「アンドロイドが真夜中に降ってきたら」 第35話 棺の中で私が眠っていた。 横たわり眠る私、それを見る私。二人の私。ありえない状況だ。しかしそれが今、状況 として現実に眼前にある。 突きつけられたこの現実を受け止めるのは難しい。 しかし、一見は、どんな映像より伝聞より圧倒的な説得性をもって私の視覚から全身を 波立たせる。 瞼を閉じた自分を見るというのは、変な感じだった。透明な、カプセルのような棺の中 で、もうひとりの私の時間は切断され凍結している。 「信じてくれたかしら」 エナの声は狭い部屋の壁や天井に反響して執拗に大きく聞こえた。 私と瓜二つの顔を近くで見るために車椅子の方向を変えると、ゴムと床が擦れる不愉快 な音がする。 天井の照明がカプセルの表面に眩しく反射する。 どこか遠くで鳥がひと鳴きしたのが聞こえた。 「この子がKANAよ」 もう一人の私。 現在の私を構成する、雛形としての意識要素の提供元──それがKANAなのだとエナ は教えてくれた。 「死んでるの……よね」 その問いに反応してエナがカプセルを開けると棺の中から冷たい空気が溢れ出す。 冷気はじわりじわりと広がり、部屋の隅々まで達すると満足したように動きを止め、そ の身を固める。 躊躇いがちにKANAの頬に手を当てると、金属に触れた時のひやっとした感覚が肩口 あたりまで上ってくる。 冷たい。とても。 「そうよ」 「どうしてここに寝かせたままなの?」 「どうしたらいいか、私も決めかねているの。だから、あなたに決めてもらおうと思って、 そのままにしておいたのよ」 「……私に?」 「ええ。あなたの体なのだから」 「……」 まるで楽しい夢を見ているかのように、口元に笑みを浮かべ眠っている私。どんな思い でこの人は自分を失う道を選んだのだろう。 お願いしたくないです。 本当は、こんなこと、お願いしたくないです。 テープで聞いた機械的な、しかしとても感情のこもった声を思い出す。 「……エナはどうしたい?」 「この体は英知の集合体──できれば、調べてみたい。けどね、それは研究者としての気 持ち。ふさわしい場所に弔ってあげたいわ。私とあなたは家族なんだもの」 「……ありがとう、エナ」 家族、という言葉が胸に響く。 「ねえエナ。質問があるの」 「何?」 「テープを聴いて思ったんだけど、私とこの子って見た目はそっくりだけど、中身は全然 似てないわ。どうして?」 「やっぱりわかる?」 「実際に会ったわけじゃないから正確にはわからないけど、口調とか声の雰囲気とか性格 はまるで別人じゃない」 「人格形成のプロセスなんてのは目のないサイコロを振リ続けるようなもの。生活環境、 教育、親しい人の影響、些細なことやちょっとしたきっかけで変化するわ。一卵性双生児 の好みや性格が必ずしも一致しないようにね」 エナはゆっくりと言葉を選びながら、説明する。 「本当にKANAは私の中にいるの?」 「……」 「エナ?」 「……どうかしら」 「だって、KANAの心を私に移したんでしょう?」 「『心』ってのはあなたが理解しやすくなる為に選んだ言葉よ。正確には、脳の、幾つか の部分を移植したの」 「じゃあどうして知識が残ってるのに意思は残らなかったの?」 「さあね。もともとどうなるかなんて誰にもわからない手術だったから。死という最悪の 事態を回避したことだけで幸運なことなのよ。手術前に幾通りものシミュレートをしたけ ど、今回の状況はそのどれにも当てはまらないわ」 「なら、私は誰?」 「宇佐美カナ。私の可愛い妹」 「……真面目に答えて」 「答えてるんだけどね。私はね、最近こんなことを疑いはじめているの。そうあっては欲 しくないけど……この子の意思は……この体に残されたままなのかもしれない、って」 目を伏せ、呟く。 「だからね、やめることにしたわ。この子とあなたを比べるの。嫌な思いをさせてしまっ てごめんなさい」 「……いいよ、謝らないで。それより私はこの子のために何をしたらいいの?」 「このままでいいんじゃないかしら」 「でも、」 「あなたに渡したテープがどんな内容のものだったか知らないけど、KANAが望んでい たのは、どこにでもあるようなありきたりの生活よ。学校に行ったり友達と遊んだり…… 今のあなたの目標と同じ」 「……」 「特別なことなんて必要ないの。彼女は、あなたがこうして元気に生活できていることを 嬉しく思っていると思うし」 「本当に、そう思う?」 「ええ」 「……そっか」 「だから、リハビリを頑張って、早く歩けるようになって学校に行けるようにならないと ね。伊月は3年生なんだから、急がないと卒業しちゃうわよ」 「え!?」 「あれ言ってなかったっけ?」 「ぜんっぜん聞いてないわよ!」 「じゃあ夏休みが今週で終ることも言ってなかった? 私、来週から学校に復帰するから。 あなたも早く来れるように頑張りなさい」 「……」 【戻る】 |