「アンドロイドが真夜中に降ってきたら」 第5話 KANAがぶち抜いた屋根と天井の穴は、その日の午後に修繕され、綺麗に塞がってい る。 目を凝らさないと直した部分との境目を見分けることはできない。 焦げついた床も同様に修繕されている。 窓は窓枠ごと交換した。 飛び散ったガラスの破片や木片は、母さんが掃除してくれた。 『目を覚まさねば、斬り捨てるッ!』 侍の目覚まし時計は、刀は折れたけど、毎朝しっかりと動いている。 「だから、んな刀じゃ斬れねーっつーの」 頭を叩いて、叫び声を止める。 オレは1階に下りた。 「娘が増えたようだな、母さん」 「そうですわね、あなた」 『そう言ってくださると、わたしも嬉しいです』 楽しそうに笑い合う3人。 なんだこのアットホームな感じは。 「……」 今日は金曜。KANAが空から降って来てから、5日しか経ってない。 1日ごとに、朝の雰囲気が変わってきている。 こんなのは伊月家じゃない。 非常に加わりづれぇ。 「あら進、おはよう。ご飯よそってもいいかしら」 上機嫌の母さん。 害が無いので、これは良しとしよう。 「おはよう、愛息子よ。今朝はよく晴れてるぞ」 コイツは微妙にキャラ変わってるし。 これまでは昼まで寝てたくせに、KANAが来てから毎朝食卓に現れる親父。 迷惑極まりない。 『進さま、おはようございます』 そして元凶。 何食わぬ顔して家族の一員として食卓についてるアンドロイド。 侮れねぇ。 違和感なく溶け込んでいやがる。 その作り物の笑顔の下で、どんなことを考えているかはわからない。 先生が学校に来なくなってから3日が経つ。 原因は風邪ということになっているけど、どうも嘘臭い。 KANAは、宇佐美先生が休んでる理由、知ってるんじゃないのか。 「おはようさん」 疑問は胸の内に留め、普通に挨拶する。 KANAは、オレの言葉に嬉しそうに頷いてから、灰色のカロリーメイトのような固形 物をパクつく。 頬を少し膨らませてもぐもぐと食べる様は、まさに人と言える。 『おいしいです』 「さいですか」 『糖質オフです』 「機械のお前には関係ねーだろ」 『おひとつ、いかがですか?』 「食えるか!」 「そうでもないぞ。結構いける」 よく見ると親父は、アンドロイドと同じものを食っていた。 しかもうまそうに。 「1本いっとくか?」 親父が食っているからといって、安心はできない。 「どんな味なんだ?」 「フューチャー味」 さも、元来からある味のように言う。 「いらん」 「何事もチャレンジだと幼いころから言い聞かせてきただろう」 「初耳だ。いい加減なこと言うな、このデタラメ人間」 軟弱者が、という親父の言葉を無視して、オレは母さんの作ったご飯と味噌汁と焼き魚 を食いはじめる。 『進さま、お飲物はいかがですか?』 「足りてる」 『お魚にお醤油いりますか?』 「いらない」 『ご飯のおかわりはどうですか?』 「悪いな。朝は一杯しか食わねーんだ」 『そうですか……』 「申し訳ない、KANAさん。進はこのように愛想の『あ』の字も平仮名で書けないほど 可哀想な子どもなのです」 悩みを打ち明けるような、真剣な表情でアンドロイドに聞かせる。 『そうなのですか……それはあまりに……可愛そうです』 「同意すんな」 『す、すみません!』 ぺこぺこと頭を下げるKANA。 素でボケてるのか、わざと親父の話に合わせているのかオレには判断できない。 こちらの言ったことに対しての反応は早い。 そういう意味では優秀なAISを搭載したアンドロイドだと思う。 「ところで、KANAは日中なにやってんだ?」 『進さまが学校に行ってからは、2時間ほどお母様の家事のお手伝いをして、それから、 部屋で充電しています』 充電……。 「動力源って電気だったのか」 『はい。電気を何種類かのエネルギーに変換していますが、主となるエネルギーは電力で すね』 さっき食べていた固形燃料を水と電気と反応させて別のエネルギーを作ります、と補足 する。 『1時間の充電で約2時間活動できます。ですが継続稼動限界時間がありますので7時間 おきに体を休める必要があります』 「難儀な体だな」 食事と睡眠は必要不可欠なものだが、人間であれば、一日くらい寝なくても、食べなく ても死ぬことはない。 「可愛そうな子じゃないか……」 「どこかだ。機械なんだから仕方ねーだろ」 「申し訳ない、KANAさん。進はこのように血も涙も無い冷血漢なのです」 「言ってろ。このなんちゃって芸術家」 「貴様ぁ! その言葉は295日前の夕暮れ時に禁句だと言ったはずだッ!」 「知るか」 バトルが始まった。 しかし。 醜い舌戦は、すぐに制限時間切れで終了した。 そろそろ家を出ないと間に合わない。 「妻よ、どこであのハナタレ小僧の育て方を間違ったのだろう……」 「反抗期ですから仕方ありませんわ。根はとてもいい子ですから、心配しなくて大丈夫で すよ」 「だといいが……」 腕を組んで、視線をテーブルに落とす親父。 三文芝居のような2人のやりとりを横目で見ながら、オレはそそくさと学校に向かった。 教室に入ると、白貫と多川が手招きしていた。 席に鞄を置いて、2人のもとへ。 「うーっす」(オレ) 「ぐもー」(多川) 「あはよう」(白貫) 2人は最近『オリジナル挨拶』にはまっているらしい。 「多川のは挨拶さに欠ける。白貫のはアホっぽくてなかなか良いな」 そしてどういうわけかいつもオレが2人のアホ企画のジャッジを任される。 嫌いじゃないからいいけど。 オレの周囲はこんなヤツらばかりだ。 「くそー。似たようなもんだろ」 「ジュースげっと」 白貫は、両手を突き上げて喜ぶ。 「そうだ、伊月。エナちゃん学校に来てるぞ」 「風邪治ったみたいね」 朝見かけたけど体調悪そうには見えなかったと白貫が言う。 「そういや放送部のやつに聞いたんだけどさー。いまの昼の放送って評判すげー悪いんだ ってな」 「知らなかったの? 部費もらってるのに、活動っていえば昼休みの曲たれ流しと、放課 後に擦り切れそうなテープの再生ボタン押すだけだしね。あーでも、他の部からすごい苦 情がきてて廃部寸前だって聞いたわよ」 「その通り。でな、廃部を免れようとあいつら必死に企画考えてるんだって。そしてその 部の存亡をかけたとっておきの企画ってやつが近々始動するらしい」 「へー。どんな企画なんだろね」 「俺もそこまでは知らない。けど、今日か、来週の月曜からはじまるらしいぜ」 「面白いのかな」 「さーな。で、その企画にエナちゃんが関わってるって噂もあって……」 「ねえ、伊月。聞いてる?」 「聞いてる聞いてる」 今すぐ宇佐美先生のところに行きたいけど、もうじきホームルームはじまるし──昼休 みまで待つか。 「マジでこいつ、エナちゃんに惚れてんじゃねーのか?」 「んー、どうなんだろ。2人に何かあるのは間違いないと思うけど。そうそう。ちょい前 に宇佐美先生の車の助手席に乗ってたという目撃情報が」 「嘘っ!?」 「本当らしいね。あの放送事件の日よ。数人が見てる」 「羨ましいことしやがって。伊月のくせに」 「多川、羨ましいんだ」 「そりゃエナちゃん美人だし。なんつーか、月並みな表現になるけど、同学年のやつらに は無い大人の魅力っていうの? そういうのがあるんだよなー。いいなー」 「なに妄想してるんだか」 「フジュンイセーコーユー」 「あり得ないわ。伊月だし」 「まーな。で、ホントのところどうなんだ伊月?」 「聞いてる聞いてる」 白貫と多川に同時に頭を叩かれる。 「いてえなぁ。なにすんだよ、お前ら」 「人の話を聞け。それと、否定するなりツッコミを入れるなりしてくれ」 ビシッ 多川の胸の辺りを手の甲で打つ。 「これでいいか?」 再び二人に頭を叩かれる。 「だから、いてえって」 「恋煩いかしら」 「まともじゃないことは確かだな」 「何がだ?」 「さっきからお前がエナちゃんに惚れたって話をしてたんだが」 「バカか、お前らは!」 多川にスリーパーホールドをかけて否定する。 「をを、復活した。本当にフられたのなら、私に言いなさい。癒してあげるから」 「白貫に癒されるのは単細胞生物とグッピーと盆栽くらいだ」 断言する多川。 身動きが取れないその多川の頬っぺたを思いきり引っ張る白貫。 「ギブ、ギブだって!」 必死そうに言うが、しゃべれる程度にゆるめているのでそんなに苦しくはないはずだ。 「んなものはねー」 「落としていいよ。私が許す」 今度は多川がやられる番だった。 だが、ドサクサ紛れに白貫がいよいよ多川のズボンをずり下ろそうと──したところで、 担任が来てホームルームがはじまった。 1時限目、現国。 比較的真面目に授業を受けた気がする。 2時限目、微積。 意識の半分を眠らせ、1日1回しか発動できない自動筆記の能力を使って機械的にノー トを取った。 3時限目、物理。 ひたすら黒板をノートに書き写しているだけでチャイムが鳴った。腕が疲れた。 4時限目、日本史。 ノートは白貫に写させてもらうことに決め、熟睡した。 で。 昼休みになった。 「メシ買いに行くぞー」 「飲み物、何にしようかな〜」 「うわ。覚えてやがる」 話しながら多川と白貫がやって来る。 そのとき── ラジオ番組のオープニングに使われそうな、勢いのある曲が教室のスピーカーから溢れ 出した。 《E先生のー》 《いまどきの学生観測!》 『E先生の』という女の声のあと、『いまどきの学生観測!』の部分に、大勢の男女の 声が重なる。 《てなことで、この番組のパーソナリティーを務めさせていただきます、E先生です。こ んにちは。はい拍手して》 落ち着いたピアノ曲を背に、E先生──エナ先生のトークがはじまる。匿名にする必要 があるのだろうか。 《パチパチパチ……》 少し遅れて、拍手。 《えー、今日から始まりますこの放送は、ありていに言えば悩み相談。悩みといっても色 々あるだろうけど、悩みのない人なんていないわよね。誰もが悩みを抱え、生きてる。私 だってそう。でも誰かに打ち明けるのって勇気がいるのよねー。それに秘密が洩れたら困 る悩みだってあるだろうし。些細な疑問も口に出して聞けない内気な子もいるだろうし、 普段強気な子だって悩みはあるでしょう》 《これは、そんな悩みの数々を私、E先生が解決しちゃおうという斬新かつオリジナリテ ィ溢れる企画らしいです。ぜんぜん斬新じゃないけどね》 《BUT! 私も引き受けたからには真面目にやります。投稿者の名前や、秘密にしたい 部分は私が墓場まで持っていくわ。約束する。放送部の人にも話さない。だから一人きり で悩んでないで、勇気を持って打ち明けてみない? 実験室のドアを改造して投稿用のポ ストを作ったから、ハガキでもノートの切れ端でもいいから、決心がついた人は、そこに 入れちゃって頂戴》 《って、原稿には書いてあるんだけど、そりゃないわよねー。ポストなんて置いたら誰が 投稿したかばれちゃうじゃない》 《ツメが甘い。匿名性を守るため、私は徹底的にやることに今決めました》 《ちょ、ちょっと先生、》 《うるさい。黙ってて》 《……》 《ごめんね、これ聞いてる人たち。段取りが悪くて》 《ポストの件はナシ。私は教員も含め、校内にいる全員の投稿を希望します。それと、内 容は限定しないわ》 《帰りのホームルームで各クラス担任に用紙を配ってもらいます。悩みでも誰かに話した いトリビアでも私を笑わせるネタでもなんでもいいから好きに書いて。でも、無理強いは しないから。書きたくない人は白紙のまま提出してね》 《書き終えた生徒は、裏にして教卓の上に重ねていって頂戴。各担任は、用紙に手を触れ ないこと。私がダッシュで全クラスに回収にいきますので待っていてください》 《あと、注意点がひとつ。人の書いてるのを覗き見しないこと。絶対に見られたくない人 は、各自工夫すること。E先生に直接手渡しも可よ》 《あー最後にもうひとつ。今回の企画、校長先生の了承を得てますので、教員の方々、協 力よろしくお願いします》 《それでは、記念すべき第1回の放送を終えます。放送部のみんな、お疲れ様。また来週 〜》 《あ、えと……》 声が放送部員のものに変わる。 《以上……『E先生のいまどきの学生観測』は、放送部がお送りしました》 ぶつん。 マイクの入力が断ち切られ、スピーカーが押し黙る。 止まっていた時間が動き出し、途端にクラス中が終わったばかりの放送の話題で持ちき りになる。 「なんだ、いまのは」 オレが疑問を口にすると多川が不機嫌そうに、 「朝話しただろ。放送部がなんか企んでるって」 「んなこと言ってたっけ?」 「お前ぜんっぜん聞いてなかったのかよ」 「意外とまともそうな企画だったね。私、なに書こうかなー」 「伊月との関係について聞いてみようかな」と多川が笑う。 「じゃあオレは、多川のオマエラブ事件についてこと細かく記すことにするか」 「勘弁してください、伊月さん」 「オマエラブじけん?」 白貫が興味深そうにオレたちを見つめる。 「さっさとメシ買いに行くぞ」 教室を出て行く多川。 「無視された……」 「触れないでやってくれ、白貫。あまり突っつくとジュース奢ってもらえなくなるぞ」 「んー」 「な?」 「すんごい気になるけど、目先のドリンクのほうが大事だからそうする」 「じゃー行くか」 「うん」 【戻る】 |