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Tペテロ2章9〜10

創世記48章1〜7

創世記48章8〜16

創世記48章17〜22

創世記49章1〜12

創世記49章13〜20

創世記49章21〜28

創世記49章29〜33

創世記50章1〜14

10

創世記50章15〜21

11

創世記50章22〜26

12

出エジプト1章1〜14

13

出エジプト1章15〜22

14

出エジプト2章1〜10

15

出エジプト2書11〜15

16

出エジプト2章15〜25

17

出エジプト3章1〜10

18

出エジプト3章11〜15

19

出エジプト3章16〜22

20

出エジプト4章1〜9

21

出エジプト4章10〜17

22

出エジプト4章18〜23

23

出エジプト4章24〜31

24

出エジプト5章1〜9 

25

出エジプト5章10〜23

26

出エジプト6章1〜9

27

出エジプト6章10〜13

28

出エジプト6章14〜30

29

出エジプト7章1〜7

30

出エジプト7章8〜13

31

出エジプト7章14〜25

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2001年 1月1日(月)

第一ペテロ二章9〜10節(9)

《しかし、あなたがたは、選ばれた種族、祭司の国、聖なる国民、神につける民である。それによって、暗やみから驚くべきみ光に招き入れて下さったかたのみわざを、あなたがたが語り伝えるためである。 》

 二一世紀の新しい始まりの今日、このみ言を掲げたいと思う。神はイスラエルを選び世界に祝福をもたらそうとされた。しかしある意味では成功したが、別の意味では失望であった。すなわち彼らの子孫に救い主が与えられることはすばらしかったが、世界の祝福の民となる点については失望する結果であった。しかし神は新しい神の民をイエス・キリストによって形成しようとされた。その民の特質がこの聖句である。@選ばれた種族。この世の基準によれば、選ばれるのは何か良い点があるからである。しかし神の民はそうではない。弱く貧しいものである(申命七6、第一コリ一26)。選びは神の招きに応答した者に与えられる。A祭司の国。祭司は神と人の間に立って執り成す者。キリスト者は和解の使者であり祭司である(第二コリ五19)。B聖なる国民。神を信じる者は聖なる者である。聖なる者とは、第一は神に所属する者のこと。神の手の中に置かれている者は誰でも清い者である。第二は倫理的に高められることを意味する。誰も自分は完全に清いとは言えない。しかしその人なりに救いや聖化の経験をしながら高められる。神の選びの民、聖なる祭司として、今年ももう一歩成長させていただきたいものである。

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2001年 1月2日(火)

創世記四八章1〜7節(4)

《『わたしはおまえに多くの子を得させ、おまえをふやし、おまえを多くの国民としよう。また、この地をおまえの後の子孫に与えて永久の所有とさせる』。 》

ヤコブは病に倒れ、生涯を閉じるときが近づいてきた。ヨセフは二人の子供を連れて父を見舞った。その時ヤコブは、ヨセフの息子のエフライムとマナセを自分の子供とした。それはヨセフに二倍の祝福を与えることになる。またヤコブは、かつてルズ(ベテル)で神に語られた言葉を再び思い出している。それは「おまえに多くの子を得させ、増やし、多くの国民としよう」であり、「この地をおまえの後の子孫に与える」であった。前者の約束は成就された。しかし今の時はエジプトにいて約束の場所には住んでいない。それで死の前に神のこの約束を子供たちにも確認させたかったのである。ここに学ぶべき点がある。@神が約束された言をヤコブは何歳になっても覚えている。それは記憶力があったというのではなく、ヤコブは苦境のとき何時も思い返した神の恵みの約束である。Aこの言をヤコブは子孫にも覚えてほしいと願った。エジプトに長年月の間住み、その地でそれなりの安定した生活をすると、約束の地に住むことなど忘れがちになる。ヤコブはそのような信仰になってはならないと思った。受け継いだ信仰を子孫に伝える努力をすべきだと教えられる。ヤコブは十二人の息子がカナンの地に住むことを神の約束として伝えたのである。

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2001年 1月3日(水)

創世記四八章8〜16節(15)

《わが先祖アブラハムとイサクの仕えた神生れてからきょうまでわたしを養われた神、》

 ヤコブのもとに来た、ヨセフの二人の息子のための祝福の祈り。ヤコブは自分の過去を思い出しながら神に祈っている。

 @祖父や父が仕えてきた神(15)。アブラハムやサラがどのような環境から救い出されたかを思いうかべ、イザヤは「あなた方の切り出された岩と、掘り出された穴とを思い見よ」と言う(イザヤ五一1)。祖父たちは偶像を拝む環境から召されたのである。父たちの信仰を受け継ぐことをヤコブは感謝している。  Aヤコブ自身も生涯神に養われてきた(15)。兄との抗争の後、叔父ラバンのもとに逃避したが、そこでも様々な争いがあった。逃げるようにして叔父の元を去り兄の所に帰ったが、その再会は容易なものではなかった。しかし神の助けを受けて和解できた。それらのことがあったにもかかわらず、ヤコブは自分の生涯は災いであったとは言わず、神に養われたという。特にみ使いの助け(それは神の助けであるが)が幾度もあったことも思い起こしている。ベテルで天への梯子を見たとき、ヤコブは失望から勇気に変えられた。またヤボクでの徹夜の戦いの時なども天の使いの助けを受けた。ヤコブは神のこのような守りと祝福を子等にも受け継いでもらいたかったのである。ヤコブはこのような神の祝福の祈りをした。

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2001年 1月4日(木)

創世記四八章17〜22節(19)

《父は拒んで言った、「わかっている。子よ、わたしにはわかっている。彼もまた一つの民となり、また大いなる者となるであろう。しかし弟は彼よりも大いなる者となり、その子孫は多くの国民となるであろう」。 》

ヨセフの子に祝福を祈るとき、ヤコブは右手を弟のエフライムの上に置き、左手を兄のマナセに置いた。祝福の祈りの場合は、普通右手を長男に置くはずだから、ヨセフはそのような位置に二人を立たせたのにヤコブは手を交差させた。それを見たヨセフは、父が目も見えず間違いをしたのだと思って手を置き換えさせようとしたのに、父は「分かっていてそうしている」と言ってそのままで祈りをした。ヤコブは何らかの感じを持っていたのだろうか、弟エフライムは兄にまさる務めを果たすと言うのである。確かに後になって北と南に国が分かれたとき、北王国をイスラエルとも呼んだがエフライムとも呼ばれた。それなりの指導的な立場をとるようになったのである。神の選びはエサウではなくヤコブであり、マナセではなくエフライムである。  私たちが人間的に考えて、これがよいと思うときにも必ずしもそうでないことがある。その時主に従う思いがあるなら、自分の意に添わないことがあっても、黙して暫く様子を見ることが大切なことがあるように思う。 遠回りしているようであっても、結果は主の御心によってなされている。

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2001年 1月5日(金)

創世記四九章1〜12節(10)

《つえはユダを離れず、立法者のつえはその足の間を離れることなく、シロの来る時までに及ぶであろう。もろもろの民は彼に従う。》

本章は子たちに対するヤコブの遺言である。それは祝福でもありそれぞれの子たちの将来を予見する言葉でもある。

@長子ルベン(3-4)。彼は沸き立つ水のように感情や欲望を抑えられず、父の床に上ってしてはならないことをしてしまった(三五22、歴代上五1)。それゆえすぐれた者ではあり得ない。

Aシメオンとレビ(5-7)。彼らは妹デナ事件の時、シケムの男子を殺した(三四25)。その暴虐のためにイスラエルはその地に住めなくなった。ヤコブは彼らの行為は呪われるべきであると言い、怒りにまかせて乱暴を働く者の会議には関わってはならないと警告する。後になってシメオン族は姿を消し、ユダ族に吸収されてしまう。

Bユダ(8-12)。ユダについて語るとき、初めて賞賛の言葉が出てくる(8)。ユダは民族のリーダーとして、「立法者の杖」すなわち王権が彼の部族に与えられる。これは後のダビデ王のことを指しているが、最終的にはイエス・キリストによって実現する(黙示五5)。メシヤはユダ族に生まれる。その時代には繁栄が与えられる。ぶどう酒で衣服を洗うとか、歯は乳によって白い等の表現は、ぜいたくな生活状況を表している(12)。イエスはこれを単に物質的な繁栄とせず、霊的な繁栄として教えられた。

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2001年 1月6日(土)

創世記四九章13〜20節(20)

《アセルはその食物がゆたかで、王の美味をいだすであろう。》

 子たちへのヤコブの言葉は続く。

@ゼブルン(13)。彼の子孫は地中海に近いところに住むようになる。それで「海辺に住む」と言われる。イスラエル人はこれまで海に縁遠い環境で生活していたから、ゼブルンが海によって商業を盛んにすることでイスラエルに貢献する。

 Aイッサカル(14-15)。彼は山岳地帯に住んでいたが、その子孫は肥沃な平地に移住した。しかし、そのうちにカナン人に取り込まれて農奴にされてしまう(15)。だから彼は「たくましいロバ」と言われる。

 Bダン(16-18)。彼は「蛇、道のほとりのまむし」である。蛇が小さくても毒によって大きい相手を倒すように、ダンは少数部族でありながら大きい敵と戦う(士師十八)。

 Cガド(19)。彼の子孫は後にヨルダン川の東に住む。そのために、絶えず外敵に攻撃される。だから「ガドには侵略者が迫る」と言われる。しかしこの部族の者たちは、それらを撃退し勝利を得る。

 Dアセル(20)。彼の子孫はガリラヤ湖の西側に住む。そこはパレスチナでも最も肥沃な場所と言われる。だから「食物は豊かで、王の美味を出す」のである。神から受けた祝福を子等に遺し、それを子達が受けとめることは重要なことである。王なる主のために「美味」を出す者は幸いである。

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2001年 1月7日(日)

創世記四九章21〜28節(22)

《ヨセフは実を結ぶ若木、泉のほとりの実を結ぶ若木。その枝は、かきねを越えるであろう。》

@ナフタリ(21)。彼の子孫はガリラヤ湖の北部に住む。「牝鹿、美しい子鹿」と呼ばれるように、活発な活動をする人々となる。ところが、イスラエルの歴史で、彼らがどれ程の活動をしたかは分からない。しかしイエスが活動を始めたとき、この地方の者たちが主イエスに従い彼の働きに参加した。だから主の宣教が始まったとき、「ゼブルン、ナフタリの地に光が上った」と言われたのである(マタイ四15)。

 Aヨセフ(22-26)。ヨセフへの言葉は他の者たちより長い。彼の祝福は「垣根をこえる」ほど豊かである。イエスがブドウの木の譬えを語り、主につながる者は多くの実を豊かに結ぶと約束された(ヨハネ十五章)。自分の周りに恵の証しがされるだけでなく、知らない人にまでも伝えられるなら「垣根を越える」ことになる。この祝福は全能の神から来る(25)。この神に支えられるので、苦しみや困難の敵にも勝つことが出来る(23)。イスラエル十二部族にはヨセフの名は出てこないが、二人の子マナセ、エフライムがヤコブの子となったので、この二人がヨセフの分を受け継ぐことになる。 

 Bベニヤミン(27)。彼はエルサレムの周辺に住み、イスラエル民族では重要な位置を占める。遺言を終えヤコブは亡くなった。

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2001年 1月8日(月)

創世記四九章29〜33節(29)

《彼はまた彼らに命じて言った、「わたしはわが民に加えられようとしている。 あなたがたはヘテびとエフロンの畑にあるほら穴に、わたしの先祖たちと共 にわたしを葬ってください。 》

 子孫に祝福を遺して死ぬ人ほど幸いな人はない。それは財産とは限らない。それが子ども達の争いの種になるなら、むしろ災いと言うべきだろう。しかしどれ程の祝福を遺してもらっても、それを受けとめる人によって、雲泥の差がある。結局、祝福を受けとめる人それぞれの責任ということになる。遺言を述べた後、ヤコブは「私の先祖たちと共にわたしを葬って下さい」と子等に命じた。この希望は、以前カナンからエジプトに下って来たときにも話していた(四七30)。この墓地というのはアブラハムは妻サラが死んだとき、エフロンから畑を買い取ったものである。ヤコブはこの墓に埋葬されたいと願った。彼の愛妻ラケルは別の所に葬られている。しかしラケルの所ではなくアブラハム、イサクの墓地を望んでいる。すなわち彼の願いは、一族の墓に入るという以上のことを意味しているのである。それは神が祖父アブラハムに与えた地に住むということである。

 私たちにとって尊い信仰を与えられたなら、それをしっかり持ち続けることが大切である。ヤコブの態度はこの信仰を表している。ヤコブはすべてを整理して、波瀾に満ちた生涯を終えた。ヤコブの生涯を見るとき、ただ神の憐れみによって生きてきたと思う。私たちも同じである。

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2001年 1月9日(火)

創世記五十章1〜14節(6)

《パロは言った、「あなたの父があなたに誓わせたように上って行って彼を葬りなさい」。 》

 ヤコブは平安に世を去った。世界で一番進んでいたエジプトのミイラ技術で、四十日間をかけてヤコブの遺体は扱われた。宰相ヨセフの父であるだけに、彼の葬儀は盛大なものであった。モーセやアロンのための服喪が三十日でありパロのためが七二日であるというのだから、ヤコブのための喪が七十日であることは、その葬儀がどれ程大きいものであったか想像できる。さらにカナンの墓地まで四百キロ以上もある遠距離の葬儀の列は、大変なものであったに違いない。「戦車と騎兵も彼と共に上ったので、その行列はたいそう盛んであった」と記されている。葬儀が大きければ、故人を葬るのに意義があるというのではない。しかしヤコブがこのように葬られたのは、彼が偉大であったというよりも、むしろヨセフがエジプトで果たした役割が、どれ程大きいものであったかを印象づけるものである。これまでに学んだように、ヨセフは捨てられた者であったが神の保護の中に守られ、飢饉の時の総理大臣としてエジプトの国を救い近隣の国々まで救った。

 このようにして、ヨセフのお陰でイスラエル民族が一つの民としてエジプトで形成されるようになったのは、まさに神の摂理である。その恵みに、ヤコブも入ることが出来たのである。

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2001年 1月10日(水)

創世記五十章15〜21節(20)

《あなたがたはわたしに対して悪をたくらんだが、神はそれを良きに変らせて、今日のように多くの民の命を救おうと計らわれました。》

 父の死後兄達は恐れた。ヨセフがかつてのうらみ忘れず、仕返しをするのではないかという心配である。彼らはヨセフにひれ伏し、自分たちは奴隷であると言って罪の赦しを乞うた。死ぬ前にヤコブが残した言葉まで言うのを聞いて、ヨセフは泣いた。彼の涙は父の心配を察しただけでなく、すでに語っていたヨセフの赦しを兄弟達が心から受けとめていなかったのだと思ったからである。

 私たちが真に罪を悔い改めるなら、キリストは赦していて下さる。そうなのにもし私達が自分の救いは不完全であると思うなら、主イエスは悲しまれる。兄弟達の言葉を聞いてヨセフは自分の信仰を証しする。

 @彼の赦しは父のためでもなく、権力者の立場にあるヨセフが兄弟を憐れんですることでもない。彼の赦しは「わたしが神に代わることが出来ましょうか」、と言う信仰による行為である。彼が神を信じているから赦すのである。

 Aまたこのようになったのは、摂理の神がおられるからだと述べている。だから「神はそれを良きに変わらせ」と言う。これほどの逆転の出来事は、神の業であるとヨセフは信じたのである。神に赦されたから人の悪を赦すことが出来、神への信頼があるから摂理の神を信じることが出来るのである。

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2001年 1月11日(木)

創世記五十章22〜26節(24)

《神は必ずあなたがたを顧みて、この国から連れ出し、アブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地に導き上られるでしょう。 》

 波瀾に満ちたヨセフの生涯が終わる。彼は孫、曾孫まで見て死んだ。これほどの功績を残し、人々に尊敬され、彼もエジプトの国を愛したのなら、その子孫は胸をはってこの国に留まり続けても良かった。カナンよりエジプトの方がはるかに豊かであり国土も広い。しかしヨセフはこの国に留まるとは言わず、「神は必ずあなたがたを顧みてこの国から連れ出し、アブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地に導き上られる」という。それは彼が信仰を持っているからである。神がイスラエルに、カナンの地を与えると言われた言葉を、頑固に守ろうとしているのである。

 私たちが洗礼を受けたとき、キリスト者として生きようと考えたに違いない。しかし人生は単純ではなく、ノン・クリスチャンとの結婚があったり、教会のない町に転居したりすることもあり得る。そのような時期が続くと、自分はもうキリスト者ではないと思うかも知れない。しかしヤコブやヨセフは、自分がどのような状況に置かれても、必ず約束の地に戻るという信仰を持っていた。それは主の救いを受けた者は、どんな状況に置かれても、キリスト信徒として留まり続けるという信仰を意味している。

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2001年 1月12日(金)

出エジプト一章1〜14節(12)

《しかしイスラエルの人々が苦しめられるにしたがって、いよいよふえひろがるので、彼らはイスラエルの人々のゆえに恐れをなした。 》

 ヤコブと彼の子等がエジプトに移動した後、数百年経って時代は変わった。ヨセフのことを知らない王が、エジプトに起こったのである。この新しい支配者はナイルの上流を支配していたが、下流に下ってきてエジプトに侵略し、これを支配するようになった。この時代をエジプト第十八王朝と呼ぶ。

 この新しい支配者はこれまでのエジプトの民族とは異なるので、彼らを圧迫し、特にイスラエル人を厳しく扱うようになった。それは彼らが「ますます増え、はなはだ強くなった」からである。それでパロは、戦争が起きた場合イスラエルが敵に味方するようになると大変な事態になるから、重い労役を課して圧迫しようと考えたのである。彼らの仕事は、煉瓦作りと田畑の労役であった。日干し煉瓦には普通わらを入れる。しかし酷い労役のためにわらを集める時間がなく、わら無し煉瓦も作ったようである。大英博物館にはラメセス二世の刻印のある煉瓦が保存されている。またナイルから田畑に水を汲み出すのも、大変な労力を要した。しかし不思議にも「苦しめられるにしたがって、いよいよふえひろがった」。それを見て支配者は「恐れをなした」。神は悩みの中にいる民を覚えておられる。増え広がることで、神が共におられることを彼らに現されたのである。

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2001年 1月13日(土)

出エジプト一章15〜22節(17)

《しかし助産婦たちは神をおそれ、エジプトの王が彼らに命じたようにはせず、男の子を生かしておいた。》

 重い労役を課しても増えるので、パロはヘブルの家庭に女児が産まれるなら生かしておき、男児が産まれるならそれを殺すようにと助産婦に命じた。エジプトにはたくさんの助産婦がいたはずで、シフラとプアは彼らの長だったのであろう。しかし彼らは神を畏れエジプトの王の命令には従わなかった。男の子達が生きているのを知ってパロが助産婦に問いただすと、彼女たちは「ヘブルの女達は助産婦が行く前に産んでしまう」と言い訳を言った。シフラたちはかわいい子供が産まれてくるのを見てとても殺す気になどなれなかったのである。嬰児殺しは、神を敬うものには到底できることではない。主イエスが誕生したとき、ヘロデ王は彼を殺そうとしたが、神は幼子イエスを守りエジプトへ避難させた。権力をもって圧迫し神の民を苦しめようとしても、神は御手をもって守っていて下さる。 初代教会はローマ政府から様々な苦しみを受けていた。しかしそのような中で、教会はローマ世界で増え広がり遂にローマの国教にまでなった。迫害する者がいる時にも、主は神を敬うシフラのような人物を備えていて下さる。神は苦しみと共にそれから逃れる道を備えていて下さるのである(第一コリ十13)。

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2001年 1月14日(日)

出エジプト二章1〜10節(10)

《彼女はその名をモーセと名づけて言った、「水の中からわたしが引き出したからです」》

出エジブト六章20節によると、モーセの父はアムラム、母はヨケベテである。彼らは産まれた男児を三ヶ月間隠していた。幼子が麗しいので両親は捨てられなかったとあるが、どの子でも両親にとっては宝物であって、嬰児殺しなどは到底出来ることではない。彼らは王の命令さえも恐れなかった(ヘブル十一23)。それは親としての愛情だけでなく、神を畏れる信仰によるものであった。

 しかし三ヶ月にもなると乳児の泣き声も大きくなって隠しきれず、ナイル川に流すことになった。両親は籠を作りそれにモーセを入れて川に流し、見張り役に彼の姉ミリアムをつけた。そこへパロの娘が水浴びにやってきたのである。父母は家にいてこの子の安全のために祈っていたに違いない。やがて姉が家に帰ってきて、モーセがパロの娘に助け出されたこと、またこの子のために乳母を求めているので、母親を紹介することなどを報告した。パロの娘に依頼されたので、母親は誰はばかることなく、自分の子を育てることが出来るようになった。パロはヘブル人の敵である。それなのにその人々の中から守り手を起こされるとは、不思議な神の業である。何歳まで養育を任されたか分からないが、両親は信仰の心を彼に教えたことであろう。こうしてモーセの幼児期は育まれていった。

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2001年 1月15日(月)

出エジプト二章11〜15前半(12)

《左右を見まわし、人のいないのを見て、そのエジプトびとを打ち殺し、これを砂の中に隠した。》

 モーセはパロの娘として育てられた。彼は「エジプト人のあらゆる学問を教え込まれ、言葉にもわざにも力があった」(使徒七22)。モーセは母のもとにいたとき、自分はヘブル人であることを信仰と共に教えられていたはずである。王子として生活していても、ヘブルの血は争えない。ある日エジプト人が同胞を酷使しているのを見て、この男を殺してしまった。この時モーセは「左右を見まわし、人のいないのを見て」行動している。これは彼が神を中心とせず、良心のとがめを感じながらも、ただ自分の思いで行動したことを意味している。

 翌日ヘブル人同志が争っていたので、モーセは仲裁しようとした。すると悪い方の男に「あなたはあのエジプト人のように私を殺すつもりか」と言われて、彼は昨日のことが人々に知られているのだと分かって恐れた。殺害事件を知ったパロは、モーセを殺そうと考えた。それはヘブル人モーセを王子のまま受け入れていることが、国家にとって良くないことだと考えたからである。モーセは同胞を救いたかった。しかし同胞には、彼の思いを受け入れる準備が出来ていなかった。人のために良いことをしても、自分の情熱だけでは良い結果を生み出さない。祈り深く神に従う信仰でなければ祝福されない。この時モーセは失敗した。

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2001年 1月16日(火)

出エジプト二章15後半〜25節(22)

《彼女が男の子を産んだので、モーセは その名をゲルショムと名づけた。「わたしは外国に寄留者となっている」と言ったからである。》

  教会で奉仕をすることはすばらしい。しかし信仰から生まれる動機、すなわち霊的な動機づけがないと、さまざまな躓きにあうとき人は奉仕を投げ出してしまう。肉の力でしようとしてそれが挫折すると、失望と恐れだけが残る。モーセがそうであった。彼は同胞を愛したのである。しかしただ彼の個人的な考えと、情熱だけによるものであった。

 失敗したモーセは逃げ出した。しかし神はモーセを必要としていたので、この後神は彼の訓練のために四十年間を費やされたのである。モーセは、エジプトから東へ数百キロのミデヤンへ行った。豊かな王宮の生活から離れ、あてもない荒野の旅をするのは疲れる。モーセが水を求めて井戸のそばにいると、女達が羊に水を飲ませるために近づいてきた。ところが、別の羊飼いが割り込んできて争いになったので、モーセが彼らを追い払った。そんなことから彼はこの女達の家に迎え入れられることになり、やがてチッポラと結婚することになった。不思議にもミデアン人は、イスラエルと同じ血筋である。やがて子どもが産まれ、モーセはゲルショム(寄留者)と名をつけた。これは彼の心境を表している。彼は、何時かは同胞の所に帰る思いを持っていたのであろう。やがて神は彼を召されるのである。

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2001年 1月17日(水)

出エジプト三章1〜10節(5)

《神は言われた、「ここに近づいてはいけない。足からくつを脱ぎなさい。あなたが立っているその場所は聖なる地だからである」。》

 四十年間モーセはミデアンで羊を飼っていた。神の四十年の訓練とは何だろう。@それは自分の無力さへの気づきである。かつては学問もあり王子としての地位もあり、何でも出来ると思っていたのが全く役に立たなかった。自分が築いた全てが無くなり、今は荒野に住む一介の羊飼いである。A民に仕えるための人間的な準備である。即ち、やがてイスラエルの民がエジプトを脱出し荒野に進むとき、ミデアンの荒野での経験がどれ程役に立ったかと思う。モーセは荒野での生活を、四十年かけて身につけたのである。Bそして最も大切な準備は、彼が独りで神に出会うことである。この経験がモーセの生涯の土台となる。燃える芝を見てモーセは近づき、神の語りかけを聞いた。

 神にお会いするにはいくつかの要素がある。@謙ることである。靴を脱ぐとは奴隷の姿。今は何の身分もないモーセは、裸の姿で神の前に出た。自分の長所も短所も神に投げ出す祈りである。A神は神の民の苦難を彼に知らせ、その所からカナンの地に導く神のご計画を示された。神から離れた罪人を救おうとする、主イエスの御心を教えられるのと同じである。Bこの民の救出のために、モーセを必要とするという神の呼びかけである。神の召命がモーセの人生の全てとなった。

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2001年 1月18日(木)

出エジプト三章11〜15節(14)

《『「わたしは有る」というかたが、わたしをあなたがたのところへつかわされました』 》

 イスラエルを救うために、神はモーセをエジプトへ派遣しようとするが、その使命に対してモーセは二つの問いかけを神にする。

 第一の問いかけは、「私とはどのような者ですか」である。この質問は、自分の無力さを言い表す内容である。彼はそう言って神の委託を辞退しようとするのである。かつてのエジプトの事件で、彼は失敗し逃亡した。それからもう四十年も羊飼いである。そのような者が神のためとは言え、何かが出来るとは思えない。そのような気持ちを込めた問いかけである。私たちにしても、自分に何か能力があるから神のためのご用ができる、と言える人はいない。しかしそれだからといって、神に与えられた賜物を埋もれさせてよいわけではない。

 第二の質問は「あなたの名は何ですか」、即ち神とはどのようなお方ですか、と言う内容である。これに対して神は「私は有って有る者」と言われた。それは永遠の存在者という意味である。永遠者である神は、引っ込んでしまったモーセに、「私が必ずあなたと共にいる」と約束し彼を励まされた。私たちは小さい子どもの心でさえ、変えることが出来ないほどの無力者である。しかし聖霊が働いておられるので、大いなる業を期待できる(ヨハネ十四12)。主にお頼りすれば、必ずよい実を与えて下さる。

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2001年 1月19日(金)

出エジプト三章16〜22節(16)

《あなたがたの先祖の神、アブラハム、イサク、ヤコブの神である主は、わたしに現れて言われました、「わたしはあなたがたを顧み、あなたがたがエジプトでされている事を確かに見た。》

この時点では、モーセは神の召命に従ったわけではないが、神はかまわずモーセがするべきことを具体的に語られた。@まずイスラエルの長老達への言葉(16)。神は彼らに「父祖達の神がモーセに告げられたこと、またイスラエルの苦しみを神は知っており、彼らをエジプトからカナンへ導こうとしておられること」を語るようにと命じられた。A次にパロへの言葉(18)。荒野での三日間の礼拝の許可願いである。このためには、モーセと長老達が王の所へ行くべきだと言われている。しかしパロはこの願いを簡単に許可しないことも神は告げられた。B次にイスラエルの受ける報酬(21)。四百年の間奴隷として働かされ、彼らは何も報酬は受けなかったが、エジプト脱出の時にはこの期間の報酬として、エジプト人から多くの金銀を要求することができる。このような手順が神によって供えられているので行動せよと言われる。モーセが行動するに当たって、神は自力で全てをするようにとは言われない。まず神は、ご自分がどのような方であるかを示された。@神は有って有る方。Aアブラハム、イサク、ヤコブの神、即ち彼らに約束されたことを実行する神である。B悩みを知っておられる神である。「我らは神によって勇ましく働きます」(詩六十12)。

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2001年 1月20日(土)

出エジプト四章1〜9節(2)

《主は彼に言われた、「あなたの手にあるそれは何か」。彼は言った、「つえです」。》

 神の働きのために神の呼びかけがあっても、それに対応するキリスト者の側に問題がある。それは、彼に才能があるかどうかではなく、彼が神に従うかどうかの問題である。才能ある者がその才能を振りかざすなら、傲慢になる。反対に自分は非才な者だと言って神の働きに参加しようとしないなら、劣等感に悩まされる人となる。モーセはこの二つの道を通った。そして今は劣等感に陥り、自分は何もできないと言い張っている。神は「長老達もエジプト脱出のことを受け入れるようになる」とモーセに語られたのに(18)、彼はそのようには信じられないと言う。モーセがそう思うのも理由があった。@モーセはもともと王宮におり、同胞からは離れたものであった。Aしかもエジプトを離れて四十年も経っており、行方不明になった思われても仕方がない。今になってこのような者を、長老達が信じるはずがない。

 しかし神は三つのしるしを彼に与えた。この奇跡がどのようになされたかを私達は知らない。しかし意味がある。@蛇になる杖。蛇を刻んだ王冠をもつパロが、神の意志と力に屈服する。Aらい病になる手。神は傷ついた人々を癒すお方。Bナイル川の血。神は全土を支配する。つまらない杖しか持たなくても、神はそれを用いて下さる。

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2001年 1月21日(日)

出エジプト四章10〜17節(12)

《それゆえ行きなさい。わたしはあなたの口と共にあって、あなたの言うべきことを教えるであろう」。》

 モーセは無力さを知ることで、全く小さい自分になっていた。ところで、謙遜と卑屈には相違がある。謙遜とは神の前に立つ自分であるが、卑屈は自分の至らなさだけを見ていて恵みがない。だから謙遜は美しいが、卑屈には真実さが見られない。この時のモーセは卑屈にさえ見える。彼はエジプトの宮廷で最高の教育を受けたので、「言葉にもわざにも力があった」(使徒七22)。だから「私は口が重いのです」と言っても言い訳に聞こえる。彼が口べただと言うには、心の深い所に原因がある。彼はパロと民の前に出たくなかったのである。しかし神は、イスラエル救出のチャンスを逃してはならないと、モーセを怒り励まし代弁者として兄のアロンを提案した。神は、口を授けたのは神であり、神ご自身が言うべきことを教えると言われた。

 弟子たちの信仰がまだ幼いとき、主イエスは「何を言おうかと前もって心配するな。その場合自分に示されることを語るがよい。語るものはあなた自身ではなく聖霊である」と言われた(マルコ十三11)。私達が誰かに証しをする機会が与えられたとき、謙遜な心で普段の話し方で信仰を語ればよい。ところが肩に力が入って説得しようとするから、かえって伝道にはならない。主の愛を与えればよいのである。

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2001年 1月22日(月)

出エジプト四章18〜23節(20)

《そこでモーセは妻と子供たちをとり、ろばに乗せて、エジプトの地に帰った。モーセは手に神のつえを執った。》

 モーセは自分の不安を正直に主に語り、神は彼を励まされた。このような態度は、私達の生き方にとっても大切である。不安や怒りがあると、自分には信仰がないと短絡的に結論を出す人がいる。良くないのは、本当は否定的な思いがあるのに、自分にはそのようなものはないとすることである。大切なのは、自分の中に否定的な思いがあるときその問題を主の前に持ち出し、それについて祈ることである。その過程(プロセス)において、神の語りかけを受けとめる態度を持つことである。この過程で私達の信仰と人格は形成されていく。モーセはそのようにして、神に従うことを決心したのである。エテロがモーセのエジプト行きに賛成した時、神はモーセの命を求めた人々は死んだと告げられた。困難はあっても前進するとき、少しずつ道が開けるものである。また困難と見える事が、取り越し苦労に過ぎないことさえある。「モーセは手に神の杖をとった」の言葉に、彼が神を信じて歩み始めたことを見る。

 私達が物事を決心する時、まず仮の目標を決めて祈る。途中で考えが変わることもある。しかし、それも神は喜ばれるとの確信があるなら、それを目標として祈り続ける。この場合決断の前に、信頼できる先輩に祈ってもらうとよい。このようにして主の御心を知り、歩むのである。

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2001年 1月23日(火)

出エジプト四章24〜31節(26)

《そこで、主はモーセをゆるされた。この時「血の花婿です」とチッポラが言ったのは割礼のゆえである。 》

 モーセがいよいよエジプトに向かう時、思いがけなく死ぬほどの試練にあった。主が彼を殺そうとされたとあるのは、急病を意味している。重い病の中で、モーセはイスラエル人として息子に割礼をしていなかったことを思い出した。彼らがミデアンで生活している間は、そのようなことは余り重要とは思わなかっただろう。しかしエジプトの同胞を救い出すに当たって、神はモーセの息子にも割礼を施し、神の家族としてこの務めに当たってほしいと願われた。妻のチッポラが「あなたは私にとって血の花婿です」と言うのを聞くと、これまで子供への割礼に反対していたように思われる。しかしここに至って妻は神と夫の意を受け入れて、瀕死のモーセに代わり息子に割礼を施した。神は彼の姿勢を見て、いよいよエジプトでの働きに出発(ゴー)のサインを出したのである。

 人は自分の前に置かれている働きのために、さまざまな準備をする。神に祈り計画を整理し用意が出来たと思うとき、時々ストップをかけられる思いをすることがある。働きを進められないのである。それによって、神に対して果たすべき事柄があることに気づかせられる。息子への割礼はそのようなものであった。前進する時、一度止まってみなさいと言われることがある。

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2001年 1月24日(水)

出エジプト五章1〜9節(3)

《どうか、わたしたちを三日の道のりほど荒野に行かせ、わたしたちの神、主に犠牲をささげさせてください。》

 モーセは妻と子等を家に帰らせ、アロンと共にパロのもとに来た。彼らは王に礼拝を認めてほしいと申し出、この礼拝はイスラエルの神が要求するものであると伝えた。これに対してパロは「主(ヤーウェ)とは誰か、私がその声に聞き従ってイスラエルを去らせなければならないのか。私は主を知らないイスラエルを去らせない」と答えた。彼が言おうとしていることは@イスラエルの神は奴隷の神である。低い者の神は低い。A私はエジプトの神である、高い者の神である。B高い神が低い神の言い分を聞く必要はない。Cイスラエルの神などは知らない、という意味である。モーセは杖一本をもって、権力者に立ち向かった。その願いは、人々に礼拝の自由を与えてほしいというものである。この要求に対して、パロはモーセも労役につかせよと命じた。奴隷は仕事をすればよいので、暇があるから余計なことを申し出るのだと言って、「わら」は自分達で調達し、これまでと同じ生産をせよと命じたのである。

 かつて中国で文化革命があった時、全ての宗教団体が弾圧された。しかし、二十年近く続いた革命も、もちこたえられなくなった。それは人間から神礼拝を取り去ると、生きられなくなると分かったからである。礼拝は私達の存在を支える大切なことである。

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2001年 1月25日(木)

出エジプト五章10〜23節(22)

《モーセは主のもとに帰って言った。》

 主を礼拝したいという願いを聞いたパロは、モーセが神に会ったと言うのは嘘で、ただ怠けたいだけだと言ってその要求を退けた。パロはエジプト人の監督とイスラエル人の下役(人夫頭)に、「自分たちでわらを集めて、これまで通りの煉瓦の生産をせよ」と命令した。わらが提供されないのでは、これまで通りの納品は出来ない。そのために下役は監督に打たれた。あまりにも要求が酷いので下役がパロに直訴すると、「あなた方は怠け者だ、なまけ者だ。だから犠牲を捧げさせよ、と言うのだ」と言って取り上げてくれない。人夫頭がパロの官邸から出てきた時、モーセは待っていて励まそうとした。しかし、彼らはモーセに不信感を表し「休みの要求をパロに出したために返って重労働を課せられ、民は殺されそうである。むしろモーセ達こそ神の裁きを受けるべきだ」とせまった。苦しみに直面して、人夫頭はモーセを非難する。モーセは神の御心と信じてパロに要求したのに、返って事態は悪くなった。昔のモーセならここで逃げ出しただろうが、今の彼はここまで導いて下さった方を知っている。彼は「主のもとに帰った」。同胞を救出することが神の御心であることを知っていたので、窮地の苦しみを訴えながらも神に祈った。祈りは最後の武器である。

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2001年 1月26日(金)

出エジプト六章1〜9節(8)

《わたしはアブラハム、イサク、ヤコブに与えると手を挙げて誓ったその地にあなたがたをはいらせ、それを所有として、与えるであろう。わたしは主である。》

 前章最後のモーセの祈りには信仰的な言葉は見られない。どのような訴えであっても私達は祈ればよい。祈りの中で私達は、神からの接触を心に受けるようになる。神は「今あなたは、わたしがパロに何をしようとしているかを見る」とモーセに言われた(1)。「今」と告げられても、この時からかなり後になってモーセは神の業を見た。しかし神が「彼らを去らせる」と約束されるならその通りになる。ここで神はモーセにイスラエルと神との関わりをもう一度告げられた(2以下)。

 @全能者としての神。アブラハムには「全能の神」(エル・シャダイ、創世記十七1)としてご自身を現された。それは神こそ力ある方で、無から有を生み出す方である事を示すためであった。

 Aところがこの時に至って、主(ヤーウェ)としての神を示される。なぜ主なる神の名を強調するのか。主とは神と民との契約関係を示す名である。神は父祖達に既に契約をしておられたが、出エジプトに当たってその契約を果たそうとする神の御心を示すのである。神は救った民を決して忘れず、イスラエルにカナンを与えると告げた約束を実行なさる。それはただ神の民のためだけではなく、その子孫に送られるメシヤのためである。神は約束を与え、それを実行する神である。

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2001年 1月27日(土)

出エジプト六章10〜13節(13)

《しかし、主はモーセとアロンに語って、イスラエルの人々と、エジプトの王パロのもとに行かせ、イスラエルの人々をエジプトの地から導き出せと命じられた。》

 モーセが礼拝の自由を与えてほしいとパロに願ったが、彼は決して許可しない。そのような反応にモーセは行き詰まってしまった。そればかりか、さらに過酷な要求がパロから来ると、イスラエルの民は「心の痛みと厳しい奴隷の務めのゆえに」モーセに聞き従わなくなった(9)。パロがモーセの要求を聞き入れないのは当然としても、モーセの働きを理解する人は仲間の中に一人もなく、モーセによる神の解放のために民が結束する動きはなかった。

 今の日本は迫害などなく平和である。しかしだからと言って、教会員が宣教のためにどれほど一つになっているだろうか。神の民が宣教のために心を一つにしていることが、今の日本の教会に最も大事な事だと思う。ある著名な宣教学者は、外向けの活動にまさって教会内での兄弟愛の実践が、宣教の力になると言っている。この共同体(教会)に入ると親切や平和を感じるとすれば、人々は自然に其処に集うようになる。しかしこの場合でも、自分が愛してもらう側にいるのではなく、愛する者となるように意識を変え成長すべきであろう。モーセは同胞でさえ聞いてくれないのに、どうしてこの問題をパロに話すことが出来ようかと躊躇した(12)。しかし神は彼をパロに遣わされるのである。

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2001年 1月28日(日)

出エジプト六章14〜30節(26)

《主が、「イスラエルの人々をその軍団に従って、エジプトの地から導き出しなさい」と言われたのは、このアロンとモーセである。》

 長男ルベン、次男シメオンとレビの子等の系図がある。これは、モーセがまぎれもなくイスラエルの一員であることを確認するためのもの。モーセは幼児時代パロの宮殿で育てられたから、エジプト人の血を引く者ではないか、との疑念を持つ者がいたかも知れない。系図はモーセがレビの子孫であることを示し、「このモーセが」イスラエルのリーダーとして出エジプトを導くのだと強調するののである。そうでなければモーセの民族解放のメッセージを、人々は受け入れないだろう。

 パウロもこれに似た事を述べる。彼の救いはキリストとの劇的な出会いから始まると述べ、「私がのべ伝えた福音は・・・人間から受けたのでも教えられたのでもなく、ただイエス・キリストの啓示によったのである」と言う(ガラ一12)。ちょうどモーセがイスラエル救出のために遣わされたのは、荒野で神の啓示を受けたからだと言うのに似ている。しかし、パウロは独りよがりの信仰の主張しているのではなく、自分の信仰はエルサレム教会の使徒達にも認められたと言う(ガラ二章)。系図が正統的なイスラエルの人であることを示すように、私達の信仰は独りよがりの信仰を持って満足するのではなく、教会という共同体に認められる正統的な信仰を持つべきである。

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2001年 1月29日(月)

出エジプト七章1〜7節(5)

《わたしが手をエジプトの上にさし伸べて、イスラエルの人々を彼らのうちから導き出す時、エジプトびとはわたしが主であることを知るようになるであろう」。》

 これまでパロの拒否を聞いてモーセはたじろぐが、本章からはこれまでの弱々しいモーセが、大胆な人に変えられるているのを見る。その秘密は一節にある。「見よ、わたしはあなたをパロに対して神のごとき者とする。兄弟アロンはあなたの預言者となる」。神のごとき者とは神の代理者の意味、またアロンが預言者になるとは、彼がモーセの言葉をパロに告げる人になると言う意味である。ここに一つの形が出来る。モーセは神に語られることをアロンに語り、アロンはそれをパロに告げるのである。内容は「イスラエル人をその国から出す」ことである。

 しかし、これが実現するには曲折がある。その段階を神はモーセに告げる。@パロは神の不思議な業を見せられても、モーセの願いを頑固に拒否する。「私がパロをかたくなにする」とは、彼が自分を頑固にするので、神はそれをそのままにしておくという意味である(七13、22他)。A次に神はパロとエジプトを裁く。それを見てパロは神が主であることを知る。Bその後にイスラエルはエジプトを出る。神の示しを受けても悔い改めず頑固に自己主張をし、後に罪の裁きを受けて神が主であるのを知るようになるパロに似た人は情けない。素直に神を信じる者が憐れみを受ける。

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2001年 1月30日(火)

出エジプト七章8〜13節(13)

《けれども、パロの心はかたくなになって、主の言われたように、彼らの言うことを聞かなかった。》

 「主(ヤーウェ)とは誰か」等とパロに言われて、モーセは惨めな思いで王のもとを退いた。しかし神に代わって業を行う者になると言われて、彼は大胆にパロに対決するようになる。モーセの年齢を八十才と記すのは、彼の転機を示すものである。

 さて最初の不思議は、杖が蛇になるというものである。なぜ杖が蛇になるかについて誰も説明することは出来ない。主イエスの時代にも人はイエスに奇跡によって救い主であることを示すように求めたが、彼はそれを拒否した。モーセの頃のエジプトは「不思議をおこなって証拠を示せ」とパロが言うように、魔術や不思議を好んだ時代であった。それ故に神はそのような方法をとられたのではなかろうか。エジプトではさまざまな動物が神であり蛇もそうであった。コブラは女神としてエジプト王の肖像画の額に飾りとして付けられていた。この蛇はエジプト王と主との戦いの象徴である。結果モーセの蛇が魔術師の蛇を飲んだ。それは主が勝利者であることを示していた。それにもかかわらず、パロは心をかたくなにした。それは、彼が自分の思いにとらわれていたからである。頑固になると、どんなに神の恵みが教えられ示されても分からない。頑なさを捨てて神の言葉に従い、恵みにあずかることが幸いな人生である。

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2001年 1月31日(水)

出エジプト七章14〜25節(17)

《主はこう仰せられます、「これによってわたしが主であることを、あなたは知るでしょう。見よ、わたしが手にあるつえでナイル川の水を打つと、それは血に変るであろう。》

 パロがますます頑なになり主に従わないので、神はモーセにナイルに行き神の業をせよと命じる。エジプト人はナイルをハピ神と言って崇拝していた。六月十七日はナイルの宗教儀式があるのでパロは河畔に出ていたであろう。この時にあわせてモーセは川に出かけ、王に再度の出エジプトの願いをする。しかしまたも王は拒否するので、その時にはナイルの水を血にするようにと神に告げられる。血になるといっても血液にするのではなく、血のように赤くなるという意味である。この現象についてある研究者は、ナイルでは増水直前にある種の藻によって真っ赤になるが、それをさしていると言い、別の人はある時期上流の赤土が多量に流れて、血のように赤くなることがあると言う。もしそれが自然現象ならエジプト人もそれを知っており、驚く事ではなかった。しかしそれがモーセの業にあわせてタイミングよく起こり、しかも魚が死ぬほどにもなれば、神の裁きと受けとめられただろう。ナイルは増水期に上流から肥沃な土を下流に運び、それが川岸に農耕の豊かさをもたらした。ところがその川が災いをもたらしたのである。モーセはこれを神の裁きと言う。しかしパロは心を頑なにした。「今は恵の時救いの日」である。素直な魂に救いは与えられる。

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