「アンドロイドが真夜中に降ってきたら」 第12話










 授業中、丸められた紙が机の上に飛んできた。


 開けてみる。


 現国教師の新島(にいじま)の似顔絵が描いてあった。


 薄い髪がさらに誇張され、額には意味もなく『天中殺』と書かれていて、両目は少女漫
画のようにキラキラと輝いている。


 そして、ひらひらと舞う蝶々を、追いかけている。


 『あは、あははー』という、何があっても新島が言うわけがない吹き出しの文字が、笑
いを助長させる。


「……ぷ」


 黒板の前で熱弁をふるっている新島と見比べる。


「ははははっ!」


 白貫を除いたクラス全員がオレに注目する。


 どいつもこいつも、ついに狂ったかコイツ、というような顔をしていた。


「なにがおかしいんだ、伊月?」


 新島が訝しげな表情を浮かべ、聞いてくる。


 その広い額に、天中殺の3文字が浮かんできそうな気がして、再び笑いがこみ上げてく
る。


 太ももをつねって、痛みで笑いを散らす。


 オレは申し訳なさそうな顔をして、すみません思い出し笑いですと答えた。


 新島が黒板に向き直り、授業が再開される。 


 白貫のほうを見ると、教卓方向に注目しながらも、こちらに向かってVサインを出して
いた。








 休み時間になるのと同時に、白貫に似顔絵を突きつける。


「似てた?」


「反則だ。こんなもん見せられて我慢できるか」


「いやー、さっきのは実に伊月らしかった」


 多川はオレの肩を叩きながら、嬉しそうににやつく。


「オレは狂人か」


「近からず、遠からず」


 白貫は、オレが返した新島の似顔絵に髭を描き込みながら、俳句でも読むような調子で
言う。


「ん? なに描いてんだ?」


 多川はそれに気づき、


「新島」


 紙を手にとって見た瞬間、腹を抱えて笑い出す。


 なんだなんだと周囲にいたクラスメイトが集まってくる。


 絵は人から人へ、回し見されていく。


 大うけだった。


 しばらく周囲のやつらとその似顔絵で盛り上がり、予鈴が鳴り、廊下にあるロッカーか
ら教科書一式を取り出して、オレたちはそれぞれ選択科目の教室に向かった。








 昼休み。


 オレたちは中庭の芝生の上に座って飯を食っていた。


 二院麻子は、すっかり馴染んでいる。


 無理しているようには見えない。オレたちも気を遣うことなく、普段のまま、下らない
ことを言い合ったりしている。


 良識と花。


 多川が期待していたように、二院はその2つを持っていた。


 よく喋るし、よく笑う。


 虐められていたのは、周囲の手助けが足りなかったからだと、つくづく思う。


 誰かの一声。


 たったひとつの切っ掛け。


 二院の勇気が宇佐美先生の放送を介し、白貫の一言に結びついた。


 オレはつい最近まで二院のことを思い出しもしなかったし、無視され続けた嫌な印象し
か持っていなかった。


 それが、毎日会話をして、一緒にメシを食うようになって。


 考えるようになった。


 2年もの間、二院は、毎日1人きりで昼飯を食っていた。


 1人で食うメシの味気なさ、誰とも話さず食い物を口の中に入れるだけの虚しさ、それ
らを受け入れている人が、他にもいる。


 そんな当たり前のことを考えるようになった。


 孤独でいると、人は、沈んでいく。


 例えば、それはアンドロイドでも同じだろうか?


 KANAは不味そうな固形燃料を美味しそうに食いながら、オレたち家族を眺め、いつ
も嬉しそうに微笑んでいた。


 一体何が楽しいんだか、オレには理解できなかった。


 今なら。


 少しだけ、わかる気がする。








「最近、雨降らないな」


「いいの。降らなくて。雨だとこうして外で食べれなくなっちゃうじゃない」


「月間天気予報だと、今月末から崩れはじめるらしいね」


「そうなのか?」


 真っ白い雲が青空をのんびりと漂っている。


 宇佐美先生の昼の放送は、本人不在のため中止になった。


 KANAは今頃なにをしているのだろうか、先生は無茶してないだろうか、親父と母さ
んはそろそろ帰宅しているだろうか。


 あの2人への説明が面倒くせえ……。


「またエナちゃん休みなのかよ。なんか怪しいよなぁ」


「そうねぇ」


「こっちを見るな。オレは清廉潔白だ」


「なんのこと?」


 疑う2人。


 二院は、何のことか分からず、質問してくる。


 白貫が二院に密着し、耳打ちする。


「実はね……」


「嘘だから信じなくていいぞ」


「伊月は……」


「え……」


 小さく驚きの声を漏らす二院。


「だからね……で……それで……」


「そんな……」


 なぜか、だんだんと二院の顔が赤くなっていく……。


「適当なこと教えるなよ、白貫」


「お前が真実を語らないから、俺らの妄想が膨らんでいくんだぞ」


「知らねーって」


「……と、いうことなのよ」


 白貫が話を終え、二院から離れる。


「……」


「何を聞かされたんだ?」


 二院はオレの言葉には答えず、真っ赤な顔をして、恥ずかしそうに横を向いてしまう。


「にしし」


 おかしな笑い方をする白貫。


「にしし」


 言い返してみる。


「ということで、今日の話題提供者は、伊月に決定ね」


「なにがということでだ。話の流れを無視すんな」


「いいじゃない。たまには4人でディスカッションするのも」


 かまわず続ける白貫。


「ディスカッション?」


 多川は焼きそばパンを食べる手を止め、首を傾げる。


「麻子、このアホちんに説明してあげて」


「ディスカッションっていうのは討論のこと。ひとつのテーマを決めて意見を言い合うと
か……」


「ほうほう」


「ということだから、ネタの提供お願い」


「テーマねぇ」


 話題話題……。


 そういや近頃はテレビも見てない。


 読んだ本といえば、図書室で借りたアルビノって絵本くらいなものだ。


「伊月の最近の関心事は?」


「……」


 ハカナのこと。


 宇佐美先生しか知らないKANAの秘密について。


 親父の作品の方向性を変えたものは何なのか。


 KANAを中心とした一連の出来事のこと。


 アンドロイドが人の心を持つなんてことがあり得るのか。


 そして、


「……人間って何なんだろうな」


「はあ?」


「決まり。今日のテーマはそれね。人間とは何か」


「伊月君、哲学的……」


「じゃーまずは多川から」


 場を強引に仕切りはじめる白貫。


「いきなり俺かよ。んーと、人間ねぇ……考えたこともねーけど。生きてるってこと?」


「オケラだって生きてます」 


「アメンボもな」


「イトミミズもね」


「おめーら一度にツッコミ過ぎ。なら、言葉を使う生き物。これならどうだ。人間しかい
ねーだろ」


「珍しくまともな意見ね」


「お前がゆーな。たまには素直に褒めろ」


「はいはいおりこうさん」


「……バカにされてるとしか思えねーっつの」


「そんなことないわよ。では次は私。『人間とは、考える葦である』」


「それ、パスカルの言葉だね」


「パスカルの原理の?」


「です」


「アシってなんだ?」


 多川が白貫に尋ねる。


「さー?」


「おめーは意味も知らないで言ったのかよ!」


「葦っていうのは、水辺に生えるススキみたいな植物です。いまの一節だけが有名だけど、
正確には『人間は一本の葦にすぎない。自然のなかで最も弱いものである。だが、それは
考える葦である』ですね」


「すげーな二院」


「え、そう?」


「二院は本とかよく読むのか?」


「うん。週に2冊は」


 今度、片瀬姉妹に会わせてみるのもいいかもしれない。


 あの2人とは気が合いそうな気がする。


「では次。麻子ね」


「ええと、私も引用ですけど『人間は万物の霊長である』かな。ちなみに、霊長は、最も
進化した生物のことです」


 白貫は腕を組んで、

 
「ふむ。3人が言ったことを合わせると、人間とは、生物の中で唯一言葉を使い、地球上
で最も進化した生物でありながら、自然のなかでは最も弱い、か。矛盾しているように思
えるけど、たしかにその通りよね」


「だな」


「最後は伊月君ね」


「……」


 そうじゃない。


 ヒトの定義だとか意味だとか、そういうことじゃなくて。


 オレが知りたいのは。


「それがわかんねーから考えてるんだって。でも、白貫と二院の話は参考になったよ」


「待て! 俺のは!?」


「正直あんまり」


「こん畜生ッ!」


 多川は叫び、オレの弁当からエビフライを強奪し、食う。


「なに食ってんだ、お前は!」


「エビっぽい生き物のフライらしきもの」


「正真正銘100パーエビフライだッ! しかもオレの!」


「ソウ……デシタカ?」


「外人のフリで誤魔化すな! てめーは三流芸人か!」


 二院と白貫は楽しそうに笑っている。


「そこの2人、笑い事じゃねー!」


「そんなに揉められたら、フライにされたエビも本望でしょうね。まーエビ側としては、
美味しく食べてもらえたんだから良かったんじゃない?」


「論点が違う!」


「私のチョココロネ、半分いる?」


「チョコで白米が進むか!」


「……だよね」


「伊月には食べ合わせなんて関係なさそうだし」


「だよなー」


「です」


「……二院まで。二院だけは、唯一オレの味方だと思ってたのにな……」


「だめよ麻子。これ伊月のいつもの手だから」


「うん」


 日を負う毎に、二院が白貫に毒されていってるような気がする。


 あとひと月もしたら、頭突きやグーでのツッコミくらいは平気でやってくるかもしれな
い。










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