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26

出エジプト15章22〜27

27

出エジプト16章1〜12

28

出エジプト16章13〜21

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2001年 2月1日(木)

出エジプト八章1〜15節(15)

《ところがパロは息つくひまのできたのを見て、主が言われたように、その心をかたくなにして彼らの言うことを聞かなかった。》

 第二はかえるの災害である。モーセはパロに、礼拝の自由を民に与えなければ蛙の災いが来ると告げたが、彼は決して神とモーセに従おうとはしない。モーセは神の杖によってナイルの蛙を全土に満たした。ナイルがはんらんすると川や池に蛙の卵が運び込まれ、やがて蛙となって辺りに広がることがある。蛙は多産なので、ナイルの神ハピとの関係で増殖の神ヘクトとして礼拝されていた。しかし神々の一つとはいえ、至る所に蛙がいては気持ちが悪い。パロはモーセとアロンにそれらを取り除いてもらうように頼んだ。

 それでモーセは次のようにパロに迫った。@何時かえるを取り除いてほしいか。パロは明日という。Aモーセはこの出来事を通して、主こそが神であることを知るようにとパロに求めている。Bモーセは蛙の除去のために「主に呼び求めた」。彼はこの件については熱心に祈った。なぜなら「明日」蛙が除去されることは、神に告げられてはいなかったからである。蛙がいなくなるとパロは「息つくひま」が出来たので神に逆らった。人は苦しい時に神を求める。それはよいことである。しかし問題が解決すると、人は神を離れることがある。パロは私達の姿のように見える。災いの時も幸いの時も、変わらない心で神に従いたいものである。

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2001年 2月2日(金)

出エジプト八章16〜19節(19)

《魔術師らはパロに言った、「これは神の指です」。しかし主の言われたように、パロの心はかたくなになって、彼らのいうことを聞かなかった。 》

 第三の災いは、ぶよである。ナイルの水は上流の肥沃な土砂を運び、農耕を豊かにする。そのあとの畑に水が残っていると、其処に蚊やぶよが大量に発生する。モーセの時は異常なほどに水があり、神の裁きの現れとして蛙が異常発生し、また蚊やぶよも大量に発生したのである。これを見てエジプトの魔術師もためそうとしたが出来なかった。ぶよが家畜や人につくと不快を覚える。特に清潔を好むエジプト人は、肌につく蚊やぶよには閉口した。不愉快さの中で彼らは「これは神の指です」と言った。神の指とは神の力ある業という意味である。神の力ある業は救いと裁きの両面に表れる。

 主イエスは「わたしが神の指によって悪霊を追い出しているのなら、神の国はすでにあなたがたのところにきた」と言っているが(ルカ十一20)、これは救いの業としての神の指である。ところが本章では、神の指の業がパロへの裁きに表れているのである。神のみ業と分かるにも関わらず、パロは頑なな心を変えようとしない。神が最も嫌うのは頑なさである。反対に神が喜ばれるのは、人の正しい行為よりも謙遜で柔らかな心である。そのことを、神はサウロ王にも告げた(サムエル上十五22)。心の柔らかな人は恵みを受ける。頑ななパロは、残念な心の持ち主である。

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2001年 2月3日(土)

出エジプト八章20〜32節(28)

《パロは言った、「わたしはあなたがたを去らせ、荒野で、あなたがたの神、主に犠牲をささげさせよう。ただあまり遠くへ行ってはならない。わたしのために祈願しなさい」。 》 

 第四の災いはあぶである。モーセがパロに伝えたメッセージは次の内容である。@民を去らせて礼拝すること。Aそうさせないと、あぶがこの国を襲う。Bイスラエルの住むゴセンにはあぶは来ない。Cこの災いによってパロは主が神であることを知る。あぶは「いぬばえ」のことで、眼炎やジフテリヤをまん延させると言われる。それが大量発生して、パロの家にも被害をもたらした。たまらなくなって、王は初めて礼拝の許可をした。しかし神のみ心に添うようなものではなかった。 パロは妥協的な提案をした。@最初のそれは、国内で犠牲を献げよというものである。モーセはこれに反対した。その理由はエジプト人が偶像視している羊、牛などをイスラエル人が献げていると、石打ちなどの迫害をされる恐れがある。やはり荒野で礼拝をしたいとこれまでの希望を申し出た。A次にパロは「荒野に行ってよいが、あまり遠くへ行ってはならない。また私のためにも祈ってほしい」と第二の提案をした。モーセはこれを聞いてあぶの除去を神に祈った。信仰生活には妥協して良いことがある。しかし、もし明らかに罪と分かる行為に妥協すると信仰の全体が破壊される。そうであることが分かった場合は拒否すべきである。パロは再び頑なになった。

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2001年 2月4日(日)

出エジプト九章1〜7節(7)

《パロは人をつかわして見させたが、イスラエルの家畜は一頭も死んでいなかった。それでもパロの心はかたくなで、民を去らせなかった。 》

 第五の災いは家畜の疫病である。家畜の病気は時折起こっていたが、モーセはこの災いは神の裁きとして起こると言った。それが神の業であることを示すため、@それは不確定な何時かと言うのではなく、「明日」起こると告げたのである。一日の猶予が与えられたのは、パロに考えさせ悔い改める時を与えるためであった。Aしかしイスラエルにはこの災いはおよばないとも言った。エジプト人の家畜だけが疫病になるというのは、彼らの宗教思想への打撃であった。というのは彼らはこれらの家畜を、神としてあがめていたのである。例えば、エジプトで第二に大きい神殿のあるメンピスでは、牛がアピスの神として祭られていた。主なる神はナイルを打ったように家畜を撃つから、その災いから逃れるために対策をとりなさいと警告したのである。 神は決して理不尽に裁きをもたらす方ではない。それなりに考える時間と、悔い改めの機会を与えておられる。全国に家畜の被害が出たのを知って、パロは部下をイスラエル地区に派遣し疫病の影響がなかったかを調べさせたが、その地区には被害はなかった。パロはその事実を見てまことの神に帰るべきであったのに、ますます心を頑固にした。信仰が身につくのは頭のよし悪しではなく、立派な行いが出来るか否かの問題でもない。謙って神に従おうとする姿勢である。

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2001年 2月5日(月)

出エジプト九章8〜12節(12)

《しかし、主はパロの心をかたくなにされたので、彼は主がモーセに語られたように、彼らの言うことを聞かなかった。》

 第六の災いは腫れ物である。神はモーセにかまどの「すす」を取って、パロの前で天に向かってまき散らせと命じられた。「彼らはかまどのすすを取った」とあるが、そのかまどはある特定のものを指していたようである。イスラエル人は日干し煉瓦と焼く煉瓦を作らされていたが、ある解釈者は「かまど」(10)は、イスラエル人が煉瓦を焼くために使っていたかまどであったと言う。即ちこれは、イスラエルの苦役の象徴としてのかまどであった。この意味だとすると、イスラエルの長年におよぶ奴隷の苦難を覚えてほしいという、アピールのように思われる。別の解釈者は、エジプト人は疫病を取り除くために、ある神殿でいけにえを捧げていたが、そこのかまどのすすであると言う。この意味に取ると、疫病を癒すエジプトの神が、むしろ病気をまき散らす元凶となるではないかと語っているように思われる。

 モーセは神が告げられたようにかまどのすすを撒き、その結果獣と人に腫れ物が生じた。すすが疫病を起こしたのではない。それは象徴であってそうしたのは神である。この状況も、清潔好きのエジプト人には耐えられないことであったに違いない。これを見ながらもパロは心を変えず頑なになり、神は彼の不服従の心を知っておられた。

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2001年 2月6日(火)

出エジプト九章13〜26節(21)

《主の言葉を意にとめないものは、そのしもべと家畜を野に残しておいた。》

 第七の災いは雹(ひょう)である。もし屋外にいるなら、大きい雹によって家畜も人も打たれて死ぬほどの被害を受ける。モーセはパロに、この災害が明日エジプトを襲うと、一日の猶予を与えた。この時までにはエジプトにも、モーセが語る神の警告を信じる者がいた。それである者は被害を避けようとして避難したが、それを信じない者は働き人も家畜も野に放っておいた。エジプトでは雨は少なく、雹もパレスチナに比べて大変少ない。だから多くのエジプト人は、その様なことが起こるわけがないと高をくくっていた。ところが一日も経つと、巨大な雹が降り家畜と人を襲ったのである。

 神を信じる信じないは、その人の自由であろう。しかし聖書は、人が「一度だけ死ぬことと、死んだ後裁きをうけることとが、人間に定まっている」と、神の裁きの確かさを述べている(ヘブル九27)。一方、主の十字架によって罪赦されている者は、裁きにあっても滅びることはないとも約束されている。 これまでの六つの災いによる被害は、注意すれば人の生命の危険にまで及ぶものではなかったが、今回のは主の言葉を信じないで野にいると、死ぬほどのものとなる。私達は自分の感じで神の言葉を侮ってはならない。神が恵みの時を与えているのは、全ての人が滅びないためである。

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2001年 2月7日(水)

出エジプト九章27〜35節(34)

《ところがパロは雨と雹と雷がやんだのを見て、またも罪を犯し、心をかたくなにした。彼も家来も、そうであった。 》

  雹の災いにパロは困り、「わたしは罪を犯した。主は正しくわたしとわたしの民は悪い」と言うようになった(27)。このような悔い改めの懇願は、今回で三度目である。しかし雹の災害が止むと、パロと家来達はまたしても心を頑なにし神に背いた。パロが27節で、罪を悔い改め神を正しい方だと言ったのは、うわべを取り繕った一時逃れの言葉だとは思わない。その時は、心からそう思ったに違いない。それなのになぜ元の姿に戻るのか?。いくつかのことが考えられる。@パロの意志が弱いのか、A自分の地位を考えモーセの神に屈するのが嫌だったのか、B周りの重臣達からの言葉が彼を変えたのか。それら以上に、彼自身の本質的な悪が変えられなかったからである。

 @罪を罪と分かったら、人は心から悔い改める。しかし、罪が地獄の滅びに至るものと自覚しなかったら、人は繰り返し同じ事をおこなう。A罪を悔いるだけでは駄目である。キリストを心の内に受け入れなければ、人は決して変わらない。ある時わたしは罪を犯しそれが自分を苦しめた。しかし十字架のイエスに全て悔い改め赦しを頂いた。その結果二度と繰り返してしようとは思わない。Bパロは目先の問題解決だけを求め、それが解決すると再び元の姿に戻った。それは救われた者ではない。

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2001年 2月8日(木)

出エジプト十章1〜6節(2)

《また、わたしがエジプトびとをあしらったこと、また彼らの中にわたしが行ったしるしを、あなたがたが、子や孫の耳に語り伝えるためである。そしてあなたがたは、わたしが主であることを知るであろう」。 》

 パロの頑なさについて二面が述べられている。一つは彼自身の頑なさ(七13、22、八15、32他)、二つは神が彼を頑なにすることである(四21、七3他)。前者は人の罪深さであり本人の責任であるが、後者はうなずけない。神が人を頑なにしておいて、彼を罰することは理解できないからである。後者については、全てのことは主権者なる神の意志の元にあるという考えが根底にある。

 ところで、神の意志の現れには二面がある。@神の直接的な意志。それは神が人の行為を積極的に喜ぶ御心である。例えば人が他者を愛すること、正義を行うことなど。A他方許容的な意志がある。放蕩息子が父を捨てて出るのは父の喜びではない。しかし人には自由意志があり、悪い行為であっても他者は止められない。父は息子の行為を是認はしないが消極的に許容する。放任である。これを神の許容的な意志という。このようにパロは自分を頑なにし、それを神は許容されたのである。此処で神はパロの頑なさを逆手にとって、モーセを通して行った奇跡の主こそが、全地の神であることを知らせる機会とすると言われるのである(2)。私達は、頑なさが神のみ業の現れる機会となるような生き方をしてはならない。神に喜ばれる生き方で、神の栄光を現す者になるべきである。

 

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2001年 2月9日(金)

出エジプト十章7〜20節(9)

《モーセは言った「わたしたちは幼い者も、老いた者も行きます。むすこも娘も携え、羊も牛も連れて行きます。わたしたちは主の祭を執り行わなければならないのですから」。》

 第八の災いはイナゴである。これを告げるためにモーセはパロの所に来た。その時王の家臣等は連続の災禍に疲れ果て、イスラエル人に礼拝の自由を与えるよう王に進言した。王はそれを受け入れ「誰が礼拝に行くのか」と尋ねると、モーセは全員が礼拝に行くと答えた。しかしパロは男子だけが行き、家族や家畜は残して行けと指示する。彼は家族を人質にしようとしたのである。また家畜を連れて行くなと言うが、それはイスラエルにとっては犠牲抜きの礼拝であって彼らの望むものではない。以前、荒野で礼拝すると願ったときもパロは遠くではなく近い場所でせよと命じたが、今回も同様の提案である。交渉は決裂しモーセは宮廷から追い出された。やがてイナゴの大群がシロッコと呼ぶ南東の風に乗ってエジプトを襲い、ようやく芽を出したばかりの小麦類を食べ尽くした。イナゴの恐ろしさはエジプト人がよく知っていた。大型バッタに変身したイナゴが飛んでくると昼間でも暗くなると言われる。この状況にパロは危機感を持ち、イナゴを取り除くようモーセに頼んだ。しかし災いが去るとパロはまたしてもイスラエルを去らせなかった。今は礼拝を自由に守ることが出来る人は多い。しかしよほどの努力をしなければ、礼拝を守ることが困難な人々もいる。礼拝の大切さを心に留め出来るだけの努力をしたいものである。

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2001年 2月10日(土)

出エジプト十章21〜29節(23)

《しかし、イスラエルの人々には、みな、その住む所に光があった。 》

 次に第九の災いが来る。これまで災いは警告をもって来ることが多いが、第三と第六とは無警告であり、今回の闇黒の災いも無警告である。さわれるほどの暗さとは、暗黒のひどさの形容である。三日間人々は、闇の中で見ることも立つことも出来なかった。それを自然現象として説明し、三、四月頃砂漠からの熱風で砂が運ばれ大気を覆い、そのために視界ゼロとなり太陽も見えなくなることがあると言う。しかしイスラエルの住む地には光があったとは不思議である。暗黒と光の対照は、罪の暗さに生きる者と、恵みの明るさに生きる者の対照を示唆するものである。

 暗黒がもたらされたことは、エジプト人特にパロにとってはショックであった。というのは、エジプト人は太陽神をラーと呼び、神々の中での主神としてあがめていたのである。パロはその神の化身である。ところが太陽神ラーの恵みがモーセの神によって遮られたわけで、これによって彼らが受けた精神的な衝撃は大きかった。自然現象ならこれまでにも経験していたわけで、パロも時間の経過を見て対応しただろう。しかし今回の暗黒は普通ではないと思い、モーセの求めを受け入れようと決心したのである。しかしまたしてもパロは心をひるがえし、神に逆らう行動をとるようになった。

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2001年 2月11日(日)

出エジプト十一章1〜10節(4)

《モーセは言った、「主はこう仰せられる、『真夜中ごろ、わたしはエジプトの中へ出て行くであろう。・・』 》

 パロの頑なさのためにモーセは何度も裏切られた。それで災いが九つまで及んだのである。暗闇の災いの後パロはモーセには二度と会いたくないと言ったが、それに対してモーセは十番目の災いが来ると告げた。それはパロの家庭から奴隷の家庭に至るまで、全てのういごが死ぬと言うものである。このために神ご自身がエジプトの中に出て来られる(4)。これまでモーセは神の使者としてパロに遣わされていたが、この度は神ご自身がお出でになるというのである。これは事柄の重要性を示している。かつてイスラエルの男子が生まれた時、パロの命令によって殺された。長子だけでなく全ての男子である。それでは家系は絶えてしまう。その痛みがどれ程であったかを、神はエジプト人に分からせようとするのである。しかしこの災いが全土に起こる時にも、イスラエルの家庭は神の保護を受けると約束された。イスラエルには犬も舌を鳴らさないとは、誰もイスラエルには危害を加えることはしないという意味である。 第十の災いがエジプト全土に及んだとき、パロの方から「あなたもあなたに従う民も皆出て行って下さい」と頼むほどになる。モーセは4節以下のことを語り、憤りをもってパロの元から立ち去った。神に逆らってまで意地を張り自分の考えを通そうとする者の愚かさを、モーセはつくづく悲しいことだと思ったに違いない。

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2001年 2月12日(月)

出エジプト十二章1〜7節(7)

《その血を取り、小羊を食する家の入口の二つの柱と、かもいにそれを塗らなければならない。》

 過越し祭りについて。この祭りはユダヤ人にもキリスト者にも大切な意味を持っているので、詳細に学びたい。

 @小羊。祭りに大切な動物は小羊である。それは傷のない一歳の雄で、羊の肉は焼いて全部食べなければならない。また血を入り口の柱と、かもいとに塗る。長子の死の災いが過ぎ去るためである。小羊はキリストの象徴である。「贖われたのは・・・きずもしみもない小羊のようなキリストの尊い血による」(第一ペテロ一19)や、第一コリ五7などの聖句はこれを示している。キリスト者は小羊イエスの十字架の血によって、罪と滅びから救い出されたのである。また、小羊は肉も内臓も全部食べる。それはイエスの全てを受けることを意味する。救いの恵みだけでなく、彼の十字架の重荷も、わがものとして受け取ることである。

 A家族の祭り。過ぎ越し祭りは本来家族で守るものである。この祭りの意味は、父親が説明しなければならない(十五26)。信仰は教会で守ると共に、家族のものだと聖書は教える。

 B新しい年の始まり。エジプト脱出は過越し祭りから始まり、それが新年と定められた。エジプトの暦とは別の歴史を持つのである。キリスト者には体の誕生と、神の子としての誕生がある。この両面の歴史を、私達の人生は持っている。

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2001年 2月13日(火)

出エジプト十二章8〜13節(13)

《その血はあなたがたのおる家々で、あなたがたのために、しるしとなり、わたしはその血を見て、あなたがたの所を過ぎ越すであろう。わたしがエジプトの国を撃つ時、災が臨んで、あなたがたを滅ぼすことは ないであろう。 》

 過越しの祭りには小羊の他にも食物があった。@種なしパン。普通は麦粉に酵母菌を入れて焼くが、この時は種なしである。それはエジプト脱出が大急ぎでなければならず、発酵の時間など待っておれなかったからである。これは主の救いは心に示された時、ただちに受け入れることが祝福になることを示唆している。またパン種は象徴的であり、良い意味(マタイ十三33)と悪い意味とに(第一コリ五7)用いている。いずれにせよパン種は、見えないところで強い影響を持つものである。過越しの祭りの場合は悪い意味である。即ち、罪を捨ててこの祭りを守ることである。 A苦菜。チシャ類の草と言われる。苦い菜を食べるのは、イスラエルが奴隷として苦しい経験をしたことを記念するものである。ユダヤ人は記憶の民だと言われる。良いことも辛いことも覚えていて、それを人生に活かすことは大切である。罪から救われたこと受けた恵みを覚えて感謝することは、信仰生活に大切である。イエスの最後の晩餐は過越しの祭りの時であった。主はパンを渡してわたしの体だと言い、ブドー酒を渡して十字架で流す贖いの血だと言われた。贖いの血が心の門口に塗られている。それ故に主の救いの中に入れられていると覚えるべきである。

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2001年 2月14日(水)

出エジプト十二章14〜20節(19)

《七日の間、家にパン種を置いてはならない。》

 ここには「種入れぬパンの祭り」の定めを記している。過越しの祭りはニサンの月(ヘブルの一月)十四日である。その前日十三日には、すでにパン種は家から取り除かれている。十四日に過越しの祭りがあり、十五日から一週間種入れぬパンの祭りが持たれる。このように過越しと種入れぬパンの祭りは密接につながっている。この祭りの意味は既に述べたが、この箇所はさらに詳しく教えている。 @この祭りは永久に守るべきものである(14)。旧約時代にそれをしなかった時期があった(列王下二三21)。それは信仰を忘れ偶像を拝んでいた時代であった。しかしイスラエルがバビロンの捕らわれから帰ってきた後は、それを守り今もこの祭りを行っている。キリスト者は十字架があるので、この祭りは守らず聖餐式がこれに代わっている。

 A二つの聖会を開く(16)。最初の日の聖会はエジプト脱出の記念であり、最後の日の聖会は紅海を渡った記念である。聖会を開くことによって、イスラエル人は神の恵みを想起していた。私達は礼拝ごとに、贖いの事実を思うことが大切である。

 Bこの期間、種入りのパンを食べる者は追放される(19)。パン種は罪による腐敗の象徴である。これらの祭りは、救いの尊さと、罪を取り除くべきことを教えている。

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2001年 2月15日(木)

出エジプト十二章21〜28節(24)

《あなたがたはこの事を、あなたと子孫のための定めとして、永久に守らなければならない。》

 第十の災いの時が近づいて来た。すでに過越し祭りについては民につげられていた。今日はそれを実行する日である。この箇所には小羊の肉をどのようにすべきかについてよりも、血に関することが詳しく述べられている。

 @小羊の血を入り口の二本の柱と、かもいに塗ること。イスラエルの各家庭では「ヒソプ」というほうき草のような植物に、血を付けて塗った。この夜、神は小羊の血が塗られた家に隠れている者は滅ぼさないが、外に出ている者は死ぬ。だから、一人も戸外に出てはならなかった。神の裁きが過ぎ越したのは、血に魔術的な力があったからではない。小羊の血は、キリストの血の象徴である。だから誰でもキリストの十字架の血の陰に隠れる者は、神の裁きから逃れることが出来るのである。「私達の過越しの小羊であるキリストはすでにほふられた」と第一コリント五7には言われている。

 Aこの祭りは永久に守るべきである。永久に守るのは、この儀式よりもキリストの贖いの血である。黙示録には天においてあがめられ賛美されるのは、小羊であると述べている。私達は今の生活では、血による赦しがどれほどの意味があるかを、十分に知らないのではないだろうか。しかし天におけるその日、主の血の意味と価値とを知って驚くのではないだろうか。

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2001年 2月16日(金)

出エジプト十二章29〜39節(31)

《「あなたがたとイスラエルの人々は立って、わたしの民の中から出て行くがよい。そしてあなたがたの言うように、行って主に仕えなさい。 》

 その夜、ついに第十の災いがエジプトを襲った。パロの長子から牢獄の捕虜の初子に至るまで打たれ、エジプト全土に泣き叫ぶ声が起こった。イスラエルの民はモーセに言われたとおりに小羊の血を塗り、その家に隠れていたためその災いから逃れることが出来た。災いに会わなかったイスラエルの民が、特別に立派な人々だったのではない。彼らはただ神に従っただけであり、それによって救われたのである。これまで神は警告をした上で災いを送り、災いにあってパロは悔い改めた。しかしそれは本心からのものではなかった。だから同じ神への背信を繰り返したのである。神の裁きを軽んじ、神の愛と寛容をいい加減に受けてはならない。私達にとって大切なのは神に従うことである。

 長子の死によって、パロは遂にイスラエルを解放することにした。解放の言葉を受けて、モーセは直ちにイスラエル全員にエジプト脱出を命じた。これまで何度もパロの裏切りを受けていたため、多くのイスラエル人はこの国を出られると思っていなかったのではないだろうか。しかしやはり脱出は急に起こった。彼らは言われていたように種なしパンを食べ、その地を出ることになった。

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2001年 2月17日(土)

出エジプト十二章40〜51節(48)

《寄留の外国人があなたのもとにとどまっていて、主に過越の祭を守ろうとするときは、その男子はみな割礼を受けてのち、近づいてこれを守ることができる。 》

 エジプト全土に長子の死の災いが来た時、門口に小羊の血を塗った家の者は皆救われた。しかしその夜神はイスラエルを守るために、「寝ずの番をされた」(42)。神は眠るようなお方ではない。この表現は、神の行き届いた手厚い保護を意味している。神は民のために、それほどの愛を注がれたのである。彼らは四百三十年のエジプトの生活を終えて、父祖達の約束の地に帰ることになった。全体の数は、男子だけで六十万人である。

 ところで、43節以下に過越し祭りの追加のきまりが書かれている。それはこれほどの多くのイスラエルの民の中には外国人が入っていたので、その人々に対する対応をどうするかについてである。基本的にはその人々を、受け入れることである。ユダヤ人のきまりである割礼を受けることによって、彼らも共に過越し祭りに参加することができる。災いから救われたいと願っても、小羊の血を塗るとか家族で肉を食べるとかということは、異邦人のままでは出来ない。しかし神は群に入りたいと願うものは皆受け入れ、神の民の共同体を造ろうとされた。主は過越し祭りを聖餐式にされたが、皆で主の肉と血とにあずかるとき、一同は神の家族であることを自覚する。信仰は個人だけでなく、共同体として守るべきものである。

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2001年 2月18日(日)

出エジプト十三章1〜10節(3)

《あなたがたは、エジプトから、奴隷の 家から出るこの日を覚えなさい。主が強い手をもって、あなたがたをここから導き出されるからである。 》

 過越しと種入れぬパンの二つは、イスラエルの大切な祭りである。それは、@エジプトの奴隷の生活からの決別の日だからである。パウロは食物規定、安息日律法など律法からの解放を、霊的には罪からの解放を何度も教えている。この解放をして下さるのはキリストである。過越しの祭りがエジプトの生活との一線を引いたように、私達はノン・クリスチャン時代の生活パターンで捨てるべきものを引きずってはならない。A出エジプトは、彼らの再出発の時だからである。新しい始まりのためにアビブ(あるいはニサン)の月を、イスラエルの新年の正月とした。Bこの祭りは毎年守るべきである。乳と密の流れる地カナンに行ってからも、これを行うように命じられている。救いの恵みは何時も繰り返して覚えなければならない。人はマンネリ化しやすく、神の恵みさえ当たり前のようになってしまうからである。安息日を設けた理由の一つは、彼らがエジプトの奴隷の生活から救出されたことを覚えるためである(申命五15)。C神の力強い救いの手を記念する祭りである。私達は主イエスによって救われたと言うが、それは神の力強いみ業による。イエスの十字架はサタンの業を破壊してしまう働きがある。それによって解放されたことを覚えるべきである。

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2001年 2月19日(月)

出エジプト十三章11〜16節(2)

《「イスラエルの人々のうちで、すべてのういご、すなわちすべて初めに胎を開いたものを、人であれ、獣であれ、みな、わたしのために聖別しなければならない。それはわたしのものである」。 》

この箇所と1〜2節のメッセージは、ういごは神のものであるというものである。出エジプトの最後的なきっかけになったのは、長子の死であった。あの夜イスラエルの家には誰も死者を出さなかった。長子は救われたのである。それは小羊の犠牲によって贖われたからである。実際には長子を救ったのは、小羊ではなく神である。それゆえ神は、長子は神に属するものだと言われる。此処には家畜も初子は神のものだとあり、別の所には農作物も最初の収穫物は神に献げるようにと言われている(レビ二三10)。最初の子とか最初の家畜や収穫物は、その人にとっては一番大切なもので喜びをもたらす。これを神に献げるというのは、一番大切なものを主に献げなさいという意味である。長子を献げるとは自分自身を献げることである。家畜や農作物は生活周辺の事柄を意味していると思う。これら全てを含めて、一番大切なものを献げよと言うのである。献げると言っても、これらを神が私達から取り上げるのではない。自分自身の生き方について、神を中心に置き御心を考えて進めていく教えなのである。私達は神を忘れて、自分の事を自己の意志だけで決めていることが多い。私にとって何が一番大切な長子となっているだろうか。それを神に献げているだろうか。

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2001年 2月20日(火)

出エジプト十三章17〜22節(21)

《主は彼らの前に行かれ、昼は雲の柱をもって彼らを導き、夜は火の柱をもって彼らを照し、昼も夜も彼らを進み行かせられた。》

 イスラエルはヨセフの遺骨をもって出エジプトした。彼らはゴセンの地を出て、スコテを経てエタムへと進んだ。地中海岸沿いの道(ペリシテへの道)に進めば、カナンへは二週間で行かれる近道である。しかし神は南方の荒野へ導かれた。ペリシテの道は通商道路であり、エジプトは各所に警備隊を配置していた。もし警備隊と奴隷の軍隊が争うことになれば、イスラエル人は戦いを見て恐れエジプトに帰ると言いかねないと、神は思われたのである(17)。荒野の道はカナンに行くには遠回りではあるが、戦いの少ない道であった。しかし荒野の道の選択はそれだけではなく、十戒を与える神のご計画があった。と言うのは、モーセが召された時「民をエジプトから導き出した時あなた方はこの山で神に仕える」と告げられていたからである(出エジ三12)。イスラエルは奴隷から解放されたとは言え、実際には放浪の旅である。しかし神の計画には間違いはない。その象徴が雲の柱・火の柱である。雲の柱は暑い砂漠で日陰による神の守りであり、火の柱は夜間行進の時の合図の火かも知れないが、それとても神の導きによる進軍の火であった。雲や火は神の臨在の象徴である。危険や寂しさのある人生の荒野を歩むとき、「神共にいます」臨在を示して下さる。

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2001年 2月21日(水)

出エジプト十四章1〜9節(2)

《引き返して、ミグドルと海との間にあるピハヒロテの前、バアルゼポンの前に宿営させなさい。》

 雲の柱、火の柱によって導びかれたイスラエル人が、南に進みスコテを経てエタムまで行ったとき、突然「引き返せ」という神の導きをモーセは受けた。なぜ引き返すのかは分からない。戻ってきたところは、ピハヒロテの前バアルゼポンの前である。この場所が今はどの辺りか分からないが、海や湖にかこまれた袋小路のような地域である。彼らは其処にテントを張った。

 一方パロはイスラエルに出て行ってよいと告げたのに、彼の家臣達は奴隷達が逃げたと王に報告した(5)。それを聞いたパロは王の面目を保とうとし、奴隷奪還のための追跡を始めた。パロが追いかけて来るのを知りながら、なぜ神はモーセに「引き返せ」と命じたのだろうか。モーセにはその理由が告げられていた。それは神がパロの軍勢を最後的に破って主こそまことの神であることを現すためであり、二度とパロに追跡されないためである(4)。モーセにしてみれば早く荒野に逃れる方が良いと思ったに違いない。しかしモーセは危険を知りながらも神が言われたことに従った。結局後では紅海を渡るという奇跡的な事件へと導かれるのである。思う方向に進むことが出来ないと感じながら、私達は神の導きに従い今の所に踏みとどまる勇気を持つことが出来るだろうか。

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2001年 2月22日(木)

出エジプト十四章10〜18節(14)

《主があなたがたのために戦われるから、あなたがたは黙していなさい。 》

 イスラエルは意気揚々とエジプトを出た(8)。その後間もなくパロは、六百の戦車と精兵をもってイスラエルを追った。軍隊が追跡して来ると聞いて、自信に満ちた人々もたちまち恐れに変わった。人は健康で身分が保障され、ある程度の安心があると強がりを言うが、それらの一つでも崩れると恐れにさいなまれる。恐れたイスラエルは神とモーセに不平を言った。彼らは逃げ場が無くなったので、此処で死ぬよりもエジプトで奴隷であった方が良かったと嘆き叫んだ(12)。

 人は困窮すると自分を困らせる相手を傷つけようとするが、それが出来ないときには死にたい気持ちになる。私達の持っている信仰とか安心は、恐ろしいことが起こるとすぐに無くなる。誰も自分を強いと思ってはならない。神の憐れみによって生かされている弱い者である。先が見えないと、イスラエルと同じような叫びを出すものである。今の私達には神の計画が分からなくても、「神は・・・万事を益となるようにして下さる」方である(ローマ八28)。私達の全てを支えて下さる方は全能の神である。モーセは「主が戦って下さるから黙していなさい」と宣言したが、イザヤも危機に襲われたとき「気を付けて静かにし、恐れてはならない」と主から力を受けた(イザヤ七4)。

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2001年 2月23日(金)

出エジプト十四章19〜31節(31)

《イスラエルはまた、主がエジプトびとに行われた大いなるみわざを見た。それで民は主を恐れ、主とそのしもべモーセとを信じた。 》

 イスラエルが通過したのは紅海ではなく、「葦の海」(ヤム・フース)だと言われている。彼らは神がお造りなった海の中の道を、歩いて向こう岸へ渡った。紅海(葦の海)を渡ったことはいくつかの奇跡の中の一つというよりも、民族としてのイスラエルの始まりを意味する歴史的な大事件となったのである。だから彼らは歴史において、この出来事を今に至るまで語り伝えている。

 さて、海を渡ることにはいくつかの意味がある。@これを機会にイスラエルは完全にパロと断絶した。第一コリント十1には、彼らは海の中でモーセにつくバプテスマを受けたとある。イスラエルがモーセについたように、キリスト者は洗礼によって本質的には罪と縁を切り、キリストにつく者となったのである。A海を渡るのは神のみ業による。紅海の水を分けたのは神である。神が袋小路のような場所に民を導いたのは、神が世界の主であり信じる者に救いを与えて下さる方であることを示すためであった。行き詰まりと見える中にも神の御心があり、そこに神のみ業が表される。B神は人や自然を用いられる。モーセと彼の杖は取るに足りないものである。また神は強い東風を起こされた。小さい者をもお用いになるのは、これが神の業だと人々が分かるためである。

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2001年 2月24日(土)

出エジプト十五章1〜12節(2)

《主はわたしの力また歌、わたしの救と なられた、彼こそわたしの神、わたしは彼をたたえる、彼はわたしの父の神、わたしは彼をあがめる。 》

 紅海を渡った出来事は聖書全体で取り上げられている程に大事件なので(詩七八、イザヤ四三16他)、限られた紙面では語り尽くすことができない。さて、イスラエルは対岸に渡り賛美を歌い感謝している。

 @感謝は神に献げるものである(1、11)。全ての恵みは神から出ている。時として私達は神に感謝すると言いながら人に感謝する。もちろん人への感謝を忘れてはならない。しかしそれが神よりも人を崇めるようになると疑問を感じる。此処にはモーセへの賛美は一言もない。次に賛美の対象である神とはどのようなお方かを見たい。

 A神は敵を打ち破る力ある方である(4以下)。エジプト軍は彼らが対戦して勝てる相手ではなかった。しかし神は軍勢を海に沈め、大勝利をイスラエルにもたらした。私達の敵は銃をもって戦う相手ではなく、人生に起こるさまざまの問題である。信仰と祈りをもってこれらの問題と戦うとき、神は勝利を与えて下さる。

 B神はわたしの神である(2)。神とか信仰の理解はある程度学びによって得られる。しかし魂で分かるのは、私達の個人的な生活を通してである。危機の時の信仰と祈り、自分の意志に反して神に従い心を神に献げるなど、このような経験を経て、神が「わたしの神」となるように思う。

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2001年 2月25日(日)

出エジプト十五章13〜21節(13)

《あなたは、あがなわれた民を恵みをもって導き、み力をもって、あなたの 聖なるすまいに伴われた。》

 本章に記されている賛美はモーセ、アロンの姉、ミリアムの指導によって歌われたものである。彼女と他の女達は、タンバリンをもって踊りながら賛美した。喜びに溢れた即興的な歌のように響く。みんなが救いの神を心から喜んでいる。1〜12節は神がなされた救いのみ業への感謝であり、13節以下は出エジプトした民を、神が今後どのように導いて下さるかを歌ったものである。

 @神はイスラエルを、約束の地カナンへ導かれるという内容である(13、17)。神はイスラエルをエジプトから救出したが、それが本来の目的ではなく、父祖達に約束した地カナンへ導くことであった。「彼らを導いて嗣業の山に植えられる」とは、カナンに住むことである。

 A次に出エジプトの事件が、近隣諸民族に大きい影響が及んだことを述べている。出エジプトのニュースは既に近隣の民族にも聞こえており、彼らはイスラエル人が信じている神への恐れを持つようになった。だからペリシテ、エドムなどの人々は、イスラエルが荒野を通過しカナンに行くことを、ただ黙って見送ることにしたのである。私達は主によって救われた者であるから、救われた後天国なるカナンに入るまで、キリスト者として他の人々に、救いの架け橋としての役割を果たすべきである。

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2001年 2月26日(月)

出エジプト十五章22〜27節(26)

《「わたしは主であって、あなたをいやすものである」。 》

 イスラエルは、いよいよ荒野の道を進む。荒野は厳しい地である。紅海を渡ることが洗礼とすれば、荒野はその後のキリスト者生活である。イスラエルが荒野で神の民らしくなったように、キリスト者も困難を通して聖徒として造られる。彼らはシュルの荒野に入り三日の旅の後メラに着いたが、その地の水は苦かった。救いの喜びに踊っていた者も、今は賛美も感謝もなくつぶやきに変わっていた。洗礼を受けて喜んでいるのはしばらくで、試練が来るとつぶやき怒るようになる。試練は苦しい。その時こそ祈ればよいと分かっていても、私たちは聖書も読まず祈りもせず、人々に愚痴をこぼすことが多い。民のつぶやきを聞いて、モーセは辛かったに違いない。彼は神に叫んだ。その時神は木を水に入れよと示され、その木によって水は甘くなった。 私達の生活にも、キリストの十字架という木が投げ込まれると、苦いものが甘くなる。憎しみを持つ者でも十字架が示されるとき、愛を持てるようになる。この所で神は癒し主であると告げられた(26)。このみ言葉に立って癒された人がいる。また神は従うことの重要性を「おきて」として与えられた(26)。荒野生活での初めての試練の後、水の豊かなエリムに着いた。生活には闇があり光がある。

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2001年 2月27日(火)

出エジプト十六章1〜12節(10)

《それでアロンがイスラエルの人々の全会衆に語ったとき、彼らが荒野の方を望むと、見よ、主の栄光が雲のうちに現れていた。 》

 ここに「つぶやき」が七回も出てくるが、これと対照的に神の栄光と供給も示されている。@つぶやき(2他)。イスラエルは食糧不足のために欲求不満に陥っていた。彼らは奴隷の生活から解放されて一時は喜んでいたが、苦しくなるとエジプトの肉鍋とパンの方が良く見え、元の地に帰りたくなってきた。信仰生活の深みと価値を知らない人は、苦難にあうと未信者の生活の方が良く見えてくる。主イエスは貧しい民衆に「空の鳥、野の花を見よ」と語り次いで、神の国を求めなさいと教えられた。空腹の時には祈るよりも、政治の問題が先だと考える人がいる。しかし現代は物質が満たされていても、魂は相変わらず空腹である。やはり私たちは、どの様なときにも神を呼ぶことから始めることが大切である。

 Aつぶやきを聞く主(8他)。つぶやきは祈りではなく不平不満である。彼らはモーセに「此処で餓死させようとしているのか」と不満をむけた。しかしつぶやきは「神に向かって」の不信の態度である。

 B栄光を現す神(7)。つぶやきを聞いて神は栄光を表すと言われる。それは夕暮れにウズラの大群が飛来して肉を供給し、朝にはマナが与えられるという予告である。つぶやきを止めよう、主の供給を信じよう。

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2001年 2月28日(水)

出エジプト十六章13〜21節(15)

《「これは主があなたがたの食物として賜わるパンである。」 》

 @ウズラ。神が言われたように、ウズラの大群が飛んできた。ウズラはアフリカとヨーロッパを、春と秋に移動する渡り鳥。そのルートにはスペイン経由のものと、東地中海経由のものとがあるが、強い風が吹くとシナイ半島にも吹き寄せられてくる。神は民が最も必要としているときに、ウズラによって肉をお与えになった。詩篇七八27には、鳥を海の砂のように降らせたとある。

 Aマナ。これはある種の昆虫がアカシヤの樹液を吸って甘い分泌物を出し、乾燥したものだといわれている。これまでマナを見たことのない人々は、「これは何か」と言ってマナと呼んだ。

 ところで、モーセは各家庭の人数に従って、また朝ごとに集めるようにという規定を定めた。神は各家庭に要なものを朝ごとに与えられた。神に従う者には、そのつど必要が備えられる。神の供給は民がカナンに着くまで続くのである。ところが、余計に集める欲張り者が出た。そのような者がこの世にいるので争いが絶えない。ところで、マナについて「主が食物としてたまわるパン」と言う言葉に注意したい(15)。詩篇七八24にも、神が天の穀物で養ったとある。主イエスは「私こそ天からのマナである」と語られた(ヨハネ六)。私達は食物のパンと共に、み言葉のパンを食べなければならない。

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