「アンドロイドが真夜中に降ってきたら」 第39話










 朝がやってくる。



 昨日と同じように。だけれど、昨日とは異なるように。



 手のひらを見つめる。



 足先を動かしてみる。



 私は、存在して、いる。



 赤く染まった光景を突き抜け、現実に戻ってきた。



 信じられないことだけど、エナが言ったように、毎晩見る悪夢に免疫ができたようで、
夢の途中で目が覚めることもなくなった。



 しばらくしたらこの夢を見ることもなくなるかもしれない。



 まどろみの誘惑を振り切り、ベッドから出て急いで着替える。



 全身に広がる小さな痛みの粒を無視して、真っ白いブラウスに袖を通す。死ぬまで終わ
らないと思っていた痛みは、嘘のように去りつつある。 



 車椅子もいらなくなった。



「おしっ」



 準備万端。



 部屋を出て長い廊下を歩き、一段抜かしで階段を降り、食卓に向かう。お手伝いさんが
テーブルに食器を並べていた。



「おはよう、カナ」



「おはよ。エナは?」



「もうじきいらっしゃると思います。今日から学校ですか?」



「うん」「まだよ」



 私は振り返る。



「おはよ。朝から元気ね」



「なんでダメなのよ。もう平気よ。ひとりで着替えだってできるし」



 私はくるりと回転してエナに制服を見せる。



「学校は着替えをする場所じゃないわ」



「それくらい知ってるわよ。大丈夫よ!」



「その根拠は?」



「体の痛みもなくなってきたし、普通に歩けるし、すぐに疲れなくなったわ」



「あの頃に比べたらだいぶ良くなったわね」



「学校にだって通えるわ」



「まだ無理」



「できるわ」



「そこまで言うなら、試してみる? 8時45分。8時にこの家を出て、その時間までに
学校に来れたら入学を認めるわ」



「……嘘じゃないわよね?」



「ええ、もちろん。但し、あなたも約束しなさい。8時45分までに学校に来れなければ、
潔く引き返すのよ」



「いいわよ。簡単だもの」



「チャンスは何度でもあげるから頑張りなさい」










 ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆










 3日目の朝がやってくる。



「イタタ……」



 目覚めとともに痛みも覚醒する。



 負けない。



 筋肉痛に耐え、気持ちを奮い立たせ、ベッドから起き上がる。



 疲れでいつ寝たのかも、夢を見たのか見なかったのかさえよくわからない。



 一昨日より、昨日より、さらに時間をかけて着替えを済ませる。



「おしっ」



 準備万端。



 部屋を出て長い廊下を歩き、手すりを掴みながら一段一段ゆっくりと階段を降り、食卓
に向かう。



「おはよう、カナ」



 いつものようにお手伝いさんがテーブルに食器を並べている。



「おはよ」



 眠たそうな顔をしたエナが、右手で髪をかき混ぜながらやってくる。



「おはよ〜。今朝も早いわね」



「学校に行くんだから普通の時間よ」



 声を出すだけで痛む腹筋、立っているだけで痛む太股と脹脛の痛みを抑え、



「エナのほうこそ早く行って入学手続きを済ませたほうがいいんじゃない?」



 胸を張って強がって見せる。



 エナはいきなり私を抱きしめて、頑張りなさいと、呟く。その力強さと温もりで、幼く
強がりな私は消え去ってしまう。



「……うん」 



「あなたは強い子ね。賢さも優しさも具えてる。だけどね、時には誰かに心を近づけなさ
い」



「……不安なの」



「知ってるわ」



「エナは何でも知ってるのね」



「ええ。これは独り言だけど、このペースで毎日頑張れば、あなたがあと1週間程で学校
に通えるようになることも知ってるわ」



 私は抱きつき返して、嬉しさを表現する。



「夏にあれだけ頑張ったんだから、あと少し。頑張れるわよね?」



「……うん、頑張る」










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