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創世記三五章1〜4節(1後半)
《「あなたは立ってベテルに上り、そこに住んで、あなたがさきに兄エサウの顔を避けてのがれる時、あなたに現れた神に祭壇を造りなさい」。
》
ヤコブの息子達はシケムの町で残虐な事をした。ヤコブがこの地には住めないと考えた時、神はベテルに帰れとヤコブに声をかけられたのである。ベテルは彼が叔父の家に身を寄せる途中立ち寄ったところ。其処でぬるま湯のような信仰を持っていたヤコブは生ける神に出会った。ところが二十年間叔父の所で結婚して財産もふえた時、彼の信仰はまた世俗的になっていた。この時再び神はベテルに帰れと言われたのである(三一13)。恐れていた兄との再会も問題はなくホットした。この時にもベテルに帰る機会があったのに、ヤコブはシケムに留まりその結果ひどい事件を起こしたのである。「立ってベテルに上り」とはこれまでの不信仰を悔い改めるうながしである。「祭壇を造りなさい」とは礼拝と祈りの生活を再建せよとの勧めである。信仰を捨てたわけではなくても、神を敬う生活を止めた人生は祝福ではない。ヤコブは神のうながしを感じ、ベテルに帰ることを決心した。@彼は着物を替えた(2)。生活態度の変革である。A過去の神の救いの恵を思い返す(3)。B異なる神々を捨てる(2、4)。ヤコブの家に偶像があるとは驚きである。これは罪を捨てることである。ヤコブ一家はこのようにして信仰を回復した。これでこそ神の民である。
創世記三五章5〜15節(10)
《「あなたの名はヤコブである。しかしあなたの名をもはやヤコブと呼んではならない。あなたの名をイスラエルと しなさい」。こうして彼をイスラエル と名づけられた。
》
ヤコブ一家がシケムの町を離れた時、誰も彼らを見送るものはなかった。「恐れが周囲の町々に起こっていた」からである。彼らは暴力団と思われていたのだろう。信仰者でも神を敬わなくなるとこれほどまで堕落するとは恐ろしい。ヤコブはこれらの罪を真剣に悔い改め、偶像を捨ててベテルに帰った。@彼らは其処で祭壇を築いた(7)。礼拝の生活をもう一度回復したのである。信仰生活では何が一番大切か。それは礼拝である。それが神第一の生活である。A神の現れを経験するようになった(9)。これは神秘体験ではなく、聖書を読むことによって神の語りかけを聞くことである。B名をヤコブではなくイスラエルとしなさいと再度告げられた(10)。ヤコブは古い名、イスラエルは新しい名である。この名は既に与えられていたのに(三二28)、ヤコブはそれを忘れてしまっていたのだろうか。救われていても未信者のような生き方が身についている人が、しばらく教会から離れるとすっかり元のようになっていることがある。怒りっぽさ、嫉妬深さ、汚い言葉、嘘つき等々(エペソ四章)を引きずったままの生活は、イスラエルという新しい名を持つ者にはふさわしくない。神を敬い聖霊の指導の中に生活していると人は変えられてくる。
創世記三五章16〜29節(18)
《彼女は死にのぞみ、魂の去ろうとする時、子の名をベノニと呼んだ。しかし、父はこれをベニヤミンと名づけた。 》
ヤコブはベテルで信仰の再出発をし、さらに南の自分の故郷ヘブロンへ行く。その途中ベツレヘムの近くでラケルは産気づき、ベニヤミンを産んだ後に難産のため亡くなった。彼女は苦しみの中で「ベノニ」と叫んだ。それは苦しみの子という意味である。ラケルはヨセフを産んだ後、もう一人子供がほしいと願っていたが、このような状況で第二子を産んだ。彼女は難産で苦しんだが、その苦しみは肉体の痛みだけでなく、与えられた子を抱くこともなく、その子を残して死んでいく苦しみであり、さらに夫を残して先に世を去る苦しみであった。ヤコブはベノニと聞いて、ベニヤミンと名づけた。右の手、幸運の子という意味である。
ところが、ヤコブの家庭に不幸な出来事が起こった。それは長男ルベンが、父のそばめビルハと姦淫したことである。ここではこの件について何事も述べられていないが、ヤコブの最期の時、ルベンは長男の立場を取り上げられた(四九4)。聖書にはよいことも、罪ももらさず記されており、罪の報いは何処かで刈り取ることになると教える。
最後の部分にヤコブとエサウの関係が良くなっているのを見る。それは二人が一緒に父の葬儀をしたのをみても分かる。
創世記三六章1〜8節(8)
《こうしてエサウはセイルの山地に住んだ。エサウはすなわちエドムである。 》
エサウは死海の南から紅海の東におよぶ、セイルという地に住むことになった。そこはエドムとも呼ばれている。そこは山岳地帯で雨が少なく、わずかな牧草を頼りに家畜を飼って生計を立てなければならない。アブラハムのもう一人の子イシマエルの系図を記したように、本章はエサウの家族についての記録である。1〜8はエサウの妻子、9〜14はエサウの子孫、15〜19はエサウの族長達、この地はエドムとも言われるのでエドムの族長とも呼ばれている。20〜30はホリ人の族長達、ホリ人はエサウが移住する前からその地に住んでいた原住民である。31以後はその後のエドムの王達である。
エサウは家畜が多くなってヤコブの家族と一緒に住むことが出来なくなったので、エドムに移住した。エサウは前にも長子の権利を軽んじたように、約束の地カナンに何としても留まろうという考えはなかったようである。また彼の妻たちはカナン人、ヘテ人、ヒビ人、イシマエルの娘たちであった。それが母の心の痛みでもあった。エサウはこのように妻を選んだ。信仰はガムシャラが良いというのではないが、御子イエスの救いによって与えられた天の命を軽んじてはならない。 神の選びに私達は応えなければならない。
創世記三七章1〜11節(11)
《ヤコブは父の寄留の地、すなわちカナンの地に住んだ。》
本章からヨセフの物語が始まる。彼はアブラハムの直系として長子の権を受け継ぎ、不思議な摂理によってエジプトの宰相になり、不思議にもこのエジプトで、イスラエルは民族の形成をすることになる。
さて初期のヨセフであるが、生意気で高慢な姿を見る。彼はヤコブの愛妻ラケルの子であり、年寄り子ということで父に愛された。それはむしろ偏愛であった。長袖の着物は超ぜいたくな衣服で、王女が着るようなものである。ヨセフはそれを着せてもらっていた。彼は異母兄弟の悪口を父に言いつけ、良い子ぶっていたようである。このような環境で育てられたヨセフは傲慢になっていた。それは彼の見た夢の解説にも表れている。ヨセフは二つの夢を見た。一つは彼が作っていた麦束を兄たちの作った麦束が拝んだというもの、もう一つは日と月と十一の星が彼を拝んだというのである。これは親も兄弟も自分を拝むような時が来るというものである。兄たちはこの話を聞いてヨセフを憎んだ。この箇所には何度も「憎む」の語がある。さすがに父はヨセフをとがめた。しかしそれをヨセフは平気で話すような者であった。なるほどこれは後日実現することになるが、高慢なヨセフは様々な道を通して砕かれ、造られていくのである。
創世記三七章12〜28節(21)
《ルベンはこれを聞いて、ヨセフを彼らの手から救い出そうとして言った、「われわれは彼の命を取ってはならない」。 》
ヨセフは兄たちが羊の遊牧に出かけたシケムへ問安に出かけた。シケムはヘブロンから北へ百キロもの場所である。ヨセフが其処へ行くと、更に北のドタン村に行ったことが分かった。天真爛漫なヨセフは兄たちが自分の夢のせいで腹を立てているなどと思わず、彼らに近づいていった。突然兄たちはヨセフを捕らえ、例の長袖の着物をはぎ取り古井戸に投げ込んだ。少年の頃からの憎しみがたまっていたから直ぐにも殺したかった。殺してしまえば、麦束の夢のようにヨセフを礼拝することなどないだろうと思ったのである。ヨセフはすぐにも亡き者にされそうであったが、このような苦境の中にも助けの手を伸べる者がいた。ルベンとユダである。ルベンは他の兄弟が殺す計画を立てているの聞いて、何とかしてヨセフを助け出したいと考えた。またユダは殺害しようとした兄弟を説得して、隊商に売ればお金になるからと言って殺人だけは避けさせようとした。当時二十才以下の男子は、銀二十シケルで売られたというから、ヨセフはそのくらいの年齢であったわけである。このような不思議な守りの中で不安なヨセフはエジプトへ行った。長い人生には理解できない出来事が起こるが、その背後に神の御手があることを信じて生活したい。
創世記三七章29〜36節(34)
《そこでヤコブは衣服を裂き、荒布を腰にまとって、長い間その子のために嘆いた。》
ルベンがこの場をはずしている間に、ヨセフは井戸から出されて隊商に売られていた。彼を助けようと考えていたルベンは、ヨセフの身の上を案じ、また長男としての責任上どのように父に報告してよいかと思い悲しんだ。ところが兄弟達は、山羊の血をヨセフの着物に塗って、野獣に殺されたと偽りを言い父を欺いた。ヤコブはそれが本当だと思って「長い間その子のために嘆き」息子の所へ行きたいと言った。父はヨセフを溺愛していた。神はヨセフにもヤコブにもご計画を持っておられる。神は昔アブラハムの手からイサクを手放させ、その上で再度彼の手にお返しになったように、ヨセフを単なる父の人間的な愛情から離れさせ、後になってエジプトで更に高い恵を与えようとしておられる。
私達は何かが取られると喪失感で先が見えず嘆き悲しむが、神は全てをご計画の中で見ておられる。死んで息子の所に行きたいと言うヤコブは、生きる望みを失った人である。もし死を選ぶようなことをすれば、せっかく神が与えようとしておられる恵を受け取る人がいなくなるではないか。「目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、人の心に思い浮かびもしなかったことを、神はご自分を愛する者のために備えて」おられることを信じたい(第一コリ二9)。
創世記三八章1〜11節(7)
《しかしユダの長子エルは主の前に悪い者であったので、主は彼を殺された。 》
ユダはアドラム人の所へ移住した。彼はカナン人と結婚しエル、オナン、シラという息子を得た。やがて長男エルはタマルと結婚したが間もなく死んだ。彼の死について聖書は「エルは主の前に悪い者であったので、主は彼を殺された」と述べている(7)。彼がどんな罪を犯したのか分からないが、「悪い者であった」の語は継続的な意味があり、繰り返して悪を行っていたと思われる。長男が死ぬと子孫を残すために、次男がその妻と結婚するのが当時の決まりで、これをレビラト婚と呼んでいた。それで次男オナンはタマルと結婚した。しかし彼は避妊した(9)。オナンは子が産まれても自分の子ではなく、亡くなった兄の子となるのが面白くなかったのである(9)。オナンについても「主の前に悪かったので主は彼を殺された」と記されている(10)。
結婚して子供が産まれるか否かは、それぞれ異なっているので私達が決められることではない。最近は産科学の進歩により、子が生まれない場合は他人の精子を用いてでも子を得ようとする。生命科学の進歩は、ある意味では神の分野にまで踏み込んでいるように見える。結婚を自然な在り方で受け入れることが重要であると思う。オナンは神が定めた結婚の意味を受けとめず、妻タマルにも不誠実であった。
創世記三八章12〜30節(26後半)
《「彼女はわたしよりも正しい。わたしが彼女をわが子シラに与えなかったためである」。彼は再び彼女を知らなかった。》
二人の息子が相次いで死んだので、ユダはタマルが不運をもたらす女と思って実家へ帰らせた(11)。古代社会では、子がないことを不名誉と思う意識が強かった。タマルは二度の結婚で子を持つことが出来ず、三男シラとの結婚も望めそうにないと知って(14)、遊女を装い義父ユダに近づいていった。彼によって子を得ようとしたのである。現代では理解できないことである。ユダはタマルの住む町へ遊びに行き、タマルと知らず遊女と関係を持ってしまった。その時彼女はユダから印などをもらい、後日の証拠にしようと考えていた。
やがて彼女は妊娠し、それがユダにも伝わった。それを聞いたユダは激怒し、姦淫を行った嫁は殺してしまえと言う。しかし、その印が自分の物であることが分かると、彼は何の弁解も出来なくなった。ユダはシラが成人したら結婚させると言っていたのに、その約束を破った。また彼はタマルが姦淫したと知って彼女の罪を弾劾するが、自分の罪は棚に上げている。人の欠点を責めるが、自分のことは見て見ぬ振りをすることがよくある。ユダは自分の悪を認め、その後はタマルとは関わりを持たなくなった(26)。悔い改めは人の生き方を変える。それにしても本章はおぞましい出来事で満ちている。
創世記三九章1〜6(3)
《その主人は主が彼とともにおられることと、主が彼の手のすることをすべて栄えさせられるのを見た。 》
ヨセフは兄弟達に殺されはしなかったが、見知らぬ地エジプトで、奴隷としてポテパルの家に売られた。愛されていた両親のもとから引き離され、ヨセフは孤独と絶望に悩まされていただろう。ところがこの箇所には「主が共におられる」の言葉が五回も繰り返されている。ヤコブは親戚の地へ逃亡しようとしたとき、ベテルで「主が共におられるのに知らなかった」と言って、彼個人の信仰体験をした。これと同じようにヨセフは幼いときから聞いていた信仰を、孤独の中で個人的に体験したのではないだろうか。その時、「神共にいます」ことが分かってきたのである。 寂しく恐ろしいばかりの環境で神に悲しみを訴えることによって、神は私達に新しい局面を開いて下さることを信じたい。自分の不遇を人のせいにしたり、周りの環境のせいにしていては真の信仰は生まれてこない。神が何時も共におられることを信じられたとき、ヨセフの生き方が変わった。「彼は幸運な者となり」とあるが、幸運とは成功者の意味である。幸運とは棚ぼた式に運が巡ってきたと言うのではない。彼の生き方の変化によってポテパルの信頼を勝ち得、ついには家のことを任されるようになり成功したのである。嵐の中にも神は共にいて下さる。
創世記三九章7〜18節(9後半)
《どうしてわたしはこの大きな悪をおこなって、神に罪を犯すことができましょう。》
ヨセフは顔が美しかっただけでなく、家を管理するのに有能であった。そのヨセフに誘惑が来た。@それは身近な人、抗しきれない立場の者(主人の妻)から来た。Aしかも執拗であった。誘惑は一時的なものではなく、繰り返し襲ってくる。B誘惑は甘美なものである。しかし最初のうちは、それが善か悪かは誰にでも分かる。しかしサタンの手にかかると、罪でさえ良いもののように響いてくる(箴言七21ー23)。Cそれは性だけではなく金銭にも関わってくる。誘惑に強い人は一人もいないことを覚えているべきである。
ヨセフはこのような強烈な誘惑に勝つことが出来た。どのようにしてか?@神に罪を犯すことは出来ないという信仰である(9)。彼はエジプトにおり、誰もヨセフを知る者はなかったのに、外国の地で神を前に置いていた。教会の交わりから離れると、誘惑に負けやすくなる。三八章のユダがそうであった。A主人を裏切ることは出来ないこと(8)。積み重ねてきた信頼は一晩で失うが、失ったものを回復するのは難しい。Bヨセフは誘惑から逃げた。彼はポテパルの妻と「共にいなかった」。誘惑と分かっていながら、それをもて遊んではならない。
私達の周りには、善悪の情報が混在している。この社会で祈りを忘れてはならない。
創世記三九章19〜23節(21)
《主はヨセフと共におられて彼にいつくしみを垂れ、獄屋番の恵みをうけさせられた。》
ヨセフが仕事のために部屋に入ると、ポテパルの妻が一人いた。かつてのように彼を誘惑したが、ヨセフは振り切ってその場から逃げた。しかし上着が彼女の手に残り、それをもってありもしないヨセフの罪を夫に訴えた。自分の欲望がかなえられなかったので、ヨセフを憎む思いに変わったのである。真の愛情は育てられていくものであるが、偽りの愛は破壊的に悪い方へと変わっていく。愛が神への信仰によって支えられていないと、憎しみに変わることさえ起こり得る。
ぬれぎぬを着せられたヨセフは投獄された。奴隷であるヨセフが、主人に処刑されなかったのは救いである。このような理不尽な取り扱いを受けたヨセフは、どのような思いを持ったであろうか。彼は実状を調べもせずに投獄したポテパルや、彼の妻の仕打ちの非道さに人間不信を持っても当然である。また神への不信を持つこともあり得たであろう。しかしどん底で神を信じた。ここに慰めの言葉がある、「主はヨセフと共におられて彼にいつくしみをたれ、牢屋番の恵みを受けさせられた」(21)。神は独りぼっちのヨセフに語りかけられたのである。牢獄においてさえ彼は牢番の信頼を受け、「主は彼のなす事を栄えさせられた」。
創世記四十章1〜8(4)
《侍衛長はヨセフに命じて彼らと共におらせたので、ヨセフは彼らに仕えた。こうして彼らは監禁所で幾日かを過ごした。》
王の給仕役と料理長は、王の食事に関する役職で信頼された者であった。その彼らが牢につながれたのは、罪を犯したからである。それが何かは分からないが、王毒殺の疑いをかけられたからではないだろうか。専制君主は毒殺に最も気を配っていた。この時点ではまだ誰の犯罪かが分からないので、調査していたようである。
自衛長ポテパルはこれらの者を監禁所に入れ、ヨセフを付き人にした。彼は先に妻の訴えによりヨセフを投獄した。その彼がなぜヨセフを信頼し、付き人にしたのであろうか。もし彼を憎んでいるとすれば、そのような重要な役割は命じなかったはずである。もしかして妻の訴えを、半信半疑で受けとめていたのであろうか。あるいはポテパルが、ヨセフは信頼される人物であると獄屋番から聞き、重要犯罪者の管理を命じたのであろう。人の信頼を勝ち得ることはすばらしいことである。それは神を敬う気持ちから生まれる。
やがてこれら二人は夢を見た。夢のために思い沈んだ役人達は、胸の内をヨセフに話した。悩み事は信頼した者でなければ話さないが、ヨセフには話せた。この話を聞いてヨセフは、夢の悩みを解き明かすのは神であると言う。信仰はどのようなときにも生かすべきである。信仰と人格の形成は、深く結びついている。
創世記四十章9〜23節(23)
《ところが、給仕役の長はヨセフを思い出さず、忘れてしまった。 》
給仕役は王に献げる酒の担当者、料理役は食事の担当者である。彼らはそれぞれ自分の夢をヨセフに話した。夢を聞いたヨセフは、給仕役はもとの地位に復職できると言い、料理役は反対に処刑されると話した。ヨセフがこのように言ったのは彼の勝手な解釈ではなく、「解くことは神によるのです」と信じたように(8)、神が示されたので語ったのである。良いことを話すのは易しいが、厳しいことを告げるのは難しい。しかしヨセフは、示されたままを二人に話した。聖書には、神の救いと裁きとが述べられている。聖書のテーマは救いであり、それを強調すべきであるが、罪に対する滅びも教えている。この両面のあることを覚えていたい。
やがて三日の後、ヨセフが告げたことが起こった。給仕役が回復されることを知っていたヨセフは、「わたしを覚えていて、私のことをパロに話してこの家から出して下さい」と彼に頼んだ。しかし名誉を回復された給仕役はすっかり有頂天になって、ヨセフのことは忘れてしまったのである。このためにヨセフは、もう二年牢獄につながれることになった。しかし、理不尽と思われる人の行為も、神の摂理の御手にあっては善に変えられる。詩篇一〇五篇17〜19節には、牢獄のヨセフについて述べられている。
創世記四一章1〜13節(9)
《そのとき給仕役の長はパロに告げて言った、わたしはきょう、自分のあやまちを思い出しました。》
給仕役が復職して二年が経ったとき、パロが二つの不思議な夢を見た。一つは肥えた雌牛とやせた雌牛、一つは豊作の穀物の穂とやせた穂の夢である。王は心が騒ぎ知者らに相談したが、解き明かす者はいなかった。その時給仕役は、かつて牢獄にいた時ヨセフが夢の解き明かしをしてくれたことを思い出し、その事を王に話したのである。二年するとヨセフにも光が射すと、神が言われていたわけではなかった。その二年間を彼がどのように過ごしたであろうか。悶々とした思いがあったのではないかと察する。忘れ去られたように思われる時にも、神はヨセフのためにその時を準備しておられたのである。試練の時にじっと耐えていることは、至難の業である。しかし神を信じていたい。
滅びるばかりのユダ王国の預言者エレミヤに対して、神は約束の言葉を与えた。「わたしがあなた方に対していだいている計画は私が知っている。それは災いを与えようと言うのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである」。神はご自分でなさる計画を知っておられる。私達にはそれが見えないので焦る思いを持つが、神を信じる者にはエレミヤの言葉が励ましとなる。神の時を待ちながら私達も備えていよう。
創世記四一章14〜36節(33)
《それゆえパロは今、さとく、かつ賢い人を尋ね出して エジプトの国を治めさせなさい。》
給仕役からヨセフのことを聞いた王は、彼をすぐに王宮に呼びだした。パロが「あなたは夢の解きあかしが出来るそうだ」と言うと、ヨセフは「私ではありません、神がパロに平安をお告げになりましょう」と答え、決して自分を出そうとはしなかった。
ヨセフは夢の解き明かしをする。@神が、これからしようとしていることを告げられたこと(25、28)。今はキリスト者は物事を夢で判断するわけではなく、聖書に基づいて考える。基本的なことが聖書に教えられており、それによって今の時代を考え、正しい道を選び取るのである。A夢の意味は豊作の七年と飢饉の七年が来ること(29)。ナイル川は氾濫によって肥沃な土地をエジプトにもたらしたが、洪水がないときは飢饉が来た。ヨセフはそのようなことがあることを王に告げた。
二度の夢はこの事を神が定められたこと(32)。この解き明かしに次いでヨセフは次のことを提案をした。@賢い人によってエジプトを治めること。A各地に監督をおき、豊作の年に食糧を蓄えておくこと。危機の時は機会(チャンス)の時でもある。
初代教会で配給の問題で混乱があった時、知恵があり評判の良い、御霊に満ちた人が立てられ問題を解決した(使徒六)。神は信仰を持った知恵ある人をお用いになる。
創世記四一章37〜57節(52)
《また次の子の名をエフライムと名づけて言った、「神がわたしを悩みの地で豊かにせられた」。》
夢の解きあかしを聞いて、パロをはじめ家臣のものは皆ヨセフの知恵に感心した。それでパロは彼をエジプトの宰相に任命した。その印としてパロは自分の指輪を与え、高位の者が着る衣服を着せ、さらにエジプト名と祭司の娘を妻に与えた。ヨセフは全国を回り、七年の豊作の間に出来るだけの収穫を倉に収めさせた。豊作期間の終わる前の年マナセが生まれたが、「忘れる」という意味である。子の名には親の思いが込められている。即ち「神が私に全ての苦難と、父の家の全てのことを忘れさせられた」ことを名に読み込んだのである。父の家では良いこともあったが、兄達にいじめられてひどい目にあった、またポテパルの家に売られてからも様々な苦難があった。ヨセフは悪い思い出から別れる思いを持ったのである。神の恵みに生きるとき、過去への見方が変わるように思う。過去を否定的に捉えるのではなく、肯定的に受けられるようになる。その時将来への道が開かれる。気持ちの切り替えを、神の愛がさせて下さる。赦すことである。
彼の家庭に、次男エフライムが生まれた。それは実り多いという意味。豊作を祝うよりも、むしろ悩みの地で豊かな人生が開けてきたことを感謝するものである。霊的な豊かさが人を変えていく。
創世記四二章1〜6節(6)
《ときにヨセフは国のつかさであって、国のすべての民に穀物を売ることをしていた。ヨセフの兄弟たちはきて、地にひれ伏し、彼を拝した。》
豊作の七年が終わり飢饉が始まった。最初のうちはエジプトではそれぞれに蓄えがあったが、飢饉はますます激しくなり、それが全土に及んだ。諸国の者たちがエジプトのヨセフのもとに穀物を求めてきた(四一57)。近隣の者たちがヨセフのもとに来たが、神のご計画はカナンの家族をエジプトに導くことであり、そこで神の民を形成することであった。 さて飢えはカナンの地にも及んだ。ヤコブはエジプトに穀物があると聞き、息子達に食糧を買いに行かせた。ただベニヤミンだけは同行させなかった。もしも彼に災いが及び、彼を失うようなことがあれば大変だからである。ヨセフを失った父ヤコブは、末息子でラケルのもう一人の子ベニヤミンは失ってはならなかった。兄弟達はエジプトの宰相がヨセフであろうとは予想もしていなかったが、食糧をために来たとき彼の前にひれ伏した。かつての夢が現実のこととなった。彼らはヨセフの夢をなきものにしようとしたが、神のご計画は実現していく。この事実を見てヨセフは神のみ業に驚き畏れたに違いない。彼が仕組んだことではなく、神のなさることであった。「人の心には多くの計画がある、しかしただ主のみ旨のみが堅く立つ」のである(箴言十九21)。
創世記四二章7〜25節(21)
《「確かにわれわれは弟の事で罪がある。彼がしきりに願った時、その心の苦しみを見ながら、われわれは聞き入れなかった。それでこの苦しみに会うのだ」。》
ヨセフの所にまわされてきたカナンの人々を見たとき、ヨセフにはすぐ兄達だと分かった。しかしひれ伏すばかりの兄弟達は、目の前の人物がヨセフだとは思いもしなかった。ヨセフは彼らに面接している間にスパイだと決めつけ始めた。それを否定する兄達は身分を明かすために自分たちの家族のことを話し始め、もう一人の弟が家にいると言う。スパイだというので三日間留置所に置かれることになり、ヨセフは末の弟を連れて来るまでは信用できないと言った。そして始めは一人を家に帰らせて弟を連れてくるように告げたが、後になって一人だけを人質にして他の者には穀物を持って帰らせることにした。
このような難問にあって、兄達にかつてヨセフにした罪の行いへの反省の声が出始めたのである。「確かにわれわれは弟のことで罪がある。それでこの苦しみに会うのだ」。彼らはヘブル語で話しているが、ヨセフにはそれが分かったので別室で泣いた。しかし彼は時が来ていないと見て自分の身分を明かさなかった。兄弟同士が真に仲良くしようとするかを見極めようとするのである。もともと腹違いの兄弟達である。それぞれの母親は互いに競い合い嫉妬しあっていた。神はこのような出来事を通して、真の意味で民を一つにしようとしたのである。
創世記四二章26〜38節(28後半)
《そこで彼らは非常に驚き、互に震えながら言った、「神がわれわれにされたこのことは何事だろう」。》
人質として残るシメオンを縛り、ヨセフは兄弟達の穀物袋をいっぱいにし、その上で受け取った代金の銀を袋に入れさせた。帰りの途中袋を開けると、支払ったはずの銀が入れられてあり彼らは驚いた。ヨセフが銀を入れたのは、彼らを客として迎え入れていたことを示すためであった。しかしその事を彼らは分からなかった。エジプトの宰相は自分たちをスパイだと決めつけたし、その人がヨセフだと分からないのだから、彼らはただ驚くばかりであった。
帰宅してヤコブに旅の一切を報告し、末の弟を連れてくるように命じられたと父に言った。その話を聞いてヤコブは更なる不安に悩んだ。「ヨセフはいなくなり、シメオンもいなくなった。今度はベニヤミンをも取り去る」。ヤコブは末息子がエジプトに下って帰えれない事態になれば、白髪の老人は失望だけを心に持って死ぬばかりだと嘆き、ベニヤミンを連れていくことに強く反対した。この時ルベンは長兄らしく「私はきっと彼を連れて帰ります」と強い兄弟愛を示す。彼はヨセフの時にもこのような責任感を表していたが、その気持ちが他の者たちにも伝わっていったことだろう。神は悩みの中でこのように一人ひとりを取り扱われる。このようにして兄弟の絆が強くされていくのである。
創世記四三章1〜 15節(14)
《どうか全能の神がその人の前であなたがたをあわれみ、もうひとりの兄弟とベニヤミンとを、返させてくださるよ うに。もしわたしが子を失わなければ ならないのなら、失ってもよい。
》
飢饉は全地に続いた。ヤコブの家では食糧を食べ尽くし、どうしてもエジプトへ行かなければならなくなった。普通の食事をしていたら、今回のエジプト行きの前に二、三回も食糧買い出しに行ったはずである。ユダの言葉を聞くとそれが分かる(10)。ヤコブはベニヤミンをエジプトに連れていかれるのを恐れるあまり、少しずつ食べてエジプト行きを延ばし、飢饉の年が過ぎ去るのを願っていたようである。しかし飢えは再び来た。そこで今度はユダが父を説得する。彼は弟を連れて行っても必ず連れ帰ることを、命がけで父に誓った。そうすることで家族全体を救うことが出来ると進言したのである。ユダはかつてヨセフを殺そうとしたとき、妥協案として隊商に売ることを提案した者である。またタマルのことで失敗した人でもある。この彼が人を愛するように変えられていくのである。 悩みの持って行き場を見失いながらも、息子達の真実な言葉を聞いてヤコブは決心し、「弟を連れて行ってよい」とベニヤミンを他の息子達に託した。最後はヤコブも「どうか全能の神がその人の前であなた方を憐れみ」という信仰に立つことが出来た。そして「わが子を失うときには失ってもよい」と一切を神に委ねるようになったのである。
創世記四三章16〜34節(29後半)
《わが子よ、どうか神があなたを恵まれるように。》
二回目のエジプト行きは、多くの贈り物を持ってであった。ヨセフとしては兄達が何時来るかと待っていたはずである。兄弟はベニヤミンを連れてやってきた。この箇所には、@兄弟達の恐れと困惑が表れており、Aヨセフによる接待が見られる。
@兄弟の恐れ。兄弟を迎えて早速ヨセフは食事をしようと言う。前にはスパイと言われたのに、あまりの変わりように彼らは困惑した。総理大臣の立場の者が、異国の貧しい羊飼いを食事に招くはずがない。そう思った兄達は罠にかけられて捕らえ、奴隷にされるのではないかと恐れた。それで前の時に支払っていた代金についての疑惑を晴らそうと説明をした。しかし家づかさは「安心しなさい、その宝は神があなた方に賜ったものです。あの銀は確かに受け取りました」と言う。
Aヨセフの接待。家つかさは彼らを客としてもてなし、足を洗う水さえ備えてくれた。食事の時になるとエジプト人とヘブル人とは席を別にするため、ヨセフは近くに座らなかった。しかし挨拶の間にもヨセフは父の安否を問い、ベニヤミンには「神が恵まれるように」と祝福の言葉を言う。十分な食事を用意して兄達をもてなした。ヨセフは恐れを取り除いて愛を注ぎたかったのである。彼の内のかつての苦しみはすっかり氷解していた。
創世記四四章1〜17節(16後半)
《神がしもべらの罪をあばかれました。われわれと、杯を持っていた者とは共にわが主の奴隷となりましょう。》
穀物を買い兄弟達はカナンへ帰る準備をした。その前の夜ヨセフは家つかさに命じて、穀物を一杯に満たした袋に銀の杯を入れさせた。翌日一行が出発して間もなく、家つかさらは追いかけて行き「誰かがヨセフの杯を盗んだ」と言った。身に覚えのない彼らは潔白を証明しようとして一人ひとりの袋を開け、盗みをしたものは処刑にしてよいし、皆が奴隷になると断言した。ところが次々と袋を開けてみると、ベニヤミンの袋に杯が入っていた。驚き悲しんだ兄弟達は、ヨセフのもとに引き返さなければならなくなった。彼らはどれ程説明をしても、言い開きの出来ない所に追い込まれてしまった。この様なことをしてヨセフは最後のテストをしようとした。彼らは自分を見捨てたようにベニヤミンを捨てるだろうか。父が愛したこの子を救おうとどれ程の努力をするかを、ヨセフは知ろうとしたのである。ところがこの時兄弟達は苦境のベニヤミンを見捨てずまた非難もせず、「われわれと杯を持っていた者とは、共にわが主の奴隷となりましょう」と言った。兄弟達はベニヤミンの罪を自分たちの罪として、共同で受けとめようとした。この姿こそ、共同体としての教会の姿ではないだろうか。主イエスは愛し合う教会を建てようとしておられる。
創世記四四章18〜34節(33)
《どうか、しもべをこの子供の代りに、わが主の奴隷としてとどまらせ、この子供を兄弟たちと一緒に上り行かせてください、》
兄弟達はヨセフのもとにもどってきた。ユダは彼らを代表して盗みをした(とされている)ベニヤミンのために、執り成しをする。世界の最高権力者の前で、一介の異国の遊牧民が弁明をして聞き入れられるであろうか。しかし今は必死である。彼の弁明は以下の通りである。
@前回エジプトに来たとき宰相(ヨセフ)に告げられたことを父に話したこと、それ故二度目の時にはベニヤミンを連れてきたと話しをし、自分たちが正直で誠実であることを懸命に説明した。
A次に父の心情を語る。ヨセフを亡くした時の父の悲しみ、そしてもし今回ベニヤミンが処刑されるなら、父は悲しみのあまり死ぬだろう、だからベニヤミンを帰国させてほしいと哀願した。ヨセフはこの時はじめて自分が居なくなったときの父の悲しみを知った。 Bさらにユダは父とベニヤミンを思い、自分が身代わりとなって奴隷になると申し出たのである。「どうか、しもべをこの子供の代わりにわが主の奴隷として留まらせ、この子どもを兄弟達と一緒に上り行かせて下さい」と懇願する。ユダは責任を持ってこの子を必ず連れ帰ると父に約束した。彼は自分の責任と愛を宰相に語った。苦難の中で兄弟達は真実の愛によって結ばれていったのである。
創世記四五章1〜15節(8前半)
《それゆえわたしをここにつかわしたのはあなたがたではなく、神です。》
これまでのユダの言葉を聞いて、ヨセフは兄弟達が罪を悔い改め、愛を持つように変わったことを知るようになった。かつては父の愛する子をねたんで殺そうとした兄弟達が、もう一人の父の愛する子を救うために命がけになってるのをヨセフは知り、声をあげて泣いた。ヨセフはこの時になって身分を明かすのである。エジプト人を室外に出してヨセフは兄弟と真実な和解する。彼が「わたしはヨセフです」と言った時、あまりの驚きに兄弟達は声がなかった。呆然と立ちすくむ思いであった。驚きと恐れの兄弟達に、ヨセフは慰めの言葉を語る。
@私を売ったことを嘆かないでほしい(5)。後の章で兄達の心情を知るが、しばらくの期間ヨセフに復讐されるのではないかと恐れていた。しかしヨセフは真実を込めて慰めを語った。
Aヨセフは神が自分を「先に遣わした」と繰り返して言う。それは子孫を残すための神の方法だったのだと証しする。神の業としか言いようのない出来事に、ヨセフは驚いたのである。「神がしておられる」との言葉が何度もある。神の摂理を信じると言うが、先の見えない時にこの信仰が持てようか。しかし先が見えないからこそ神に委ねるのである。後になって神を信じていてよかったと思う。ヨハネ一三章7節を覚えていたい。
創世記四五章16〜28節(26後半)
《「ヨセフはなお生きていてエジプト全国のつかさです」。ヤコブは気が遠くなった。彼らの言うことが信じられなかったからである。》
カナンからの食糧のために来た人々がヨセフの兄弟であるというニュースは、すぐにパロの王宮に広がった。パロと家来はそれを聞いて喜んだ。ヨセフが尊敬を受けていたことが分かる。パロは全家族を呼び寄せるために車を用意し、エジプトで最良の地と食物を与え家財道具まで備えるので、心配なくこの地に来るようにと言った。ヨセフはパロのはからいに感謝し兄達の帰途に当たって車、晴れ着、ロバなどを持たせてやった。父がエジプトでのヨセフの立場を信じるられるようにそうしたのである。彼らはカナンに帰り父に「ヨセフはなお生きていてエジプト全国のつかさです」と話した。兄弟達がヨセフの言葉を残らず話した中に(27)、自分たちがヨセフにしたこと、父を欺いていたこと等全てが含まれていたに違いない。息子達の言葉を聞いてヤコブは「気が遠くなった」。信じられなかったからである。しかし車や晴れ着などを見てヨセフのことを信じるようになり、愛する息子と再会できる希望で元気づいた。
主イエスを十字架で失ったとき弟子たちは失望した。しかし復活したと聞いたとき最初はそれを信じることが出来なかったが、主に会ったとき失望は希望に変わった。今も生きておられる主に目を向けることが、私達の命である。
創世記四六章1〜27節(4)
《わたしはあなたと一緒にエジプトに下り、また必ずあなたを導き上るであろう。ヨセフが手ずからあなたの目を閉じるであろう。》
ヨセフがエジプトで宰相の地位についているという知らせを受け、ヤコブは彼に会いたい思いで一杯になった。
ところでエジプトでは祖父アブラハムは失敗し、父イサクもその国へ行ってはならないと告げられていた。彼らは本来カナンに住むべき者だからである。父祖達に告げられたこの様なことに関係があるのだろうか、ヤコブはエジプト行きの御心を知ろうとして、ベエルシバで神に礼拝をささげた。この町は父祖達が神を礼拝したところであり、ヤコブにとって意味深い場所である。ヤコブが一族七十人を連れてエジプトに下るためには、強い決心を要した。ベエルシバで礼拝した夜、神は「ヤコブよ、ヤコブよ」と呼びかけ、彼は「ここにいます」と応答したが、この時神とヤコブは深い交わりを持っていた。
次いで神は語られる。@「私は神、あなたの父の神」。父を導きヤコブを導く神である。A「エジプトに下るのを恐れるな」。神は父祖達にはエジプトに行くなと言われたが、この度のエジプト行きは、神の御心によるという確認である。神はその国で大いなる国民にしようとされる。B其処でも神は共におられる。Cヤコブは其処で召されるが、子孫はカナンへ連れ戻すという将来の約束まで与えられた。導きを求めつつ進む者には恐れはない。
創世記四六章28〜34節(34前半)
《しもべらは幼い時から、ずっと家畜の牧者です。》
ヨセフはゴセンに行って父達の来るのを待っていた。ゴセンはカイロの北東五十キロにあり肥沃な地である。二二年ぶりの父子の再会はドラマテイックであった。ヨセフは父の首にすがりついて久しく泣き続けていた。 さて、ヨセフは一族が羊飼いであることはよく承知していて、彼らがエジプトに来たときにはゴセンの地に住むことが最適だと見ていた(四五10)。それでパロにその地に住む許可をもらうために、最初のパロへの挨拶の時にどのように語ればよいかをヨセフは教えたのである。パロは彼らの中に能力のある者がいるなら、取り立ててやりたいという考えがあったようである。しかしゴセンに住むことはイスラエルにとっては大切な意味があった。建前としては羊飼いだからエジプト人とは少し距離を置いた場所に住むことが良いというのであるが、イスラエルがエジプト人と混血せず神の民として形成されるためには、この地に住むことは重要なことだったのである。ヨセフの配慮によりパロの許可を受け、やがて彼らはゴセンに住むことになる。
「わが行くべき道、いついかに、なるべきかはつゆ知らねど、主はみ心なしたまわん(賛美歌四九四)」。主はヤコブのためにこの地をお備えになった。
創世記四七章1〜12節(10)
《ヤコブはパロを祝福し、パロの前を去った。》
ヨセフの導きで父と兄弟達がパロ王に挨拶に来た。王は良い仕事を与えようとして「職業は何か」と尋ねたが、これに対してヨセフに教えられたように、自分たちが羊飼いであることとゴセンに住みたい希望を願い出た。期待したとおりパロは彼らの願いを受け入れ、ラメセスの地を与えた。さらにパロは、王の家畜を管理する仕事も彼らに与えた。 次いで、ヨセフはヤコブを王に紹介した。東方の貧しい羊飼いが帝国の王に面接することは破格のことであって、すべてはヨセフによるのである。パロに年齢を尋ねられると、ヤコブは「私の旅路のとしつきは百三十年です。わたしのよわいの日はわずかで、ふしあわせで、私の先祖達のよわいの旅路の日にはおよびません」と答える。この時はヤコブは父祖達の年齢には及ばず、まだ未熟者ですと言おうとしたであろう。それは彼の謙遜を表している。また「ふしあわせ」であったと言うが、これまでの苦労を言いたかったのであろう。確かにヤコブは若いときから家を離れ苦難をなめた。しかし今日まで生きてきたのは、神の慰めや励ましを受けたからだったのではないか。苦難と共に、恵の証しもあったならと思う。それにしてもヤコブはパロより年長だったのであろう、王を二度祝福し祈っている。
創世記四七章13〜26節(24)
《収穫の時は、その五分の一をパロに納め、五分の四を自分のものとして田畑の種とし、自分と家族の食糧とし、また子供の食糧としなさい。》
七年の飢饉は、エジプトと近隣の国を襲った。食糧に困窮した人々は、ヨセフのもとに来て穀物を求めた。金銀を持っているあいだはそれで食物を買った。ヨセフは金銀をパロの金庫に納めた。それがなくなると人々は家畜を持ってきて食糧を求めた。それも尽きてしまうと、土地を売りまた自分自身を奴隷として売り食物を買った。ヨセフのやり方は人々の弱みにつけ込んだ政治ではない。人々を救い、彼らが立ち行くための道を開いているのである。土地を国家の管理の中に置いてなければ、自分たちの耕作地は荒れ果ててしまって畑の役を果たさなくなる。ヨセフは彼らに種を与えて、飢饉の中にもナイルの水を利用して耕作させた。
また、パロの奴隷であるというのは彼らは王の所有であって、仕事を与えられることを意味していた。そして収穫の五分の一をパロに納め、五分の四を家族に与えることは当時の社会としては奴隷に配慮したものである。とにかく人々は「あなたはわれわれの命を救ってくださった」と感謝している。長期間に及ぶ飢饉に対処するのに、ヨセフは知恵をもってエジプトを治め危機を乗り越えた。そのなかにイスラエル人も入れられていたことは神の憐れみであった。
創世記四七章27〜31節(30前半)
《わたしが先祖たちと共に眠るときには、わたしをエジプトから運び出して先祖たちの墓に葬ってください。》
ヨセフは死んだ思っていたヤコブは息子に再会し、飢饉の中にも豊かな晩年を過ごした。幸せな十七年間だったと思う。それを「ゴセンの地に住み、其処で財産を得、子を産み、大いに増えた」とまとめている。神は彼に約束した「私はそこであなたを大いなる国民にする」と言われたみ言葉を、成就して下さった(四六3)。ヤコブは自分の死が近づいているのを悟り、「死んだときにはエジプトに葬らないで、先祖たちの墓に葬ってほしい」とヨセフに頼んだ。それを聞いたヨセフは父の願い通りにすると誓った。このことはエジプトはヤコブにとっては異国であって、その地でいかに繁栄したとしても、旅人であることを意味している。
ヘブル書は、アブラハムと彼の子等は、天を真の古里だと信じていたと解釈している。この書の著者は、同じ信仰をキリスト者も持つようにと勧めるのである。私達は天に目を向ける時を、生活の中で持たなければならない。エジプトがヤコブの国ではなかったように、私達の国は天にある。このことが明確になっていると私達の生き方ははっきりする。 今年も最後の日となった。私達の人生を、天に結びつけていたい。