「桜夜」 - sakuya -





 第21話





 御神木の前には、3メートルほどの高さの祭壇が設けられていた。


 祭壇の前にはキャンプファイアのように木材が組まれ、そこから炎の柱が立ちのぼり、
その炎と祭壇を囲み、四基のかがり火が配置されている。


 闇の中に、その場所だけが浮かび上がっている。


 桜はまだ満開だった。


 しかし、まばらに花びらが降っていた。それらは、吸い込まれるように火中に飛び込ん
でいく。


 そして火の粉となり、最後には白い灰となって闇に消えていく。


宏則「……」


 村人は一度神社に集合して、それからここに来るらしい。


 炎の番をしているのだろうか、一人の村人だけが、こちらに背中を向けて地面に腰を下
ろしている。


 俺は声を殺し、神事の開始を待っていた。


 10分ほど待っていると。


 松明の列が見えた。


 遠くから7、80人くらいの集団が歩いてくる。


 俺は、音をたてないように祭壇に近づき、神事の様子がよく見えそうなところの茂みに
隠れた。


 すると、炎の番をしていた人影がこちらに向かって歩いてきた。


 (気づかれた!?)


 人影は、俺のいる茂みのすぐ近くで立ち止まり、また背中を向けて座る。


 俺に気づいたのではないらしい。


 しかし。


 その人影の正体は、沙夜だった。


宏則「……」


 なぜだ?


 どうして沙夜だけがこんな場所に一人でいるのだろう。


 村のみんなと遠く離れた場所に。


 火の見張りなのだとしたら、もう役目は終わったはずだ。沙夜も祭壇に集まらなければ
いけないんじゃないのか。


宏則「……」


 村人たちは、桜の木の下に集まり終えていた。


 どこか異様な光景に見えるのは、村人たちが、4人に1人くらいの割合で、包帯のよう
なものを巻いているからだった。


 顔や手、両足と、白い帯を巻いている箇所は、まちまちだった。


 儀式のための格好なのだろうか。


 これだけ多くの人たちが、同時に怪我をすることもないだろうし。


 俺は村人たちの中から彩を探してみたが、見つけることはできなかった。


 やがて。


 白い装束に身を包んだ女──詠が祭壇の上に立ち、後ろに控えている神主さんから短刀
を受け取る。


 詠は、短刀の切っ先で自分の右腕をなぞる。


 白い腕に、一筋の紅い線が、走る。


 表情を変えることもなく、詠は一歩前に出て、目の前の炎にその血を垂らした。


 それと同時に。


 風もないのに、御神木が大きく揺れた。


宏則「……」


 無数の花びらが降り注ぐ。


 詠の姿が隠れてしまうほどの量の花びらが、一斉に揺れながら落ちてくる。


 散っていく。


 御神木の桜は、今日このときを待っていたかのように、驚くほどの早さで散りはじめて
いた。


宏則「……」


 きっと誰もが言葉を失っているに違いない。


 村人たちは、視界を覆うほどの桜の花びらに包まれ、何を思っているのだろうか。


 俺は、あの中で自分も桜を見上げてみたい、という衝動に駆られていた。


 すぐ近くに座っている沙夜も同じことを考えているのだろうか。


沙夜「私は…」


 背中を向けたまま、


沙夜「…この村の…人間じゃないの」


 そんなことを言った。


 勿論、あたりには俺しかいない。


 もしこれが独り言ではなく俺に向かっての言葉なら──ここに俺がいることに、最初か
ら気づいていたのだろう。


沙夜「私はお母さんと血が繋がっていないのよ。お父さんの連れ子。つまり、村の人間じ
   ゃないの。だから、神事には参加できない。昔から、いつも遠くから眺めるだけだ
   った」


沙夜「3年前の神事もそう。だけどあの時は、黒川さんがいた…」


沙夜「私が我侭を言ったのよ、黒川さんに。神事はいつもひとりで、つまらないから。村
   の人間じゃない私だけが仲間はずれで、寂しかったから。一緒に神事を見てくれる
   人がいて欲しかったの」


 沙夜は相槌を待つことなく、独りで話を続ける。


 俺が口を挟む隙はなかった。


沙夜「本当は、黒川さんが落ち込んでいようといまいと、私には関係なかったのよ。私は
   自分勝手な我侭のために、黒川さんを神事に誘ったの」


 顔を上げ、神事の方に顔を向ける。


 その背中は、俺にはとても小さく見えた。


沙夜「それなのに、あの人は…神事が終わって、そのことを私が話した後も、全部知って
   も、笑って…許してくれたわ」


 ぽつり、ぽつりと語られる、真実。


沙夜「それどころか、ありがとうって…私を慰めてくれた」


沙夜「大好きな人に…さよならが…言える、って…。生きる目標ができたって……」


宏則「……」








  ── 神事を見て、考えて欲しい ──








 その時、昨日の彩の言葉が胸に響いていた。


 彩の望み。


 それは、きっと──


沙夜「痛みに涙を流して…血を…吐きながら…、でも、本当に……嬉しそうに言うの…黒
   川さんは」


沙夜「私、自分が恥ずかしくなったわ。死の宣告を受けた彼女のことを妬む村の人たちが、
   すごく嫌いになった。ただ自分の境遇に嘆くだけで、死を待ち望むだけの暮らしに
   何の意味があるの、って。そう思うようになった」


沙夜「でも、」


沙夜「私なんかが、そんなことを言っても無駄だった。結局、私には誰の痛みも苦しみも
   わからない……他人事だから言えることなのよ、これは」


沙夜「だから私は──これからもこんな風に、村の輪の外で神事を見続けるの。一人きり
   で」


沙夜「彩が……死んでしまう日まで……」


宏則「……彩なら、一緒に、ついてきてくれると思う」


沙夜「勝手なこと言わないで。彩が村を出るってことは、並大抵のことじゃないのよ」


宏則「それでも、お前が望みさえすれば、」


沙夜「言えるわけないじゃない!」


 俺に振り向いて、悲痛な叫び声を上げる。


宏則「……」


 俺は、何も言えなかった。


 その胸を打つ表情に、かける言葉を見失っていた。


 そして。


 沙夜の瞳が潤みはじめたかと思うと、瞬く間にぽろぽろと涙がこぼれた。


 何かを訴えるような眼差しで、だがそれでもまだ、沙夜は本心を無理やりに抑えこんで
いるようだった。


 その心に反して、


 大粒の涙だけが、止めど無く流れ落ちていた。










【戻る】