「アンドロイドが真夜中に降ってきたら」 第44話










 土砂降りの雨。


 大粒の雨が屋根を無骨に叩く。


 空全体を幾重もの暗雲が隠し、月明かりを遮断している。


「よりによって……こんな日に」


 激しい雨音が、朝闇の中の蝋燭の小さな炎を小刻みに揺らしている。


 宇佐美エナはカーテンを閉め、ベッドに入り直す。


 寝室は、とても静かだ。


 時折、じじじと虫の声のように蝋が微かに囁く。


 片目を右手のひらで押さえてみる。


 視力を失った瞳が伝えてくれるのは、幻覚のような情景。


 色と輪郭が混じり合う、境界が崩壊した世界。


 右手をどかす。


 視界が一旦、右側からの黒の波に洗い流され、色と輪郭が現れる。


 見慣れた天井。


「何してるのかしら、私は。遠足前の晩の子どもじゃないんだから」


 目が覚めて眠れないので、ベッドから出て電気をつけ、本棚から一冊、適当に取る。


『Do Androids Dream of Electric Sheep?』


「……」


 エナはその題名を声に出してみる。


「Do Androids Dream of Electric Sheep?」




 ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆




 幾分雨脚は弱まったものの、夜更けから降り続いている雨は止まなかった。


 靴を履いて出かけようとするカナの背中にエナが声をかける。


「残念ね、雨で」


「ううん。私、雨って好きよ。綺麗だし」


 言うように、その表情はとても嬉しそうだ。


「私がほとんど歩けなかった時、雨がたくさん助けてくれた。たまに、私の代わりにひま
わりに水をあげてくれたし、リハビリ中に熱くなった身体を冷やしてくれたし。ついでに
頭もね。恩人よ。人じゃないけど」


「じゃあ、いいのかしら」


「なんのこと?」


「門出は晴れの日がいいと思って、中止にしようと思ってたんだけど」


「嫌よ。今日がいい」


「そうみたいね」


 エナは持っていた箱をカナに差し出す。


「お祝いよ」


 蓋を開け、包装紙を取り除く。


 靴だった。


 しかもどこかで見覚えがある。


 駅の近くの店のショーウィンドウ越しに見た──信じられない。


「……これって」


「気に入らない?」


 ぶんぶん、と、激しく首を振るカナ。


「ありがとう、嬉しい。本当に、本当にエナは何でもお見通しね」


「お礼は自分で伊月に言うように」


「えっ!?」


「伊月進から、あなたの頑張りに、って」


 表情が固まった後、一拍置いて、カナは箱から出した靴を強く抱きしめ、


「今日、会えるのよね」


「そうよ」


「……がっかりしないかな。私を見て」


「私は、逆にあなたががっかりしないか心配よ。大したことのない、普通の子だし」


「何も覚えてない。何も思い出せないの。伊月のこと」


「それはあの子も知ってるから。あなたは、宇佐美カナ。KANAとは違うわ」


「うん」


「車、乗っていく?」


「歩いていく」


「おろしたての靴が濡れるわよ。いいの?」


「よくない。よくないけど、いい」


「そうよね。いってらっしゃい」


「うん、行ってきます。また学校でね」




 ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆




「おっはよー、B組の諸君」


 いつもの白衣スタイルで教壇に立つ、宇佐美エナ。


「せんせー、うちの担任は?」


 誰かが確認する。


「朝のホームルームだけ、私が臨時担任になりました。理由はこれから話すわ」


 教室中の生徒が顔に?を浮かべている。


「転校生を紹介します」


 それを聞いた途端に、生徒たちがざわつく。


「おい、白貫」


 多川が目配せすると、白貫清乃が頷く。


「まじなのか」「先生、女の子ですか!? 可愛い?」「この時期に転校生……?」「理
由って何だろ」様々な声が、交錯する。


「さあ、入って」


 男子たちが色めき立つ。


 転校生は、新しい制服に身を包み、緊張した面持ちでゆっくりと教室に入ってくる。


 ざわめきは一段と大きくなる。


 エナの横で止まり、大きく頭を下げ、


「宇佐美カナと言います。よろしくお願いします」


 と、シンプルに挨拶した。


「色々と事情があって、こんな時期に転入することになったけど、よろしくね」


「宇佐美ってことは、先生の……?」


「ほんの少し(強調)離れてるけど、妹よ」


 数人から疑いの声があがるが、宇佐美エナのひと睨みで一斉に口を閉ざす。


「あまり身体が強くない子だから無茶させないでね」


「済みませんが、よろしくお願いします」


 教室を見渡しながら言うと、クラスメイトたちもそれぞれに歓迎の挨拶を返した。


「とりあえず、出欠を取ってから、この子の席を決めるわね」


 宇佐美エナは教室を眺める。


 ひとつだけ空席があった。


「……あれ、伊月進は?」


「インフルエンザで休みです」


 多川がそう答えるなり、エナは出席簿を教卓に叩きつけた。










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