目覚し時計が床に転がっていた。 このサムライ、 気に入ってたのに。 『目を覚まさねば、斬り捨てるッ!』 刀が折れちゃ、説得力がねえな……。 音も割れてるし。 ところで。 なんで目覚ましが机の上から落ちて、壊れてんだ。 夜中に地震でもあったのか。 他にも気になることがある。 部屋が微妙に焦げ臭い。 窓が閉まってるのに、どこからか風が来る。 ……。 どういうことだ? 『目を覚まさねば、斬り捨てるッ!』 とりあえず。 斬られる前に、起きるか。 オレは這うようにベッドから出── 「うあああああああああああああああああ!!!!!!!!」 そのまま、まっ逆さまに落ちてった。 「アンドロイドが真夜中に降ってきたら」 第1話 「あらおはよう、進(すすむ)」 いつもの朝。 「おはよ」 オレもいつものように答える。 「今朝は遅いな、愚息よ」 座敷で新聞を広げている親父。 「お前はいつものように昼まで寝てろ、ダメ人間」 親父は読んでいた新聞を豪快に破り、 「毎晩遅くまで働いている父上に向かって言うセリフかそれが! しかも朝イチで!」 「なにが父上だ。親父がこの時間に起きてると邪魔なんだよ」 「邪魔とはなんだ邪魔とは。低血圧の息子に執拗に話しかけて血圧を上げてやろうという 父親の底知れぬ優しさがわからんのかッ!」 「母さん、メシ」 「はいはい。ちょっと待ってくださいね」 両親とも特に変わった様子はない。(伊月(いつき)家は毎朝こんな感じだ) 気づいてないのだろうか。 オレは食卓にはつかずに廊下を抜け、客間に入る。 事実を再確認する。 「……」 客間の天井と床に大穴が開いていた。 まるで小さな隕石でも落ちてきたような穴だ。 天井の穴から2階のオレの部屋の天井が見え、その2階の天井にも穴が開いていて、少 しだけ空が見える。 屋根から床下の地面まで一直線に何かが落ちてきたらしい。 目覚ましが壊れていたのも、部屋の中が焦げ臭かったのも、これが原因だろう。 「あらあらまあまあ……」 背後にレードル(おたまのことだ)を持った母さんが立っていた。 「母さんは1階で寝てて気づかなかったのか」 「進、寝相が悪いのもここまで来ると……」 「違う」 ゾウやライオンがオレの部屋で寝てたとしても、こんな結果にはならない。 「でもそのタンコブ……」 そう言って母さんがオレの頭に触れると、激痛が走った。 「っ!」 「ごめんなさい、痛かったかしら」 「なんでタンコブなんか出来てんだ……」 涙目で言うと、 「お母さんは、てっきり進が落ちてきたんだと……」 「オレの部屋の天井にも穴が開いてる。こんな勢いで落ちたら人間だったら死ぬ。隕石か 何かだろ」 底が見えない穴を覗いてみたが、真っ暗で何も見えない。 「じゃあ、そのタンコブは、どうしたのかしら」 「知らねぇ」 今朝、目が覚めると、部屋がめちゃめちゃになっていた。 目覚し時計が壊れ、 雑誌や机の上にあったプリント類が散乱し、 天井と床に大きな穴が開いていた。 それ以外のことはわからない。 「では、私が答えてやろう」 いつ入ってきたのか、親父がいた。 「別に答えなくていいから」 話がややこしくなる。 「まー聞くのだ息子よ。落ちてきたのは、宇宙人だったぞ」 親父が真顔で言う。 うちの家族は終わってる。 「まあ、素敵」 「じゃあこのタンコブはインプラントの痕跡か?」 「或いは」 「……」 「インプラント…?」 母さんは首を傾げている。 親父は、珍しくシリアスな表情をしていた。 「とりあえずオレはメシ食って学校に行くからな。家の修理の手配を頼んだぜ。でも、こ の畳の穴は塞がないように。先生に詳しそうなのがいるから、帰りに連れてくる」 「うむ」 急いでメシを食って、顔を洗って歯を磨く。 鏡を見ると、脳天付近が2センチほど盛り上がっていた。 「……」 いつどこで頭を打ったのだろう。 オレは午前0時過ぎに寝た。 もちろん寝る間際には、部屋に異常はなかった。 ベッドの上で目が覚めたのだから、頭をぶつけているはずがない。 「……」 そもそも部屋をあんな風にするほどのものが落ちてきて、どうしてオレは起きなかった んだ? これは仮説だが、 オレは、何かが天井を突き破ってきた衝撃で吹っ飛んで、それで頭をぶつけたのかもし れない。 だがそう考えると、ベッドの下で目覚めるはずだ。 「謎だ……」 一旦考えるのをやめ、2階に戻って散らばっているプリント類を鞄に詰め込む。 制服に着替えて、自転車に乗って家を出た。 その日の放課後、この手のことに詳しそうな宇佐美先生を連れて家に帰って現場を見て もらった。 いくつかの金属片が床下の穴から見つかった。 しかし、 その他のものは発見できなかった。 先生は腑に落ちないといった顔をしていたが、結局それ以上現場の調査をしても無意味 だろうということで、学校に戻っていった。 採取した土や金属片などを調べるらしい。 調査結果が出るまで1ヶ月はかかるとのことだった。 こうして謎の落下物事件は、一応の結末を迎えた──かに見えた。 こんなことが2度あるはずがない。 家の誰もがそう思っていた。 だが。 例の事件からちょうど二週間後の真夜中に、文字通り伊月家にまた激震が走った。 そいつは修繕したばかりの屋根と天井をぶち破って、音楽を聴きながら小説を読んでい たオレの目の前で逆噴射して着地した。 床が焦げ、凄まじい衝撃波で窓ガラスが砕け散った。 オレは吹っ飛んだ。 そいつは部屋の壁に背中を打って倒れたオレの前まで歩いてきて、 正座をして頭を下げ、こう言った。 『こんばんは、進さま。ふつつか者ですが、よろしくお願いします』 アンドロイドだった。 とても精巧に造られた、小柄な女の姿をしたアンドロイド。遠くから見たら、人間と見 分けがつかないほどの。 できるかぎり機械であることを見せないように、体の表面は皮膚のようなもの(人工皮 膚?)で覆われており、頭髪だって不自然なく生えている。 屋根をつきやぶったせいでボロボロだが、服だって着ている。 オレのことを心配そうに見つめているその表情も豊かだ。 「お前は…?」 『KANAです、進さま』 「なんでオレの事を知ってる? なにしにここに来た? 2週間前の、アレはお前の仕業 なのか?」 『ひとつ目の質問には答えられません』 『わたしは進さまに会いに来ました。2週間前は、申し訳ありませんでした。逆噴射のタ イミングの目測を誤って、そのまま突き抜けてしまいました』 感情に乏しい口調。 声だけは、人のものとはかけ離れている。 所詮は、アンドロイドだ。 そんな気分になる。 どんなに人間に似せようとしても、表現できないものがある。 オレはどこかのアンドロイドメーカーのモニターに選ばれたのだろうか。 それにしたってやり過ぎだ。 こんなものを頼んだ覚えはないし、一歩間違えれば、オレは死んでる。 「でていけ」 『……え』 「出て行けって言ってるんだ」 『……』 KANAは表情を無くし、床を見つめている。 「オレはお前を必要としてないし、機械は嫌いだ。目覚ましを壊されたことも家に大穴を 開けたことも許してやる。だから帰れ」 「そして、2度と来るな」 『……いや……です』 「ぇあ?」 予想外の言葉に、素っ頓狂な声を出してしまう。 『帰りません』 「なら理由を言え」 『わたしは進さまのお役に立とうと自分の意志でやってきました。進さまに必要とされな いのなら、いまこの場で破壊してください』 「……」 『さあ、壊してください』 どこから取り出したのか、巨大なハンマーをオレの前に置く。 「なんでオレがそんなことしなきゃいけねーんだよ」 『義務です』 「義務?」 『進さまには、その責任があります』 「理由は?」 『それは、お答えできません』 「わかった。お前をぶち壊す」 オレは立ち上がって重たいハンマーを振り上げる。 KANAという名前のアンドロイドは、座ったまま顔を上げ、口元を引き締めながらオ レのことを見つめている。 その瞳から気持ちなんて読み取れない。 「やめなさい、進」 母さんが部屋の扉の前に立っていた。 「お母さんは、あなたをハンマーで女の子を殴るような子に育てた覚えはありません」 「……」 「私も貴様をそんなクズに育てた覚えはないッ!!」 「お前に育てられた覚えはない」 激怒しかけた親父を母さんが制止する。 オレは言う。 「こいつはアンドロイドだ。人間じゃない」 「見た目は女の子です。それに、進に会いに来たのなら、お客さまでしょう」 「それは…」 「家はまた直せばいいの。目覚ましだって買い直せばいいの。でもね、この子は、壊され たら死んでしまうわ」 言い返したかったが、こういうときの母さんには敵わない。 オレはハンマーを床に置いた。 母さんは座ったままのアンドロイドを背中から抱きしめ、 「いらっしゃい、KANAさん」 「ありがとう……ございます」 壊されるのがよほど怖かったのか、アンドロイドは、何度もありがとうございますと言 った。 オレは悪くない。 心の中で繰り返す。 「では私はアトリエに戻るとしよう」 「KANAさんの部屋は、どこにしましょうか」 「今夜は進の部屋に寝てもらって、明日、隣の物置になっている部屋を空ければよいだろ う」 「そうですわね、あなた」 「ちょっと待て」 「聞いたとおりだ、進よ。さっさと出て行くがよい」 「ここはオレの部屋だ」 「ワガママ小僧が。一晩くらい部屋を明け渡せ」 「お願い、進」 『あの……わたしは、どこででも寝れます……から』 「うちのバカ息子の言うことを気にせず、気兼ねせずここで寝るといい。ガラスの割れた 窓は、私がダンボールで一時的に補修しよう」 壁掛け時計を見ると、深夜2時を回っていた。 もうどうでもいい。 眠い。 「わーったよ」 オレは枕と毛布を1枚持って、部屋を出て階段を下りて客間に向かう。 押入れから来客用の敷布団を出して、横になる。部屋の電気を消してから5分も経たな いうちに、オレは眠っていた。 心地よい眠りへの誘いは、同時に、騒々しい日常の幕開けとなった。 【戻る】 |