「アンドロイドが真夜中に降ってきたら」 第41話
        









 今朝もKANAの部屋のドアを開け、キリンのぬいぐるみに挨拶する。


 カーテンが揺れていた。


 母さんはいつKANAが帰ってきてもいいように、晴れた日は毎朝部屋の空気を入れ替
え、掃除を欠かさない。


「おはよう」


 その言葉は、昨日と同じように、相手を探して虚ろに無人の部屋をさまよい、消えてし
まう。


 KANAはきっとこの家には帰ってこない。


 そんな、確信的な予感がした。






 ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆






 休日に早起きするのが久々だったせいか、思わず制服に着替えそうになったけれど、す
ぐに気がついて私服に着替える。


 一階に降りると、珍しく親父が朝飯を食べていた。


「お早う、進」


「おはよう。早いわね」


 機嫌の良さそうな母さん。親父はがつがつと山盛りのオムライスを食べている。


「終わったのか?」


「そうみたい」


「お疲れ」


 返事は返ってこない。食事の邪魔をするとやかましそうなので、洗面所に向かう。顔を
洗って戻ってくると、親父はもう朝食を平らげていた。


「うまかったぞ、母さん」


「そんな食い方してると体壊すぞ」


「おお。進ではないか」


「さっき挨拶したっつの」


「そうだったか?」


 真剣に数分前のことを思い出そうと考え込む。しかし、その表情は、仕事中の鬼気迫る
ものとは打って変わって、温和だった。本当に作品作りは終ったみたいだ。


「あなた、これを見てください」


 我慢しきれない感じで、母さんが写真を差し出す。それは、俺が先生からもらってきた
カナの写真だ。


 仕事に没頭していた親父を気遣って、見せずに隠していたらしい。


「……」


「手術、成功したそうです」


「……そうか。それは良かった」


「大変な手術だったようですね……可愛そうに」


 写真には、ひまわりの大輪が並ぶ前に、松葉杖をついて立っているカナの姿が写ってい
る。


 首や両手足、顔を除いた部分には包帯が巻かれ、不機嫌そうな表情でカメラを見ている。


「進は会いに行ってきたのか?」


「……」


 母さんがこちらを向く。


「まだ行ってねーよ」


「……念のため、もう一度聞く。KANAさんには、会って来たのか?」


「行ってねー」


「さっさと行って1000年分謝罪して来いッ!!!」


「母さん、メシ」


 テーブルの上に置いてある楕円形の大皿を渡す。


「はいはい」


 終始親父の言葉を無視し続け、作りたてのオムライスを食べて、椎奈との待ち合わせ場
所に向かった。






 ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆






 集合時間は、朝の9時。


 駐輪場に100円で自転車を止めて、駅前にやってくると、既に椎奈の姿があった。


「よー」


「あ、おはようございます!」


「おはよう。早いな」


「頑張りました」


 自慢げにそう言う椎奈。


「朝、弱いんだっけ?」


「はい。かなり」


 そうは見えない。


 どちらかと言うと、目覚まし無しでも決まった時間にきっちり起きそうだ。


「もしかして、目覚まし時計を2個持ってるとか?」


「5個持ってます」


「……そりゃ難儀だな」


 想像を超えていた。


 椎奈は苦笑しながら、腕時計を見て、


「あと5分で電車が来ちゃいます」


 オレたちは駅への階段を足早に上る。


 椎奈に言われるままに切符を買って、電車に乗り、隣駅で降りる。女物の靴がどこで安
く売ってるかなんてオレが知るわけもなく、素直に後ろを着いて行くだけだった。


 隣駅の北口を出て、そのまま大通りを真っ直ぐ進んで、2番目の交差点を左に曲がると
それらしい店があった。


 専門店らしく、靴の類しか置いてないようだった。


 狭い店内にサンダルやヒールや運動靴が乱雑に陳列してある。


「サイズ、わかりました?」


「ああ」


 宇佐美先生に電話で聞いてメモした紙を渡す。


「……」


「小さいですね」


「そうなのか?」


 他人の足のサイズなんて気にしたことも無いからわからない。


「サイズ、あるかなぁ……」


 椎奈は、店員に聞きに行く。オレは、一人残されてしまったので、なんとなく視線を外
に移すと、ショーウィンドウを眺める女の子がいた。


 ガラスに両手をつき、睨むように一点を見つめている。


「……」


 時間が、凍りつく。


 心臓が動くのをやめたかのような錯覚に陥る。


 カナだった。


 髪は短く切られ、とても痩せていたが、間違いなかった。


 どこにも包帯は巻かれていない。松葉杖も持っていない。朝の柔らかな日差しを浴び、
淡い黄色のワンピースが輝いていた。


「……」


 声が出ない。


 入り口に向かって歩み寄ることもできない。


 状況をうまく認識することができず、意識に体が反応しない。


 何秒経っただろう。カナは、食い入るようにその靴を見つめ、店には入らず、最後にた
め息をつき、その場を去っていった。


「伊月先輩?」


 椎奈に声をかけられ、ようやく動く(振り向く)ことができた。


 体を通じて心音が聞こえる。


「これなんてどうでしょう?」


 小さな水色の靴を、冷静を装いながら受け取る。


 シンプルで好感の持てるデザインだった。


「このサイズだとなかなかいいのが無くて。涼しい感じで夏用っぽいですけど、服との組
み合わせで、フルシーズン平気だと思います」


「凄くいいと思う」


 感想を言うと、椎奈はとても嬉しそうに微笑み「あっちにも一足あるそうですよ」と、
ショーウィンドウの方を指差す。


 ついさっきまでオレが眺めていた方向だ。


「……」


 椎奈が指差した先は、カナの視線の先と一致していた。










【戻る】