「桜夜」 - sakuya - 第11話 詠「いまタオル持ってくるから待っててね」 宏則「ああ」 神社の隣には家──なのだろう、神社に似た建物が屋根伝いで建っている。 壁も瓦の色も統一してあるが、屋内は普通の家だった。 まあ、神社の横に普通の家が建っていたら見栄えが悪いだろうから、外観を合わせたの だろう。 神主「あら、いらっしゃい」 宏則「どうも。お邪魔してます」 どうもこの人は苦手だ。 その透明感のある黒い瞳に見据えられていると、心の内側まで見られているような気が して、落ち着かない。 神主「良かったわ。あなたとは、色々と話したいことがあったの。先ほどは、満足に自己 紹介もできませんでしたから」 詠「桜居さん、持ってきたよ〜。あれ、お母さん?」 宏則「ありがと」 俺は乾いたタオルを受け取り、濡れた頭を拭く。 神主「詠、少しこの方に話があります。お茶でも用意して頂戴」 詠「はい」 神主「それでは、こちらへ」 黙って後ろについて行く。 長い廊下を歩き、突き当たりの部屋に通される。 神主「さあ、どうぞ」 宏則「はい」 広い和室だった。 時代劇にでも出てきそうな部屋だな、と思った。 神主「私は沢角冴子(さわすみ さえこ)と申します。この神社の神主をしています。そ れとご存知の通り、詠の母です」 そう言い、深々と頭を下げる。 宏則「桜居宏則です。事故に遭いまして、川に落ちて流されて偶然この村に……長峰家の 2人に助けられて、いまは2人の家に居候をさせてもらっています」 俺も神主さん──沢角冴子さんに倣って、頭を下げる。 顔を上げると、神主さんは笑っていた。 なんか第1印象と雰囲気が違うな……。 冴子「ふふ、ごめんなさい。別に私の真似をしなくてもいいのよ。言葉に気を遣う必要も ないし、座り方も適当でいいわ」 宏則「俺のことは沙夜から聞いてるんですね」 冴子「それと、娘にね」 宏則「俺にどんな話があるんですか?」 冴子「特にこれと言って話はありません」 宏則「は?」 冴子「ただ、外からのお客様なんて数年ぶりのことでしたので、どんな方か会って話がし たかっただけです」 宏則「村の外から人が来ることがそんなに珍しいんですか?」 冴子「ええ。あなたの前は……確か、3年前くらいに女の方が1人いらしたわね。それ以 来かしら」 改めて思うが、とんでもないド田舎だ。 宏則「その人はどうしたんですか?」 冴子「1週間も経たないうちに帰ってしまったわ。この通り、何もない村ですから」 それを聞いて俺は安心する。 宏則「よかった。ちゃんと帰れるんですね」 冴子「帰りたいですか?」 宏則「そうですね。そろそろ体調も回復してきましたし」 その時。 ひゅう、と、 俺の背後から神主さんに向かって、冷たい風が吹いた。 ぞわっと全身に悪寒が走る。 そして、 神主さんの体が大きく震え──たかと思うと、次の瞬間その表情が一変した。 宏典「あの、どうかしましたか?」 眼光が鋭くなり、俺を射抜くような視線を向け、 冴子「でもあなたは迷っている」 宏則「……え」 冴子「そうでしょう?」 今度は目を細め、じっと俺を見据える。 宏則「あ、あの……」 冴子「彩という子と交わした約束……この村を見て欲しい……その言葉があなたを踏み止 まらせている。そして……」 まるで、過去に見た出来事を思い出しながら話しているような── そんな話し方だった。 それに、その内容は、俺の心の中を盗み見ながら話しているとしか── 宏則「……」 冴子「そして、もうひとつ……あなたの大切な……とても悲しい……病院……枯れた花束 ……」 それら言葉が示すイメージは……。 冴子「あなたはとても……後悔している……しかし、あの夜……あなたたちは再会した… …詠……依代(よりしろ)……桜の木に綴られた……言葉……」 宏則「もうやめてくれっ!!」 叫んだ瞬間、糸が切れた操り人形のように、神主さんの体が畳に崩れる。 それきり神主さんは動かなくなった。 俺が放心していると、ばたばたと部屋に向かって足音が近づき、 詠「お、お母さんっ!?」 詠が駆け寄る。 冴子「…大丈夫です」 ふらふらと神主さんが起き上がる。 額には汗が滲んでいる。 ひどく疲れている様子だったが、瞳に感情の色が戻っていた。 宏則「……」 冴子「ごめんなさい。急に強い思念が飛び込んで来て……」 宏則「……?」 詠「お母さんはね、元々この神社の巫女で依代だったの」 宏則「……より……しろ?」 さっぱり分からない。 冴子「依代というのは、神霊が現れる時の媒体となるものの事。私はね、特殊な霊媒体質 なんです」 詠「お母さんは、神霊に自分の体を貸すことができるの」 宏則「現実離れした話だな……」 詠「普通はね、神霊に体を使うことを許可してはじめて、神霊がお母さんを通じて喋った りできるんだけど、まれに強い思念を持った霊が無理矢理お母さんの体を利用するこ とがあるの」 宏則「ええと……つまり、神主さんは強い霊に体を乗っ取られて、喋らされたって言うの か?」 詠「…うん」 冴子「無理に信じなくていいわ」 正直、信じられない。 だけど、さっきの豹変した神主さんを思えば、何かに取り憑かれたとしか考えられない のも事実だ。 宏則「……」 冴子「それで、私は桜居さんに何を言ったのかしら?」 宏則「何を……って、自分で言ったことを覚えていないんですか?」 冴子「ええ。そういうものなの」 宏則「そうですか…」 冴子「ただ、あれだけ強い思念を持った神霊は……この村では御神木くらいかしら」 御神木。 あの、巨大な桜の木? 宏則「よく分かりませんが、木が神主さんの体を使って俺に話しかけたって言うんですか ?」 冴子「あまり深く考えない方がいいわ。頭が痛くなるでしょう?」 考えたくない。 だけど。 じゃあ、どう解釈すればいいんだ? 仮にさっきのが神主さんの芝居だったとして、あの言葉は何だったんだ? 『……あなたの大切な……とても悲しい……病院……枯れた花束……」 これらの言葉から俺が連想するのは、ひとつ。 アイツの……。 この人が俺の過去を知ってるはずがない。 彩だって沙夜だって詠だって知らない事を、今日はじめて会ったこの人が知っているは ずがない。 なのに── この人は、確かに言った。俺しか知り得ないことを。 宏則「……」 依代。 霊。 こんなバカげた話を信じろって言うのか? 大体、霊なんて死んだやつがなるんだろうから、俺に用があるって言っても……!? 宏則「あの、その……霊の正体は分からないんですか?」 冴子「……ええ。今回のような場合は分からないのよ。不意をつかれたようなカタチだっ たから」 宏則「そうですか」 冴子「もしかしたら、御神木を依代として、さらに私を媒体に使ったのかもしれないわね。 可能性をあげたらキリがないわ」 詠「桜居さん、霊は何て言ってたの?」 宏則「前半は俺の心を盗み見てるような内容だったな。最後の方に、詠のことを言ってた ……依代とか、確か桜の木の言葉がどうとか……」 詠「私のこと?」 冴子「すごく断片的な内容ね。珍しいわ」 宏則「いつもはそうじゃないんですか?」 冴子「まあ、そうね。でも正直なところ、私は神事の時の依代が主だったから、今回のよ うに神霊に自由に体を明け渡すこと自体が珍しいの」 宏則「ジンジ? ……話を理解する前に、言葉の意味がわからない」 詠「うーん。桜居さんには、もっと基本的なところから説明しないとダメなのかもしれな いね」 冴子「詠に任せるわ」 詠「ええっ!?」 宏則「詠で大丈夫なのか?」 冴子「一応、こう見えても私の後継者ですから」 宏則「一応そうみたいですけど…」 詠「2人そろって『一応』を強調してない?」 冴子「気のせいよ」 宏則「そうそう」 詠「…ホントかなぁ」 神主さんが立ち上がり、戸を開ける。 外はもう真っ暗だった。 冴子「そろそろ沙夜たちの帰る時間ですね」 宏則「彩のこと、すみませんでした」 冴子「あなたが謝ることではありません。あの子は、沙夜と違って勉強が嫌いなんです。 桜居さんのお世話をしながらも、内心喜んでいたと思います」 宏則「そうだったとしても、そのおかげで俺はとても助かりました。あまり責めないでく ださい」 冴子「善処します」 とは言うものの、彩を無条件に許すつもりはないようだ。 神主さんは、教育に関しては厳しいらしい。 さっきまでのやり取りで、第1印象の固そうなイメージが払拭されつつあったのに。 いまのこの神主さんは苦手だ。 宏則「勉強に対しては厳しいんですね」 詠「そうなんだよ〜。もっと言ってあげて桜居さん」 冴子「詠」 詠「え、なに?」 冴子「週末までの課題、明日までにします」 詠「そんなっ!」 冴子「それとも今夜までがいいかしら?」 詠「お、横暴だよ〜っ! 職権乱用だよ〜っ!」 冴子「なにも聞こえません」 目を閉じて、詠から顔を背ける。 この人、怖ぇえ……。 敵にしたらいけないタイプだ。 冴子「それから、桜居さん」 宏則「は、はい」 冴子「明日からまた、彩が此処に来ることになりましたので、あなたも暇でしょう? 特 に予定がないのでしたら、沙夜たちと毎朝ここに来るといいわ。2人は勉強ですけ ど、詠が神事や依代……この村の事も含めて説明して差し上げますから」 詠「…ううっ、イジメだよ。この家には確実にイジメが存在するよ…」 冴子「なにか言ったかしら?」 詠「よ、喜んでやらせていただきますぅ…」 冴子「いい返事ね」 宏則「……」 やはりこの人を敵に回したら危険だ。 こと教育に関しての、余計な口出しは特に危険だ。 俺は悟った。 宏則「じゃあ、明日は午後から暇になりますから、来てもいいですか?」 冴子「ええ。遠慮なさらず、いつでも来てください」 宏則「ありがとうございます」 丁寧に頭を下げる。 頭を上げると、微笑む神主さんの後ろにいる詠が『裏切り者〜』という目で俺のことを 見ていた。 【戻る】 |