「桜夜」 - sakuya -





 花びらが舞っていた。



 桜色の空。



 青年は草むらに寝転んで、空を見上げる。



 桜の花びら、



 それと、雪。



 冷たく白い結晶が、空から落ちてくる。



 春。



 なのに、雪が降っていた。






 青年は目を閉じる。



 身体は動かない。



 苦い、血の味がする。



 死はゆっくりと近づいてくる。



 恐れはない。



 ただ、最後に会いたい人がいた。



 会って、伝えたい言葉があった。



 だが、それは叶わない願いだと知っていた。



 寒い。



 血が凍っていく感じがする。



 眠い。






 雪が青年の姿を隠し始めていた。



 声が聞こえた。



 聞き覚えのない、声。



 けれど、とても懐かしい気がした。



 灰色の空。



 黒髪の少女──















 第1話















 足音が近づいてくる。


「この時期に雪が降るなんて珍しいねぇ」


「そうね」


 2種類の声。


 ふたつの女の声。


「………」


「どーしたの、お姉ちゃん?」


 ……お姉ちゃん。


 ということは、姉妹か。


 足音が消えた。


 どうやら立ち止まったらしい。


「……さくら」


「ホントだ。もう桜の季節なんだね」


「でも、雪」


「あはは。なんだかおかしいね」


「私は、雪も桜も好き」


「あたしも好きだけど、寒いのは苦手かな」


「そう?」


「シロちゃんなんて、今日は、ずっと家の中にいるよ」


「シロは寒がりだから」


「うん。ゴーちゃんは、こんなに元気なのにね」


 その言葉に同意するかのように、


 ワンワンワンッ!


 ……犬か


「あっ、そんなに引っ張るなーっ」


 グルルルルルゥ……


 犬の唸り声が、俺の耳元で聞こえる。


「ここになにかあるの?」


 ワンワンッ!


 うるさいから、そんなに騒ぐな……


 俺は思う。


 だが、声を出す力も残っていない。


 とても眠かった。


 そっとしておいて欲しかった。


 暗くて、


 冷たくて、


 どうしようもなく、眠い。


 がりがりがり……


「ゴーちゃんが、雪を掘り出したよ、お姉ちゃんっ!」


「食べ物でも埋まってるのかしら」


 ………。


 ひょっとして俺のことか。


 犬畜生に食われるなんて、嫌な最後だな……


 がりがりがり……


 …。


 ……。


 ………。


 ※気を失った模様


「あ、なんか見えてきたよっ!」


 じょ〜〜〜……


「……ゴーちゃん」


「残念。食べ物じゃなかったわね」


 じょ〜〜……


 ……ん。


 なんだか、


 じょ〜……


 なんだか、顔が生温かい…


「き、」


「どうしたの?」


「きゃぁぁぁああああああああああ!!!!!!!!!」


「わ、おっきな声」


「く、首ぃぃっ! 生首ぃぃぃ!!」


「あら本当」


「なにのん気な事言ってるの! これはバラバラ殺人なんだよ!」


「そう? でもこの人、身体もあるけど」


「……あ」


「ほんとだ。じゃあ、普通の殺人事件かな」


 グルルルルルゥ……


「あ、こら、ゴーちゃんダメだよぉ!」


 ずるずるずる……


 痛い。


 おもいっきり噛まれてるぞ、俺……


「めっ!」


 めっ、じゃねぇ……


 早くこのくそバカ犬をどうにかしてくれ。


 まあ、雪の中からは、脱出できたみたいだけど。


「あ、」


「なに、お姉ちゃん?」


「ゴーちゃんは、この人をうちにつれていこうとしてるのよ」


 俺には食い殺そうとしているとしか思えないが。


「え、まだ生きてるの?」


「息してる」


「……あ、ほんとだ」


 グルルルルルゥ……


 ずるずるずる……


 すごい力で、引きずられている。


「家まで運んでくれるのかなぁ」


 体の感覚がなくなってきている。


 右肩を強烈に噛みつかれているが、痛みはない。


「がんばれ、ゴーちゃん♪」


 犬に任せてないで、お前が頑張れ。


「帰ったらご褒美よ」


 ……なんて姉妹だ。


 こいつらは人間じゃない。


 女でも2人がかりで運べば、なんとかなるだろうに。


 いくら見ず知らずの人間でも死にかけてるんだぞ。


 グルルルルルゥ……


 ずるずるずる……


 だんだん意識が遠のいていく……


「あと200メートル♪」


 俺はあと200メートルも雪の中を引きずられるのか……


「頑張れ♪ 頑張れ♪」


 誰でもいい、助けてくれ……


「あっ、そう言えば家にソリがあったわね」


「ソリ?」


「あれにこの人を乗せて運べば、私たち2人でも、なんとかなるんじゃないかな」


 助かった……。


 つーか、最初からそうしろ。


「あと150メートルなのに……」


 非常に残念そうな妹。


「でも、肩からすごい血が出てるから」


「……うわ」


「左肩に変更するって手もあるけど」


 頼む、勘弁してくれ。


「……すごい血」


「ね、すごいでしょう」


 ……俺の右肩は、どうなってるんだろう。


 体中の感覚は、もう完全に失われていた。


 かなりの間、雪の中にいたから、完全に凍傷にかかってしまっているようだ。


「あたし、ソリ取って来るね」


「転ばないでね」


「うんっ」


「………」


 グルルルルルゥ……


 ずるずるずる……


「もういいのよ。ゴーちゃん」


 ワンワンッ!


「………」


「……すごい血」


 ぽつりと姉が呟く。


 そんなにすごいのか?


「……大丈夫かしら。この人」


 大丈夫じゃなくさせたのは、誰だと思ってるんだ。


 不満をぶちまけたかった。
 

 だが、喋ることはできない。


 金縛りにあったかのように、体の自由がきかない。


 いまの俺の目に映るのは闇だけ。


 目が開かない。


 口も利けない。


 身体を動かすこともできない。


 なのに、意識だけは妙にハッキリしていた。


 桜の季節。


 雪の降る日。


 俺は犬の小○にまみれながら、


 右肩を食い千切られそうになりながら、


 最後には、悪魔のような姉妹に拉致された。


 ただ、墓参りに来ただけなのに。










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