「桜夜」 - sakuya -





 第3話





 夜、俺は目を覚ました。


 さすがド田舎だけあって、夜は気味が悪いほどに静かだ。


 表には外灯もないので、月でも出ていない限り、出歩くことはできそうになかった。


 まあ、まだ動けないけど。


声「くー」


 彩が俺のすぐ隣で寝ている。


声2「すぴー」


 その隣で、彩の姉である沙夜が眠っている。


宏則「そんな寝息の人間がいるか」


沙夜「…ばれました?」


宏則「お前ら、無防備にもほどがあるぞ」


沙夜「そう?」


宏則「見ず知らずの男を泊めたばかりか、一緒の部屋で寝るなんてな」


沙夜「だって、あなた動けないし」


宏則「まあ、そうだけど」


沙夜「彩が気に入ったみたいだから」


宏則「じゃあ、そこに立てかけてある金属バットはなんだ?」


沙夜「魔除けのお守り」


宏則「…そういうことにしておく」


 深くは訊かないことにする。


沙夜「桜居さんは、この村になにをしに来たの?」


宏則「別にこんな村には用はない」


宏則「人桐峠(ひときりとうげ)に行く予定だったんだが、途中で事故った」


沙夜「車で?」


宏則「いや、原付で橋の上から川に飛び込んだ」


宏則「で、流された」


沙夜「…それはすごいわね」



宏則「死ぬかと思った、さすがに」


宏則「必死に岸までたどり着いて、助けを探したんだけど」


沙夜「力尽きたのね」


宏則「いや、誰かが…」



 空から降ってくる桜色の雪…


 黒髪の女…


 女の…泣き出しそうな顔…


 音のない静かな夜…


沙夜「…桜居さん?」


宏則「誰もいなかったんだ。でも、桜の木があった」


 どうして俺は嘘をついているのだろう。


 別に隠すことじゃないのに。


 なぜか、話すことに抵抗があった。


 俺が見たのは、沙夜でも彩でもない女だった。


 この村の人だったのだろうか。


 それとも、夢が作り出した幻だったのだろうか。


沙夜「桜?」


宏則「ああ。木の下まで辿り着いた」


宏則「だけど誰もいなくて、そのうち何もかもが面倒になって…」


宏則「もういいや、って」


沙夜「……」


宏則「俺、意外と諦めはいいほうなんだ」


宏則「これも運命かなーって」


沙夜「ダメよ」


沙夜「運命なんて、どこにも存在しない」


沙夜「世の中は多くの必然と少しの偶然で成り立ってるのだから」


宏則「現実主義なんだな」


沙夜「ええ。私と彩で、ちょうどバランスが取れているの」


宏則「なるほど」


 確かに妹があれじゃあ、姉はしっかりするしかないだろう。


沙夜「あ、今、失礼なこと思ったでしょ?」


宏則「少しな」


 バットに手をかける姉。


宏則「スマン、俺が悪かった」


沙夜「わかればよろしい」


 にこにこと笑う。


 妹に負けず劣らず、こいつもいい性格してる。


宏則「なあ、姉」


沙夜「姉じゃなくて、沙夜よ」


宏則「なあ、沙夜」


沙夜「いきなり呼び捨て?」


宏則「じゃあ、長峰A」


 ちなみにBは妹だ。


沙夜「…沙夜でいいわ」


 やや口元がヒクついてるが気にせず続けてみる。


宏則「それなら、さっちゃん」


沙夜「私の話、聞いてる?」


宏則「あんまり」


沙夜「じゃあ、ジェスチャー付きで、もう1度教えてあげるわね」


 薄明かりに光る金属バット。


宏則「遠慮…する」


沙夜「無理しなくても、」


 不意に、姉の声が途切れ、目の前が真っ暗になる。


 記憶がとぎれる寸前、どこかで見た黒髪の少女のことを思いだした。










【戻る】