「アンドロイドが真夜中に降ってきたら」 第3話 それは昼休みのこと。 いつものように近くのパン屋に昼飯を買いに行って、帰ってきた直後だった。 放送部が日替わりで流している音楽がスピーカーから急に途絶え、人の声に切り替わる。 『あー』 『ちょ、ちょっと困ります!』 『いーじゃない。緊急事態なんだから』 『ダメです!』 『帰りに花風堂のラーメン奢るから見なかったことにして』 「いりませんっ!」 『えー、おいしいのに。ええと。それじゃあね、例の件、引き受けるから』 『……本当ですか?』 探るような感じで放送部員が確認する。 『私に二言は無いわ』 『わかりました』 放送部員と宇佐美先生(声でバレバレ)とで交わされた裏取引は、教師も含めた校舎内 外の人間にまる聞こえだった。 無論、宇佐美先生がこの後、校長に呼び出されて、こっぴどく叱られたことは想像に難 くない。 その程度で反省する人じゃないけど。 それはさておき。 『おらー! 3−Bの伊月進、出てらっしゃい! 昼ご飯なんて食べてる場合じゃないわ よ! 大・至・急、私のもとに来なさい!』 こんな言葉が校内の全スピーカーから一斉に発信された。 たぶんオレは、この瞬間、校内で一番有名な生徒になっただろう。 「おいしいな、お前」 「なら代わってくれ、多川」 「やなこった」 一緒にいたクラスメイト2人──多川伸宏(たがわ のぶひろ)は、オレから少しずつ 離れていき、あんぱんを食いながら歩いていた白貫清乃(しらぬき きよの)は、 「はんはのほほよへ」 そう言ってから口の中のものを飲み込んで、 「あんたのことよね。行ってきたら? パンは教室まで運んでおいてあげるから」 と、言う。 「マジでおもれーな。エナちゃんは」 人ごとだと思って楽しんでいる多川を睨みつけ、オレは白貫に昼飯の入った紙袋を渡し て、走る。 放送室に向かう途中、顔見知りの何人かに茶々を入れられた。無視して走った。 宇佐美エナ。一応、教師である。 古文を教えているのになぜか白衣を着ているという変な教師。細身の美人だが、マッド サイエンティスト(自称)だったりする。 大学院の教授とそりが合わなくて、辞めて、仕方なくうちの学校で2番目に好きな古文 を教えているらしい。(本人談) でもまだ、身を捧げるつもりだった科学への思いは捨てきれないみたいで、放課後にな ると、学校の実験室に毎日のように篭っている。 何の研究をしてるのかわからないけど、それは趣味の域を遥かに超え、今でも隔週の科 学雑誌にコラムを持っているほどだ。 1度、本屋で立ち読みしてみたが、全文英語でまるで読めなかった。 とにかく頭が良くて好奇心旺盛な人だ。変わってるけど。好きなものは実験と花風堂の 全部入りラーメン。 『あと10秒以内に来ないと、』 バンッ! と、放送室のドアをぶん投げるように開ける。 「どこ行ってたの?」 「なにやってんだ、あんたはッ!」 「ありがとね、放送部のみんな。例の話は、また明日ということで」 茫然自失の放送部員たちにお辞儀をして、オレの腕を引っ掴む。 「さっさと行くわよ」 「ど、どこに?」 「研究室」 会話しながらも、ずるずると半ば引きずられるように廊下を歩かされている。 オレを連れて実験室(宇佐美先生が勝手に研究室と呼んで、私的に利用している)に入 り、内側からカギを閉める。 「お茶、飲む?」 ガスバーナーを点火し、丸底フラスコでお湯を沸かしはじめる。 「いりません」 「ちゃんと洗ってあるから平気よ。それに、このフラスコはお茶専用だし。茶渋で緑っぽ いでしょう?」 家から持ってきたのよーとにたりと笑う。 「んなことより、ああまでしてオレを呼び出した理由が知りたいんですが」 「結果が出たのよ」 結果。 なんの? 「……あ」 「おーおー、やっぱ忘れちゃってたわけね。依頼主が頼んだことを忘れないでよね。古巣 の友だちまで使って調査してたんだから」 「そういや、キャンセルするの忘れてた」 「は?」 「あれ、もういいです。犯人わかりましたから」 「コレ、なんだかわかる?」 目の下のクマを指さして睨んでいる。 「大きなクマさんですね」 「殴るわよ」 その顔があまりにも怖かったので、数日前から家に謎のアンドロイドが押しかけてきて 住みついてることを簡単に説明する。 「なるほどね」 「ということで、もう調査の必要はないんです」 「この怒りを私はどこにぶつければいいのかしら」 「次の研究に」 「むう……」 「悪かったよ、先生」 「謝って済むなら警察も裁判所も留置場もワッパもカツ丼もいらないわ! なんでもっと 早く教えないのっ!」 知らせなかったのは、この反応が目に見えたからだ。 KANAを庇うわけじゃないけど、宇佐美先生が現代科学の結晶のようなアンドロイド を見たら、何をするかわからない。 「放課後、見に行くわね」 「見世物じゃないです」 「正体、知りたくないの? 私はすでにある程度、そのアンドロイドがどこで造られたの か見当はついてるんだけど」 「ほんとですか?」 「あなたの家で回収した金属片、あれって、一般の人が入手できるような素材じゃないか ら」 知りたい。 できれば、KANA本人の口から聞きたいけど。 何度聞いても教えてくれない。 オレは、KANAに危害を加えないことを条件に、宇佐美先生を家に招待することにし た。 ──が。 放課後のチャイムが鳴ると同時に、宇佐美先生は校長室に呼び出された。 オレは図書室で時間をつぶすことにした。 「相変わらずの盛況ぶりで」 「お蔭様でね」 意地の悪い冗談をさらりと返す女。 図書委員の片瀬薙(かたせ なぎ)は、いつものようにカウンターに片肘をついて小説 を読んでいる。 「珍しいわね」 「なにが?」 「金曜日以外に来るのって、久しぶりじゃない?」 「ああ、そうかも」 いつもであれば金曜借りた本を休みのあいだに読み、翌週の金曜に返却して、ついでに また借りる。 だから金曜が休日でない限り、それ以外の日に図書室にオレが来ることはない。 「今日は、ただの冷やかしだ」 「帰れ」 「冗談だって。人を待ってるんだ。それまでちょっと暇つぶしの相手が欲しくて」 「ふぅん」 冷やかしと暇つぶしのどこに差があるのかわからないが、片瀬薙は、それ以上なにも言 わなかった。 誰かが読んでいる本のページをめくる音がする。 がらがらの図書室。 まばら、にも満たない。 オレはいまだかつて室内に2桁の人がいるのを見たことがない。 いつだって閑古鳥が悲しそうに鳴いている。 学校に図書室があることは知っていても、なおかつその場所を知る者は少ない。 「退屈そうだな」 「そーでもない。本が好きな子にとっては、天国よ。ここ」 天国の住人とは思えない、気の抜けた喋り方。 「そういや、妹は?」 いつも一緒にカウンターにいる片瀬椎奈(かたせ しいな)がいないことに気づく。 「あの子は木曜と金曜だけだから」 「そうだっけ?」 「伊月くんは、金曜日しか来ないから知らないだけ」 こちらを向いてそう言うと、また小説のページに視線を這わせる。 「片瀬姉も週2?」 「ううん、私は毎日いるわよ。月曜から金曜まで。今日は私だけで、他の日は、私とあと 誰か一人が当番してる」 「……お前だけ暇なんだな」 「どうせ家に帰っても本読んでるだけだし」 図書委員長だからとでも切り返せばいいのに。正直なやつだ。 「部活は?」 「伊月くんと同じ道草部」 「彼氏でも作れ」 深く考えずにそんなことを言うと、 「なってくれるの?」 熱心に本を読みながら言われても困る。 「……お前なぁ」 「そう言う伊月くんには、彼女、いる?」 「いや」 気軽に話せる女友達なら何人かいるが。 「白貫さんは?」 言われると思った。気軽に話せる女友達の筆頭だ。 「クラスが一緒なだけ」 「芳野ちゃんは?」 「あいつとオレの母親が友達同士だから、いろいろ話す機会があるけど、彼女って訳じゃ ない」 「宇佐美先生は?」 「昼の放送のことだったら、潔白だ。お陰でいい笑い者だ」 「ふーむ。ではあくまでフリーを主張するわけね」 「事実だからな」 「わかったわ。伝えておく」 「だ、誰に?」 「さあ」 気のない返答。 話したいだけ話してまた自分の世界に没頭してしまう。 本を小脇に抱えた男子生徒がカウンターに向かってくるのを見て、 「そろそろ行く。邪魔したな」 「またね」 「そういや前に薦めてくれた『孤独回路』読み終えたよ。あーいう面白い本があったらま た教えてくれな」 「うん。椎奈にも言っとく」 図書室を出るのと校長室から宇佐美先生が出てくるのは、ほぼ一緒だった。 校長室のそばというのも、図書室の利用者が少ない理由かもしれない。 「たまにはこうやって校長にも仕事をあげないとね」 一仕事終えたような感じで伸びをする。 あんたは、何者ですか? 思わず聞きたくなる。 でもどうせ似非教師とか謎の科学者だとか答えるに決まっているから、あえて尋ねなか った。 【戻る】 |