「桜夜」 - sakuya -





 第13話





 彩が階段を駆け下りていく。


 2人の勉強が終わり、俺たちは神社の長い階段を下りている。


宏則「転ぶなよ」


彩「平気〜っ!」


 夕焼けに照らされる笑顔。


沙夜「桜居さんは、詠に何を習っているの?」


 隣を歩く沙夜が顔を向ける。


沙夜「今日の詠、楽しそうだった」


宏則「妬いてるのか?」


沙夜「…そうかもしれないわね」


宏則「……」


沙夜「本気にしないでね」


 どこからか鳥の囀りが聴こえる。


 それは、今日の終わりを寂しがって鳴いているような、そんな響きがした。


 綺麗な夕焼けだった。


 だけど、のんびりと景色を眺めている訳にはいかなかった。


 早く帰らないと真っ暗になってしまう。


 ろくに外灯もないこの村では、日没と共に人々の生活は終わりを迎える。


宏則「村のこと」


沙夜「……」


宏則「この村のことが知りたくてな」


沙夜「……そう」


 隣にいる俺ではなく、目の前に立っている誰かに呟いているようだった。


沙夜「変わってるでしょう? 外から来たあなたから見たら、異常に近いのかもしれない
   わね」


宏則「……」


 隔離──


 詠と沙夜が言った、言葉。




 『昔……私や桜居さんが生まれる、ずっとずっと前から……この村の運命は決まってい
  るんだよ』


 『1人残らず、死んでおしまい』


 『そう、決まっているの』


 『私たちは、この村から出ることはできない』


 『でもね……そんな悲しい運命を断ち切ろうと、私たちは小さな希望の欠片に縋りなが
  ら、これまで生きてきた』


 『生き続けていれば、いつか終わるんじゃないかって』




 俺は詠の話を思い出す。


 信じがたい、この村の……歴史と……運命。


 やるせない気持ちになった。


 俺にはどうすることもできないと思った。


 どうして俺はここにいて、こんな思いをしなくちゃならないのだろう。


宏則「沙夜は、この村が好きか?」


沙夜「大嫌い」


宏則「だろうな」


沙夜「だけどそれ以上に自分が嫌い」


宏則「……」


沙夜「私さえいなければ──って、いつも思うもの」


宏則「いるものは仕方ないだろ」


沙夜「……そうね」


宏則「なあ、次の神事っていつだ?」


沙夜「訊いてどうするの? 参加させないわよ」


宏則「どうして?」


沙夜「詠から何も訊いてないの?」


宏則「どんな内容かは聞いてるけど」


沙夜「3年前にどんなことが起こったか聞いてないの?」


宏則「何があったんだ?」


 3年前……?


 確か、昨日、詠から3年前という言葉を聞いたような気がする。


 それと、前に神主さんからも。


沙夜「知らないならいいわ。でも、神事には参加させられない」


 沙夜の表情は真剣だった。


 その瞳からは断固たる意思が窺えた。


沙夜「これ以上、この村に関わっては駄目」


宏則「心配してくれるのか?」


沙夜「彩の為にね。あの子、あなたのこと、シロやゴーちゃんと同じくらい気に入ってる
   みたいだから」


宏則「俺は犬や猫と同レベルか」


沙夜「ふふ。ある意味、似たようなものかも」


 彩が遥か先の階段から手を振っている。


 俺は手を振り返す。


 茜色の光に包まれながら、彩がこちらを見上げている。


 そしてまた背中を向けて階段を降りはじめる。


宏則「なあ、沙夜」


沙夜「なに?」


 俺は、或る名前を告げた。


 懐かしい──口に出したのは、久しぶりかもしれない。


 確証があった訳じゃない。


 ただ──この村のことは、アイツと関係ないということを、確かめたかっただけなのだ
と思う。


 『誰、それ?』


 沙夜の、そういう反応を求めていたのに。


宏則「何も言わなくていい」


 沙夜から話を訊く必要はなかった。その表情だけで十分だった。


 なぜ俺がここにいるのか。


 なぜ俺なのか。


 その理由が、ようやくわかったような気がする。


 そういうことなら、いろいろな事に説明がつく。


 これは偶然なんかじゃなくて。


 必然なのかもしれない。


 その時、俺は詠と神主さんの話を思い出した。




 ── 私もね3年前までは、それが当たり前だと思ってた。けれど、普通は自分が死ぬ
    ことを知って、喜んだりはしないんだよね


 ── ええ。あなたの前は……確か、3年前くらいに女の方が1人いらしたわね。それ
    以来かしら




 3年前に、村を訪れた女。


 なぜその女がこの村に来たのかは分からない。


 だが、そいつはその時、神事に参加して──告げられたんじゃないのか。


 自分の死を。


 村人じゃない、その女が。


 その時、取り乱す女の姿を目の当たりにして、詠は、村人と外の人間とのズレを感じた
んじゃないのか。


 沙夜が神事に俺を参加させてくれないのは、その出来事が原因じゃないのか。


 そして、自分の死期を知った、その女は──


 街に帰り。


 よく分からない病気で、入院して。


 誰にもその事を伝えることなく、そしてもうひとつの想いを抱えたまま、1人ぼっちで
死んでしまったのではないだろうか。










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