「アンドロイドが真夜中に降ってきたら」 第9話










 夕飯時。


 8時を過ぎても下から誰も呼びに来ないので階段を降りると、


『進さまをわたしにください』


 というKANAの声が聞こえた。


 足音を忍ばせ、居間の様子をこっそり窺う。


「あんなバカ息子で良ければ、いくらでも差し上げよう」


『ありがとうございます、お父さま』


「聞いたか、妻よ」


「聞きましたわ、あなた」


『お母さまも、許していただけますか?』


「まあ。お母さまだなんて……」


「2人とも、幸福な家庭を築くんだぞ」


『はい』


 オレのいないところで、とんでもないことが決められてしまいそうだったので、思わず
部屋に飛び入る。


「ちょっとまて! 俺の意志は!?」


 オレを見てため息をつく親父。


「覗きの趣味まである息子ですが、よろしくお願いしますKANAさん」


「おいッ!」


「進。お母さん、応援してるから」


 ハンカチで目尻を拭う母さん。


『ありがとうございます、お父さま、お母さま』


「勝手に決めんな!」


「何がそんなに不満なのだ? こんなステキなお嬢さんはなかなかいないぞ。しかもお前
にとって、最初で最後の結婚のチャンスだ。人の子の親として断れるものか!」


「バカにすんな! 生身の女ならともかく、アンドロイドと結婚なんてできるか!」


『……進さまは、わたしのことが……嫌いなんですね』


「そういう問題じゃなくて!」


「わかった。機会をやろう。連れてくるがよい、お前の嫁に相応しい女の子とやらを」


「オレの……」


 って、オレはまだ高校生だろが。








 案の定、夢オチだった。


 いっそのことKANAが降ってきたことも夢でいいやと思ったが、隣の部屋の《KAN
A》というプレートを見て、現実に引き戻される。


「……」


 なんとなく、ノブを回す。


 鍵はかかっていない。


 少々の罪悪感を感じながらも、ドアを開けた。


「なんだこの部屋」


 細いケーブルが無秩序に床を這い、部屋の壁の全てのコンセントが埋まっている。


 小さなタンスがひとつ。


 それだけ。


 タンスの上にオレが貸した絵本が置いてあった。


 何もない部屋。


 ベッドや布団すらないこんな場所でKANAは寝ているのか。


 締め切られた窓は外気の侵入を頑なに拒絶している。


 カーテンは揺れず、壁のように外の景色を隠し、室内を隠している。


「……」


 音を立てないように部屋のドアを閉め、1階に降りた。








 階段を下りる途中で聞こえたのは、夢で聞いたKANAの声ではなく、いつにも増して
テンションの高い親父の声だった。


「朝から騒がしいな」


「いいではないか。では目覚めに、私が家にいないと淋しくて泣いていたころのお前との
心温まるエピソードを話してやろう」


「また作り話か」


「あらそれは本当よ、進。あなた昔からずっとお父さんっ子だったんだから」


『そうなのですか』


 KANAが会話に入ってくる。


「そうだとも。進は私が行くところ親鳥を追いかけるヒヨコのように付いてきたものだ」


「……記憶にない」


「お母さんが昔撮ったビデオが残ってるわ。見る?」


「見ない」


「それなら進が学校に行ってから、3人でピヨピヨ映像を見ることにしよう」


「見終わったら燃やしてくれ」


「大切な思い出よ。そんなこと言わないで」


「オレにとっては忌わしい汚点だ」


「そうか……」


「ああそうだ」


 うな垂れる親父に、断言する。


 いつもならこれで終わるんだが、今朝は違っていた。


「進、いつまで引きずってるつもりなの?」


「なに言ってんだ?」


「あれから、8年も経っているのに」


 8年?


 ああそうか。


 そんなに経つのか。


「あのことは関係ねーよ」


 オレには、一ヶ月間だけ……。


 それを。


 親父は……オレには、許せなかった。


 耐えられなかった。


 あの日からだ。


 親父のことを忌避するようになったのは。


「誰が一番苦しんでいるのか、あなたにはわからないの?」


「……」


「どうすることも……できないことだったの」


「わかってる」


「それなら、いったい何に対して苛ついているの?」


 母さんがオレに突っかかってくるなんて珍しいことだった。


「浅子、やめなさい」


「……」


「よいのだ。このままで」


「……はい」


『……』


 不快感が胸の奥から広がる。


 その場にいることに耐えられなくて、逃げるように2階に上がった。


 何に対して。


 オレは苛ついてんだ?

 制服に着替え、置き忘れた鞄を取りに食卓へ戻る。


「ご飯は?」


「いらねー。食う気が失せた」


 苛立ちながら鞄を持って外に出る。道路に出ると、横から来た車にクラクションを鳴ら
され、さらにムカついた。








「いつにも増して、ご機嫌斜めですな」


「元気だっつーの」


「顔が怖いわ」


 言い返す気になれない。


「もともとこんな顔だ」


「……」


「日に日に弱ってるわね、あんた」


「悩み多き年頃だからな」


「エナちゃんのことは諦めろって。所詮、高嶺の花だ」


「違うって」


「何でも相談に乗るわよ。私たちはそんなに信用できない?」


「できないな。特に多川が」


「俺かよ!」


「口、空飛ぶほど軽いしな」


「いい喩えね、それ。それなら、私はいいの?」


「いや。話、重すぎるから、お前らには話したくない」


 そう言うと、


「てい!」


 ゴスッ


 白貫が思いっきり頭突きをしてくる。


 側頭部に痛みが広がる。


「見苦しいよ、伊月。んな顔してたら、誰だって心配したくなるの。わかる? 触れて欲
しくないのなら、しっかり隠してなさい」


「てい」


 ゴスッ


 多川に頭突きをかます。


「痛てー! 相手間違ってんぞ!」


「仮にも女に頭突き食らわすわけにはいかねーだろ」


「俺ならいいのか」


「満場一致でな」


「ということは、私の攻撃は全部多川に跳ね返るのね。いいこと聞いた」


「よかったな、白貫」


「俺は女でも平等に対処するからな。伊月経由の攻撃は、白貫に容赦なく返す」


「さいてー」


「人として終わってるな」


「やっぱ俺は虐められているっ!」


 叫ぶ多川。


「どこがだ」「気のせいよ」


 白貫と声が重なる。


 どんなに気力が低下していても、オレら3人がこの2年で培ったコンビネーションは強
固だった。


 チャイムが鳴る。


 白貫と多川が同時にオレの後頭部に頭突きをして、自席に戻っていった。








 昼──


「はじめまして」


 二院麻子はわずかに頭を下げる。


 幾分声を張り上げているように感じるのは、気のせいじゃないだろう。緊張しているの
かもしれない。


「久しぶりだな、二院」


「うん、そうだね」


 変わってる。


 オレが覚えている二院の印象とはかなり違う。


 刺々しさがない。


 二院とは1年のとき、同じクラスで、さらには1ヶ月ほど席も隣だった。


 入学式を終えて教室に入ったオレが初めて話した生徒、それが二院麻子だった。


 喋らない女。


 それが二院に対する印象のすべてだ。理由はわからないが、二院はオレのことを明らか
に嫌っていた。


 いくら話しかけても、まるで相手にされなかった。


 高校生活が始まった早々こんな女の隣になるなんてついてないなと思ったが、なんとか
コミュニケーションを取ろうと、オレなりに努力してみた。


 しかし、二院を囲む外壁にはヒビひとつ入らなかった。


 やがて席替えがあり、オレと二院の席は遠く離れた。


 そのあいだにオレには自然と新しい仲間ができていたし、無理に二院に話しかける必要
もなくなっていた。


 だから、その後のことは知らない。


 いつだったか、クラスメイトの何人かに、二院はオレだけじゃなく誰に対しても素っ気
ないのだと教えられた。


 2年のとき、二院が虐めの対象になっていると噂に聞き、相変わらずあの調子でやって
るのかと、少しだけ心配になった。


 その一方で、あれじゃ虐められても仕方ないかな、とも思っていた。


 宇佐美先生が言っていたことを思い出す。


 虐められる側が悪いはずがない。


 確かにそうだ。


 先天的な体質による劣等感が生んだ、気の弱さ。


 事情を知らなかったオレには、頑なな拒絶にしか見えなかったけれど。


 うまく話すことができず、嫌われ、陰口を言われ、バカにされ、罵声を浴びせられ、机
やノートへの落書きだけでなく、宇佐美先生にさえ告白できない酷いこともされたかもし
れない。


 状況が悪化するのが怖くて、言い返すこともできない。


 そして、味方はいない。


 いや。


 わからない。


 これは憶測であって、実際はそれほどでもなかったのかもしれない。


「伊月、なに怖い顔してるのよ」


「もともとこんな顔だっつの」


「よし、今日は屋上で食おうぜ。天気もいいし」


「……うん」


 オレたち4人は裏門から学校を出て、近くのコンビニで各々弁当やパンを買った。


 学校に戻り、屋上の隅に陣取って、それぞれ昼飯を広げる。


 快晴だった。


 強い風も吹いてないし、屋上での食事にはもってこいだった。


「二院はパン派?」


 多川が質問する。


「うん。多川君はご飯派?」


「そうだな。どっちかっていうと、弁当が多いなぁ」


「私はパン派」


「オレは半々くらいだ。そういや、白貫が弁当食ってるのって見たことないな」


「似合わないからね。パン食のほうが可愛いでしょ?」


「その発想、わかんねぇ」


「そう? 麻子にはわかるよね?」


「ご飯はカロリー高いからね……ってこと?」


「不正解」


「白貫はともかく、二院はもっと食ったほうがいいと思うけどな」


「そう……かなぁ」


「私はともかくってどういう事よ」


「白貫は骨太系だろ」


「どこがよ。失礼ね。これでも脱いだら凄いんだからねー」


「贅肉がか?」


「てい!」


 ゴスッ


 白貫の頭突きが多川にクリーンヒットする。


「痛ってー!」


「神の裁きよ」


「あはは」


 楽しそうに微笑む二院。


 まだどこか遠慮がちだけど、二院から感じる切なひたむきさ。


 これならうまくやっていけるだろう。


 やわらかな日差しに包まれた屋上での昼休み。


 ふと空を見上げると、ひこうき雲が一直線に伸びていた。雲雀が鳴く。そして今日も
宇佐美先生の放送がはじまる。










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