「アンドロイドが真夜中に降ってきたら」 第10話 『ご先祖様、お父さまとお母さまが留守のあいだ、どうか進さまをお守りください』 KANAが仏壇に手を合わせ、お祈りしていた。 「先祖なんか祭っちゃいねえよ」 『あ、進さま。おかえりなさいませ』 「母さんはどこ行ったんだ?」 『ホッカイドウです』 「あ?」 北海道? 『お父さまの作品の展示会があるということで、お2人で北海道に行かれました。お父さ まから、手紙を預かっています』 紙切れを受け取る。 《今朝、我が妻を傷つけたこと、忘れたとは言わさんぞ。通常であれば万死に値するのだ が、今回は許そう。泣いて喜ぶがよい。ということで、母さんと傷心旅行に行ってくるの で、留守を頼む。貴様は餓死しても構わんが、KANAさんに優しくするのだぞ》 「……」 あの夫婦め。 オレを理由にして遊びに行っただけじゃねーか。 『どうしました?』 「いつ帰ってくるのか聞いてるか」 『明後日と仰っていましたが』 「メシは?」 『頑張ります』 「……」 『一所懸命、頑張ります』 「……」 見られている。 いつもなら母さんか親父が絶えず喋ってるので、間が持つんだが。 KANAと2人で飯を食うのは初めてだ。 「……」 KANAはいつもの灰色の固形燃料を食べ終わり、KANAが作った味噌汁を飲むオレ の様子を満足そうに眺めている。 『美味しいです?』 「母さんと同じ味だな」 『お母さまにダシの取り方と味噌の分量、具を入れる順番や火を止めるタイミング、それ と美味しく作る秘訣を教えていただきました』 「ふぅん」 『頑張りました』 微笑む。 人間と変わらない、自然な笑顔。 「みたいだな」 『何度も練習して、お母さまに味見していただきました』 「うまいよ」 『ありがとうございます!』 KANAが料理を作ると言い出して、非常に不安だったが、意外にもちゃんと食えるも のが食卓に出てきた。 毎日、母さんから習っていたらしい。 今夜の献立は、ご飯と味噌汁と野菜炒めとボイルしたウィンナーソーセージが3本。イ ンスタント食を覚悟していたので、充分だった。 「……ところでKANA」 『なんでしょう?』 「話があるんだろ? いまでもいいぞ」 『どうして……そう思うのですか?』 「これでも17年も一緒に暮らしてるんだからな。オレに手紙だけ残して、あの2人が旅 行に行くなんてありえねー」 『……』 「親父たちに頼んだんだろ。KANAが。こんな回りくどいことをしないと話せないこと なのか?」 『……』 反応なし。 「……話がないってんなら、2階に上がるけど」 『あります』 KANAは、空になった茶碗と皿、箸を流しに浸け、戻ってきて椅子に座る。 『お話があるんです』 「聞きたくない。本当は」 『……』 「だけどな、聞いてやる。この時を、ずっと待ってたんだろ?」 『はい』 「ようやくウチに、オレのところに来た理由が聞けるんだな」 先回りして言うと、 『わたしには、会いたい人がいました』 「……」 『ですが、いまはいません。すべては、わたしの創りだした虚像だったこと、そのことに 納得するのに時間がかかってしまいました。わたしは、ここを出て行きます』 「……」 出て行く、って言ったんだよな。 頭の中で確認する。 『お世話になりました、進さま』 「待てよ」 『なんでしょう?』 「勝手に自己完結してんじゃねーよ」 『……』 「家ぶっ壊して、住み着いて、挙句の果てに何も言わないで消えるのか?」 『いますぐ居なくなるわけではありません。皆さまにはお世話になりました。ですから、 なにか、できる限りのことをしてから、と考えています』 「全部話せ」 『……』 「それがオレの希望だ。なぜやってきた? なんのために? なぜオレを知ってた? お 前は、何者だ?」 『それは……言え……ません』 KANAは辛そうな顔をする。顔色に変化はないけれど、なぜか苦労して喋っているよ うに見える。 「言えよ」 『……で……きません』 目尻がひくひくと動く。 両肩が一度大きく跳ね、KANAは自分の体を抱きしめる。 どこかおかしい。 しかしオレの言及は止まらない。KANAがここを出て行ったら、2度と会えないのか もしれないのに、黙っていることはできなかった。 せめて聞きたい。 「なら、言えない理由を言え」 『……う…』 KANAが視界から消えた。 椅子が倒れ、KANAが床にぶつかる鈍い音── 「……」 空っぽになった頭は、数秒、考えることを放棄した。 「……か……な?」 立ち上がり、倒れた椅子を起こす。 KANAは体を震わせ、目は開いたままだったけれど、焦点が定まっていなかった。そ して涙を流していた。 呼びかけても、返事はない。 死ぬ? KANAが? こいつはアンドロイドだ、人間じゃない。 いつだったかオレはKANAに向かって言った。確かに人間じゃないかもしれない。け れど。喋れるし、笑えるし、涙だって流せる。 KANAの瞼が、 静かに、 閉じていく……。 「KANAッ! おいっ!」 『……ま』 オレの言葉に反応し、再び瞳があらわれる。 「待ってろ! 今すぐ宇佐美先生を呼ぶからッ!」 『進……さま』 「先生は天才なんだ。きっとなんでも治せる。人間だって、アンドロイドだって、何だって 治せるんだから!」 『も……う』 ──ひとつ教えてあげるわ。 「……喋るな」 ──あの子を治せる人は、もういない。 『もういい……です……から』 「よくねえ! オレは絶対にイヤだ! 2度とお前が嫌がること、聞いたりしねーから、そ んなこと言うな!」 『……』 KANAの体が脱力する。 涙と鼻血と唾液が混じったものが、床に広がっていった。 オレは無我夢中で食卓と椅子を蹴り飛ばし、最短距離で2階に上がって、生徒手帳を持っ て1階に走り下り、受話器を握り、学校に電話をかけた。 電話に出たのは数学の御堂先生だった。 宇佐美先生は帰ったと言われたが、どうしても連絡が取りたいと必死に頼むと、携帯の電 話番号を教えてくれた。 宇佐美先生は、10分で家にやってきた。 「どこ?」 うまく喋ることもできなくて、オレは急いでKANAのもとに走った。 「先生……」 「黙ってなさい」 「……」 宇佐美先生はKANAを仰向けに寝かせ、頭を少し起こす。そして服を破って、KAKA の胸に直接耳を当てる。 心臓なんてあるのだろうか。 宇佐美先生にだってKANAの体のことはわかるはずがない。人間と同じ、もしくはそれ に近いものとして、対処しているのだ。そう思った。 不安が広がる。 「伊月、あんたは布団でも用意してなさい」 「は、はい」 オレは客間の押入れから布団を出し、敷布団の上にシーツを丁寧にかけ、毛布、掛け布団 と順々に敷いていく。 「先生、できました」 「じゃ、運ぶの手伝って」 宇佐美先生が頭側を、オレが両足を下から持って、KANAを持ち上げる。 アンドロイドは、金属の塊というイメージが頭のどこかにあったのだが、KANAの体は 意外と軽かった。 同じ体型、同じ身長の女の子と比べたら、1.5倍くらい重いと思うけれど。 「……先生」 「たぶん大丈夫。安心しなさい」 「……はい」 ようやく、緊張から解放され、涙が出そうになる。 「で。何があったの?」 「KANAが……近いうちに出て行くって言い出して、オレ……ムキになって、色々聞き出 そうとして……そうしたら……」 オレよりも宇佐美先生のほうが申し訳なさそうな顔をして、 「話すのが遅れたこと、謝るわ」 「なんのことですか?」 「言語制御」 「……?」 「KANAを造った人が、この子の脳にロックをかけているの。緊箍(きんこ)みたいに… …西遊記に出てくる、孫悟空の頭についてる輪っか、知ってる?」 「……」 「キーワードに触れようとすると、脳から呼吸器に負荷をかける命令を出して、喋れないよ うに苦痛を与えるようになってるの。でも、こんなもので済んで良かったわ。死ぬ危険だっ てあったんだから」 「……そんなのって、」 「んな顔しない。知らなかったんだから、仕方ないの。男だったら、済んだことをウダウダ 言うんじゃないわよ。経験を明日に役立てなさい」 明日に……。 KANAは何かを求めてやってきた。それはわかる。でも、求めている『何か』がわから ない。 本人への質問がタブーなら、知るための糸口は断たれる。 「伊月。駐車場、借りるわよ」 「いいですけど……?」 「今晩、泊まるから。私の布団も用意してくれるかしら?」 【戻る】 |