・・・
権力に固執しないこと・・・・・
他人に対して人間としての優劣をつけないこと・・・
それらに、つながっているような気がするからです。
あなた、恥をかきましょう。
ええ格好をやめましょう。
自分をさらけだしましょう。
人が自分をどう思ってるかばかり
考えるのをやめましょう。
恥をいっぱいかきましょう。
それから・・・・です。
『春のからっ風』
春だというのに北風にあおられ
街の声に急きたてられ
彼らにあわないから追いまくられ
さすらう気は、さらさらないのに
誰が呼ぶ声に 答えるものか
望む気持ちと うらはら
今はただ隙間風を手でおさえ
・・・・・今日の生き恥をかく・・・・・
なんでもやります 贅沢は言いません
頭を下げ 詫びを入れ
すがる気持ちで仕事をもらい
今度こそ 真面目に やるんだ
誰が呼ぶ声に 答えるものか
望む気持ちと うらはら
今はただ隙間風を手で押さえ
・・・・・今日の生き恥をかく・・・・・
言葉が足りないばかりに
相手に自分を伝えられず
わかってくれない周りを恨み
自分は正しいと逃げ出す
誰が呼ぶ声に 答えるものか
望む気持ちと うらはら
今はただ隙間風を手で押さえ
・・・・・・今日の生き恥をかく・・・・・
[366] 締切・・・・です。 投稿者: 投稿日:2003-09-30 (Tue)
今日が次回公演の応募締め切りの日である。
期待あり不安あり・・・・締め切りという日は
あまり好きではない。
今回も問い合わせはいろいろとあった。
芝居というものは簡単に作れないということを
折り返しのメールに書く。
書くと大部分の人は、メールが帰ってこないことが
多い。
何かを犠牲にしなくては、芝居というものは
成立しないのか?どうなのか?
芝居以外にも、一日24時間しかないわけだから
何かを犠牲にしながら、優先順位をつけながら
人間は生きていくのだとしたら
別に芝居をするといって、悩むことはないようにも
思う。
簡単に手にいれてしまうってことは
本当に怖いことのような気がする。
昔、「オールタナティブ」という芝居の中の台詞で
『真実は遠回りしないと得られない』というのを
書いたが・・・今もそれは変わってはいない。
演劇をやろうとしている人がいる。
どこの劇団かに所属してやることになるかと思うが
それなりの覚悟をしていないと、後で
どえらい目に遭うのかもしれない。
3分でラーメンはできるが
お芝居はそうはいかない。
大変な労力を使う。
でも、その労力を使えば使うほど
いい、お芝居ができると信じていたい。
ほぼ出演者が固まってきました。
後は明日から、あてがきの日々です。
テーマは決まっています。いよいよです。
いざ!!いざ!!
[365] いかにも日本的・・・原監督解任劇 投稿者: 投稿日:2003-09-27 (Sat)
昨日、読売巨人軍・原監督が辞任しました。
そのニュースを昨日からみたり、今朝のスポーツ新聞で
読んだりしておりますと・・・・・・
いかにも日本的な感じがしてきます。
古い体質から抜け切れない日本が見えてくるようです。
構造改革、構造改革と政治家さんたちが言っていますが
プロ野球の世界にも、その必要があるみたいです。
この巨人軍のドタバタ騒動を見て思うのですが
よくわからない・・・理解しがたい・・・・
そういう印象を持ちます。
原監督の本意が記者会見で見えてこないのは
どうしてでしょうか。
体裁だけとりつくろって、本意は言わずに
墓場の中まで持っていこうとしてるのでしょうか。
オーナーである、言葉を大切に使わない渡辺氏にたいして
言いたいことが、山ほどあったのではないのですか?
「勝てなかったこと、すべて私の責任です。」と
あなたは言いました。
可哀想に思います。勝つことだけを背負わされていたの
でしょうね。
「感動を与えること、イコール、勝つこと」なのですか?
毎年毎年、勝ち続けなければいけないのですか?
毎年毎年、利益を上げないといけないサラリーマンの
悲哀にもにていますね。
ジャイアンツ愛というのは、組織のために、ジャイアンツ
という組織のために、自分を殺すことだったのですか?
古臭い、古臭い・・・・・感じがします。
拝啓、原前監督へ
特別顧問になられるそうですね。
巨人軍を強くするために外部から助言をおっしゃる立場
なのだとしたら・・・・・
あのオーナーと刺し違える覚悟で強くなるための助言
をしないと巨人軍はよくはならないと思います。
人事異動という言葉、嫌な言葉ですよね。
夢のある野球人に対して使ってほしくない言葉です。
こんな言葉を使う、野球自体を冒涜している人間の
考えを叩き直すことをまずやってほしいですね。
頑張ってください。
ー野球を愛する いちファンよりー
[364] PUKAPUKA 投稿者: 投稿日:2003-09-24 (Wed)
煙草 なかなか やめられず
いつも プカプカ プカプカ
煙 見ながら 考えごと
いつも モヤモヤ モヤモヤ
優勝記念の セブンスター
書いてある文字 Conguratulations! `03 VICTORY
それみて いつも ニヤニヤ ニヤニヤ
昔のフォーク 聞くは 「プカプカ」
いつも この歌聞いて 思ってた
この詩に でてくる あん娘と二人
いつか 場末のスナックで
飲んでみたいな グビグビ グビグビ・・と。
『プカプカ』
おれの あん娘は煙草が好きで
いつもプカプカプカ
体に悪いから 止めなっていっても
いつもプカプカプカ
遠い空から 降ってくるっていう
幸せっていやつが あたいにわかるまで
あたい 煙草 やめないわ プカプカプカプカプカ
おれの あん娘は スイングが好きで
いつも ドゥビィ ドゥビィドゥ
下手くそなスイング やめなって言っても
いつも ドゥビィ ドゥビィドゥ
あんたが あたいの どうでもいい歌を
涙流すまで わかってくれるまで
あたいスイング止めないわ ドゥビィドゥビィドゥビィドゥ
おれの あん娘は 男が好きで いつもフフフフフーン
おいらのことなんて ほったらかして
いつもフフフフフーン
あんたが あたいの寝た男たちと
夜が明けるまで お酒飲めるまで
あたい 男やめないわ フフフフフフフフフーン
おれの あん娘は 占いが好きで
トランプ スタスタスタ
よしなっていうのに おいらを占う おいら明日死ぬそうな
あたいの占いが ぴたりと あたるまで
あんたとあたいの死ぬとき わかるまで
あたい トランプ止めないわ スタスタスタスタ・・・・
[363] 3年目へ。。。 投稿者: 投稿日:2003-09-22 (Mon)
2001年9月21日から始めた、このエッセイが
今日から、3年目に入ります。
今回で363回目のエッセイになります。
ほぼ三日に一回のペースで書いていることになります。
この2年間というもの、あっという間に
過ぎ去った2年間のように感じます。
たまにですが、過去ログから、昔の自分の書いた
エッセイを読むことがあります。
結構、勝手気ままに、おもむくままに
好き勝手なことを書いてるなぁと自分ながらに
思ってしまいます。
ただ、媚び諂わずに、自分の考えを述べていこうと
する姿勢だけは、これからも大切にしていこうと
思います。
一番、大嫌いなことは『媚びる』ということです。
相手に嫌われないために、媚びる奴を見ると
無性に腹がたってきます。
今日、小泉改造内閣が発足しました。
11月には衆議院選挙があるそうです。
新しい人事で幹事長に安部晋三(49)前内角官房副長官
が就任しました。今日も今日とてテレビ各局に出演して
いました。背が高くて、スマートで、政界のサラブレット
で血統もよく、顔たちも端正です。
いうことない感じですが、次回の選挙の争点は
『イラク特別措置法案』にからむ、我が国の
安全保障や自衛隊の問題だと私は思っていますので
彼が自民党内においてタカ派的な存在であることが
どうなのでしょう・・・気になるところであります。
顔は優男、考えは強硬な国家主義者であるとしたら
本当に、こういった人に、こういった政党に
この国をまかせていいものか、迷います。
久々に、この国のことを考えさせられる「秋」に
なりそうです。
どうか自民党に対立する政党も皆さん!
この選挙の争点をあいまいで答えがすぐに見出せない
『景気対策』に持っていかずに、ただ単純に
自衛隊をイラクに派兵するのかどうか
戦地にわたしたち、日本人を送るのかどうか
それをするのか、しないのか・・・・・・
この一点で勝負していただきたいと思います。
わかりにくい選挙はこりごりです。
3年目のスタートの日、国を憂う日・・・・・
どこかで彼岸花が赤く燃えてる日でもあります。
[362] 『前略、道の上から』 投稿者: 投稿日:2003-09-20 (Sat)
リバイバルするそうです。
一世風靡セピアの『前略、道の上から』が。
あの当時は、とっても印象的な曲でした。
踊りというか、舞踏というか
とっても奇抜であったなぁと記憶しています。
次回の芝居では、いかに動的なものにするかを
考えています。動きのある芝居にしたいと思います。
それにはダンスをとりいれようかと思っています。
ダンスって、そう簡単にできるとは思っていません。
とっても時間がかかることであると思っています。
だけど・・・・この『前略、道の上から』のダンスとか
気志団のダンスくらいなら、なんとかなるのではないか
と考えています。
下手でもいい、踊り手が一生懸命に動き回って
汗、びっしょりになる姿をみていただいたなら、それだけで
いい。
この前、テレビで気志団のドキュメントをやっていました。
木更津での野外コンサートをやるにあたって
バックで踊るダンサーを一般から募集して、オーディション
をやる場面が映し出されていました。
いろんな方が、そのオーディションに来られていました。
ダンス歴何年もの人から、自己流で踊っている人まで
様々でした。
そして、その中から何人か選ばれました。
選んだ気志団のリーダーである綾小路翔は言います。
「上手い下手でコンサートで踊る人間を選ぶのは
しない。今日のオーディションで、どれだけ
熱意を持って、踊っていたか。それが伝わったか。
ただ、それだけで選んだんだ。」と。
そして、そのコンサートが映りだされます。
あまり、踊りが上手いとはいえない面子が
バックで踊っています。だけど、彼らの踊りは
魂のこもったものに見えるではないですか。
汗をかき、思いっきり手を振り、上がらない足を
おもいっきり上げて・・・何か感動しました。
そして・・・思いました。
ダンスができなくてもいい。
やってみよう。下手でもいい、やってみよう。
そのかわり、一生懸命に踊ってもらうことが
最低条件にしよう。手を抜かずに踊ってもらうことが
最低条件にしよう。
できないから、やめることは簡単です。
できなくても、やる勇気がなくては・・・・
簡単な道を選ぶことが、嫌いな性質です。
明日から基礎練習がはじまります。
『前略、道の上から』・・・この曲でスタートです。
[361] ケータイ@POEM 投稿者: 投稿日:2003-09-16 (Tue)
阪神タイガースがM2からM1へと向かって
戦っている昨日の午後、神戸新聞姫路支社で
『第二回 ケータイ@POEM 勝ち抜き大会』が
行われました。
ケータイ@POEM?
いったい、なんのことやねん?
そう思われる方もいるかと思いまして
まずは説明をば・・・・・・・・それは
神戸新聞姫路版紙面にて昨年の秋から企画された
ものでありまして、携帯からメールで自作の詩を
新聞社のアドレス宛に、投稿してもらい、その中から
優秀な作品を選び、紙面に掲載しているといったものです。
一週間に一度くらいのペースでのるみたいです。
そして、それとは別に、年に二回くらいのペースで
勝ち抜き大会を開催して、それを盛り上げようと
しているということだそうです。
まだ二回目という、はじまったばかりの企画で
担当の方も試行錯誤されている段階かなと
お見受けしました。
で・・・・なぜ・・・私がこのことを・・・・話すのか
といいますと、今回の勝ち抜き大会の審査をしてほしい
との依頼を受けしまして、面白いことは前向きに
なんでもする好奇心旺盛な私が、それを拒む理由もなく
快く引く受けさせていただく事になったわけであります。
感想は・・・・正直、面白かった・・・それが実感です。
事前に8名の作品が選抜されていまして
それを厳正なる抽選によって組み合わせを決めて
トーナメント形式で優勝者を決めるといったもの
でありました。
面白いのは最初の一回戦だけは前もって送られてきた
ものでありますが、二回戦以降決勝までは、勝った人に
こちら側から『勝ちましたよ』というメールを送り
20分の考慮時間を与えて、すぐに詩を書いてもらい
そのできたてホヤホヤの作品をまた審査して優劣を決める
といった風に進行してゆきます。
決勝戦までは、詩のタイトルはフリーなのですが
決勝戦まで残った二名には、こちらからタイトルを
伝え、そのタイトルにそった詩を書いていただくという
・・・・少し難度の高いことを要求して、決勝にふさわしい
勝負を・・・といったものでありました。
審査員は私を含め3人いまして、それぞれの机の上には
AとBの札が置いてあります。
それぞれの詩を読み上げる方が私たちの隣の机に
いらっしゃいます。その読み上げる二つの作品を
聞き、手元にある印刷された作品を目でおい、どちらが
いいか、A(前者)かB(後者)どちらかの札を
あげるのです。三人ですので必ず決着がつきます。
全部で8名のトーナメントですので、7試合あるわけですが
三人が三人とも、同じのを選ぶといったのが一試合しか
ありませんでした。実力伯仲した、いい勝負が
多かったように思います。
各試合がすんだ後に、その二作品の寸評を述べまして
次に進むといった感じで決勝まで、あっという間に
時間がたちました。
自分以外の人が書いた素人作品を真剣に読むといったことも
あまりないし、二つの作品を比較するといった作業も
はじめての経験で、本当に楽しめました。
そして、それを三人で、ここがよかった、ここがもう
ちょっとって・・話をする作業も面白かったです。
短時間に感じたことを即座に言う作業って
自分には向いている感じがしました。どこかしら
勘に頼って生活しているところがあるからなのでしょうか
苦にならないですね、時間がなくても。
ここで、書かれた作品を紹介したいのですが
この勝ち抜き大会の模様は、神戸新聞の姫路版紙面に
明日17日か24日、どちらか都合のいいほうに
載るらしいので、ここでは遠慮しておくことにします。
これを読まれて詩に興味のある姫路の方がいらっしゃい
ましたら、新聞を購入してお読み下さい。
とっても素敵な詩がたくさんありましたから。
それと自分で詩を書いて応募してみようという方が
おられましたら、その紙面に多分、新聞社あての
メールアドレスが載っていると思いますので
投稿されてみては、いかがですか。
飾らずに、上手く書こうと思わないほうが
いい作品が多い感じがします。
自分が日常でふと感じたことなんかを
詩にしてみるって、ちょっぴり素敵なことなのかも
しれませんね。
今回は審査員でしたが、メールアドレスしか
新聞社サイドには、わからないと思いますので
こっそり私も詩を書いて、送ってみようかなと
まじで思っております。
さて・・・・タイトルは何でいこうかなって・・・・
[360] 優勝 投稿者: 投稿日:2003-09-15(Mon)
言葉にならない喜びってあるのですね
今日のpm7:33
忘れられない時刻です
18年の歳月を
人は 「長い 長い」 というけれど
私は 長くは感じない
負けても 勝っても タイガース
いつも そばに タイガース
そして・・・・・永久に タイガース
この優勝で わかったことが ひとつ
本当に タイガースが好きなんや 自分
そのことが
優勝したこと以上に 嬉しい
「好きだよ」と告白した相手に
「ちょっと 考えさせてね」と言われ
何年たったのだろう 何年待ったのだろう
待っててよかった 本当に 待っててよかった
そんな一日・・・・九月十五日です。
[359] 祝・旗揚げ公演 投稿者: 投稿日:2003-09-11(Thu)
知り合いの芝居を見に行きました。
場所は姫路キャスパ・ホール
題は「寸前家族」、劇団名は「福沢BANANA55」
旗揚げ公演でした。
私も姫路に帰ってきて、S−PROを立ち上げたときの
ことを思い起こしました。
旗揚げ公演って物凄くエネルギーがいります。
大変な苦労があったことだと思います。
でも、そうした苦労は必ず、いつか、いつの日にか
何らかの形で報われることだと思います。
これからも、できるだけ長く、活動を続けていって
もらいたいと思います。
同じ姫路という場所で舞台芸術に携わっているものとして
お互いに切磋琢磨して、刺激しあって、よりよきもの
を作り、より多くの人が「お芝居」って、こんなに
面白いもんやって思っていただけるように頑張りたい
ものです。
今日は・・・本当に「祝・旗揚げ公演」です。
芝居の内容にかんしてですが、率直に言って
違和感のない話、違和感のない演出、違和感のない
舞台セット、違和感のない音響、違和感のない照明
・・・・・そんな感じでありました。
すっと劇世界に入りこめ、それを最後まで持続できた
ように思います。
ただ、あまりにも違和感がなさすぎて、無難な感じが
しました。平凡にも映りました。
もう少し、冒険があってもよかったかもしれない・・・・
そんな感じです。
次回、大変だとは思いますが、なにかに冒険してみて
ほしい・・・・・期待しております。
野球の話で恐縮ですが、少し前に「サンケイスポーツ」の
紙面で前阪神監督・野村克也氏が「矢野と古田のリードの
違い」について文章を書かれていました。
矢野も古田も今は日本を代表するキャッチャーである。
しかし、二人には似て非なる部分がある。
矢野のリードはあまりにも無難に行き過ぎる。
無難は悪いことではない。しかし、それは投手を
成長させない。古田のリードには冒険心がある。
セオリーを踏まえつつ、あるときには冒険をする。
冒険をさせられた投手は考える。
今までのセオリーを逸脱した球を要求され、考える。
それが投手の成長につながるのだ。
短期間で、まとめるのは至難の業である。
プロデュース形式なら、なおさらである。
だけど、まとめよう、まとめようと、するあまり
こじんまりとしてしまうことがある。
それがプロデュース形式で私もやっていて悩むところ
である。
それを乗り越えるには、何回も何回も「お芝居」を
実際にやって、いろんな経験をつむしか、道はないような
気がしている。
とにかく、たくさん、長く、やること・・・・・
ひつこく、やること・・・・・次回、楽しみにしています。
[358] 人が涙する時 投稿者: 投稿日:2003-09-10 (Wed)
一度だけ、曲を聴いて泣いたことがある。
あれは高校生の頃・・・・
ビートルズの「IN MY LIFE」という曲を
聞いていたとき・・・・なぜか涙がこぼれた。
胸がぎゅっと締めつけられる感じがした。
こらえきれなかった。それが何かわからなかったけど。
今、思えば、あの頃は、進学校にいったものだから
いい子を演じなければならないプレッシャーが
あったのだろう・・・・そう思う。
いい中学校にはいり、いい高校にはいり・・・・
次には、いい大学、そして・・・いい企業へ
何か、その線路の上を歩かされている・・・・
そんなことを感じはじめていた頃だった。
自分で選んだものなんてなにもなかった。
それが淋しかった。
それが悔しかった。
それがたまらなく嫌だった。
そういったとき、ビートルズに出会った。
リアルタイムではなかったけれど・・・・
今まででたアルバムを朝から晩まで一日中、聞きまくった。
そして「IN MY LIFE」に出会ったとき
なぜか涙がこぼれた。
心が解放された気がした。
その安堵感から涙がこぼれたのかもしれない。
人はどんなときに涙するのだろうか?
ふと思った。
悲しいとき?くやしいとき?むなしいとき?
さびしいとき?嬉しいとき?安堵したとき?
・・・・・・・・・・?
最近、涙していない。
この年齢になって躊躇しているのだろうか?
泣ける芝居を・・・・観客も自分も
泣ける芝居を・・・・作りたい。
躊躇せず、恥ずかしがらずに、感じたことを
感じたままに表現しよう!!・・・そう思う。
どれだけ枠を取っ払うか・・・裸になれるか・・・・
ええ格好せずに、素直に・・・です。
[357] 11番目の...月 投稿者: 投稿日:2003-09-07 (Sun)
今年は9月11日が中秋の名月だそうです。
我が姫路では、お城の三の丸広場にて当日は
「観月会」が催されます。
お城を背に、満月を眺めるって、なかなか
風流な感じがします。
今日が7日だから、満月の十五夜から逆算して
11番目の月の夜ということになります。
よくよく月をみておりますと、まだまだ半月から
少し丸みを帯びた感じであります。
明日、あさって、しあさってとしだいに丸くなって
いく姿を楽しみたいと思っています。
いきなり十五夜の月をみてしまうより、それに向かって
変化する月の様子を観測してみようかなと
今年は思います。
阪神の優勝の瞬間よりも、それまでの過程を
楽しんでいるファンの心境に似ているのかもしれません。
お月さんを意識的に見ることって、最近、少ないように
思います。建物が高くなったり、町に街灯や車のあかりや
コンビニのあかりなど、昔にはなかったものが
たくさんあって、日常として『月明かり』というものを
感じることがないからなのかもしれません。
「月がとっても青いから」っていう名曲がありますが
月明かりを感じない今では、それが青いかどうか
・・・・・ピンとこない人が多いのではないでしょうか。
荒井由美さんの曲で「14番目の月」というのがあります。
次の日から、欠けていく十五夜よりも、その一歩手前の
14番目の月が好き・・・といった歌詞だったと
記憶しています。
その微妙な感覚が、当時、とっても素敵だなぁと
思いました。すべて満たされた状態よりも
あと少しで満たされる状態のほうが、本当の
輝きがあるのだろうなぁ・・・・そういったことを
感じた歌詞であります。
満たされないこと・・・・少しくらい人生にとって
あってもいいのでしょう。
そう思うと楽に生きていける気がします。
[356] 『人生 あみだくじ 』 投稿者: 投稿日:2003-09-05 (Fri)
姫路には魚町という盛り場がある。
東京でいえば・・・新宿、札幌でいえば・・・すすきの
名古屋でいえば・・・栄、大阪でいえば・・難波・梅田
って感じなのだろう。
姫路は、そういった大きな街ではないけれど
「魚町に行く」といったら
「お酒を飲みに行く」と同義な言葉として
ほとんどの姫路に住む方々は連想するのである。
それほど、魚町という地名は知れ渡っている。
大人に憧れていた高校生の頃、魚町にはじめて行った。
はじめてPABに入って、ウイスキーを飲んだ。
『アルビオン』という名前の店だった。
姫路に帰ってきて、その店はなくなっていた。
というより実際は看板だけが今もあるにはあるのだが
店が閉まっていて、閉めた後も誰も借り手がつかない
状況のようにみえる。
魚町で流しとして働いている『けんちゃん』こと
酒江さんと、魚町のことを語るときがある。
彼は言う。
「魚町も飲み屋さんが減って、いかがわしい店が
増えている。ただの性欲処理の街になってきている。
そのことに危機感をかんじる。昔は、もっと
情緒のある街だったのに・・・・・・・・」
私が聞く。
「どうしたら・・昔のような情緒のある街に
戻るのでしょうね?」
彼は言う。
「多分、もう無理かもしれへんなぁ。過程を楽しむこと
より、すぐに実利を欲しがる人が増えたからなぁ。」
また私が聞く。
「過程を楽しむ・・・ですか。酒江さんは、流しを
されていて楽しいときって、どんなときですか?」と
彼は言う。
「毎日、街角に立っていて、いろんな人に出会う。
一回きりで終わる人、また声をかけてくれる人、
自分の事を気に入ってくれて、別の仕事をくれる
人・・・・・いい人もいれば悪い人もいる。
最初から、いい人か悪い人かはわからない。
つきあってだまされたこともある。
逆に、つきあっては予期せぬことで
助けてくれた人もいる。
まるで・・・あみだくじのように・・・・
出会った人で、ころころ人生が変わる。
人生は、あみだくじ・・・どうなるか、わからんから
楽しいのと違うかなぁ・・・」
私は思う。
あみだくじ・・・あみだくじ・・・あぁ、あみだくじ
何本かの縦線のうちに一つだけの当たりが
隠されている。
そこに辿り着くための横線がある。
いったい何本の横線を引けば・・・・
そこに辿り着けるのだろう・・・誰もわからない。
わからないから・・・・面白い。
何本も何本もいっぱい、いっぱい、線を引こう。
右へ左へ・・・・くねくねして・・・・みよう。
くねくねするのも・・・・面白い。
当たりに辿り着くことを忘れてしまうくらい
横線をひくことを楽しもう・・・・・
人生あみだくじ・・・・ですか・・・・
いつか、このタイトルで作詞をしてみようかなと
そして「けんちゃん」に曲をつけてもらって
後は・・・・・・・・・・・・・・
夢がふくらむ(勝手にふくらんでいる)言葉です。
[355] 本物 投稿者: 投稿日:2003-09-03 (Wed)
今日、NHKの夜の番組で編集者のインタビュー番組を
見ました。
名前は「見城徹」という、どこからみても中年といった
感じの人でした。年齢が52歳・・・歳相応の感じです。
しかし、おっしゃっていることは、とっても若々しくて
物凄いエネルギーを彼の言動から感じます。
一番、印象に残った彼の言葉があります。
編集者は、偽物でいい、作家(表現者)が本物で
あればいい・・・本物とは何なのか・・・・
それは人と違う、その作家独自の世界を表現できるか
どうかである。
私は、その独自の世界に触れ、感動したときに
編集者として、彼と共に仕事をしたくなる・・・・・
ある日、街を歩いていると、どこからか尾崎豊の
「シェリー」という曲が流れてきた。
なぜか涙がでた。それ以来、毎日、朝から晩まで
会社に行っても、尾崎の曲を聴いた。
彼がなぜこんな曲を作れるのか。彼を知りたくなった。
彼を題材に書物を作ろうと思った。
そして、彼の事務所に行った。事務所に行って担当の
人と話をした。担当者は彼に言った。
「あなたで7社めですよ。尾崎のことを本にしたいと
おっしゃってきたのは。だから、多分、無理です。
・・・・・もう遅いですよ。」と。
彼は、お願いした。尾崎本人に少しの時間でも
会わせてください・・・・と。
ある日、連絡が入った。18歳の尾崎本人と会うことが
できるとの連絡だった。
尾崎に会った。その短い時間に彼は、毎日、朝から晩まで
涙流しながら、感動して聞いた、尾崎が作った曲の
感想を思いのまま、素直に語った。
数日後、彼の元に連絡が入った。事務所からだった。
「尾崎が見城さんのところと手をくんで、自分の
ことを書いた本をだしてもいい・・・
そう言っていますよ。」
7社めに来た編集者が6つの会社をとおりこして
本を作ることを許された。
そして、その本はベストセラーになった。
なにかPROJECT・Xみたいな感じで書いてしまいまし
たが、彼の話しぶりを見て、あぁ、この人ならって
私も思うほど、彼には不思議なエネルギーが、ある感じが
します。彼を知りたくて、インターネットで彼の名前を
うって検索したら、たくさん関連ページがでてきました。
その中で、彼が「課外授業へようこそ先輩」という
番組で出会った、子供たちへのメッセージを読んで
またまた、うわぁ〜凄いなぁと思いました。
編集者という職業は偽物でも、この人は、人間として
本物の人とちゃうんかなぁと思ってしまいました。
まぁ、そのあたりは彼のメッセージを書いておきますので
いろいろと、各々に感じていただければ・・・・
彼に感動した私も嬉しいです。
『編集とは感動だ』
心が運動すると風が起こる。
熱が出る。光が発生する。
人はそれに引き寄せられる。
それが君の魅力だ。
君の存在感だ。
運動しない心は何も生み出さない。
運動する心と心がぶつかりあったとき、傷口が拡がる。
返り血をあびる。涙が出てくる。
でも、そこからが本当の関係なんだ。
そこからが、すべての始まりなんだ。
君たちの心は運動したか?
運動したら、わかるはずだ。
やればできる。
編集とは感動だ。
[354] 被害者の気持ち 投稿者: 投稿日:2003-09-01 (Mon)
会社から帰ると、マンション横の駐車場に止めてある
我が家の車のボンネットがへこんでいました。
フロントガラスの上方が傷ついていました。
その横に消火器が落ちておりました。
推測するに、マンション上層階から
消火器を我が愛車めがけて、なげつけたことが
わかります。
警察をすぐ呼びました。
被害届を書きまがら、警察官の方とお話をしました。
こういった車に対しての『いたずら』や『車上あらし』が
増えていることを聞きました。
そのような話を聞いていると、マンションの二階から
外に出ていこうとしていた、若いお兄さんが
寄ってきて一言。「僕も、この前、ここの駐車場で
車のガラスを割られたんですよ。」と。
恐ろしくなりました。
見えない犯人が近くにいることが・・・・・・
どうして、なにもしていない人間の物を傷つけるの
でしょうか。不条理です。
そのような人間が存在することが信じられないし
そういった非情な人間と決して係わり合いをもちたくない
そう思いました。
救いは、壊されたのが『物』であったことなんやと
自分自身に言い聞かせて、憤りを紛らわせております。
大阪教育大付属池田小学校で起こった事件に
最近、判決がでました。
テレビで殺された被害者の家族のコメントが
多く流されました。
その映像を見て、なんてむごいことを宅間はしでかしたの
だろうと思いましたが、今、自分が不条理に
意味もなく、我が車を何の関係のない第三者に
傷つけられたことによって、心の底から、実感として
被害者としての、重苦しい、なんともやりきれない
虚しさと犯罪をおこなうものに対して毅然と
立ち向かわなくてはいけないという使命感みたいなものが
湧き上がってきました。
許してはならない。
決して許してはならない。
見えない犯罪者は、正直、怖いです。
また車を修理した後も、やられるんじゃないかという
怖さもあります。
その怖さにおびえて毎日を過ごすことが
実は一番、怖いことなのかもしれません。
守るべきことは、なんなのか、少々の費用をかけても
いいのではないかと思っています。
くだらない、クズな人間と関わりたくないための
費用を。・・・・これが本心かもしれません。
[353] ダイ・ラケの間 投稿者: 投稿日:2003-08-31 (Sun)
今日は姫路では第四回よさ恋まつりでした。
大手前公園周辺では、いろんなイベントが
目白押しでありました。子供たちにとっては
夏休み最後の日であり、いい思い出ができたことだと
思います。
わたくしも、前回の「さらやしき」に参加した女性が
イベントで簡単なお芝居をするということで
観劇さしてもらいました。多くの子供たちに囲まれて
しかも公演時間が朝の10時半という今までに
経験したことがない観劇でありました。
なんだか新鮮な感じがしました。
子供たちがイベントとはいえ、お芝居を生でみる機会が
あるというのは、とってもいいことだと思います。
その後、家に帰り、なにげなくテレビをつけました。
すると昔の漫才をやっていました。
小学生の頃から、そういったお笑いが好きでした。
漫才や松竹新喜劇など、土曜日の昼からが待ち遠しい
時間でありました。
その昔の漫才さんたちのVTRをみて、一番、感心した
漫才さんがダイマル・ラケットさんでした。
リアルタイムでも見ていたのでしょうが、当時は
あまり記憶に残っていません。子供だったので
多分、ギャグっぽく、誇張の大きいのが好きだった
ように思います。
演劇に携わるようになり、台詞と台詞の間というものを
深く考えるようになりました。
それを長年やっていますと・・・・このダイマル・ラケット
さんの漫才における、掛け合いといいますか
台詞の間といいますか・・・絶妙です。
それが、はっきりわかります。絶妙をとおりこして
ある種の『凄さ』を感じてしまいました。
わずか2〜3分ほどしかVTRで流れませんでしたが
わかります・・・・・その『凄さ』が。
どの台詞をいうのも、力んでいないし、カツゼツが
たいへん良くて、聞きやすいし、そこに絶妙な間がある。
笑いというのは、本当に難しいものだとは
以前から思っていました。「間」で人をわらかすことは
並大抵の事ではできません。
物語の構図のずれで、笑いをさそうことができるかも
しれませんが、それは、あくまでも本の話であって
実際に人様の前では演者同志の「間」が大切に
なってくるんだなぁと再認識させられました。
ダイ・ラケの間・・・・DVDで彼らの漫才が
あるようなので、購入して勉強してみたいと
感じた、8月最後の一日です。
[352] 41 投稿者: 投稿日:2003-08-28 (Thu)
我が阪神タイガースは甲子園へ帰り、宿敵・巨人軍に
連勝です。気持ちよく今日も眠れそうです。
今日は11−0の大差で勝利しました。
特に私が一番、応援している広沢選手が
三打数三安打六打点の大活躍でした。ホームランを
二本も打ち、三本目のヒットを打った後の
一塁ベース上での、舌をぺロっと出したお茶目な表情が
41歳という年齢を感じさせない、若々しい印象を
受けました。
私も彼と同じ41歳です。
もう41歳・・・なのでしょうか?
まだ41歳・・・・なのでしょうか?
広沢選手が頑張れば頑張るほど、まだ41だ!
これからだよ、41!!
励まされている気がします。
最近、次回公演の練習が9月にはじまるということで
毎日、こつこつと腹筋に背筋、腕立て伏せにストレッチ
と体を動かし始めています。
私は舞台には立ちません。演出という役回りです。
演出をするには、いつもいつも大変なエネルギーを
使います。実際に自分でやってみせることも
多々あります。大声もだします。
もう、ええ歳なんやから、今回の芝居だけは
動かずに、静かな演出をしようと心で決めていても
いったん練習がはじまれば、そんなことなんて
どこかに飛んでいってしまって、動きまわり、叫びまわり
・・・・血が騒いでるって感じで、いつも燃えています。
このスタイルは変わらないでしょうね。41を超えても。
ただ前回の「さらやしき」の本番まじかな練習のとき
テンションの上がらない役者さんの台詞を大声だして
何回も何回も、叫んだ後の話。
家に帰り、しばらくして、声が変になってゆくではない
ですか。そして、しだいに喉が痛くなってゆくでは
ないですか。そして・・そして・・・次の日の朝。
起きると体がだるく、微熱がありました。
それから仕込みの前日まで微熱と咳が止まらない日々が
続きました。こんなことは今までなかったのに・・・・
やはり年齢なのでしょうか・・・・いやいや・・・
たまたま・・・その練習で叫ぶ前から・・・・
風邪をどこかでうつされていたんや・・・・・
いろいろと考えましたが、その要因はどうでもよく
実際に、そういう体調で本番前の大切な時期をすごすこと
が、なんと辛いことなのだろうと思った次第であります。
そのためには、今から体作りをこつこつと
していこうかなと思います。
明日、会社で市井のスポーツ・ジムに通うFUKUちゃんが
そこの入会案内のパンフレットを持ってきてくれます。
41からのジムがよい・・・・・はじまりそうです。
阪神のTORAに負けてはいられませんから。
[351] 〜 「めだまやき」の時間 〜 投稿者: 投稿日:2003-08-25 (Mon)
仕事のある朝は必ず、めだまやきと納豆を食べています。
「めだまやき」は美味しいです。
しかも半熟っぽい、見た目に美しいのが好きです。
「めだまやき」を焼くのは、簡単そうで
結構、むずかしい作業です。
それが半熟で美しいものなら、なおさらです。
上手く焼くには、火加減が大切です。
まずフライパンを火にかけます。
煙がでるくらいまで、それを熱します。
それから火をやや弱火にしてから
切ったベーコンを入れます。そしてベーコンを
しきつめた上に玉子を丁寧に割って、落とします。
だいたい、二個くらいです、整った「めだまやき」を
作ろうとしたら。
そうしたら、やや弱火の火をもう一段階、弱くします。
そしてフライパンに蓋をします。
後はじっくり待つだけです。
ただただ待つだけです。弱火でじっくりと・・じっくりと
焼くのです。
はやく食べたいと、あせってはいけません。
一度でも強火にした日にゃ・・・・玉子の白身の部分に
気泡ができたり、ベーコンが焦げたり、ろくなことが
ありません。
じっくりと、じっくりと弱火で焼くからこそ
半熟の美味しい、形のきれいな「めだまやき」の誕生と
あいなるわけであります。
良い「めだまやき」を作るには
それなりの時間が必要なんだなぁということを
痛感します。
他の物事でもそれがいえるような感じがしています。
何かをいいものを作るには、それなりの時間が
かかるもんだなぁ・・・・そういう気がします。
私が携わっている芝居づくりにも
同じようなことが、いえるかもしれません。
弱火でじっくりと焼くかのように、作った芝居と
強火でがんがん焼いて作った芝居とは
最後の最後で歴然とした差がでてくるのかもしれません。
そして、もう一つ感じたことがあります。
芝居の公演時間はだいたい一時間から二時間くらいが
ほとんどです。
芝居をやり始めた頃、私は、なんで、こんなに長々と
一つのテーマを伝えるのに時間をかけるのかと
思っていました。多分、せっかちだったのでしょう。
しかし、今となっては全く考え方が
180℃違ってきています。
この半熟で形の良い「めだまやき」の時間と同様に
じっくりと、じっくりと、ある程度の時間をお芝居でも
かけないと、芝居上で伝えたいテーマが
お客様の心に響かないのではないか・・・
体にしみ込んでいかないのではないか・・・
そんな気がしています。
美しく、ほどよい食べごろにかかる「めだまやきの時間」
美しく、ほどよい見ごろにかかる「お芝居の時間」
・・・・・前者の時間はわかっているのですが
後者は、まだまだ勉強中といったところかも
しれません。
[350] 絵描き。。。 投稿者: 投稿日:2003-08-23 (Sat)
ある町に 下手な絵描きが おりました
彼には 友人が おりました
その友人もまた 絵描きでした
彼もまた 下手な絵描きでした
いつも二人は お互いが描いた絵を
ながめながら 食事をするのが 常でありました
そして 互いに 相手の絵をみて
同じ台詞を言うのです。
「素晴らしい」・・・・「ブラボー」
「ワンダフル」・・・・「エクセレント」・・・
テーブルの上で 美辞麗句が飛びかっています
二人は「絵を描くこと」よりも
「描いた絵をほめあうこと」が楽しくなっていきました
そうこうしていると
下手な絵描きの友人の・・・友人が
あらわれました
彼もまた、下手な絵描きでした
そして同じように食事をしながら、お互いの絵を
ほめあいました
そのパターンで何年も何年も繰り返し
たくさんの下手な絵描きが集まりました
わいわい がやがや 酒を飲み 美味しいものを食べながら
お互いの絵に・・・ブラボーの日々です
お互いのことを理解できる仲間がいっぱいいるって
なんて素敵なことなんだろう
最初の下手な絵描きは そう思いました
「絵をかくこと」を続けてよかった
そうも思いました
「上手くならなくてもいい」
「こんなに多くの人が集まって、楽しいのだから」
その一部始終を見ていた男がおりました
彼もまた下手な絵描きでありました
彼は人一倍、絵を描くことが好きでありました
彼は孤独でした いや、孤独な状況に
自分をおくようにしていました
他人の絵を見ても、ほめないし、けなさないし
ただただ無口な男でありました
その無口な男が 大騒ぎをしている彼らをみて
たまらなくなって 声をだしました
「・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・」
声にならない声でありました
※その声を考えてみよう、そして、それを糧として
これから・・・も これから・・・も です。
[349] 『義士』 投稿者: 投稿日:2003-08-21 (Thu)
次の公演のことを思う毎日です。
『義士』です。
『義士スピリット』です。
『義士』を辞書で引くと『節義を貫いて生きる人』
こう書かれてあります。
『節義』ですか。『節義』を辞書で引きましょう。
『人として守るべき正しい道をふみ行うこと。』
こう書かれてあります。
面白くなってきました。
人として・・・守る・・・正しい道・・・
そんなもん、あるんかいな?
なんやろ?時代によって・・・違ってくるのと違う?
何を守るの?
何が正しい道なの?答えなんてあるの?
・・・・・・・
いろいろな疑問が持てたとき、本を書くのが
楽しくてなるので・・・・今からワクワクします。
そして、今回は私にとって・・有意義な作品が
できる予感がします。
赤穂義士を題材にしようと思ってはいますが
当時のままの話をしようとは思いません。
あくまでも、今の時代を反映したものにしようと
考えています。
最近、今の時代で『義士』と呼ばれる人たちが
どこにいるのだろうか?
そんなことをふと考えました。
そして・・・昨日・・・・・
ふむふむ・・・もしかして・・・・
この人たちのことを『義士』と呼んでも
いいのではないかと思うようになりました。
その人たちとは・・・・○○○
今、言わないでおきましょう。
芝居に来られて、初めて知ってもらうほうが
インパクトがありますから。
第一ヒントは『イラク支援法案』です。
第二ヒントは『戦争』です。
第三ヒントは・・・・・下の詩です。
♪野に咲く花の名前は知らない
だけども野に咲く花が好き
帽子にいっぱい摘みゆけば なぜか涙が涙がでるの
♪戦争の日を何にも知らない
だけども私に父はいない
父を思えば あぁ荒野に紅い夕陽が夕陽が沈む
♪いくさで死んだ悲しい父さん
私はあなたの娘です
20年後の このふるさとで 明日 お嫁にお嫁にゆくの
♪見ていてください 遥かな父さん
いわし雲とぶ 空の下
いくさ知らずに二十歳になって 嫁いで母に母に
母になるの ・・・・・・・・母になるの
[348] 最後の晩餐 投稿者: 投稿日:2003-08-19 (Tue)
先日、NEWSステーションを見ていたら
大竹しのぶさんが出ていてました。芝居の話を
少ししたあと、最後の食事のメニューについて
話をされていました。
最後の晩餐ってやつです。
彼女は「美味しい、たきたての御飯が食べたい」
と言っていました。おかずは、漬物で充分だとも
言っていました。
この企画をよく見ています。前も誰だか忘れましたが
同じようなことを言っていました。
『美味しい御飯』ですか・・・・何か、こう言えば
通みたいで、格好いい感じがします。
いろんなものを食べて、ほとんどの食材を食べて
いきついたのが・・・・『美味しい御飯』・・・・
って感じですよね。
質素な答えの裏側に、彼女が日々、贅沢な食事をしている
・・・満足な食事をしていることが見え隠れします。
私なら、最後なら、フォアグラとかキャビアとか
河豚とか蝦夷馬糞ウニとか・・・・メチャクチャ
高級な食材(実はほとんど食べたことないものばかり)
を頼むかもしれません。
多分、頼むでしょう。
最後の食事くらいテーブルに豪勢なものを
いっぱい並べて、どれから食べようかなぁって
悩むくらいでありたいと思っているからです。
その悩む時間が、とっても有意義だと思います。
その悩んでいるときだけは、これが最後の食事だという
事を忘れさせてくれるからなのかもしれません。
最後の食事だ!!これが最後だ!!!
と思って、白い御飯をじっくりと味わうなんて
なんだか悲しくなってしまうような気がするのですが・・・
さて、これを読まれた皆さんは、何を
お食べになるのでしょうか。
人それぞれ、楽しい答えが帰ってきそうな
『最後の晩餐』であります。
[347] SOROSORO。。。 投稿者: 投稿日:2003-08-17 (Sun)
今日、第四回公演のメンバーが集まってビデオ鑑賞会を
します。あの公演から、二ヶ月しかたってないなんて
なんだか不思議な気がします。私には一年前くらいの
感覚です。どうも時間の感覚が芝居をやっていると
麻痺しているようになるのでしょう。
第四回公演が終わってから、いままで
のんびりと芝居のことをあまり考えずに
流れるように、思いのまま、いろんな本読んだり
旅行にいったり、ビデオを見たり
・・・・やってきましたが・・・・・
そろそろ、次回の第五回公演のことに
取り掛かろうかなと最近、思いだしました。
まず作品をどのようにするか・・・・・
タイトルだけは『義士スピリット』とは決めてはいるのです
が、それをどういった切り口でやっていこうか
その大枠を決めなくてはなりません。
ある程度の「決め」を自分自身で作って
本を書こうと思っています。
その「決め」を書いた言葉を書いた紙を
机の前にはって、自分が変な方向に脱線しないように
いましめながら、いつも書いていますので
今回もそのようにしたいと考えています。
実際に脚本として書いて、役者さんにお渡しする第一稿は
10月の終わりになると思いますが
その時点では細かいプロットや構成が確立されていないと
いけません。そのことのほうに時間を費やすタイプなので
推敲の日々が続きます。
そろそろ・・・その推敲の日をはじめようかなと
思っています。
それは、私の体の体内時計が・・・そろそろ・・・・
SOROSORO・・・だよっていった感じで
小さく鳴りはじめた感じがするからです。
はやく次回公演に参加される人に会いたいし・・・
はやくその人たちと稽古もしたいし・・・・
はやく・・・・はやく・・・・
秋くらいになって、そんな気持ちになるのかなぁ
と思っていたのですが・・・・夏のこんな時期に
そのような事を思ってしまいました。
それもこれも・・・今年の冷夏のせいかもしれません。
[346] 『秋』の。。。気配 投稿者: 投稿日:2003-08-14 (Thu)
冷たい雨の一日でした。
何年ぶりだろう・・・・というより・・・
生まれてはじめてなのだと思います、この頃に
こんなに冷たい雨が降るのは。
姫路の町も気象台はじまって以来の
8月の最高気温の最低記録(ちょっとややこしい表現です)
だったそうです。
太平洋高気圧さんが、頑張ってくれないから
台風は直撃するは、こんな冷たい雨がふるは・・・
涼しい夏は、たまにはいいけれど
度を越えてここまでくると、夏がない夏になりそうです。
そして、いつもやってくる「実りの秋」が
この「夏がない夏」の影響で、「何も実らない秋」に
変わってしまうのではないかと・・・・
危機感を抱いてしまいます。
ずっと、「夏は暑いほうがいい」と言っていたのですが
ここまでくると、何か裏切られた気がします。
季節が、どんどん先に進んでいるような感じがします。
「もう秋かぁ〜」・・・・こんなことを仕事場で
年配のおっちゃんが言っていました。
「世の中のサイクルが狂ってきてるのとちゃうか。」・・・
こんなことも言っていました。
確かに、なんだか、おかしい、今年の夏です。
気候が涼しいと・・・何だか、せかされているような
感じがします。はやく、本来の夏に戻って
『かき氷』を食べて、頭をツーンと痛くして
その痛さが、また心地いいって具合にならないのかなぁ。
盆も高校野球も終戦記念日も
まだ何も終わってない・・・8月14日
冷たい雨の日です。
[345] 恋・・・・と・・・・愛 投稿者: 投稿日:2003-08-11 (Mon)
最近、カラオケに行くと、よく
松山千春さんの『恋』という歌をうたいます。
むかしむかし、流行した歌です。
なぜか夏のこの時期に歌ってしまいます。
夏って、ひとつの恋がはじまり
そして、終わる・・・・そういう感じが
するからかもしれません。
恋愛という言葉があります。
とっても私から見て、わけがわからない言葉であります。
難しい言葉であります。
「恋」という言葉と「愛」という言葉を並べているのですが
その言葉どうしは近いようで、似ているようで
その間には、とてつもない大きな溝が存在している
ように思えてならないからです。
「恋」は・・・・楽しむもの
「愛」は・・・・耐えるもの
なんだか私には、そういう感じがしてならないのです。
よって、「恋愛」っていうのは
「楽しみながら、耐えること」?
「楽しんだ後に忍耐がまっているんだよってこと」?
いろいろと考えてしまいます。
夏のせいでしょうか、こんなことを考えてしまうのは。
夏に出会った二人が
夏の終わりと同時に、恋が終わるか、終わらないか・・・
そんなことよりも
二人で過ごした「夏の思い出」がシャボン玉のように
消えないでほしいなぁと
遠くから祈るばかりです。
恋が終わること・・・楽しい事が終わること
それはすべての人にやってきます。
そこから二人にとって「忍耐」を選ぶ「愛」に移行するのか
それとも、「忍耐」を選ばずに、また違う人との
楽しい事へと戻ってゆくのか・・・・・
どうなんでしょうね。
神のみぞ知る・・・・かもしれません。
『恋』
愛することに疲れたみたい
嫌いになったわけじゃない
部屋の明かりはつけておくわ
鍵はいつもの下駄箱の中
きっと貴方はいつものことと
笑い飛ばすに 違いない
だけど今度は本気みたい 貴方の顔もちらつかないわ
男はいつも待たせるだけで
女はいつも待ちくたびれて
それでもいいと なぐさめていた
それでも 恋は恋
多分 貴方はいつもの店で
酒をのんで くだを巻いて
洗濯物は机の上に 小さな手紙 そえておくわ
今度 生まれてくるとしたなら
やっぱり女で生まれてみたい
だけど二度とへまはしない 貴方になんか つまずかないわ
男はいつも待たせるだけで
女はいつも待ちくたびれて
それでもいいとなぐさめていた
それでも 恋は恋
[344] 夏の台風 投稿者: 投稿日:2003-08-09(Sat)
夏の台風が来ました。
太平洋高気圧が弱いからだそうです。
夏は暑いほうがいいと思っていたのですが・・・・
私の期待は見事に裏切られそうな「今年の夏」です。
今日まで、お盆前の休みだったのですが
最終日の今日は、今まで行った芝居のDVテープを
VHSテープにダビングする作業をしていました。
いつも私が各公演のたびに芝居を記録する作業を
するのですが、まぁ下手くそですね、ビデオの使い方
といいますか・・・録画の仕方というか。
焦点が合わなかったり、人がいない場所をとったり
全体をとらないといけないのに、一人の人間ばかり
アップにしたりと・・・・とほほ・・・もっと
ちゃんと記録してあげないといけないなぁ・・・
あとに残るものですから・・・・ねぇ。
最初の「ドラキュラ」を除き、第二回から第四回まで
をVHSにとりました。DVを持ってない人にも
これで貸し出しができます。
この文章を読まれて、ビデオを貸して欲しいという方が
いらっしゃいましたら、どうぞ、軽い気持ちで
メールにて問い合わせ下さい。
S−PROを知っていただくためには
どんなことでもしていこうと思っておりますので。
各芝居にも、それぞれ「ええところ」も「わるいところ」
もありまして・・・・細かくみておりますと
もうちょっと、こうしたらよかったなぁとか
悔やんだりもしますが・・・・それはそれ・・・・
次回の糧として生かしていくしかないのかなぁと
思っています。
一つだけ言えることがあります。
一つだけ感じたことがあります。
それは参加してもらった、すべての人が全力で
手をひとつも抜かずに、演じていることであります。
それが記録したテープからではありますが
伝わってきます。そのことが、とっても嬉しい気持ちに
させてもらえます。
多分、今も、このビデオに登場した人々は
どこかのまちで手を抜かずに、頑張っているのだろうなぁ
と思います。
私も・・・・頑張らねば・・・・
そんな気になった、台風一過、快晴の夏です。
[343] 京都へ。。。そして京都から 投稿者: 投稿日:2003-08-06〜07 (Wed-Thu)
京都へ行ってきました。
6日の朝9時から、7日の夕方5時過ぎまでの
32時間の旅だったのですが・・・・
実感としては・・・三日くらい家をあけていた
感じがします。昨日の朝、京都駅に着いて、まっさきに
行った「INODA COFFEE」で喉を
うるおしたことが、何日も何日も前のことに
感じてしまう。
昔、京都に来て、初めて・・・INODA COFFEEの
アイスを飲んだときのことを思いだす。
そこにしかない、食べ物や飲み物は、遠い記憶を
呼び覚ましてくれるのだろう。
喉をうるおし、清水寺には行ったものの、観光らしい
観光はせず、私が昔、住んでいた場所や鴨川で
朝、鴨や鳩に餌をやっていた場所や学び舎である同志社
大学の周りを散策して一日を終えた。
他の二人には申し訳ないが、一人には次の日に
彼が大好きな時代劇を満喫できる『太秦映画村』に
行く約束をし、またもう一人には、最初の日の夜に
彼の好きなものを食べるということを約束していたので
三者三様の「旅」になった気がしている。
勝手に、私がそう思っているだけかも・・・・。
まぁ、それはそれとして、私的には
4年ぶりの京都でありましたが、率直にいって
あまり感慨深い、センティメンタルなものではなかった
ようです。もっと、心が盛り上がるのかなぁ・・・・
いろんな気持ちになるのかなぁと思ったけれど
あまり、そういう気分にはなれなかった。
ただ・・・懐かしい、ただ・・・思い出が蘇る・・・
ただ・・ただ・・・そういう感じでした。
やはり、今ある場所で骨をうずめる覚悟をもって
生活している「自分」があることが、そういう「ただ」
「たんなる」といった気持ちしか湧かなかったことに
繋がっているのかなぁと思う。
昔、京都を離れ、北海道に住んでいたとき、京都に戻った
ときの心境とは遥かに違うものであった。
多分、あの時は、なんの覚悟もなかったのだろう。
会社のために行った場所が、北海道であって、その場所で
自分として、どのように生きていこうとか、何をして
自分らしく生きていこうとか何も考えていなかったから
京都に戻ってきたときに、いろんな事を考え、生活していた
学生時代のときのことを思い出して、感慨深く、いろんな
気持ちにさしてくれたのだろうなぁ・・・そう思う。
何か、その時々の自分の気持ちを探るために
『京都』があるのかもしれない。
『京都』は、そんな私の心の物差しのような町なのかも
しれない。
たかが『京都』、されど『京都』
家に帰ってきた今、さぁ明日から・・・・
第五回記念プロデュース公演に向けて・・・
頑張ろうという気持ちに素直になった。
「今、ある場所でおきばりやす!!」
京都の町が微笑んで、そう言ってくれてるような気がする。
「また、わてのとこに、おこしやす。
わてのこと、あんた素直に見れるようになったんどすえ。
もう感傷的にもならんでよろしい。ただの・・・・
ただの・・・普通の場所なんどす。
それからやね、ほんまのお付き合いは・・・・ねぇ。」
京都へ・・・そして京都から、いつも私の旅が
はじまっているような気がしている。
[342] 『友情』 投稿者: 投稿日:2003-08-04 (Mon)
先日、いつも照明でお世話になっている、足立氏と
次回の公演の打ち合わせをしたときのこと・・・・
足立さんが一枚のチラシを私に見せて一言。
「首藤さん、ここ、ここ、見て・・・京ちゃんが
載ってるわ・・・ここ、ここ。」
「えっ?どこどこ・・・あら・・・まじやわ。」
「でしょ。」 「これは、まじで見にいかなぁ。」
彼が持参したチラシは、今年の秋(10月12日)に
赤穂市文化会館・ハーモニーホールで行われる
『友情 〜秋桜のバラード〜』というお芝居の
ものでした。
東京発のお芝居です。
その東京発の芝居のチラシに、S−PROの第二回公演に
水野役を演じた「藤本京子」さんが写真入りで
のっているではないですか。
今年の正月に彼女に会ったときに、少しばかり
その話らしきことを聞いてはいたのですが
いざチラシを見させてもらうと、やったなぁ〜という
感じがします。高校をでて、すぐに上京して
東映の劇団に入った彼女の播州凱旋公演が
こうも早く実現するとは・・・です。
まだ・・・・多くの中の一人にすぎない役柄かもしれません
が、最初から、メーンをやれるわけでもないし
こういう地道な積み重ねをいっぱいして
自分の信じた道を邁進していってもらいたいものです。
「念ずれば花開く」
「求めれば道はひらける」
あせらず、あわてず、こつこつと・・・・ね。
次回のお芝居は赤穂がテーマです。
前回の「さらやしき」では、お菊神社や長壁神社に
姫路城のお菊井戸などを、成功祈願で行きました。
赤穂がテーマの今回は、公演までに赤穂を
訪れようと思っていました。
大石神社や赤穂の町並みを見ようと思っていました。
それが・・・・10月12日(日)になりそうです。
彼女が出演する『友情』を見ることと
次回の公演の成功祈願が、同じ日に赤穂でできるなんて
何か妙な因縁を感じてしまいます。
一枚のチラシを見て、ちょっぴり幸せな気持ちに
なった日・・・・・です。
[341] お城祭りの・・・日 投稿者: 投稿日:2003-08-02 (Sat)
昨日、今日と姫路は「お城祭り」であります。
今回で54回目だそうです。言われも知らないし
私的には、あまり興味のない、お祭りである。
その理由は・・・・・
姫路といえば「お城」、その「お城」に
とにかく「まつり」をつければ、体裁がつくだろうと
誰かが考えたような感じの「まつり」だからである。
姫路に住んでいて、いつも思うのは
何かあったら・・・・「お城」
困ったら・・・・・・「お城」
姫路といえば「お城」というのが、あまりにも
知れ渡りすぎて・・・他になにがあるのやら
という風になっていることであります。
確かに、美しい「お城」には違いないのですが
それにおんぶにだっこ、頼ってばかりいても
新しい姫路を作る上での「さまたげ」になっているのも
また事実かもしれない。
それは文化面でもしかり、新しい創造の「さまたげ」に
なっている感じもしています。
温故知新という言葉があります。
確かに、歴史の上に、我々の様々な生活や習慣が
成り立っています。
ふるきものを知ってこそ、だとは思いますが
知った上で、いざ何をするか、それが問題であるように
思います。
現代の日本の地方都市において、盛んに行われているのが
「ふるきを知るための」場所作りのようです。
資料館とか展示館とか・・・姫路でいいますと
文学館、歴史資料館、武蔵の館・・・・などなど
そこに来て、今までの、その分野の歴史的なことを
知ってもらう場所であります。
その場所は、別に悪い場所ではなく、有意義な場所で
あると思いますが、その次のステップの場所がない
ように思えるのです。
つまり、「ふるきを知る場所」から「新しきを知る」
「新しきをつくる」場所が、ほとんどない、皆無と
いってもいいのではないでしょうか。
ほとんどが地方公共団体が、そういった場所を
企画して作り、運営もしていると思います。
彼らにとって、「ふるきを知る場所」を作ることは
あまり頭を使わずに、安易な発想で、作り上げることが
できるのではないでしょうか。
そりゃ、そうですよね、ただ資料を、どこかから
かき集めて、展示さえしていれば、いいのですから。
そこに来る人が、矢印どおりに、その建物を一周して
はい、さようなら、って感じです。
そのパターンで、市や県や国の税金を使うのを
もうやめにして、これからは
「あたらしきを知る・作る」場所をぜひぜひ、多く
作っていただきたいものです。
その街の文化を育もうとしている人々と
当局の担当者がもっともっと、ディスカッションする
機会をたくさん持って、「新しきを知る・作る」場所
を模索していっていただきたいなぁと思います。
本当に、魅力ある姫路にしましょう!!!
姫路のメイン通り「みゆき通り」の地価が
全国で一番下がったこと・・・知らせるニュースが
あった・・・次の日・・・こんなことを考えてしまい
ました。
[340] 知らず・・・知らずの・・・うちに 投稿者: 投稿日:2003-07-30 (Wed)
最近の若者にたいして、今日は感じることを
詩にしてみました。
なんとなく、ここ数年、知らず知らずのうちに
保守化されていった若者たちに
なにか言いたくて・・・・・
『壁の向こう側』
ある日 壁が崩れた
二つあった世界が ひとつに なった
ひとつに なって 人々は 喜んだ。
喜んだけれど・・・・ ・・・・・ ・・・・・・
何をしていいのか わからなくなった
遠く 北のはての海 と 南のはての海を
見ていた 老人が こう言った。
「プラスとマイナスの電極がなくなった電池は
何のエネルギーを生み出せるのだろうか。」と
何をしていいか わからなくなった人々は
何をこれから するのだろう。 老人は、ふと考えた。
ほとんどの者が 支配されること・誰かに従属されることを
望むようになるのではないか。
何をしていいかわからないから
何をしなさいと指図する人を欲するのではないか。
誰でもいい
馬鹿でもいい
幼稚でもいい
人の心がわからなくていい
人の情がわからなくていい
・・・・・とにかく、指図してくれたらいい。
海の彼方を見ていた 老人は 深く頭をたれ
静かに 自分の 足元に目をやった。
目をやったというより 遠くを見るのが
つらくて 哀しくて しんどくて ・・・・・
そして、ぽつりと言った。
「人を見抜くことができない人々が増えている。
このままでは・・・・この国が・・・滅びる。
必ず・・・滅びる・・・滅びる・・・・滅びる。」
そう言いながら、彼が静かに息をひきとったのは
夏の夕暮れ、蝉時雨 盛んなとき だった。
※あなたの周りの世界で支配するもの、されているもの
一度、客観的にみてみるのも面白いかもしれません。
[339] HA・NA・BI 投稿者: 投稿日:2003-07-27 (Sun)
何年ぶりだろう・・・花火をまじかで見たのは。
多分、小学校のとき、母に連れられていった
手柄の花火大会以来、だと思う。
あのときは・・・花火が物凄く、大きく見えた。
今は、それは感じない。
だけど、花火が炸裂するときの音は
こんなに、大きな音だったのだろうか、そう感じた。
幼い子供が母に連れられ、夜店で買った、りんご飴を
ほおばりながら、首を大きく傾けて
花火を見ている。
大きな音が鳴ると、首をすくめる、その繰り返し。
浴衣を着た女の子と手をつないでいるのか
添えているのか、判断付きにくい、赤ら顔をした
男の子・・・・・初めてのデートなんだろうなぁ。
今日、二人が見た花火、いつまでも・・・いつまでも
と思う。
私はといえば・・・仕事で、この場所にやってきている。
ひとりである。周りに、知り合いはいない。
ひとりで見ていると・・・花火って、なんだか
物悲しい。
まず音が鳴る。ドーン・・・・ヒュルヒュルヒュル
天空めがけ・・・花火の玉が・・・駆け上がっていく
そして・・・またドカーンと音がする。
美しい光が360度に拡がる瞬間、見ていたものたちは
心が解放された気分になる。
みな、いっせいに口をあけてしまう・・・「わぁー」と。
次の瞬間、輝いていた光が静かに・・静かに・・消えゆく
すると、笑いながら、あけていた口はそのままに
顔の表情だけが笑いから、なんともいえない
物悲しい顔に変化してゆく。
そういった人々の様子と打ち上げられていく花火を
同時にみている・・・・私がいる。
物悲しい花火ではあったが
今日の救いは・・・まだ夏のはじまり・・・・
これが、夏の終わりの花火なら・・・・
涙が止まらなくなりそうな感じがする。
[338] 京阪乗る人・・・『おけいはん』 投稿者: 投稿日:2003-07-26 (Sat)
来月に京都に行きます。
ホテルもとりました。姫路に帰ってきてから
4年ぶりに行きます。京都にずっと住んでたから
変な気分です。もう一つの・・土曜日ならぬ
もうひとつの・・・里帰り・・・ぽいですね。
それはたわいもないことが「きっかけ」でした。
私たちの仕事は、その施設の朝礼からはじまります。
その前の約30分くらい、隊員15名がその施設の
地下に集まって、談笑していたときのこと・・・
隊員の一人でいつも変わったことばかり言う藤井さんが
私に向かって、いきなり、こう言いました。
「京阪のる人・・・おけいはん。」
そう言って、「ふぁふぁふぁふぁふぁふぁ・・・」
と笑い出すではないですか。彼は、そのフレーズが
好きなのでしょうね。私は、彼に言いました。
「藤井ちゃん、京阪乗りたいの?」
「はぁ」「で」「京都に行きたいんです。」「京都に」
「はぁ」「何しに」「京阪のって・・・・」
「ちゃうんや、何をすんの、京都で」「えっ?」
「えって・・何も考えてないの」「はい、でも京都に」
藤井ちゃんは50歳です。あまり今まで旅行をしたことが
ないらしく、機会があればどこかに行きたいと思っていた
そうですが、いかんせん、一人では、どこへも行けない
方向音痴だそうです。
「京阪のる人・・・おけいはん」というコピーも
印象的だったのでしょうが、そのときに映像として流れる
京都の鴨川や出町柳や東山などの景色が・・・・・
なんとなく、ぼんやりだけど、行ってみたい場所やなぁ・・
と思ったと彼は言っています。
8月初旬に一週間の夏休みがあります。
そのときに彼ともう一人の隊員の吉村君と私で
京都に行くことになりました。
毎日のように・・京都に・・京都に・・京都に
と言われては・・隊長として・・応えないわけには
いかない・・・というより自分も・・・4年ぶりに・・
行ってみても・・いい頃かなと・・・そういう感じには
なっていたのですが・・・ちょうどタイミングが・・・
あったのだと思います。
京阪乗る人が「おけいはん」という京都っぽい響き
で良かったです・・・といっても・・・ただたんに
「けいはん」に「お」つけただけなのですが・・・
でも、その「お」をつけて・・・人の名前にしようと
したコピーライターの発想がよかったのかもしれません。
今回の京都の旅の実現は、このコピーなくして
ないように思います。ライターさん、ありがとう。
そして・・・京阪の前に
「近鉄乗る人・・・・きんさん」とか
「阪急乗る人・・・・きゅうちゃん」とか
「山電乗る人・・・・さんちゃん」とか
いうのが、なくてよかったと思います。
二番煎じは、どうしてもインパクトにかけますもんね。
京都の旅・・・いろんな意味で
今から楽しみです・・・・どうなんねやろ・・
[337] 第五回プロデュース公演・募集開始です 投稿者: 投稿日:2003-07-22 (Tue)
昨日、とうHP上で第五回プロデュース公演の
募集要項のページができあがり、UPされたわけですが
そのなかで、何かやりたくて、うずうずしている方
人生で一度くらい人前で演技したい方
何か息苦しくて、はじけたい方・・・・・
参加されませんか?というのがありました。
これは、このHPの管理人さんが考案された言葉なのです
が、その言葉に私なりに付け加えさせてもらえるならば
「いい子を演じている皆さん、大人の望む、いい子を
演じている皆さん、本当の自分を見つけるために
お芝居でも、やってみませんか?
もういい子を演じるのをやめませんか?自分が自分を
殺してしまっているのを止めにしませんか?
お芝居は、あなたの存在をまるごと受け止めて
くれると思いますよ。あなたが生きていることを
肯定してくれますよ。そのときに、あなたは幸福な
気持ちにきっとなることでしょう。」
長々となりましたが・・・・私がいいたいのは、このような
感じかなと思います。この文章は、私が師として尊敬する
芹沢俊介氏が神戸新聞に「男児誘拐殺人事件」にかんして
書かれた文章を参考にして、書かしてもらいました。
長崎の幼児を殺害した子供は、大変な優等生であり
大人の目には文句のつけようのない「いい子」だったそう
であります。
彼は「いい子」を演じる自分が嫌であり、その作業が実は
本当の自分を生きていないことを知っている。
そして、また
自分を生きているように見える人をうらやみ、憎んだりする
もうひとつの顔を持っていると分析されています。
その顔が世界を破壊したいという激しい憤りに
震えていると・・・・・
それが、この事件の発端になっていると・・・・・
もし、いい子を演じる彼に彼が信頼をおける大人が
人生のなかで、ひとりでもあらわれていたら
このようなことには、なっていなかったのではないか
と述べています。
信じてあげること、肯定してあげること・・・・
何か芝居作りにおいて大切なことと、共通点があります。
今日から、そして明日から
はじまりは『あなた』しだいです。
[336] ふれあい→・・・・・→触れ合い 投稿者: 投稿日:2003-07-20 (Sun)
♪悲しみに出会うたび あの人を思い出す
こんな時 そばにいて 肩を抱いて欲しいと
なぐさめも涙もいらないさ 温もりが欲しいだけ
人はみな一人では 生きてゆけないものだから
1974年(昭和49年)にリリースされた
「ふれあい」という曲の歌詞です。
中村雅俊さんのデビュー曲です。大ヒットになりました。
流行歌というものが、時代の鏡である・・とよく
言われます。当時の私は12歳、世の中、なんのこっちゃ
わからずに中学受験というものを親に背負わされ
ただ、ひたすらに勉学に打ち込んでいた頃だったと
記憶しています。
それから29年たちました。
あの当時の社会状況から日本はどのように変わったので
しょう。物質は豊になってきたけれど、便利なものが
多く出現したけれど、人の心・精神といった面では
どうなんだろう、豊に満足に心みたされて
人生を送っている人