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2000年 11月1日(水)

 創世記二四章52〜67節(67)

《イサクはリベカを天幕に連れて行き、リベカをめとって妻とし、彼女を愛した。こうしてイサクは母の死後、慰めを得た。》

 イサクとリベカの結婚の話が、不思議な主の導きによるとみんなが分かったとき、「この事は主から出たことです」と確信するようになった。@その時アブラハムのしもべは、地にひれ伏して主を礼拝した。結婚という人生の重要な事柄を決めようとするとき、クリスチャンがそのために祈ることは大切である。結婚相手が信徒であろうと未信者であろうと、この道を進んでよいと思う信仰を持って踏み出すとよい。それはその後の家庭生活に、必ず力になる。

 A結婚の話がまとまると、しもべは直ぐにも帰宅したいと願った。よい知らせを主人とイサクに早く伝えたいのは自然のことである。ところがリベカの両親は、数日でも娘を親元で過ごさせてから嫁がせたいと願った。親として自然の思いである。リベカ自身はこの老僕と一緒に行きたいという。彼女とすればこの結婚が主の御心であると分かったので、直ぐにも行動しようと考えたのであろう。彼女には躊躇や迷いは見られない。彼女の態度は祈りと熟慮の後、信仰を持って決断するなら、ためらわず行動に移すことを教えている。一方イサクは野原を散歩しており、しもべとリベカの来るのを迎えた。彼らは結婚し愛と慰めを得た。お互いが慰めを与え合うような結婚生活を築きたいものである。

 

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2000年 11月2日(木)

 創世記二五章1〜18節(5)

《アブラハムはその所有をことごとくイサクに与えた。 》

 サラの死後イサクが結婚しアブラハムが独り身になった時、助け共に支えてくれる人が必要でありケトラと再婚した。やがて死が近づくのを知ったアブラハムは、子等への財産をきちんと整理する必要を感じた。ハガルとケトラの子等には受けるべき分を与えたが、イサクは神の約束の子であるだけに特別に考え、「アブラハムはその所有をことごとくイサクに与えた」のである(5)。それはイサクこそがアブラハムの祝福の継承者であることを意味していた。継承には羊など見える財産以上のものがあった。それは彼の子孫に、メシヤが誕生するという祝福を受け継ぐことであった。

 神の民を形成する初期のころは重要であって、誰が神の民になるのか分からないようであってはならず、その血筋をはっきりしておく必要があった。それでイシマエルもケトラの子等も、それぞれの地域に住むようにしたのだと思う。とはいえ、これらの者たちが神の救いの対象外だというわけではない。イザヤ六十6以下には、彼らも救いにあずかると語られているからである。彼らが別れて住むようになったとは言え、決別していたのではなく互いに連絡していた。だからアブラハムが亡くなった時、イサクとイシマエルが共に父を葬ることが出来たのである。

 

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2000年 11月3日(金)

創世記二五章19〜28節(28)

《イサクは、しかの肉が好きだったので、エサウを愛したが、リベカはヤコブを愛した。 》

 イサクの家庭もアブラハムのように、二十年間も子に恵まれなかった。そのためにイサクは祈った(21)。祈れば何事でも自分の希望通りになるというわけではないが、神の摂理の中で彼らには子が与えられた。ところが身ごもったリベカには彼女なりの悩みがあったので、主に祈らなければならなくなった(22)。困ったときの祈りは真剣になる。私達の信仰と人格は、祈りを通して形作られることが多い。

 やがて双子が生まれ、エサウ、ヤコブと名付けられた。彼らは成長しそれぞれの性格を表わし、それにふさわしい仕事を持つようになった。エサウは猟師になり、ヤコブは天幕に住むもの即ち羊飼いになったのである。ところが両親に偏愛が生まれてきた。父は鹿の肉が好きだったため猟師のエサウを愛し、母は穏やかで家にいることが多いヤコブを愛した。親も人間だから好みがあり好き嫌いもあるだろう。しかしこの両親は自己中心の思いで子供達に接したようである。子等にはそれぞれ特性があるので、ありのままに受けとめるべきであるのに、そうしてあげないためにその子らを不健康な性格に造り上げてしまう。両親に愛されたという経験がその子の性格を豊かに形成する。イサク、リベカは反面教師のようであった。

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2000年 11月4日(土)

 創世記二五章29〜34節(34後半)

《このようにしてエサウは長子の特権を軽んじた。 》

 狩猟の人エサウは疲れた身体で野から帰ってきた。狩猟者はいつも獲物があるとは限らず不安定で、不猟の時の疲れは特に大きい。エサウが疲れて帰ってきた時、ヤコブは煮豆を料理していた。空腹のエサウはそれを食べさせてもらいたいと頼んだが、ヤコブは人の弱みにつけ込み、長男の権利を売り渡すよう要求した。エサウはヤコブの求めを受け入れ、権利を売りヤコブの食物を食べた。兄弟の間でこのようなことが起こって良いのだろうかと思うが、二人のそれぞれの性格や考え方を見るようである。

 @ヤコブ。双子の弟であるヤコブは、エサウが少し早く生まれただけのことで長男の権利を持つことに、面白くない思いを持っていたのであろう。ずるいやり方でその権利の引き渡しを兄に約束させた。しかしこのような方法で手に入れた権利は、喜びをもたらすどころか争いの種になった。ヤコブは苦難を刈り取ることになる。

 Aエサウ。淡泊なエサウは一杯の食物と長男の権利とを取り替えてしまった。そのようなエサウをヘブル書の著者は「俗悪なもの」と言う。即ち神の国に入る特権を捨てた者と見られたのである。人生で何が大切なものかが問われている。

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2000年 11月5日(日)

 創世記二六章1〜11節(3)

《あなたがこの地にとどまるなら、わたしはあなたと共にいて、あなたを祝福し、これらの国をことごとくあなたと、あなたの子孫とに与え、わたしがあなたの父アブラハムに誓った誓いを果そう。 》

 人は同じような失敗を繰り返す。@アブラハムと同じ飢饉がイサクの時にも起こった。A父と同じく妻を妹と呼ぶ事件があった。

 @この地方ではしばしば飢饉が起こる。アブラハムはこの試練にあったときエジプトへ避難し、其処で灰色の信仰生活をした。ところがイサクの場合はエジプトに近いゲラルまで行きはしたがとにかくパレスチナに留まった。この点でイサクは父を越える信仰を持ったと言えるだろう。

 Aところが妻を妹と呼ぶ事については、アブラハムと同じ失敗をしている。彼らが遭った飢饉の試練や家族問題から私達が信仰的に学ぶことは多い。私達を取り巻く自然、社会、家庭の環境は普通極端に変わらない。また自分自身の生まれ持った性質も大きくは変わらない。ところがそれが長所にもなるし欠点にもなるのである。ただ自分に与えられた性格が短所にでなく長所に現れるよう変わるならすばらしいことではないだろうか。私はその変化をもたらすのは愛をもって導く神への信仰であると考えている。この神への信仰によって以前は試練に負けたが今回は乗り越えられるようになるのである。以前は弱さを持っていた性質が信仰によって克服できるように変えられる。私達はこのようにして人格的に信仰的に成長するのである。

 

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2000年 11月6日(月)

 創世記二六章12〜25節(22)

《「いま主がわれわれの場所を広げられ たから、われわれはこの地にふえるであろう」。》

 雨の少ない地域で百倍の収穫を得たことはイサクにとって喜びであった。彼は神の祝福に感謝した。ところがイサクはペリシテ人から嫉妬され、思いがけない試練に遭うのである。水の少ないこの地方では、牧畜のために井戸は命の次に重要であった。イサクは父から受け継いだ井戸を取られただけでなく、移り住んだ先々で何度も井戸を奪われるという屈辱を受けた。このようなとき彼は、どれ程の忍耐と寛容を必要としたであろうか。イサクの温順さは彼がはん祭として献げられた時に表されていた。井戸の争いの時も、パウロが「自分で復讐しないで、むしろ神の怒りにまかせなさい」と教えるようにイサクは神に委ねたのである。そのような苦境の中で神はイサクに語られた。「あなたは恐れてはならない。私はあなたと共におってあなたを祝福し、私のしもべアブラハムのゆえにあなたの子孫を増すであろう」(24)。イサクの特色は争わないで物事を解決することであった。 この事は、私達に降りかかる問題を避けることがよいと言うのではない。しかし神に委ねないでただ自己主張をするのでは、真の解決を見ることは難しいと知るべきであろう。不愉快な事件の中で神の語りかけを受けたのは、イサクにとって大きい励ましであったと思う。

 

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2000年 11月7日(火)

 創世記二六章26〜35節(28)

《「われわれは主があなたと共におられるのを、はっきり見ましたので、いまわれわれの間、すなわちわれわれとあなたとの間に一つの誓いを立てて、あなたと契約を結ぼうと思います。 》

アビメレクはピコルと共にイサクのもとにやってきた。彼はイサクを憎み追い出したが、その後のイサクの生き方を見ていた。イサクは何度も辛い思いをしながらもいくつも井戸を掘り、追い出した者たちよりも良い生活をするようになった。アビメレクはこのような彼らを見て「われわれは主があなたと共におられるのを、はっきり見ました」と言い、今後お互いにそれぞれの地域を侵入しないように契約しようと申し出たのである。自分たちがイサクの井戸を奪っておきながらこの様な提案をしたのは、イサクがひどい仕打ちを受けながら平和を保ち、神の守りを受けているのを見たからである。アビメレクとすればこの様な神を信じるイサクと戦っても勝ち目はないと思ったのであろう。

 ペテロは「たといみ言葉に従わない夫であっても、あなたがたのうやうやしい清い行いを見て、その妻の無言の行いによって、救いに入れられるようになる」と生活を通しての証しを勧めている(第一ペテロ三1)。イサクは行いによる証しの実践者であった。このような提案を持ってきたアビメレクに、イサクは宴会を整え彼らをもてなした。これらの後、神はさらに追加の井戸の祝福を与えた。これが後に栄えたベエルシバの町である。

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2000年 11月8日(水)

 創世記二七章1〜17節(4)

《わたしの好きなおいしい食べ物を作り、持ってきて食べさせよ。わたしは死ぬ 前にあなたを祝福しよう。 》

 イサクは年老いたので、相続権をエサウに与えようと考えた。ここに夫婦、親子、兄弟の間に争いが始まるのである。それは家族の一人ひとりが神を求めず、自分中心に考えたからである。@イサク。彼がエサウを相続者と考えるのは自然である。しかしもっと思慮深くあるべきではなかったろうか。というのはエサウの結婚の事があるからである。両親はエサウの結婚に心を痛めた(二六35)。それは神の民形成期の三代目のエサウがヘテ人と結婚したことである。イサクは自分の妻が身内からの者であり、そのために父のしもべが、遠くまでリベカを探しに行ったのを知っていたはずである。またエサウは一杯の食物で長男の権を売るような軽率な者であった。そのような自覚のない者が三代目を引き継げるだろうか、イサクは考えるべきであった。 Aリベカ。彼女は父子のやりとりを盗み聞きし、自分の愛するヤコブに相続権を受けさせたくて夫をだます策略を始めた。彼女は双子誕生の時、兄は弟に仕えるとの神の御心を知らされていた。それにも関わらず長男の権をヤコブにさせようと小細工をした。箴言には「人の心には多くの計画がある、しかしただ主のみ旨だけが堅く立つ」とある。この世の相続以上に大切な「神の国」相続を私達はまじめに考えなければならい。この点でイサクもリベカも軽率であった。

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2000年 11月9日(木)

 創世記二七章18〜29節(18)

《すると父は言った、「わたしはここにいる。子よ、あなたはだれか」 》

 ヤコブは母の料理をもって父の所へ行った。父を欺き長男の相続権を手に入れようとするためである。先には一杯の食物のことで兄とは話はついていた。しかしそれは二人だけのことで、ただエサウの軽率さを表す出来事に過ぎなかった。しかしこの時は、父が相続のセレモニーをするのであるから決定的である。

 さて、ヤコブは父とのやりとりで、何度もヒヤリとする場面を経験した。最初は「あなたは誰か」と尋ねられた時である。ヤコブは「長男エサウです」と答えたが、目の見えない父にどのような思いで答えただろうか。

 第二の危機は「どうしてこんなに早く(鹿が)手に入ったのか」と問われると、「主が備えて下さった」と神の名によって答えている。神を語りながら嘘を言うとは何事だろう。 第三は本人かどうかを確かめるため、体に触った時である。さすがに父は目は見えなくてもヤコブの声に疑問を感じたのであろう。結局イサクは長男と信じて、ヤコブを祝福した。ヤコブはイサクをだまし通して、先祖に神が与えた祝福を手にしたのである。ずっと後、神が「あなたの名は何か」と問われた時「私はヤコブです」と彼自身が答えている。彼は父も兄も押しのけて得ようとするものを獲得した。それが彼の生涯を混乱へと導いたのである。

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2000年 11月10日(金)

 創世記二七章30〜40節(33)

《イサクは激しくふるえて言った》

 野から帰ってきたエサウは、鹿の料理をして父の所に持ってきた。ところがヤコブに欺かれたことを知り、イサクもエサウも驚き嘆いた。父が子を祝福するのは、単に将来良いことがあるようにと言うようなものではない。遺産相続の儀式である。古代社会では約束をする時、本人が自分の言葉で約束し誓うことが正統な仕方であった。書いたものなどは、誰が書くか分からないから信用しなかった。現代、書類に署名・捺印するのと同じである。だからエサウが「私も祝福して下さい」と願っても出来ないことであった。此処に二人の驚きがあるが類似点と相違点がある。

 @イサクは事の真実を知って「激しくふるえた」(33)。それは間違ってヤコブを祝福した驚きと共に、神の介入を知っての身震いである。双子が誕生したとき神が両親に語られた言葉−「兄は弟に仕える」−が、この様なかたちで来るとはイサクは思いもしなかった。それが現実に起こってしまった。私達は自分が正しいと思い、計画していたことが思いがけない方向へ行く時、神の導きとして素直に受けとめるだろうか。

 Aエサウは祝福を逃して泣いたが、それは悔し涙であった。神は人の悪をさえ用いて御心をなさるが、ヤコブの詐欺はやはり悪である。二人の間には憎しみが増した。

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2000年 11月11日(土)

 創世記二七章41〜46節(46)

《もしヤコブがこの地の、あの娘どもの ようなヘテびとの娘を妻にめとるなら、 わたしは生きていて、何になりましょう。》

 ヤコブが父と兄をだまして長男の権利を得たのは罪である。それ故に、彼は長い年月その実を刈り取った。「神は侮られるような方ではない。人は自分の蒔いたものを刈り取ることになる」(ガラ六7)。 

 ところで、エサウについて聖書はどのように取り上げているのか。本書の出来事をロマ九12、13には「私はヤコブを愛しエサウを憎んだ」と書いている。「愛する」「憎む」は感情的な言葉ではなく、それぞれ選ぶ、選ばないという意味である。なぜ神がヤコブのような人間を選び、お人好しのエサウを選ばなかったのだろうか。パウロは、それは神の主権によると述べている。その通りであるが、エサウに人間としてどんな欠陥があったのだろうか。私が思うに、エサウは神の民形成の三代目という大切な時期に、長男の立場を軽く考えていた。それは一杯の食物で次男に売ったり、ヘテ人の娘との結婚などによく表れている。リベカがエサウの妻のことで「生きているのが嫌になった」(46)と嘆くのは、嫁姑の不具合のためではなく、三代目の大切さをないがしろにしたことである。ヘブル十二16には、エサウは不品行で俗悪な者だと非難している。主による救いとみ国の約束を、小さいことと見てはならない。

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2000年 11月12日(日)

 創世記二八章1〜9節(3、4)

《全能の神が、あなたを祝福し、多くの子を得させ、かつふえさせて、多くの国民とし、またアブラハムの祝福をあなたと子孫とに与えて、神がアブラハムに授けられたあなたの寄留の地を継がせてくださるように。 》

エサウの怒りを知った母は、ヤコブにパダンアラムの自分の実家へ逃げるように勧めた。いよいよヤコブが家を出る時、イサクは彼に二、三のことを命じた。それは@パダンアラムの親戚筋からの者と、結婚することである(2)。それはイサク自身もそうであったように、真の神への信仰を持つ者と結婚することで、アブラハムの持っていた信仰と意志を、受け継ぐことができるようにと願ったからである。またA全能の神への信仰を持ってほしいと言うことである(3)。

 この二つのことは、私達にとっても大切なことである。生活の仕方はさまざまに違っていても、与えられた信仰を生涯全うすることは、何ものにも変えられないことである。また、生活の事情が変化する中で、「全能の神」への信頼が私達を成長させることを覚えていたい。この後ヤコブはずるい性格のために大変な苦労をしたが、それにも関わらず神への信頼を忘れなかったため、結局神の憐れみと導きを受けたのである。人は誰でも欠点を持っている。しかしそのような者であっても、神にすがり行く者を神は導き祝福して下さる。私達はよい性格をもつ者になるべきであるが、それ以上に信じ従う者を神は愛して下さる。

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2000年 11月13日(月)

 創世記二八章10〜22節(16)

《ヤコブは眠りからさめて言った、「まことに主がこの所におられるのに、わたしは知らなかった」。 》

 ヤコブは実家におられなくなり、親戚の家に逃がれ旅に出た。パダンアラムへに向かうヤコブから、いくつかのことを学びたい。

 @孤独な者に近づく憐れみの神。孤独と悲しみの旅をすることになったのは、自分の非から出たことであった。こんな心境の者に、神はどのようなお方として対応されるだろうか。普通このような者には、裁きの神のみが見えるのではないだろうか。しかし神はいつも憐れみのお方である。ヤコブが怖い夢を見る代わりに、天に達する梯子を天使が上り下りする夢を見させて下さった。そればかりか、彼の将来と保護の約束さえもお与えになった(13)。この神によって、彼は旅を続けることが出来たのである。

 Aヤコブの信仰の自立。これまで彼は母に大事にされ甘やかされていた。せっかく手に入れた長男の権利も、今は何の役にも立たない。独りぼっちになって、孤独と危険にさらされて夜を過ごさなければならない。しかしその夜神の語りかけを聞いて、自分で「天の門」を知ることが出来た。信仰は自立的でなければならない。それは教会という共同体から離れて良いというものではないが、誰かの肩によりすがっているのではなく、神の前に座して祈る個人の確立である。ヤコブはベテルの地でその信仰を身につけたのである。

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2000年 11月14日(火)

 創世記二九章1〜14節(13)

《ラバンは妹の子ヤコブがきたという知らせを聞くとすぐ、走って行ってヤコブを迎え、これを抱いて口づけし、家に連れてきた。》

 ベテルで神に会ったことは、ヤコブにとっては人生の大きい経験であった。ベテルは彼の家ベエルシバからは、六十キロ程度の距離である。彼は、これまでそんなに遠くまで旅したことなかっただろう。ベテルからハランまでは六百キロ以上もある。未知の世界と其処までの道のりを思うと、不安と恐れが彼を覆っていたに違いない。ところが、ベテルでの神との出会いが彼を勇気づけたのである。「あなたが何処へ行くにもあなたを守る」 (二八15)と言われた神の言葉をしっかり受けとめ、ヤコブは目的地に向かって歩んだ。二八章終わりと二九章始めの間には一ヶ月以上の旅路があり、いくつもの危険もあっただろうに、何の事柄も記されていない。それは平安と勇気とを与えられて歩んだヤコブを見る感じである。

 新しい道に進むとき、私達は何気なく道を歩んではならない。しかしやむを得ず進み始めたときであっても、危険を感じたときには自分の判断だけで決めるのではなく、信頼できる友に聞いたりしながらも結局は神に祈ることである。ヤコブは遂にハランに着き、叔父ラバンを知っている人に会うことが出来た。中でもラケルやラバンに会ったときは、これまでの緊張がすっかり解けたことであろう。神は物事を実現に至らせる方である。

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2000年 11月15日(水)

 創世記二九章15〜30節(20)

《こうして、ヤコブは七年の間ラケルのために働いたが、彼女を愛したので、ただ数日のように思われた。 》

 ラバンの家には、レアとラケルの二人の娘がいた。姉のレアは目が弱く美人でなかったが、妹のラケルは美しく愛らしかった(17)。ヤコブはラケルを愛した。その事に気づいたラバンは策略を考え、七年間働いたらラケルと結婚して良いと約束した。ところが七年過ぎて結婚式を挙げたとき、その相手はレアであった。夕暮れ時にする結婚式で、ベールを深々とかぶった花嫁がレアだとヤコブが気づいたのは、後になってからであった。彼は叔父にだまされた。怒ったヤコブにラバンは、「この地には姉より先に妹を結婚させる風習はない」と言い訳を言い、「しかし一週間もすればラケルと結婚して良いが、その代わりにもう七年間働くべきだ」と告げた。それでもヤコブはその提案を受け入れた。かつて人をだましたヤコブであるが、今度は自分がだまされることになった。ヤコブはようやくだました父や兄の悔しさが分かってきたのではなかろうか。欺いた人はまた人から欺かれる。 神は欺くことの出来ない方である。神はヤコブを選び彼を守ると約束されたが、神の御心にかなうものとなるためには、かなりの訓練を必要とした。ただ、この苦労に耐えることが出来たのは、彼がラケルを愛したからである。神は懲らしめの中にも慰めを備えて下さる。

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2000年 11月16日(木)

 創世記二九章31〜35節(35) 

《「わたしは今、主をほめたたえる」と言って名をユダと名づけた。 》

 ヤコブはレアを嫌っていた。それはレアが美しくなく、またラバンが策略を用い、だまして結婚させたからであろう。夫に愛されない妻ほど、つらく腹立たしいことはない。 レアは小さいときから、ラケルと比較されて育ったのではなかろうか。そんな中で彼女は、自分の容姿に劣等感を抱くようになったことだろう。彼女は結婚したが、それで劣等感がなくなるどころか、ますますひどくなった。もし親や友人など、身近な人々から影響されて劣等感を持つようになったと感じた時、その人々を恨んでみても自分は変わらない。しかし神の愛を心の深みで経験するようなると、人は大きく変えられ、劣等感を克服するようになる。

 ところが憐れみの神は愛されないレアを見ておられ、ラケルよりも先にルベン、シメオン、レビ、ユダという四人の男子をお与えになった。女性が子を持つと人柄が変わってくるものである。愛することを知るようになるからである。レアは自分の悩みを神が見ていて下さったことを知り(32)、神は賜物として子をお与えになったことも知った(33)。また、主をほめたたえる思いでレビと名付けたともある。愛の神を見上げるとき人は変えられてくる。

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2000年 11月17日(金)

 創世記三十章1〜8節(1)

《ラケルは自分がヤコブに子を産まないのを知った時、姉をねたんでヤコブに言った、「わたしに子どもをください。さもないと、わたしは死にます」。 》

 ラケルはレアが男の子を四人も産んだのを見て、狂ったように嫉妬した。彼女は自分の美貌も夫の愛情を受けることにも、姉には負けていないと自負していた。しかし子がないことは妻にとって辛いことであった。特に古代社会では、子を産むことは重要な問題であった。ラケルの悩みは子供が産まれないことであるが、それはどうにもならないことである。それなのにその原因を夫のせいにし、非難した。「天は二物を与えず」と言われるのに、ラケルには二つ以上のものを与えられている。それにもかかわらず人の成功を見て悩んだり夫のせいにするのは、自分の生き方が確立していないからである。姉に対して優越感を持つラケルが、子を持たないことで姉に負けるのはたまらなかった。それで子供が産まれないなら「私は死にます」と言う。姉に負けるのが嫌で、仕え女ビルハによってダンとナフタリを産ませた。ナフタリの意味は「争って勝つ」という意味である(8)。

 負けん気の強いラケルは、子が産まれても人は変わらない。争うということからラケルは解放されていない。彼女が神に砕かれなければ変わることは出来ない。人への嫉妬や争って勝とうとする思いから、解放されなければならない。

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2000年 11月18日(土)

 創世記三十章9〜24節(13)

《そこでレアは、「わたしは、しあわせです。娘たちはわたしをしあわせな者と言うでしょう」と言って、名をアセルと名づけた。》

 レアは自分が子供を産まなくなったと知って、仕え女ジルパをヤコブに送り、ガドとアセルを産ませた。その後、食べると妊娠すると信じられていた「恋なすび」をレアは食べて、イッサカルとゼブルンを産んだ。このようにしてヤコブに生まれた男子は、十二人となった。レアの子はルベン、シメオン、レビ、ユダ、イッサカル、ゼブルン。ジルパの子はガド、アセル。ビルハの子はダン、ナフタリである。後になってラケルにもヨセフ、ベニヤミンが産まれた。古代社会では子孫が多いことが一家の繁栄であると考えられていたが、それにしてもヤコブの妻たちや仕え女たちの様子は普通の家庭ではない。子供の多い女性が家庭内でも一番あがめられると思うのか、まるで競争のように子を産んでいる。これら十二人がイスラエル十二部族の基礎を作ったと思うと、何という先祖だろうかと思う。 マタイ福音書の最初の人名表は神の民の系図であるが、このなかにどれ程魂の汚れのないものがあろうか。しかしこの子孫にキリストがお生まれになった。この系図と同じような感じが、十二部族の形成の中に見られる。神はこのような者を清めて神の民を形成されるのである。教会にいる私達も同様であろう。

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2000年 11月19日(日)

創世記三十章25〜43節(43)

《この人は大いに富み、多くの群れと、男女の奴隷、およびらくだ、ろばを持つようになった。 》

 ヤコブはラバンの結婚についての策略によって、結局十四年働いた。約束の年月が満ちたとき、ヤコブは家に帰りたい思いをラバンに話した。この申し出に対して、ラバンはもしこの地に留まりたいならそうしてもよいが、実家に帰るのなら十四年間の報酬を払いたいと言う。彼はヤコブが一生懸命働き、また主の祝福を受けて財産が増してきたのをよく知っていたのである。ヤコブは報酬を家畜でもらいたいと言い、羊・山羊のぶち毛とまだら毛、及び黒い毛のものを自分の家畜にしたいと申し出た。そのような家畜は少ないかったのでラバンは気楽に同意した。この約束に基づいてもう六年働くことになった。ヤコブは長年の経験から家畜の掛け合わせを上手にして、ぶち毛、まだら毛の羊や山羊をたくさん産ませることに成功した。結果的には丈夫な家畜がヤコブのものとなり、弱いものがラバンのものとなったのである。このようにヤコブは知恵を働かせて富み、羊だけでなくロバやらくだの家畜まで増やし、男女の奴隷さえ持つ者となった。かつてはラバンに取り込まれていたヤコブは、今度は巻き返しをして自分が富むようになった。一生懸命働けばやがては報いを受ける。「たゆまないでいると、時が来れば刈り取るようになる」(ガラ六9)。

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2000年 11月20日(月)

 創世記三一章1〜16節(13)

《わたしはベテルの神です。かつてあなたはあそこで柱に油を注いで、わたしに誓いを立てましたが、いま立ってこの地を出て、あなたの生れた国へ帰りなさい。 》

 ヤコブは父イサクから相続権を受けており、また神の民として何時までもこの地に留まるべき者ではなかった。彼のカナンに帰る時が来たが、そのきっかけが二つあった。  一つはラバンや彼の子等の態度である。正当に働いたのに、ヤコブはラバンの財産を奪ったと陰で言われるようになった。不信感やねたみがラバンの家庭から感じられるようになり、ヤコブはもはやこの地には居ずらくなった。二人の者の間にせめぎ合いがあり不要な摩擦が起こるときとき、その関係を持ち続けると返ってイライラがつのる。そのような時、知恵ある者は両者の間をベッタリとはせず、間隔を置くようにする。

 ヤコブがカナンに帰るもう一つのきっかけは、神の語りかけである。「私はベテルの神です。・・・この地を出てあなたの生まれた国へ帰りなさい」と、主は言われた(13)。 ヤコブがカナンにいなければならないように、キリスト者は教会の生活を続けるのが筋である。礼拝を守り主に従う生活をするのが健康的な人生である。ヤコブはそれを教えられ、本来の姿にもどるきっかけを捕らえた。彼は妻たちにその事を話し彼女らもそれに同意した。夫と妻とが新しい道に歩むとき、共に祈り考えることは家族にとって強い力となる。彼らは再び主に従った。

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2000年 11月21日(火)

 創世記三一章17〜32節(29)

《わたしはあなたがたに害を加える力をもっているが、あなたがたの父の神が昨夜わたしに告げて、『おまえは心して、ヤコブによしあしを言うな』と言われました。》

 カナンへ行く話がまとまると、ヤコブ一家は全ての家畜の財産をまとめて実家に向かって旅を始めた。彼らがラバンに挨拶もしないで出発したのは、最近の対応から見て何らかの妨害を受けるかも知れないと思ったからである。それでラバンが羊の毛を切るため遠くへ行っているそのすきに、ヤコブは逃げ出したのである。ヤコブの急な逃亡に気づいたラバンは、彼らの後を追いかけた。彼らに追いついたときラバンはヤコブに言った、国に帰るのならそのように申し出てもらいたいし、別れのために歌でも歌い最後の挨拶をするつもりだったのに、と非難の口調で語った。このような出発は、ヤコブの失敗と言うべきであろう。帰国が神の御心だと知ったのなら、困難な問題をも神が助けて処理して下さると信じるべきであった。人を恐れて臆病になる必要はなかった。ラバンが追跡したのは何らかの文句をつけるためだった。それは神が「ヤコブによしあしをいってはならない」と警告されたので、害を加えないと言うラバンの言葉からも推測できる(29)。どんなときにもしっかりした信仰を持って物事に対応したい。その時神は守りと導きを現して下さる。

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2000年 11月22日(水)

 創世記三一章33〜42節(42)

《もし、わたしの父の神、アブラハムの神、イサクのかしこむ者がわたしと共におられなかったなら、あなたはきっとわたしを、から手で去らせたでしょう。神はわたしの悩みと、わたしの労苦とを顧みられて昨夜あなたを戒められたのです。 》

 ヤコブ達が家を出るとき、ラケルは父親のテラピム盗み出した。テラピムは家の守護神のようなものである。彼らがいなくなった後テラピムが無くなっていたので、ラバンは誰かが持ち出したと思い取り返しに来た。ヤコブはラケルが盗んだと知らなかった。ラバンが捜索したにもかかわらず、テラピムが見つからなかったのでヤコブは怒った。怒りついでにこれまでの二十年間のことを語った。  ヤコブがラバンのもとで働いていたとき、いかに誠実にこの務めを全うしたかを話している。即ち家畜の出産を上手にして死なせたことはなく、小羊をかってに食べたこともなかった。盗まれたり野獣の被害にあった家畜は、自分のお金でつぐなった。それにも関わらず給与は十回も変更された。このようにラバンの不誠実さを非難している。しかしこのような辛い思いをしながらも、ヤコブはアブラハム、イサクの神が憐れんで下さったので今生きておられるのだと、話のまとめの部分で話している。どんなに苦しいことがあっても、結論を神に向けるとき救いがある。そうでないとむなしい喧嘩で終わってしまう。

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2000年 11月23日(木)

 創世記三一章43〜55節(55)

《あくる朝ラバンは早く起き、孫と娘たちに口づけして彼らを祝福し、去って家に帰った。》

 ラバンはヤコブの持ち物の中にテラピムを見つけることが出来なかったうえ、ヤコブにきつい言葉を浴びせられて、黙るしかなかった。しかし石塚を建てて相互の不可侵の約束とした。テラピムは家の守護神のようなものであるが、同時に代々家を継ぐものがそれを持っていて、自分の財産を正当に守る印とした。ところがそれが無くなった今、石塚を建ててでも家畜を飼う地域の境界線としようとしたのである。それでその地をミズパと名付けた、「見張りの所」という意味である。 互いに相手の土地を侵害するときは、「彼らの父の神がわれわれの間を裁かれるように」境界線を守るように、神の名によって契約した。ラバンはテラピムのような偶像をもっていたが、アブラハムの信じた神も合わせて信じていたようである。彼は多神教的である。 いずれにせよヤコブはラバンとの別れの最後の時までトラブルを起こしていたが、神の介入によって解決へと導かれたのである。このようにして険悪な追跡も、ラバンとヤコブの平和な別れをして決着がついた。

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2000年 11月24日(金)

 創世記三二章1〜12節(12)

《あなたは、かつて、『わたしは必ずおまえを恵み、おまえの子孫を海の砂の数えがたいほど多くしよう』と言われました。 》

 帰郷の途についたヤコブは、いよいよ兄エサウの領域に足を踏み入れることになった。しかし兄との再会の時が迫ってくると、かつてのことを思ってヤコブには恐れが満ちた。その時主の使いが彼を訪れ、ヤコブはその地をマハナイム(神の陣営)と名づけた。神が陣営を作って、保護して下さると信じたからである。

 さてヤコブは二十年ぶりの帰省の挨拶をエサウにするため使者を遣わした。ところが彼が四百人を率いているという使者の報告を聞いて、ヤコブは復讐されると思い苦しんだ。神の陣営があることを告げられていても、問題に直面すると恐れは非常なものである。 そのため@ヤコブは方策を練り、全体を二組に分けた。第一組が撃たれても、次の組が逃げることが出来ると考えたのである。

 A方策を考えながら神に祈っている。この時ヤコブは以前の神の約束を持ち出して祈っている。神が「おまえの親族に行け、わたしはおまえを恵もう」と言われたこと、「おまえの子孫を・・・多くしよう」と約束されたことを思い出して祈った。信仰は現在のものである。しかし過去の経験は、現在の信仰の助けとなる。日毎の生活の中で信仰を持って問題に対応していると、後の時に必ず助けとなる。信仰はみ言と経験の積み重ねの中で、成長するのである。

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2000年 11月25日(土)

創世記三二章13〜21節(21)

《こうして贈り物は彼に先立って渡り、彼はその夜、宿営にやどった。 》

 ヤコブが祈ったとき、

 @かつての神の約束を持ち出している。私達の過去にみ言によって励まされた経験が無くても、問題に直面したとき素直な思いを持って聖書を読むと、励ましを受けるに違いない。その経験を大切にしたい。 

 Aヤコブは謙虚である。彼は恵みを受けるに足りない者ですと言う(10)。  

 B恐れを素直に認めている(11)。信仰者には恐れがないなどと、虚勢を張る必要はない。ありのままを神は受け入れて下さる。このように祈りながら、彼は別の作戦を練った。先には二組に分けて先の組が撃たれる間に後の組が逃げる戦略だったが、それを変更してエサウの怒りをなだめるために、三組に分けて贈り物をしようとしたのである。ヤコブには恐れがあり、神への祈りは攻撃さえ受けなければよいし、そのための保護を願うようなものではなかっただろうか。和解することは難しい。そのために物を贈ることが必要な場合があるが、大切なのはその心であるように思う。ヤコブは真の和解を求めていたのだろうか。もし和解を求めているのなら彼は先頭に立っただろうが、この時も最後尾についている。和解の求めは心から神に従うところから来る。その時自然体が生まれるし、神に委ねることが出来る。

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2000年 11月26日(日)

 創世記三二章22〜32節(25後半)

《ヤコブのもものつがいが、その人と組打ちするあいだにはずれた。》

 人と家畜をヤボク川の南にわたらせた後、ヤコブは一人残って真剣な祈りの時を過ごした。逃げようのない恐れに向かう時、問題そのものの解決を願う以上に、霊的な状態を回復していただくことが重要である。問題の解決だけを求めるなら御利益信仰に過ぎない。ヤコブにとってこの課題は神との関わりが深まるための機会であり、それを通して彼の人生と信仰が引き上げられるための、神の計画であった。

 @彼は独りになって神の前に出た。みんなと祈ることは大切であるが、誰にも言えない課題については独りでなければならないことがある。恥も恐れも全てを投げ出して祈ることが出来るからである。

 A格闘。見知らぬ人との夜の格闘は、内面的な戦いを表している。ヤコブは恐れの問題をもっていた。しかしそれ以上に大きい問題は、彼の強い自我性である。それが砕かれないので平安がなかったのである。私達の身辺の問題は、多くの場合強い自我性が原因となっている。ヤコブはもものつがいに触れられ戦いに負けた。その意味は彼の一番の問題点に神が触れることである。その時ヤコブの自我が砕かれた。

 Bこの格闘はヤコブがイスラエルに変わる機会であった。彼は自分と神とに頼るのではなく、神にだけより頼む者に変えられたのである。

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2000年 11月27日(月)

 創世記三三章1〜11節(3)

《みずから彼らの前に進み、七たび身を地にかがめて、兄に近づいた。》

 自我の砕かれた地を記念してペニエルと名づけた。このような経験が私達の人生にも起こる。ペニエルとは神の顔という意味。これまでも信じていた神であるが、親しくみ顔を拝するとき人は変えられるのである。周りの環境が変わらなくても、自分が変わると人々が変わって見えてくるのは不思議である。自分の苦境を人のせいにしてはならない。

 3節には妻や子供達を家畜や奴隷の前に行かせ、その前にヤコブ自身が進んで四百人を率いるエサウに会おうとしている。昨日までのヤコブとは雲泥の差である。無理に強がりを言うのでなく、内面が変わると自然に体が動いてくる。人を愛せよと教えられるからそうするのではなく、心が変えられるとそのような行動が身についてくる。今は贈り物を差し出してご機嫌をとりながらのヤコブではない。彼は心から謙って身をかがめた。その後で羊の群は贈り物だと言う。

 エサウには弟に復讐する思いなどはなかった。むしろ四百人を連れて出迎えに来たのである。恐れがあると愛の歓迎も敵と見える。どうしても経験しなければならいのは、自我が神の手に渡され、十字架で清められることである。その時人生の転機が来る。

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2000年 11月28日(火)

 創世記三三章12〜20節(17前半)

《ヤコブは立ってスコテに行き、自分のために家を建て、また家畜のために小屋を造った。》

 兄弟の劇的な再会であった。エサウは一緒に父母のいた南のセイルに行こうと勧めたが、ヤコブは家畜や子供の歩みに合わせると遅くなるので、後から行くと言って断った。しかし結局はセイルには行かずスコテに留まった。スコテはヤボク川のそばである。なぜ兄の元に行かなかったのだろうか。兄の赦しを信じていなかったのではないかとか、今となっては家畜も増えており、二つの大家族が一緒に住むとまた問題が起こりかねないとのヤコブの考えがあったのではないか、という推測もある。それにしてもかつてラバンの家を離れるとき、ベテルに行くべきことを神に促されていたのに、どうしてヤコブは信仰の原点ベテルに帰らなかったのであろうか。 彼は暫くぶりで祭壇を築いており礼拝をしているのは、ヤコブの信仰が回復し始めているようである。

 しかし彼は更に南に進んで、ベテルに行くべきであった。やがてスコテに小屋を建て、この地に定着する姿勢を見せ始めている。もしかしてヤコブは、これまでの緊張が一挙に解決してホッとし、気がゆるんだのではあるまいか。大問題が解決するとその後失敗をすることがある。洪水後のノアの失敗をみてもそれが分かる。救われた者は何時も恵みに満たされて歩みたいものである。

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2000年 11月29日(水)

 創世記三四章1〜17節(5)

《さてヤコブはシケムが、娘デナを汚したことを聞いたけれども、その子らが 家畜を連れて野にいたので、彼らの帰るまで黙っていた。 》

  本来ヤコブはシケムに留まらず、ベテルに行くべきであった。ところがエサウに約束したセイルへも行かず、神との約束であるベテルへも行かなかった。彼はシケムのハモルから土地を買い、そこに住み着こうとしていた(三三19)。

 ある日デナはこの地の女友達に会うため出かけた。その時土地売買のことで顔見知りになっていたのだろうか、ハモルの子シケムが声をかけ、やがてデナを犯し辱めた。それを聞いた父は悲痛に沈んだ。兄達が野から帰りこの事件を聞くと非常な怒りに燃えた。

 一方、父ハモルは息子の不始末をつぐのいたい思いがあったのだろうか、デナとの結婚を認めてもらいたいとヤコブに申し入れた。シケムも彼女との結婚を望み、「恵を得させて下さい、あなた方が言われるものは何でもさしあげます。」と誠意を見せた。イスラエルではこのような間違いの時には、結納金を納めて結婚させ事をおさめるのが一般的であった。それにヤコブはかつてハモルから土地を買っていることもあり、この申し出を受け入れても悪くはなかった。しかし息子達の怒りはおさまらなかった。一つの罪は次の罪を生む。そこに神の介入がないと事件が続くだけである。神への約束を果たさず、自分の勝手な道を選んだヤコブは辛い経験をした。

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2000年 11月30日(木)

 創世記三四章18〜31節(30前半)

《あなたがたはわたしをこの地の住民、カナンびととペリジびとに忌みきらわせ、わたしに迷惑をかけた。》

 怒りに燃えた兄たちは計略を考えた。この結婚を認める代わりに、イスラエルの決まりである割礼を受けてもらいたいと、ハモルに持ちかけた。ハモルはこれに同意し、彼が町の有力者だったのだろうか、家族だけでなくシケムの町中の男子に割礼を受けるよう説得した。ハモルはそうすることでヤコブ一族がこの町に住み、相互間の結婚が進めば友好関係は深まり、町は発展すると思ったのである(23)。ヤコブはかなりの家畜の財産を持っていたようである。ハモルの勧めに従って町の人々は約束を守り、男子は皆割礼を受けた。 ところが、最初から妹への復讐を計画していたイスラエルの兄弟達は、約束を破った。割礼のために痛みが激しい時をねらって、シメオンとレビとは剣をもってハモルと彼の息子をはじめ、町の男子をことごとく殺害してしまった。 @ヤコブの息子達の行為は、偽りに満ちたものである。シケムのデナに対する罪は悪いが、それでもこの件について親子で償おうとしていた。ところがそれにヤコブは正しく対応しなかった。 

 Aまた復讐の限度はシケムの罪に比べて度を越していた。このような悲惨な事件を見るにつけ、現代の日本を見る感じがする。この家には霊的、道徳的雰囲気がなかったのではなかろうか、悲しいことである。

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