「アンドロイドが真夜中に降ってきたら」 第20話 『可愛いです』 ごつごつした岩がしきつめられたケージの中で、数匹のイグアナがのんびりと動き回っ ていた。 ガラスに額がつきそうなところまで接近して、中の様子を見つめている。 「爬虫類とかって、大抵の女は苦手なんだけどな……」 声が届かないように呟く。 KANAは、ワニガメやらニシキヘビやら、オレでも気色が悪いと思ってしまう巨大な ヤモリ……それらの説明書きを一行一行、真剣に読んでいた。 オレは一歩引いたところで、ぬいぐるみの入った袋を抱え、遠くからケージを眺める。 「ん?」 人の話し声が聞こえたので、KANAに近寄って帽子を被らせる。 爬虫類コーナーの入口付近から、女の悲鳴が聞こえた。 「……」 ああいう反応をKANAに期待していたのに……。 『進さん、こっちに来て一緒にカメレオンを見ませんか?』 イヤな誘い文句だった。 「そんなにくっつくなって。彩、危ないからあんまりガラスに近づくなよ」 「大丈夫だよ」 「だから嫌だって言ったのに……」 話し声が近づいてくる。 やがて。 二十歳過ぎに見える男女と、中学生くらいの女の子が追いついてきた。 「ほら、桜居さん! あそこにカメレオンがいるよ!」 「もうちょっと静かに、な。他の客に迷惑だ」 「わかってるよ」 桜居と呼ばれた男と、男の腕にしがみつくようにしてなんとか立っている長い黒髪の女 性は、ケージから離れた壁側を歩く。 女の子が近づいてきて、KANAの隣に立つ。 『可愛いです……』 「KANA、もうちょっと左に寄ってやれ」 「ありがとうございます」 丁寧にお辞儀をして、女の子もKANAと同じように、なるべく接近して見ようと、ガ ラスに額をくっつける。 「……可愛い」 この子もKANAと同種らしい。 オレは再び、ケージから離れて、壁にもたれかかる。 すぐそばに桜居と呼ばれた男と、その彼女らしい女性が縋るように立っている。 「ねえ、私たちだけ先に出ない?」 「んー」 「一本道なんだから、彩が迷うこともないわよ」 「薄情な姉だな」 そう言うが、男は女性が怖がるのをあからさまに楽しんでいる様子だった。 「仕方ないでしょ、怖いんだから」 「おっ、あの隅にいるカメレオン、結構愛くるしい顔をしてるぞ」 「見ないわよ」 「金払って入ったんだから、見ないと損だぞ」 「入りたくないって言ったじゃない」 「愛するお前ひとり置いていくわけにもいかないしな」 「……宏則」 「ということで、ほら」 女性を背後から抱えてケージの前に連れて行く。 「きゃーーーーーーーー!!」 ケージの中を見ないように首を左右に振りながら、じたばたと暴れる。 「暴れんな、ただのカメだって」 「嘘よ! どうせ気持ち悪い10本足のカメとかなんでしょ!」 それはもはやカメじゃないと思う。 彼氏が面白がってからかいたくなるのもわかる、なかなか楽しい女性だった。 「……桜居さん、お姉ちゃん、周りの人に迷惑だよ」 辺りには、オレとKANAしかいない。 「いや、気にしないでいいですよ」 「ごめんな、君たち。彩、悪いけど、先に沙夜と出てるから」 「うん」 男は、混乱している女性を抱え、そのまま出口に向かって歩いていった。 「ごめんなさい」 女の子が申し訳なさそうに頭を下げる。 『気になさらないでください』 KANAは何事もなかったように微笑む。 「……」 その表情を見つめていた女の子が、突然、KANAの帽子に手をかける。 『あ、あの……?』 女の子の手を掴む。 「……あ、すみません」 KANAを背後に隠し、 「いきなり何してんだよ、お前」 『進さん、怒らないでください』 KANAは慌ててオレと女の子との間に割って入る。 「本当にごめんなさい。怒らすつもりなんて、ないです。ただ、わたしが知っている人に お姉さんが似ている気がしたの……」 『……そうですか。でもわたしは、あなたのことを知らないと思います』 「お姉さん、できれば名前を教えてください」 『KANAです。あなたは?』 「彩です。長峰、彩」 「そんなに似てるのか?」 「雰囲気がとても。でも、よく見たら、全然違いました」 「おい」 無邪気に笑うのを見て、緊張感が解れる。 『……その方は、どんな人だったのでしょうか』 KANAが尋ねると、 「そのひとは、とても優しい人でした。色々なものを背負っていました。みんなに自分の 幸せを分け与えて、いなくなってしまいました」 女の子はKANAの右手を両手で掴み、胸元に引き寄せる。 「そのまま、動かないでください」 『……』 KANAは、女の子の言うことに素直に従う。 「カナさん……あなたは……」 女の子は、オレに目で問いかける。 「何も聞くな」 「……お姉さんは、幸せにならないといけないです。今のわたしになら、少しだけ、お手 伝いができるかもしれません」 光── 女の子の手から、青白い光が広がっていく。 「お前は……」 「わたしも、普通ではありませんから」 儚げに笑う。 「勇気の出る、おまじないです」 うっすらとした光がKANAの右手に吸い込まれていく。 『……』 「KANA、大丈夫なのか」 「では、お姉ちゃんたちが待ってますので、わたし、行きます」 まだ爬虫類コーナーの半分も回っていないのに、女の子は行ってしまう。 『……』 「あいつ、超能力者か何かか?」 『……』 「どうした? ぼーっとして」 『……ひどい……です』 潤んだ瞳から、大粒の涙がこぼれ、床に落ちる。 「KANAッ?」 オレに向かって崩れるように倒れこむ、KANA。 『……諦めていたのに』 耳元で囁く。 『……もしも、今視たような……あんなに嬉しいことが、幸せな日々が……この先も続い ていくのなら……』 途切れ途切れの言葉── それは、 宇佐美先生のところでは聞くことができなかった、 KANAの純粋な意思だった。 『少しでも長く……わたしは生きたい……』 【戻る】 |