「アンドロイドが真夜中に降ってきたら」 第17話










 目に映るものすべてが燃えていた。


 火の粉と灰が小雪のように舞い、周囲の風景をぼかしているので、夢の中にいるように
感じられた。


 屋敷は、巨大な炎の塊と化し、周辺の木々をも飲み込みはじめている。


『……』


 アンドロイドの私にとっての聖域──。


 長い間、私はあの檻の中で生きてきた。しかし同時に、守られてもいたのだ。


 外に出て、初めてそう感じる。


 テレビ番組や本、ラジオ、いくつかのメディアから、外の世界がどういうものであるの
か、何度も想像してきた。


 美しい世界。


 沢山の人のいる世界。


 良いもの、悪いもの、どちらとも言えないもの──人々の多様な感情が渦巻く、灰色の
世界。


 そして、あの人のいる世界……。


 終わりへと続く、


 幸せを手にするための旅。


 そんな門出の日には似つかわしくない景色が私の瞳を蝕む。


 外に出た私が最初に見ることになったのは、紅の海に沈む、生まれ育った屋敷の姿だっ
た。


 歩く。


 過去に背を向け、明日を追いかけるように。


 屋敷にあった大きな旅行用のスーツケースを引きずる。


 ごつごつした地面のせいで、タイヤがうまく回転しないので、力いっぱい引っ張る必要
があった。


 50メートルも進まずに、息が上がってしまう。


 それでも、私は歯を食いしばり、懸命にまた歩き出す。


 自分自身のために。


 最初で最後の、ささやかな意志を貫くために。















 何もかもが初めてのことだった。



 バスに乗った。



 毎日、長い距離を歩いた。



 街を見た。



 大きな看板を見た。



 切符を買うためにお金を払った。



 お釣りをもらった。



 電車に乗った。



 お婆さんに話しかけられた。



 お婆さんに地図を見てもらって質問をした。



 海を見た。



 沢山の人を眺めた。



 小さな虫を銜えた、黒い鳥を見た。



 凄く速く走る自転車を見た。



 遠くに虹を見た。



 様々な形、色をした車を目で追いかけた。



 高いビルを見上げた。



 川を見た。



 魚釣りをしている人がいた。



 公園のベンチに座った。



 お店で帽子を買った。



 飲むことができないのに、自動販売機で3回もジュースを買った。



 並んで歩く猫と犬を見た。



 走り回る子どもたちにジュースをあげた。



 白い月を見た。



 雨を浴びた。



 粗大ゴミの山を見た。



 世界は、多くのもので、溢れていた。



 私の存在なんて、世界にとっては見えないくらいちっぽけで、取るに足らないもののよ
うに思えた。















 あの人の家に近づくにつれて、私は、不安になっていった。


 いきなり追い出されたらどうしよう、話くらいは聞いてもらえるだろうか、拒絶される
かもしれない。


 不安が恐れに変化していく。


 そんな折。


 新しい地図を買うために本屋に立ち寄った際、とある雑誌が目にとまった。


 『こんな出会いがしてみたい!! ベスト100!!』


 私は雑誌を手に取った。


 ページをめくると、男性読者が理想とする女性との出会いについて、100ものシチュ
エーションが書かれていた。


 地図とその雑誌を買い、公園のベンチで読んだ。


 人気上位の出会いは、条件が合わなかったり、とてもありふれたものだった。だから私
は、下位のものから選ぶことにした。




















 100位 : 女の子が空から降ってくる  1票




















 その他にも、雑誌の中には、ためになる知識が満載だった。意味のわからないこともた
くさん書かれていたけれど、端から端まで読んでみた。


 雑誌を読み終え、さっそく準備に取り掛かった。


 きっと、大丈夫。


 心の中で、繰り返した。










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