「アンドロイドが真夜中に降ってきたら」 第7話










 ──あなたは、いなくなりました。


「……」


 ちょうど絵本を読み終えたとき、KANAが部屋のドアを叩いた。


『進さま』


「なんだ?」


 オレの言いつけを律儀に守って、許可するまでは入ってこない。


『お借りしていたものを返しに来ました』


「入っていいぞ」


 昨日の夜、KANAにゲーム機(3DO)とソフトと攻略本を貸してやったことを思い
出す。


『ありがとうございました。とても楽しかったです』


「1度くらいクリアできたのか?」


『CPUの攻撃パターンは規則性があるので、慣れてしまえば、難易度を上げても負けま
せん。途中からは、本を見て、連続技の練習をしていました』


 練習?


 ということは、


「オレと戦うために?」


『……は、はい』


 遠慮がちに肯定する。


「じゃーやるか」


『お忙しいのではなかったのですか?』


「さっきは本を読んでたからな。ちょうど読み終えてヒマになったところだ」


 机の上の絵本を指さす。


『絵本……。アルビノ……?』


「読みたいなら持って行っていいぞ」


『いいのですか?』


「来週の金曜に図書室に返すから、それまでに読み終えてくれ」


『……はい』


「ん?」


『今夜は、お優しいですね』


「そうか?」


 ──あなたは、黒猫として生まれたのに、白い猫になってしまいました。 


 黒猫になれなかった白猫。


 人間にはなれないアンドロイド。


 KANAと絵本に出てくる猫の境遇は、似ている、気がする。


 白い体が黒くなるほど汚れにまみれ、それでも黒猫と呼ばれたことに喜べる気持ち。


 火の中に投げ入れられたとき、ぬいぐるみは何を思ったのだろうか。


 生を受けた日、皆と同じ生を受けられなかった。


 その理不尽な運命が、持ち主に愛されるというぬいぐるみとしての役割を2番目にさせ
てしまった。


「KANA」


『なんでしょう?』


「人間に……なりたいって思ったことはあるか?」


『……』


 目を閉じ、考える仕草をする。


「いや、やっぱいい」   

 
『あります』


 言いながら、テレビの前にゲーム機を置いて、ケーブル類を接続しはじめる。


 サムライショーダウン。


 ゲームタイトルがテレビ画面に表示される。


『ですが、わたしは人間ではありませんから。その願いは叶いません。わたしは……携帯
電話や掃除機の仲間ですから』


「そうか」


『でも、それでも嬉しいんです。ただ寡黙にスイッチが押されるのを待つ機械としてでは
なく、わたしは、双方向のコミュニケーションが取れるものとして、生まれることができ
ました。こうして人と話すことができて、一緒にゲームまでできること。とても感謝して
います』


「それなら他の仲間のぶんも楽しまないとな」


 同情──とは違う気持ち。


『はいっ』


 KANAは生きている、オレらと同様に。


 考え、悩み、行動している。


 1週間もかかってしまった。そのことに気がつくのに。
 





「うおっ」


 KANAの操るシャルロットが絶妙なタイミングでパワーグラデーションを放ち、オレ
の覇王丸がはじめて敗北した。


『やりました!』


「すげー速度で上達してるなぁ」


 たった2晩でここまで巧くなるとは。


 何年もやってないから腕が錆びついているとは言え、この短時間でオレと戦えるレベル
に達している。


 最初、KANAの戦い方はいい加減で、すべてが滅茶苦茶だった。が、対人戦に慣れて
くると見る見るうちに動きが軽快になっていった。


 モーションの大きな技を無意味に出さなくなり、オレを真似をして隙の少ない技を中心
に組み立ててくるようになった。


 こちらの動きをよく見て、的確に攻撃と防御をしてくる。


 回を重ねるごとにオレの戦法が盗まれていき、互いに出せるカードの枚数が拮抗してく
ると、単なる技の出し合いから一転して心理戦に変わる。 


 そうなると、わずかな油断が即負けに繋がる。


 で。


 ついに1敗目。


 手加減しないで下さいねというKANAの申し出に、大人気ないと思いながらも、手を
抜かずに攻め立てた。


 普通は止めたくなるんだけどな。


 KANAは逆に、前向きに、どうすればこの強敵に勝てるのか考えをめぐらせ続けた。


 オレもそんなKANAに、戦いが終わるたび、KANAの敗因とオレの勝因をこと細か
く解説してやった。 


『あ……』


「どうした?」


『そろそろ充電しないと……』


 ゲームに熱中しているうちに、時計の針は午前0時を示していた。


「そうか」


『残念です』


「また明日があるだろ」


『そうですけど……今夜は、楽しかったです』


「またゲームやろうな」


『……はい』


 オレは机の上の絵本を取って、KANAに渡す。


 真っ白い表紙。


 タイトルだけで著者の名前が無いのは、どうしてだろう。


 椎奈なら知ってるだろうか。


 そして、この本を読んで、KANAは何を思うのだろうか。


『今夜はありがとうございました、進さま』


「礼を言われるほどのことはしてねーよ。オレも楽しかったしな」


 今日だけの日曜日が終わる。


 そして、終わりと同時に今日だけの月曜日が始まった。








《てなことで『E先生のいまどきの学生観測』のお時間がやってまいりました。はい拍手》


《パチパチパチ……》


《待ってた人もそうでない人もこんにちは。E先生です。ついにやってきたわねー、一応
2回目の放送だけど、今日がほんとの最初の放送みたいなものよね》


《えー、私の都合上制限時間10分しかないので、さっそくお便りを読みます》 


《ペンネーム、遅刻大魔王さんから。エナ姉さんこんにちは。はいこんちは。あんたの姉
さんじゃないけどね。僕には好きな人がいます。おおーさっそくきたわねー。先日その子
に告白したのですが、なんと彼女がOKしてくれたんです。良かったじゃない! エナ姉
さんに質問があります。姉さんの初告白のときの結果を教えてください。撃沈でしたか?》


《……余計なお世話だっつーの》


 びりびりびり


 紙が引き裂かれる音が校内に響き、クラスの何人かが笑い声を上げる。


《さてと、最初(強調)のお便りを読むわね。緊張するわねぇ、初めてのお便りは。でも、
今日のために人気のラジオ番組聞いて勉強してきたから、たぶん大丈夫》


《えーと、匿名希望さんから。先生こんにちは。はいこんにちは。俺はゲームが大好きで、
部活にも入らず、ゲーセンや家でゲームばかりやってます。ふーんそうなんだ。でも最近、
来年卒業ということもあって、就職について本気で考えるようになりました。いい傾向じ
ゃない。楽をしてたくさん稼げる就職先があったら斡旋してください。お願いします》


《世の中なめんな。あと、誤字多すぎ》


《別に紹介してあげてもいいんだけどね、匿名希望さんが職場で10分持たないことを保
障するわ。自分は何もせず多くの見返りを求めるその姿勢、先生には、理解不能です。ま
ーこれから徐々に気づいていくのでしょうけど。日々己を磨き精進なさい。まずは手始め
に正しい漢字の使い方を覚えなさい。以上》


《続いていきます。ペンネーム、古典大好きさんから。先生は古典の先生なのにどうして
白衣を着ているのでしょうか。1年のころから気になってました。教えてください》


《んーそんなに深い意味はないのよね。毎日服を選ぶのが面倒なのと、院生のころから着
慣れてるから。それだけ。ちなみに同じのを5着持ってるから汚くないわよ》


《……さて。時間の都合上、これが本日最後のお便りになります》


《ペンネーム、ラムネさんから。先生に相談があります。なんでしょう。私、昔から体が
弱くて、体育とかいつも見学で、だけど運動したくて、少しずつだけど家で体を動かして
います。でもなかなか体は強くなりません。体が弱いことに劣等感があって、自分に自信
が持てなくて、言いたいことを言えないことがよくあります。酷いことを言われたり、机
やノートに落書きをされても、怖くて何も言うことができません。強くなりたいです。ど
うしたらいいのでしょうか》


《ふーむ。なかなか重い話ね。では、ちょっと真面目な話をします》


《みんなはどう考えてるか知らないけど、私はね、虐めって犯罪だと思ってる。私たちの
社会はまだ未熟で、そういった認識が不足してるけど。それとね、こういうとき虐められ
る側にも責任があるとか言うけど、んなわけないじゃない。私を、僕を虐めてくださいっ
て紙貼って歩いてるならともかく》


《心当たりのある人は、即刻やめるように。こんな言いかたで抑止するのは嫌だけど……
受験や就職のときに後悔させるわよ。それから、虐めをしてるときって、どんなに美人で
も男前でも、自分では分からないだろうけど、目を背けたくなるくらい気持ち悪い顔して
るの知ってる? 自分のためにも止めなさい。今ならこの子も許してくれるから。あんど、
周りの子もこの子のことを助けてあげてね》


《人はね、どこかしら欠けてるものなの。成績、運動能力、視力や聴力などの五感、家庭
環境、身長、容姿──なにかしらコンプレックスってあるでしょう? ちなみに私はコン
タクトしないと左目がほとんど見えません。自分じゃどうにもならない欠陥を責められる
こと、想像してみて》


《勇気を出してくれたラムネさんに強くなる方法を教えてあげる。まず、虐めた相手を恨
まないこと。耐えてきた意味がなくなっちゃうからね。そして、あなたのような子がいた
ら、進んで助けてあげて。それが強さに繋がると思う》


《真面目な話終わり。あんまり私に固いこと言わせないよーに》


《ではまた明日。しーゆー》


《以上、『E先生のいまどきの学生観測』は、放送部がお送りしました》








「俺もお前らに虐められている!」


 多川が叫ぶ。


 いい天気だったので、オレたち3人は、中庭の芝生の上で飯を食っていた。


「どこがだ」「気のせいよ」


 白貫と声が重なる。


「先週の金曜の朝のこと忘れたとは言わせねーぞ」


「忘れた」


「なに、それ?」


「お前らは悪魔の子か。俺も虐めのことエナちゃんに相談すればよかった……」


「被害妄想だな」


「嘘は書かないでよね」


「……神様、この人の道から外れた2人組に神の偉大なる鉄槌を」


 胸の前で十字を切る多川。


「下らないことやってないで、さっさと飯を食えって」


「わかったよ。それにしても、この放送の欠点は、聞いてるとメシが進まねーことだな」


「お前だけだ」「あんただけよ」


 再び、ツッコミを入れる。


「って、なんで2人とも食い終わりそうなんだよ! エナちゃんの放送聞いてなかったの
か!?」


「はあ? 聞きながら食ってたに決まってるだろ」


「ご馳走様〜」


 白貫が食い終わる。


「俺様を出し抜くとはいい度胸だッ!」


 1人で盛り上がり、凄い勢いでチーズコロッケ弁当をかっ食らう多川。


「ごちそうさん」


 から揚げ弁当を食べ終えるオレ。


「くっそおおおおお〜〜〜っ!」


「まだ時間はあるんだからもう少しのんびり食べればいいのに」


「そっとしておいてやれ」


「そうだ。さっきの放送つながりで、伊月と多川に頼みがあるんだけど」


「頼み?」


「はほみ?」


「お前はまず食い終えるか、口の中のものを無くしてから話せ」


 リスのように頬張っている多川に言う。


「明日から1人、仲間が増えるかもしれないけど、いいかな」


「いいよ」


「……伊月、回答早すぎ」


「二院のことだろ?」


「知ってたんだ」


「まあ、な」


「二院って、C組の二院麻子(にいん あさこ)?」


「誘ってみて、本人が嫌っていうなら仕方ないけど、たぶん来てくれると思う」


「話が見えないんだが」


 そう言う多川に、


「麻子がラムネさん」


 白貫が小声で説明する。


「……」


「つーことで、オレはOK。多川もOKだ」


「いや、まだ何も言ってねーけど」


「どっちにしろ2対1でお前の負けだからな」


「俺も異議なしだって。このグループはバランスが悪いからな。特に花と良識がない」


 白貫が自分を指さし、


「花」


 オレも自分を指さし、


「良識」


「はは、お前らいつになくおもしれーな」


「すでに両方ともあるから、1人いらないな」


「そうだね」


 2人で同時に多川を見る。


「待て! どう考えても俺がこの3人のキーマンだろっ!」


「ただの問題児ね」


「超のつく問題児だな」


「俺はどっからどう見ても生粋の模範生だっつの!」


「多川のつまんねー冗談はさておき、」


「虐められっ子同士だしね。気は合うかもね」


「それ、笑えねぇ」


 そんな多川の困惑した顔を見て、オレと白貫は遠慮なく笑った。










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