「アンドロイドが真夜中に降ってきたら」 第18話 同じ制服を着た生徒たちとすれ違う。 オレは生徒の流れに逆らって、ひとりだけ学校に背を向けて歩いていた。 フランスパンのような形をした雲が、澄んだ空を流れていく。 道路の所々にまだ水たまりが残っているが、よく晴れた朝だった。 宇佐美先生から届けられた地図は、かなりアバウトで、交差点の名前やバス停の名前が 書いてなければ、数分で途方にくれそうな出来栄えだった。 運良く、顔見知りと会うことなく、バスに乗り込むことができた。 地図に書き込まれた指示に従い6番目のバス停で降りる。 「……」 玉座へ続く赤い絨毯のような、僅かな歪みもない道路が一直線に坂上まで続いている。 「……あれじゃねーだろうな」 道の両側は森で、建物などは見当たらない。 地図には、変な形をした矢印が、坂の頂上に向かって伸びている。 「……」 なだらかな坂道の頂上付近。 洋館……って呼べばいいのだろうか。 レトロな雰囲気と重苦しさが同居したような、西洋風の三階建ての巨大な建造物──上 から見たらL字型をしている。 L字の両端には尖塔が聳えていて、その片方のてっぺんで風見鶏が回っていた。 目的地が病院ではないことは想像していた。 だが、こんな場所に案内されるとは、思っていなかった。 なんとも言えない緊張感が増していく。 頂上に着くと、石造りの門が出迎えてくれていた。 門の前に立っていた、大柄なおばさん(家政婦? 学生食堂が似合いそうだった)に案 内され、連れて来られたのは、辞書のような分厚い本が所狭しと積まれている、書斎のよ うな一室だった。 そこに先生がいた。 「おはよー、伊月。宇佐美家へようこそ」 いつもの白衣を着て。 「……」 「どうしたの?」 「先生って、何者なんですか?」 聞かずにはいられない。 「令嬢」 「……」 またバカなこと言って、なんて言い返せなかった。 校長に対する不可解な影響力や、KANAのためとは言え私用で何日も学校を休んで許 されてる現状とか……その理由が分かった気がする。 「他に質問あるかしら?」 「オレを呼んだのはKANAの件ですよね」 話題を変える。 「ええそうよ。手術のこと。ようやく治療の目処が立ったんだけど、あの子、とても怖が っててね。昔、散々身体の中を弄られてきたみたいだから、不安がっているの」 「手術を受けるように説得しろってことですか」 「いいえ、そうじゃないわ。あの子が自分で選べばいいの。ただ、怖いからだなんて、そ んな理由で生きることを放棄して欲しくないから」 生きる……こと。 つまり、 「そ。ここままだと、あの子、長く生きられないわよ」 考えが顔に出たのだろうか。 オレの疑問を先回りして、回答してくる。 「……それは、前に先生が言ってた、言語制御とかいうのが影響してるんですか」 「色々よ。あの子の身体のあらゆる部分には、常に負担がかかっている。彼女を構成して いる有機金属、有機回路、生体部品……どんなものであっても、人工的に作ったものは、 劣化していくの。寿命があるのよ」 「寿命? KANAから年齢は聞いたことないですけど、見た目は、オレと同じ高校生く らいじゃないですか」 「見た目はね。でも、」 言わないでくれ。 何を言われるのかが判り、咄嗟に、そう思う。 「彼女は、人間ではないもの。人のように話すことができても、人のような感情を持って いたとしても、彼女はヒトの定義から外れているわ」 わかってる。 けれど、目の前で断言されると、やるせない気持ちになる。 「手術して……どれだけ寿命が延びるんですか」 「このまま何もしなかったら、あと1ヶ月も持たないと思う」 質問の答えになっていない。 先生にでさえ、わからないということだろうか。 「……」 「手術が成功したら、言語制御から解き放たれるし、生きていられる時間も1年や、2年 延びるかもしれない」 「命を賭けて手術をして、たったそれだけしか……」 それに、その具体的な数字は、先生の希望のように思える。 「では聞くけど、伊月は、100年生きることができれば幸せなのかしら。そういうもの ではないでしょう、生きるということは」 子どもに言い聞かせるように、優しい口調で言う。 「あの子はね、あなたに聞いて欲しいことがあって、やって来たの」 「……はい」 「ただ、それだけのために。命を賭けて。あなたにとっては、迷惑なことかもしれないけ ど、それでも、あなたには彼女のことを見届ける責任があると思うの。わかるわよね」 「責任だとか、そんなことはわかんないです。だけど、そのつもりです」 「それならいいわ」 宇佐美先生は、オレの頭をかき混ぜるように撫でる。 「あの子に勇気を与えてあげて。あなたにしか、できないことだから」 大きな長方形の窓から射してくる光が、室内を程よい暖かさで満たしていた。 木製のドアを開けると、KANAがベッドの上で寝ていた。 『……宇佐美、さま?』 「いや、オレ」 半身を起こし、KANAがこちらを向く。 『進さま……』 「あまりに帰ってくるのが遅いから、会いに来たぞ。元気だったか?」 『……ご心配かけて、申し訳ありません』 「謝ることじゃないだろ。それより、毎日どんなことしてるんだ」 『検査……です。それ以外のときは、お庭を散歩させて頂いたり、本をお借りして読んで います』 その言葉を肯定するように、ベッドの脇に文庫本が数冊、平積みされている。 「検査は、痛かったりするのか」 『いえ、平気です』 こんなことを話したいわけじゃないのに、当たり障りのない質問ばかりが口から出てく る。 「今日はいい天気だな」 『はい。昨日はずっと雨でしたから、嬉しいです』 「……そうだな」 ほんの少し、昨日のことを思い出す。 『……進さま』 「なんだ?」 『今日は学校ではないのですか?』 「休んだ」 『ダメですよ……お友だちが心配します』 「実は、宇佐美先生に呼ばれたんだ」 『……そうだと思いました』 「手術、するんだってな」 意を決して、言う。 『……はい』 「成功すれば、あの時みたいなことが、起こらなくなるかもしれないんだってな」 『……そうですね』 KANAは視線を落とす。 宇佐美先生の言った通り、悩んでいるようだった。 「どうしたい?」 『……?』 「なあ、KANAはどうしたいんだ? 手術を受けたいのか? それとも、もう、帰りた いのか?」 『……わたしは』 「言っただろ。いつでも帰って来いって。いつだって待ってるから、って。選ぶのはKA NAだ。オレや宇佐美先生じゃない」 KANAは顔を上げ、 『宇佐美さまには、良くしてもらっています……ですが、』 縋るように呟く。 『帰り……たいです。進さまのところに』 【戻る】 |