「アンドロイドが真夜中に降ってきたら」 第11話 夜が明けた。 KANAは客間で眠ったままだ。 掛け布団に寝返りを打った形跡はない。 昨夜、宇佐美先生と2人でKANAを寝かせたときに比べれば、遥かに落ち着いた表 情をしている。 「すー……」 わずかに聞こえる安らかな寝息が、緊張と不安を和らげてくれる。 掛け布団の隙間から、部屋の隅3箇所にある壁コンセントに向かって、6本のコード が伸びている。 充電をしないと動けないとKANAが言っていたことを思い出し、宇佐美先生に頼ん で、KANAの部屋から持ってきたコードを繋いでもらった。 布団で見えないがKANAの左右のわき腹あたりに差込口があるのだと、宇佐美先生 は教えてくれた。 「ふぁ〜はよ〜、いつき〜」 大あくびをしながら宇佐美先生が部屋に入ってくる。 「おはようございます」 「少しは寝た?」 一睡もしていないが、頷く。 「枕が違うと、眠りが浅いわねー」 オレの隣に座り、壁を背に寄りかかる。 「贅沢言わないでください」 「文句じゃないわ。この家は好きよ。質素で。嫌みったらしい装飾品や家具もないし。 所々に飾ってある絵画がSANEATSUってのも、いい趣味してる。伊月のお父さん が集めてるの?」 SANEATSU。 オレの親父、伊月実篤の芸名(強調)だ。 「……いい趣味? あんなもの子どものお絵描きです」 「私の知る限り、現在、世界で5本の指に入る芸術家よ。SANEATSUは」 世界で5番目以内……? 毎日毎日、ひとり引きこもって落書きや粘土遊びばかりしてる、あの親父が? 「あんな堕落人間のこと褒めないでください」 「知ってるの? SANEATSUのこと」 話していいものかどうか躊躇う。 だがこれだけ世話になった先生に隠すのにも気が引ける。 「……親父です」 「は? お父さん? SANEATSUが? 前に私が来たとき、なにも説明してくれな かったじゃない」 先生が驚くのも無理はない。 親父は、マスメディアに姿をまったく現さないので、顔を知る人は少ない。外国人説ま で囁かれてるほどだ。 「いつもなら聞かれても言わないですよ。一族の恥なので」 「なに言ってんの。誇らしいことじゃない」 「ただの変人です」 「天才には変わり者が多いのよ」 宇佐美先生しかり。 喉元まで出かかった言葉を飲み込む。 「庭の奥にアトリエがありますから、証拠が見たければ、適当に入っていいです」 「……すっごい興味があるけど、やめとくわ」 KANAを見つめながら、宇佐美先生は申し出を断る。 「ねえ伊月」 「なんですか?」 「ひとつ質問。SANEATSUって、ある時期から作風が変わってるでしょう? あれ が怪我のせいだって言うのは本当なのかしら」 母さんの精巧な胸像。 わけのわからない粘土の塊。 オレも疑問に思っていたことだ。 「怪我、ですか?」 「むかーしそんな噂を聞いたことがあるのよね。写実的な絵画と造形芸術家として知名度 が上がってきた矢先、方向転換しちゃうんだもの。まー、私は以降の抽象的な作品のほう が好きなんだけど」 「その噂、嘘です。オレが生まれてから、親父は風邪だって滅多に引いてませんし」 「それなら、どうしてなのかしらねー。心境の変化、ってやつかしら」 「……」 ハカナが居たとき、家族四人で親父の個展に行ったことがある。そのときはまだ、親父 の作品は、動物や昆虫や魚など自然の生物を忠実に模した、精巧なものだった。 写真。 標本。 実物。 どれを見るのとも違う、新しい、リアリティを超越した世界。親父が創りだした造形物 と絵画は、言葉を使うことができない生物を通じて、見る者に何かを訴えかけてきた。 しかし『見た者が感じる何か』は、皆一様で、Aという人が懐かしさを感じた作品に、 Bは深い悲しみを感じ、Cは激しい怒りを感じたりする。 具体的に形のあるものが、ひどく抽象的な印象を与える。 今はその逆だ。 歪で抽象的な作品が、直接的な衝撃を与える。普段は飄々としている親父が、作品を通 してのみ感情を露にしている。 そしてその感情の根源が何であるのか、オレにはわかる。 ──ってよ。 ──父さん、──を──って。 「……オレは、」 そいつを抱え上げ、床に落として壊したんだ。 生まれて初めて、親父にぶん殴られた。 オレは痛みも忘れて親父を振り解いて、そいつの欠片さえ残らないように、踏み潰し、 床に転がっていたハンマーで、粉々になるまで砕いた。 親父は立ち尽くしていた。 半年かけて創ったそれを壊されたことよりも、オレの行動に驚きを感じているように思 えた。 「お父さんのことが好きなんでしょう?」 宇佐美先生は、オレの頭をかき混ぜるように撫でる。小学生くらいまで過去に戻された 気分になる。 「……嫌いです」 「素直じゃないわねー。まあいいわ。KANAちゃんも目覚めたことだし」 「え、」 KANAの瞳がオレを見つめいている。 『おはようございます。進さま』 「……おはよう、KANA」 『どうしました?』 「ごめん」 『……』 「あなたは倒れたのよ。覚えてない?」 『……宇佐美、さま?』 「調子はどうかしら」 『思い出しました。わたし……』 「ごめん、KANA」 『いえ、わたしが悪いんです』 宇佐美先生がオレたち2人のあいだに割って入ってきて、 「どっちも悪くないの。KANAちゃん、私があなたの枷を取り除いてあげるから」 『……不可能です』 「凡人にはね。私、天才だし」 不敵な笑み。 宇佐美先生らしい、自信に満ちた笑みだった。 「伊月。悪いけどしばらくKANAちゃん借りるわね」 有無を言わさぬ口調。 先生はオレが嫌だと答えても連れて行くだろう。 『無理です、宇佐美さま』 「伊月に伝えたいことがあるんでしょ? あなたは、何のために生きてきたの? ここま で来て、あきらめるの?」 『……』 「大体予想はついてるわ。ひとまず私に任せなさい」 「先生……?」 「約束して伊月。なにも聞かないで。今は。あなたの出番は、まだ先だって前に言ったで しょう?」 先生は1人、何を知り、何をしようとしているのだろうか。 「わかりました」 『進さま。わたし……どこにも行きたくないです』 「……」 あのシーンとダブる。 今度は帰ってくる。 KANAは必ず、帰ってくる。 心の中で繰り返す。 「嫌なことされたらすぐ家に帰って来い。いつだって、待ってるから」 あのとき、まだ幼くて、言えなかった台詞。 今度は言うことができた。 「大げさよ、あなたたち」 KANAは立ち上がる。 繋がっていたケーブルが何本か抜け落ちる。 「車、家の正面に回すから。着替えとか、必要なもの、準備しておいて」 宇佐美先生は部屋を出て行く。 KANAは、自分の体と壁のコンセントからプラグを抜いて、束ねていく。 「手伝うことあるか?」 『進さまから借りた……絵本、まだ読んでいないんです』 「いいよ。持っていって」 KANAは、何着かの洋服と電源ケーブルの類と固形燃料が入っている小さなケースを 先生の車のトランクに入れ、胸の前に絵本を抱えながら助手席に乗る。 『進さま、行ってきます』 いつものKANAだった。 昨日倒れた影響は見受けられない。 「またな」 『はい』 「先生、KANAを頼みます」 「恋人との別れみたいね」 「どこがですか」 宇佐美先生は、否定するオレに笑いかける。 「ちゃんと学校に行くのよ。私は、休むかもしれないけど。何かあったら、携帯に電話し て。あと、私の番号、誰にも教えない事」 「わかりました」 「1週間ほどでKANAちゃんを帰せると思うから」 けたたましいエンジン音とともに、KANAを乗せた車は走り去っていった。 【戻る】 |