「桜夜」 - sakuya - 第6話 玄関のドアをたたく音がしたのは、俺たちがちょうど夕飯を食べようとしていた時。 沙夜が玄関に向かう。 声「あの、夜分遅く申し訳ございません」 がらがらと引き戸が開けられる。 沙夜「こんばんわ…珍しいわね。どうしたの?」 時計を見ると午後の7時15分。 食卓には3人分の食事が用意されていた。 玄関から沙夜と他の女の声が交互に聞こえる。 でもすぐに終わり、2種類の足音が近づいてくる。 女「…夕食の最中だったんですね」 黒髪の女が姿を現す。 なぜか黒髪の女は、右手に縄を持っていた。 沙夜「ううん。これから食べるところ。詠も食べてく?」 女「…いいです」 沙夜「遠慮しなくてもいいのよ、今日はコロッケだし」 女「…コロッケ?」 彩「しかも、クリームコロッケだよ」 彩がにこやかに言う。 湯気の立ち上る、揚げたてのコロッケを見つめる詠。 女「…いただきます」 詠は、少しだけ嬉しそうに笑う。 感情をあまり表に出さない性格らしいが、微妙な表情の変化からそれを窺うことは十分 にできた。 こう見えて、明るい子なのかもしれない。 彩「すぐに用意するから、みんな先に座ってて」 沙夜「久しぶりね。詠が家に来るなんて」 沙夜が俺の方をちらっと見る。 詠は軽く会釈をして、 女「沢角 詠(さわすみ よみ)です」 宏則「よう、また会ったな」 そう言うと、詠は、一瞬なにかを考える表情を浮かべたが、 詠「…そうですね」 と、微笑む。 俺を見て、心底安心しているような笑顔だった。 一方の沙夜は、怪訝そうな顔をしている。 面識があることを不思議がっている様子だ。 彩「できたよ〜」 彩が俺の左隣に座る。 長方形のテーブルに、2人ずつが向かい合う。 俺の正面には詠、その隣に沙夜。 沙夜「じゃあ、食べましょう」 彩の、いただきますっ、という元気な声で食事がはじまる。 宏則「……」 彩「…詠さんはね、村の神社の巫女さんなんだよ」 彩が耳元でささやく。 長く艶やかな黒髪が、食事をする詠の一挙一動でさらさらと揺れる。 沙夜と比べると、この詠って子は、いいとこのお嬢様のように見える。 気品があるとでも言うのだろうか。 …よくわからないが。 宏則「なんだ?」 沙夜と詠が俺の方を見ている。 沙夜「この子、あなたに話があるんだって」 詠は、こくり、と頷く。 宏則「俺も聞きたいことがある」 詠「…?」 宏則「桜の下で会ったときのことが知りたい。俺が気を失った後のことだ」 詠「はい。私の話もそのことです」 彩は俺と詠の顔を交互に見て、 彩「やっぱり桜居さんを最初に見つけたのは、詠さんだったんだね」 俺は頷く。 皆の箸が止まり、詠に注目が集まる。 詠は目を閉じ、お茶を一口飲み、静かに話をはじめた。 【戻る】 |