聖書日課

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ルカ6章 1〜11

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ルカ6章 12〜26

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ルカ6章 27〜38

28

ルカ6章 39〜49

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1999年 2月1日(月)

マルコ一四章1〜14節(8)

この女はできる限りの事をしたのだ。すなわち、わたしのからだに油を注いで、あらかじめ葬りの用意をしてくれたのである。

 

 イエスの死があと二、三日に迫っていたとき、一婦人の油そそぎの出来事があった。三百デナリは三百日分の給与に相当する高価なものである。それ故「こんなにむだにする」と憤った人々がいた。一人の人が一生懸命良いことをしようとしているのに、考え方が違うからといって腹を立て、憤るというのはどういう気持ちであろうか。

 さてイエスはこの行いを弁護してから「貧しい人々はいつもあなた方と共にいるから、したいときはいつでも良いことをしてやれる。」と言われた。つまり主は、私たちの奉仕には、神に対する奉仕と、人々に対する奉仕という二重の意味があると教えられたのである。

 神への奉仕は人に対する奉仕という形で表される。人への奉仕がただその人間のためだけというのであれば、人道主義となる。しかし神に仕える故に人に仕える、と考えるならその祝福は二倍になるであろう。そのために「この女は出来る限りのことをした」のである。

 なし得る限りを主のためにしたい。

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1999年 2月2日(火)

マルコ一四章12〜26節(22)

一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福してこれをさき、弟子たちに与えて言われた、「取れ、これはわたしのからだである」。

 

 ユダの裏切りは悲しいことである。ある人は「その人は生まれなかったほうが良い」という句をみて、ユダに同情したり、何故そうと分かっているのに、イエスは彼を弟子にしたのかと考える。

 ユダは、イエスを売る計画を立てていた(11)。しかし、最後の瞬間までも彼を愛していた。ユダの座席はイエスに次ぐ最上の場であったし、最初にパンを与えたのも最愛の心の表現であった(ヨハネ十三章26)。それにもかかわらず、彼は主を拒否したのである。

 私たちにもそのような可能性があるので心しなければならない。たといユダが主を売った後でも、悔い改めたらペテロのように赦されたと思う。

 さて、この様に心騒ぐ中で、聖餐式をなさって、十字架による新しい契約を示された。古い契約は十戒である。それを守れば神の祝福の中に入れられる。しかし新しい契約は、十字架を信じれば救いに入れられる。主は「取れ」と言われて、豊かで自由な救いを提供される。

 

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1999年 2月3日(水)

マルコ一四章27〜42節(36)

「アバ、父よ、あなたには、できないことはありません。どうか、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの思いではなく、みこころのままになさってください」。

 

ゲッセマネの祈りが描かれている。イエスが父に三度も懇願するということはどこにも見られない。主はこの世に来られたとき、すでに十字架の死は覚悟のことであった。しかし、罪を負って死ぬことは父なる神との交わりの断絶である。これまでそのようなことの無かったお方にとって、十字架の死はまさに彼の魂の苦悩であって、罪人のはかり知ることの出来ないものである。

 さかずきとは、罪の裁きのことであるが、「この杯を私から取りのけて下さい」と、祈られたのである。しかし同時に主は、「しかしみこころのままになさって下さい」とも祈られた。この様に自己をささげて下さった主の故に、世界の贖いが完成された。

 ローマ五章19節には「一人の従順によって多くの人が義人とされる」とある。彼のまったき従順があったればこそ、救いが完成した。イエスが父の御心に従って下さったことに感謝したい。

 

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1999年 2月4日(木)

マルコ一四章43〜72節(72)

するとすぐ、にわとりが二度目に鳴いた。ペテロは、「にわとりが二度鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう」と言われたイエスの言葉を思い出し、そして思いかえして泣きつづけた。

 

いよいよイエスの逮捕の時が来た。彼の弟子達の様々な姿を見いだす。

 ユダは接吻を持って自分の師を売った。イエスの弟子達は「みんなイエスを見捨てて逃げ去った」(50)。一人の若者(マルコ自身だといわれている)は、イエスについて行ったが、捕まりそうになったとき、上着を脱ぎ捨てて裸で逃げた(52)。そしてペテロについては、彼もかなりの所までは主に従っていったのではあるが、ついにはイエスと無関係だと、彼を否定した。71節には「彼は、あなた方の話しているその人のことは何も知らないと言い張って、激しく誓いはじめた」とある。 誓うというのは、神にかけて知らないと言う意味であり、はじめたとは繰り返して言うとの意味である。鶏の鳴き声でペテロは自分の罪を知って泣いたのだが、何と神に祈っただろうか。言葉も無かっただろう。しかし自分の過ちに泣く者を、主は捨てられない。

 

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1999年 2月5日(金)

マルコ一五章1〜15 節(5)

しかし、イエスはピラトが不思議に思うほどに、もう何もお答えにならなかった。

 

 イエスの裁きは二種であった。一つはユダヤ人によるもので、宗教的な面からのものである。それは陰の実力者アンナスと、彼の婿で大祭司であるカヤパ、そして正式な裁判としての議会によるものと、三段階を経ていた。彼らによればイエスは自らをメシヤとし、神としたので冒涜罪として死刑となった。しかしローマが死刑の決定をしないと処分できないので、もう一つの政治的裁判をピラトに求めた。

 ピラトは、イエスを罪を認めなかったために、釈放したかったが民衆の声に負け、ついに十字架にわたしてしまったのである。

 彼はローマの権威を持って無罪を宣言すべきであった。しかし、イエスよりも民衆の支持するバラバに許しを与えた。

 とはいえ、イエスはピラトの判断違いの故に死刑になったのではない。彼は父なる神の御心に従って贖いの死を自ら選んで行かれたのである。ピラトの審問に「何もお答えにならなかった」のは、正しいお方に委ねておられたからである(第一ペテロ二章23)

 

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1999年 2月6日(土)

マルコ一五章16〜32節(32)

イスラエルの王キリスト、いま十字架からおりてみるがよい。それを見たら信じよう」。また、一緒に十字架につけられた者たちも、イエスをののしった。 

 

 紫の衣やいばらの冠は、王の象徴を皮肉と嘲りで表したものである。イエスは自ら十字架を負って刑場に歩き始めるが、疲れ果てていたため、クレネ人シモンが代わってそれを運んだ。そのためにシモンとその家族は後にキリスト者になったといわれる(ローマ一六章13)。

 九時に十字架につけられ、32節までは昼の一二時までのイエスのお姿である。彼は麻酔のぶどう酒をおうけにならず、死の苦悩を味われた(ヘブル二章9)。最初の十字架のことばは「父よ彼らをゆるし給え」である。これは世界の罪人のための祈りである。次は悔い改めた強盗のためのことばで「今日パラダイスにある」である(ルカ二三章)。次は母やヨハネへのことばで「汝の母、汝の子」である。イエスは母を弟子に託された。

 さて人々はイエスに向かって、十字架から降りよと言う。そうすれば、信じると嘲った(31)。サタンは最後まで十字架なきものにしようとする。しかし、私たちは十字架の故に神を信じられたのである。

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1999年 2月7日(日)

マルコ一五章33〜47節(38)

イエスにむかって立っていた百卒長は、このようにして息をひきとられたのを見て言った、「まことに、この人は神の子であった」。

 

 「わが神、わが神どうして私をお見捨てになったのですか」は、人間が知ることの出来ないほどの深いものがあると思う。父なる神との切れることのない交わりを持っておられ、又捨てられる理由のないイエスであられた。だから、何故捨てられるのかと、叫ばれたのである。もちろんその理由は百も承知のはずである。それは私たちの罪を背負い、贖いのため身代わりになったからである。それにも関わらず、いざその事実の現実が身に及んでくると、そう叫ぶのが当然であったのであろう。それは地獄の苦しみであった。主の身代わりのお苦しみを思う。

 いよいよ死の業が完成したとき、神殿の幕が二つに裂けた。それは聖所、至聖所の仕切の幕である。至聖所は神殿の奥にあり、大祭司以外は誰も近づけなかった。ところがそれが裂けたのは、神と人との交わりが、あの十字架によって開かれたことを意味する(ヘブル一〇章19、20)。私たちは主の恵みに深く感謝した。

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1999年 2月8日(月)

マルコ一六章1〜8節(4)

《ところが、目をあげて見ると、石はすでにころがしてあった。この石は非常に大きかった。》

 

 復活は神の業である。弟子たちは少しもそれを信じていなかった。ご在世中にあれほど聞いていたのに、空耳だったのである。死んだお方が甦るなどとは、考えも出来ぬ恐ろしいばかりの驚きだったのである(8)。だから粗末な葬式の補いに、女達は墓参りに行った。墓参りの途中、墓石をどの様に動かせるだろうかと話し合っていた。ところが、「目を上げてみると、石はすでに転がしてあった。」人間の出来る業ではない。神様のほうですでに大きい石は動かしていて下さった。大きい困難がそこにもあっても、神はすでにのぞいて下さる。7には復活の事実を「弟子とペテロ」に告げよと言われる。ペテロは当然弟子の中に含まれているのに、何故特筆したのか。それは彼が主を否定したからであろう。主の方からペテロに近づいて行かれる、思いやりの心が伝わってくる。イエスの方から近づき、又神の側から私たちの石を取り除いて下さる。

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1999年 2月9日(火)

マルコ一六章9〜20節(20)

《 弟子たちは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主も彼らと共に働き、御言に伴うしるしをもって、その確かなことをお示しになった。》

 

 9〜16節には不信仰のことが何度も出てくる。主は甦ったことを表された(9)。そして人々は「聞いたが、信じなかった」(11)。十二にも主は、ご自身を表し二人のものが「話したが....信じなかった」(13)。さらに14にも主が現れ、見た人が伝えたが「言うことを信じなかった」とある。このように、「現れ」、「不信仰」が三,四どと出てくる。さてこれに対称的に、16節以下には信じる者の幸いが出てくる。第一に、信じる者は救われるとある。そして第二に信じる者にはしるしが伴うとも言う。つまり悪霊を追い出し、蛇をつかみ、毒を飲んでも害を受けず、病気の人を癒すようになるというのである。蛇をつかむとは、いやなことに関わり合うこと。聖霊に満たされると、いやなことに対応できるようになる。又、よく煮え湯を飲まされるというが、毒を飲まされるようなことにも耐えられる。そればかりか、病人のような人をも、立ち上がらせることさえ出来る。福音の恵みは私を生かし、人を生かす。

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1999年 2月10日(水)

ルカ一章1〜25節(14)

《彼はあなたに喜びと楽しみとをもたらし、多くの人々もその誕生を喜ぶであろう。》

 著者ルカは、ギリシャ系の医者である。彼はキリスト者となり、主の物語を正確に書き、それをローマの高官テオピロに献呈した。本書は、異邦人への福音書である。さて最初にバプテスマのヨハネの誕生物語がある。ザカリヤとエリサベツは神の前に正しい人で、落度のない人であった(6)。ところが不妊の人であった。子がないのは、彼らの間では、祝福がないことと考えられていた。老年になるまで、正しい生活をしながらも、子がない現実に、どんなに悩みを味わったか知れないだろう。

しかしついに彼らにヨハネが与えられることになった。もし年進んだ人に子が与えられたら、きっと自分の夢を託し、他の誰のものにもさせず、大切に育てようとするだろう。ところが、み使いはザカリヤに、ヨハネの生涯の計画を示している(13〜17)。そしてその彼が「あなたに喜びと楽しみをもたらす」(14)。自分のものでありつつ、しかも神からの賜物として受けとめる時、どんなことでも祝福の源となってくる。

 

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1999年 2月11日(木)

ルカ一章26〜38節(38)

《そこでマリヤが言った、「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」。そして御使は彼女から離れて行った。》

 

 マリヤの受胎告知である。神のわざは超自然であるが、人間無視ではない。神はマリヤを通してメシヤをこの世に送り出そうとされる。28、29節に「恵まれた女よ・・」とのみ使いの挨拶に、「マリヤはひどく胸騒ぎがした」とある。祝福を受けて、困惑するのは不思議である。しかし本人にしてみれば事態は重大である。貞節な女として生きて来たし、今は婚約者までいる。やがて事柄が明らかになれば、石打になるかも知れぬ。しかし神は「あなたを通して・・」とマリヤに言われる。

私たちは、神のみ業がこの世に現わされることを願う。この点でも、あの面でも、神の栄光が現わされるようにと祈る。その時、私がその任に当たるようにと言われると、しり込みしたくなるのはどうしたことだろう。しかしマリヤは自分を神に投げ出した。「私は主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」と言った。彼女が真の意味で主の奴隷となった時、神はお用いになったのである。

 

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1999年 2月12日(金)

ルカ一章39〜56節(48)

《この卑しい女をさえ、心にかけてくださいました。今からのち代々の人々は、わたしをさいわいな女と言うでしょう。》

 

 マリヤはエリサベツのもとに行き受胎告知の次第を話した。お互いの挨拶の後、マリヤは「わが魂は主をあがめ…」というマリヤの讃歌と呼ばれる、賛美をする。46〜55節がマグニフィカートと呼ばれるものである。これはハンナの歌に似ている。

マリヤの歌は一言一句が豊かで格調は高い。@まず何よりも神への賛美で始まっている。「主をあがめる」ことがどれほど大切なことであるか。これがキリスト者の基本であろう。A高ぶる者、権力がある者、富める者、即ち心の高慢な者が低くされ、低く、飢え、主を恐れる者に神の心はとめられる。なぜ、神は後者を祝しなさるのか。

それは神のみ子でさえ十字架の低きにまで下られたからである。井戸の水は低きにあるから、低きに下らなければ水は得られない。マリヤは高いからメシヤが宿られたのではない。低かったからである。「この卑しい女をさえ、心にかけて下さいました」は彼女の真心であった。

 

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1999年 2月13日(土)

ルカ一章57〜80節(74、75)   

《わたしたちを敵の手から救い出し、生きている限り、きよく正しく、みまえに恐れなく仕えさせてくださるのである。》

 

 ザカリヤは、もの言えぬ数ヶ月をすごしたが、やがてヨハネの誕生にともない、話すことが出来るようになった。突然のおうしの生活が、どんなに不自由であっただろうか。それにもかかわらず、口が開けると「神をほめたたえた」(64)。ザカリヤの讃美は、マリヤのそれと似たところがある。神へのさんびと、神が先祖たちとアブラハムへの約束を覚えておられるという感謝のことばである。神は救いの神である。歴史の中に、そのみ業を行い下さる。

私たちの人生の歴史においても同じである。イエスの購いのゆえに救われた者をどうして神はやすやすと手放されるであろうか。むしろ「敵の手から救い出し」なさるのである。更にザカリヤはヨハネの将来を預言し、主の先駆者の役割を果たし、人々を平和の道へと導くという。開かれた口をもって主をさんびする者になりたいと思う。

 

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1999年 2月14日(日)

ルカ二章1〜20節(7)

《初子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。客間には彼らのいる余地がなかったからである。》

 

 クリスマスの情景が描かれている。確かにイエスは、アウグストの時代、ベツレヘムに生まれなさった。救い主は宗教的な想像の産物ではない。神のみ子が受肉されたのである。しかし「客間には彼らのいる余地がなかった」。私たちの生活のどの部分に主をお入れする「余地」をつくっているだろうか。キリストがお生まれになったとき、王侯、貴族は彼を迎えなかった。ローマ皇帝が来たなら、大変な歓迎会をしただろうが、王の王なる方の来臨の時には、羊飼いが少しばかりでお祝いに行っただけであった。天には大いなる喜びがあったが、地の集会は淋しかった。

しかし卑しい羊飼いのさんびと神をあがめる言葉を、神様は最も喜ばれたのではあるまいか。そして、今もイエスの贖いによって救われた者が、どれほど卑しく小さくても、神をさんびし、感謝するのを喜び受けて下さる。主を愛する者は、イエスのためにいつも「余地」を造っていたいものである。

 

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1999年 2月15日(月)

ルカ二章21〜38節(25)

《その時、エルサレムにシメオンという名の人がいた。この人は正しい信仰深い人で、イスラエルの慰められるのを待ち望んでいた。また聖霊が彼に宿っていた。》

 

 神の救いが、世にあっては無名の者にまず知らされるとは不思議なことではあるが、それは神の恩寵でもある。シメオンもアンナもごく平凡な一人の市民であった。ただ彼らは、救い主を「待ち望む」人であり(25)「夜も昼も断食と祈りとをもって神に仕えた」人であった。渇き求めない者に救い主を与えても、拒否するばかりであり、ヘロデ王のように殺害さえもしようとする。

シメオンについて言うと、彼は幼子イエスを見るなり、神をほめたたえ、救いの成就を感謝している。そして自分自身のことについては、「この僕を安らかに去らせて下さいます。」と言う。彼が救いを見たからである(29、30)。アンナも同様のさんびをし、喜びのあまり福音をあかしして歩いた。「エルサレムの救いを待ち望んでいるすべての人々に語りきかせた」とある。八十四歳の老女を神が用いなさったのである。神の恵みに満ち、福音のあかしをするのは、年齢に関係はない。

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1999年 2月16日(火)

ルカ二章39〜52節(49)

《するとイエスは言われた、「どうしてお捜しになったのですか。わたしが自分の父の家にいるはずのことを、ご存じなかったのですか」。》

 

 少年期のイエス、特に十二歳の宮もうでのイエスが描かれている。身体の成長、知恵の成長が、神と共にあったのを見る。彼は神と人とから愛された。イエスがこのように成長されたのは当然のことであろうが、それは私たちにとっても模範である。両親は主の律法に従った生活をしており、毎年、過越しの祭りの時にはエルサレムに上がっていた(39、41)。十三歳になればユダヤの成人式なので、イエスもまた自分の責任で宮参をせねばならない。それゆえ訓練のための十二歳の上京となったのである。両親の生活はよき模範である。宮の上に上がるとイエスはその場を非常に愛された。そこは神を礼拝する場だからである。父のみもとを離れた、み子イエスは神殿は安らぎの場であったに違いない。両親が探した時にも「私が自分の父の家にいるはずの事を、ご存じなかったのですか」と言われる。教会が私たちのこルカき憩いの場であるように。

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1999年 2月17日(水)

ルカ三章1〜14節(5、6)

《すべての谷は埋められ、すべての山と丘とは、平らにされ、曲ったところはまっすぐに、わるい道はならされ、人はみな神の救を見るであろう。》

 

 ヨハネは罪の許しを得させる悔い改めの説教をし、バプテスマを授けていた。悔い改めは罪の許しの条件である。そうすることが、主を受け入れるための道ぞなえである。だから「主の道を備えよ、その道筋をまっすぐにせよ」と言われるのである。さて悔い改めるとはどういうことかを具体的に教える。群衆には、着物や食物を持たない者に分け与えよといい(11)、取税人には、不法な税の取り立てをするなという(12)。また兵士はその武器で人を脅してはいけないと教える(14)。ヨハネが今の時代に来たら、私たちに何と語るだろうか。何故悔い改めの説教のような、耳障りの悪い話を多くの人々は聞きに来たのか。それは、ヨハネが神の国の到来を説いたからである。誰でも御国に入ることを求めている。しかしそのためには罪の許しを得ねばならない。そして、イエスはそれを与える。「人はみな神の救いを見る」(6)。御国に入れる用意をせねばならない。

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1999年 2月18日(木)

ルカ三章15〜23節(16)

《そこでヨハネはみんなの者にむかって言った、「わたしは水でおまえたちにバプテスマを授けるが、わたしよりも力のあるかたが、おいでになる。わたしには、そのくつのひもを解く値うちもない。このかたは、聖霊と火とによっておまえたちにバプテスマをお授けになるであろう。」》

 

 ヨハネの紹介によればイエスは聖霊と火によってバプテスマをほどこす方である(16)。火とは不純物を焼き尽くすものであり、聖霊は火のように私たちの心を清めなさる。さてこのような業はイエスだけがなさる業である。そのイエスは公の生涯の最初に於いて、バプテスマを受け、天が開け、神のみ言葉を受けるという経験をされたのである。イエスといえども働きを始めなさる前に、これだけの道を通られたのである。まして、私たちに於いては尚更である。ヨルダンとは死という意味。自我の死を経験し、聖霊が注がれ、天なる神と豊かに語るように天開けろ、という祈り、そして「私の愛する子」という声を聞いて踏み出すとき、主は実り豊かな生涯と奉仕をすることが出来る。「祈っておられると、天が開けて」とあるように、私と神との間に何の妨げモノも存在しないように、主によってしていただきたい。

 

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1999年 2月19日(金)

ルカ四章1〜13節(8)  

《イエスは答えて言われた、「『主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ』と書いてある」。》

 

 誘惑にあわない人は誰もいない。誘惑は大変楽しい一面を持っている。しかし実際には楽しいという感情が過ぎ去ると後には苦々しさが残る。しかも一生残ることさえある。そのような楽しさは健康的ではない。主イエスは荒野で誘惑にあった。神の子でさえそのような事態に置かれる。三つともイエスにとっては強烈なものであった。パンの問題、物質的な貧困の問題は救い主にとっては重大であった。人間は必ずそれを求めるのであるから。しかしイエスにとっては、魂のこと、永遠のこと、罪のことを解決するのが根本のことであった。サタンはこれを巧妙にすり替えようとした。そしてこの種の誘惑は彼の生涯に繰り返し来た。どのようにしてこれに勝ったのか。それは、彼が御霊に満たされていたことである。次に神の御心に従ったことである。世界にはいろいろな考え方の基準がある。しかしいつかそれらは変わる。神は変わらぬお方であるから、彼にこそ基準がある。神に従っていれば、誘惑に勝つことが出来る。

 

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1999年 2月20日(土)

ルカ四章14〜30節(22) 

《すると、彼らはみなイエスをほめ、またその口から出て来るめぐみの言葉に感嘆して言った、「この人はヨセフの子ではないか」。》

 

 荒野の誘惑の後、イエスはガリラヤ伝道を始められた。多くの人々に尊敬されたが、郷里ナザレに於いては必ずしもそうではなかった。イエスが会堂で「主の御霊が私に宿っている…」のイザヤ六一章を読み説教をなさると、「みなイエスをほめ、その口から出てくる恵みの言葉に感嘆した」(22)。ところがある者たちが、イエスは大工の子であるとして彼を信ぜず、反って崖から突き落とそうとさえした。主から語られる教えに対して、幾通りもの反応があることは不思議ではない。不信仰と偏見を持つと、よく聞こえる話でも、悪く聞こえてくる。しかし「目をイエスに注ぎ」(20)、聞き入れようとすると、彼の口からくるみ言葉は、恵みの言葉となる。主が聖書の言葉から私に語ることを受け止めたい。そして恵みに満ちた魂を持って生活したい。

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1999年 2月21日(日)

ルカ四章31〜44節(42) 

《夜が明けると、イエスは寂しい所へ出て行かれたが、群衆が捜しまわって、みもとに集まり、自分たちから離れて行かれないようにと、引き止めた。》

 

 イエスは教えと業の二面において力ある行動をなさった。「イエスは…人々をお教えになったが、その言葉に権威があったので彼らはその教えに驚いた」(32)。イエスの教えには確信があり、神の言葉を語られたので権威があった。権威があるというのは聞く人を動かすことである。王の言葉を聞けば、その部下は行動するものである。主の言葉を参考程度に聞くとすれば、イエスは私たちの主ではない。さて、イエスは教えにおいて力があっただけではなく、行いに於いても権威があった。シモンの姑を癒し、多くの人々を癒された。私たちにとっては、癒すことが、力ある行いであるというのではない。生活の仕方であると考えてよい。私たちは、口の言葉だけでなく、生活における行いに於いても力あるものでありたいものである。イエスの力の秘訣を42節に見る。「寂しいところへ行く」、つまり神との交わりの時間こそ彼の力の源泉であった。時に応じて、神との時間を持ちたいものである。

 

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1999年 2月22日(月)

ルカ五章1〜11節(10) 

《シモンの仲間であったゼベダイの子ヤコブとヨハネも、同様であった。すると、イエスがシモンに言われた、「恐れることはない。今からあなたは人間をとる漁師になるのだ」。》

 

 ペテロは専門の漁師であった。彼らが夜通し漁をしたのに魚が捕れず、ナザレ出身の大工の子であるイエスが、もう一度網をおろせと言われ、それに従った時、大漁があった。「お言葉ですから」といって主に従う時、思いがけない御業がなされる。彼らはイエスに礼拝を捧げるようにひれ伏した。ここに興味ある対照的な行動がある。罪深いものだから離れて下さいということと(8)、一切を捨ててイエスに従ったということである(11)。罪ある者、卑しい者だから神様になどとうてい近づけることなど出来るものではないという砕けた魂になること、これが大切である。そして、しかる後に一切を捨ててイエスに従うのである。そのような心の動きの間にあって、私たちは「人間を捕る漁師になるのだ」と、主からの委託を受けることが出来る。私が何かを主のためにしようと思って出来るものではない。まず砕かれ、ひれ伏した後、御用が出来るのである。

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1999年 2月23日(火)

ルカ五章12〜26節(13) 

《イエスは手を伸ばして彼にさわり、「そうしてあげよう、きよくなれ」と言われた。すると、らい病がただちに去ってしまった。》

 

 らい病になった人にさわって彼を癒し、中風を病む男に罪の許しを与えて健全な者となさった。人類に罪が来たということの間接的な影響を、これらの人々が受けたものであろうが、イエスはこれらの人を見てどれほど心の痛む思いをされたのであろうか。神が人を造られた時には、万物は神の祝福の中にあったのに。イエスもまた受肉以前に於いて、神なる方として創造の業に参与しておられ、神が喜ばれる人間存在としておられたのに、罪が人に悲しみをもたらした。イエスはらい病人をあたかも再創造するかのごとくに、ご自身で手をつけられたのである。私たちの心のらい病を取り除くために、主は「そうしてあげよう清くなれ」と言われる。キリストの愛の御手こそ、私の魂を再創造して下さる。

 

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1999年 2月24日(水)

ルカ五章27〜39節(27、28)

《そののち、イエスが出て行かれると、レビという名の取税人が収税所にすわっているのを見て、「わたしに従ってきなさい」と言われた。すると、彼はいっさいを捨てて立ちあがり、イエスに従ってきた。》

 

 レビはマタイのことである。どのようないきさつによってか、彼は取税人になった。世間一般からは、「取税人、罪人」とばかにされ、のけ者にされていた。イエスが野や海辺で話しておられた時、レビもその話に耳を傾けていたようである。人々の尊敬を受けている、そのイエスからレビが声をかけられた時「彼は一切を捨てて立ち上がり、イエスに従った」(28)のである。孤独な生活をしていたマタイが主に声を掛けられると、大きい喜びに変えられた。

 彼のまわりには同類の取税人たちが大勢集まってきた。人が変わると、不思議なほどにその影響は周りの人に及ぶ。ぶどう酒は喜びの象徴である。新しいぶどう酒は新しい革袋に入れねばならない。すなわちキリストによって喜びを与えられたら、その革袋である生活様式も変わらねばならない。クリスチャンは救い主を知っているのだから、もっと喜びに満ちるべきだと思う。その時、マタイのように生活が変わる。

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1999年 2月25日(木)

ルカ六章1〜11節(10)

《そして彼ら一同を見まわして、その人に「手を伸ばしなさい」と言われた。そのとおりにすると、その手は元どおりになった。》

 

 安息日を守ることはユダヤ人の間では厳格になされていた。麦を摘むことさえ労働になるといって禁じられていたのである。安息日は人間のためにあるもので、休むためのものである。一週に一度休んで翌日からの力にするのである。それを厳格にしたため形式主義になってしまった。

 イエスはパリサイ人に対して、ダビデは飢えたときに食べたではないかといい、片手なえた人を癒したときにも、「命を救うのと殺すのと、どちらがよいか」といって、手の癒しは、命を救うことだと言われた。このような癒しは、何も安息日にしなくても良いではないかと思うが、イエスがそうされたからには、安息日のあり方の意識改革でもしようとされたのではあるまいか。

つまり安息日は人のためにあり、人が神から命をいただく日であるということである。私たちにとっても日曜礼拝は神と出会い、魂に新しい恵みと命を与えられ、喜びに満ちた、一週の始めの日であると、したいものである。

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1999年 2月26日(金)

ルカ六章12〜26節(19)

《また群衆はイエスにさわろうと努めた。それは力がイエスの内から出て、みんなの者を次々にいやしたからである。》

 

 これまでにも、イエスのまわりにはさまざまな人の出入りがあったが、ここに来て十二弟子を決定された。これらの者たちは特に使徒と名付けられたが、他にも大勢の弟子がいた(17)。 彼らはイエスを師と信じ、「教えを聞き、病気を治してもらおうとした」(18)。その気持ちはよいことであろう。イエスは奇跡をなさった。それゆえに人々は彼のまわりに群がったのである。単なる教えだけでは、これほどには来なかったであろう。

 しかし、イエスご自身はその教えに心を向けてもらいたかったと思う。つまりイエスの関心は人の魂のことであり、人が自分の心の問題に目を向けるよう願っておられた。そこでマタイの山上の説教といわれる話をしたのである。

 貧しく、飢え、泣く者が幸いだとある。貧乏を幸福という者はあるまい。ではなぜ幸せだというのか。それは欠けた穴を神が埋めて下さるからである。神に満たしていただく思いを持つ者こそ幸いである。

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1999年 2月27日(土)

 ルカ六章27〜38節(8)

《あなたがたの父なる神が慈悲深いように、あなたがたも慈悲深い者となれ。》

 

 ここに書かれていることは山上の説教の中に出ており、有名である。「敵を愛し、憎むものに親切にせよ」のひとくだりは、敵対者への愛である。これは非常に難しいことである。加害者になったものは敵を愛するなどと簡単に言えるが、被害者はそうは言いにくい。31以下は隣人、友人への愛である。「自分を愛してくれるものを愛する」というのはこの種の愛であろう。ところが、隣人への愛はしばしばその人をさばくことによって、損なわれることがある。裁くには二種の意味がある。一つは、行為の善意を判断することである。それは必要なことである。もう一つは、裁いて悪に定めることである。前者の場合は悪に傾いているものを、愛で包むことが出来るが、後者の場合は愛のない裁きであって人を傷つける。37以下は後者である。いつまでも人のことをあげつらってはいけない。さて、敵や隣人への愛は、結局慈悲深い父の愛がなければ出来ない。批判や行為の動機は、神の愛か否かが問題である。

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二月二八日(日)

1999年 2月28日(日)

ルカ六章39〜49節(40)

《弟子はその師以上のものではないが、修業をつめば、みなその師のようになろう。》

 

 47節以下には、岩の上に建てた家のことが書かれている。土台の岩とは、キリストのことである。さて私たちはこの上に家を建てあげて行かねばならない。40節には、「弟子は師以上のものではないが、修行をつめば、皆師のようになる」とある。修行をつむを詳訳聖書には「十分に訓練される、新しく整えられ、立ち直らされ、完成される」と様々の表現で訳している。

 私たちの師はイエスである。そして彼によって右記のように導かれるとき、弟子として内容が充実して、師に近づくものとされる。なるほど私たちはもはや、いばらではなく、いちぢくの木とされた。キリストにつがれたからである。しかしその実が熟し、内容が充実せねばなるまい。主に訓練され、立ち直らされつつ、正しいところにおかれ、完成へと進ませていただきたい。そう導かれる主を信じたい。

 

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