「アンドロイドが真夜中に降ってきたら」 第4話 信号機の左のレンズが点灯する。 車が動き出す。 のろのろと。 性格に似合わず、宇佐美先生の運転は超がつくほど安全だった。 「ねえ、伊月」 「なんですか?」 「そのKANAってアンドロイド、会話ができるのよね」 「ええ、まあ。声はなんか機械っぽいですけど、言ったことは通じるし、向こうが言った ことも理解できます」 「質問に対する回答は瞬時に返ってくるのかしら」 「難しいことを聞けば、時間がかかるかもしれませんけど」 「ふむ」 「それがどうかしました?」 「頭部の大きさは人間と変わらないのよね」 「はい」 「運動能力は? 体の動きはぎこちない? 転んだりしない?」 「ウチで普通に暮らしてるだけなんで運動神経がいいのかはわかんないです。でも、掃除 したり皿洗いを手伝ったり、メシ食ったりしてますよ。あ、メシって言っても燃料らしい ですけど。動きは──人間と変わらない気がします。転んだことはないですね、オレが知 っている限りでは」 「なるほど」 バックミラーに向かって呟く。 「面白いわね」 「どのあたりがですか?」 「伊月は、KANAの他にアンドロイドを見たことがあるかしら」 「ないですよ」 「テレビでならあるわよね」 「それなら。国営放送でニュース読んだりしてますよね」 「ああ、7時のあれね。あれは良くできてるわねー。表情も豊かで自然で、動きも人間と 大差ないし。でも、所詮操り人形よ。上半身だけしかないし。命令コードに従うだけで自 分で考えて動くことなんてできないし、テレビには映らないけど、外部に馬鹿みたいに大 きな演算装置があって上半身と顔の動きのためだけに必死にデータ処理してるわよ」 「そうなんですか……」 「いくら技術が進歩したといっても、外部処理装置を使わずに人間の体型で自立稼動が可 能なアンドロイドを作ることなんてできやしないわ」 「実際にいるんですけど」 「だから面白いんじゃない。どこかにあるはずよ、カラクリが」 「人間がアンドロイドのフリをしてるだけとか?」 ありえねーと思いつつ、聞いてみる。 「それも可能性のひとつね。声なんて簡単に変えられるし」 「でも先生、あいつ自分でアンドロイドって言ってましたよ」 「嘘でないとなぜ言い切れるのかしら」 「……それは」 言われてみればそうだ。断言などできやしない。 でも空から降ってきたし。 自爆するって言ったとき、ブザーが鳴って、瞳の色が変わったし。 アンドロイドを1体造るよりは、改造人間のほうが現実味があるけど……生身の人間に あんなふざけた改造をする理由なんて一生かけても見つからないだろう。 「アンドロイドっていまいち定義が曖昧なのよ。まー人間ってことは無いでしょうけど、 KANAが単に人間を模した機械でないことは確か」 「はあ」 「とにかく、楽しみね」 「無茶しないでくださいよ」 「まかせてまかせて」 「……」 不安だ。かなり。 西日が眩しい。 先生が校長に呼び出されたせいで、すっかり夕方になっていた。 「8台目〜」 「うるさいわね」 オレたちの乗った車を後続車が次々と追い抜いていく。 宇佐美先生は、ひたすら法定速度を守りながら、しきりになにかを考えている。 一応、目はしっかりと前方に集中している。 その両目の下には青黒いクマがある。 悪いことしたな……。 「……どうしたの?」 「え、」 「着いたわよ。ここでしょ?」 何やってるのという顔をしてこちらを見ている。 「あ、はい」 先生を連れて家に上がると、とてとてと2階からKANAが出迎えに来る。 『おかえりなさい、進さま』 「ただいま」 「あなたがKANA?」 初対面の人間にいきなり話しかけられて戸惑っているようだったので、オレの通ってる 学校で古文を教えてる宇佐美先生だということを説明する。 『そうでしたか。いらっしゃいませ』 深々と頭を下げる。 特に疑問を持ったり警戒しているようには見えない。 そんなKANAの動きを、先生は瞬きもせず真剣な面持ちで凝視している。 「鞄置いてくるから、KANAには悪いけど、先生にお茶でも出してくれないか」 『はい。では、宇佐美さま、こちらに』 「ええ」 KANAに誘導され、先生は客間のほうに歩いていく。 これでしばらくオレが戻らなければ、2人で話ができるだろう。 KANAが勘ぐらないように、1度居間に顔を出して、親父と話があるからもうしばら く先生の相手をしててくれと頼み、そそくさと部屋を出た。 靴を履いて離れにあるアトリエに向かう。 丸いドーム状の建物のなかには、相変わらず、意味不明の銅像や絵や彫刻なんかが無造 作に並んでいる。 「……はぁ」 「人の職場でため息をつくな」 この有様を見れば、ため息のひとつもつきたくなる。 親父は、汚いエプロンをして、サッカーボールくらいの大きさの粘土を両手で捏ねてい る。 「どうしたのだ?」 「最初にKANAが降ってきたときに、床下の穴をオレの学校の先生に見てもらったこと があっただろ? あんときの先生がいま来てるんだよ。KANAを見たいんだってさ」 「ふーむ」 人差し指を粘土ボールに突き刺す。 遊んでるようにしか見えない。 「邪魔になんないように時間つぶしにきた」 「私の邪魔だとは思わないのか」 「粘土遊びの?」 「創作活動、だ」 ぶすり。 目潰しの要領で、中指と人差し指を粘土ボールに刺して穴を開ける。 「それのどこが芸術だ? 適当やってるようにしか見えねーぞ」 「優れた作品とは、漠然としつつも一途なイメージと偶然との調和が、」 「意味わかんね」 「ふん。青瓢箪で青二才のお前にはわかるまい」 無視して、室内を改めて眺めると、奥の壁に飾ってある胸像が目にとまる。 石灰岩でできたそれは、7、8年前の母さんをモデルにしている。非常に精巧に創られ ていて、当時の本人と瓜二つだ。何度見ても凄いデキだと思う。 これだけの技術がありながら、わけのわからない抽象的で大雑把な造形物ばかり作って いる親父の考えがオレには理解できない。 わかる人だけがわかればいい。 その態度が、いらつく。 「反論はどうした?」 穴だらけになった粘土を木の台に植え込むように押しつける。話しながらも作業は続け られている。 「もう、ああいうのは創らないのか」 胸像を見つめながら、言う。 いらいらするのは、芸術家としてそれなりに世間に認められ、好き勝手やってる親父に 対する嫉妬なのかもしれない。 だがそれを認めたくない気持ちがある。 いつからだろう。 オレが小学生のころ、親父は、写実的なものを中心に描いたり創っていた気がする。 だから、親父が何を創っているのか理解できた。 親父が次に創るものを想像するのが好きだった。 予想が当たったことはなかったけれど、悔しさは無くて、毎回のように完成品の凄さに 驚き、感激させられた。 「創ってパパお願いしますと10回言ったら創ってやらんこともないが」 「256回死ね」 「まあそう言うな。冗談だ」 「たまにはヒトらしい受け答えができないのか、あんたは」 「真面目な話は苦手なのでな。ただこれだけは言っておく」 「なんだ?」 「進、お前には感謝している。私がいまこうして好きなようにできるのは、お前と母さん のお陰だ」 なんで急に感謝されなくちゃいけないのかわからなかったけど、 「苦手って言うだけあって、聞いてて違和感ありまくりだ」 「ふはは。たまにはいいだろう」 「さて、と。そろそろオレは家に戻るよ」 「私は作業を続ける。悪いが、宇佐美先生によろしく伝えておいてくれ」 「わかった」 庭に出て家に戻ると、KANAがひとりで床を掃除をしていた。 「あれ、先生は?」 「お帰りになられました」 「?」 表に駐車してあった先生の車がなくなっていた。 再びKANAのもとに戻る。 「一体何があったんだ?」 何も言わず帰るなんて……。 「さあ?」 眉をひそめて首をかしげるKANA。 何せあの宇佐美先生のことだから、KANAと話をして、正体に繋がるヒントとかが見 つかって、調べるために学校に戻ったのかもしれない。 そういうことなら大いにありそうだ。 腑に落ちない点がいくつもあったが、明日学校で聞けばいいと思っていたから、次の日、 宇佐美先生が休みだと聞いて驚いた。 【戻る】 |