「アンドロイドが真夜中に降ってきたら」 第43話
ばたーん。
豪快にドアを開ける音が玄関から。
続いて、廊下を駆け抜ける音。
だだだだだだっ。
屋敷の中でこんなに騒がしい音を出す人物は、宇佐美家に一人しかいない。
日曜日。
外は快晴、二階から見た窓の向こう側には、雲ひとつない青空が広がっている。
エナは机の上に広げた分厚い資料を閉じる。
冷めたコーヒーを一口。
廊下に出ると、前方からカナが走ってきた。
「エナ! 私を騙したわね!」
肩で息をしているカナとは対照的な落ち着いた口調で、
「なんのことかしら」
「どこまで行っても学校なんてないじゃない!」
「……話が見えないんだけど」
「あとどれくらい頑張れば学校に行けるか調べるために、場所を確認しに行ってきたの。
そしたら、駅に着いたわ」
「駅?」
「学校なんてどこにも無いじゃない」
頬をかき、エナは右手に持ったマグカップに口を寄せ、一気に飲み干す。
「途中──内科だったかしら、病院の先に郵便ポストがあるわよね。あれを左に曲がって
ない?」
「……曲がった」
「道、間違ってるから」
手招きして、カナを書斎に入れる。
マグカップを置き、ノートパソコンと繋がっている液晶モニタをカナに向ける。ブラウ
ザを起動し、周辺の地図を表示させる。
「これが我が家」
そう言って、赤い旗を地図にポイントする。次に、西にスクロールし、青い旗をポイン
トする。
「ここが学校で、駅は南。ポストはココ。左に曲がると、学校からはどんどん離れていく
わ」
「……なんか悔しい。その距離だったら、先週にはたどり着いてたわ。ずっと無駄なこと
やってたのね、私」
「無駄?」
「だってそうでしょう? とっくに学校に行けたのに」
「カナ、あなたは学校に行くためだけに頑張ってきたの? そうじゃないでしょう。これ
からずっと生きていくの。あなたは」
「先のことなんて考えてない。人生なんていつまで続くか分からないもの」
パソコンをシャットダウンし、エナは壁に掛かっている写真を眺める。
「ずっとずっと続いていくわ」
カナもエナの視線に重ね、色あせた写真を見つめる。写真の中では、石造りの門の前に、
正装をした4人が立っている。
温かい笑みを浮かべた宇佐美エナが、タオルに包まった赤ん坊を抱いていた。
「その写真、好き。みんな、幸せそう」
「幸せだったわ。とても」
「今は……寂しい?」
「いいえ。今も幸せよ。この年で、妹もできたし」
「……」
「カナがいると毎日楽しいわよ」
「迷惑ばかりかけて、ごめんなさい」
「私は全然そんな風に思わないけど、シラカワさんには謝っておいたほうがいいわよ」
「シラカワさんって誰?」
後ろ。
と、エナが言う。
宇佐美家の美化を守る唯一の人物、お手伝いさんが立っていた。
「カナ、あなたはまた私の仕事を増やすんですね」
「……シラカワさんって言うのね。今、初めて知ったわ」
白河桜さん(今年で62歳)は、カナの言葉については気にする様子なく、ただ「お屋敷
の中では靴を脱いでください」と眉をひそめながら言った。
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