「桜夜」 - sakuya - 第22話 桜は、散った。 全ての花びらは、人に、地面に積もり、白い灰が周囲に漂っていた。 神事はまだ続いているようだった。 かがり火に映し出された霧状の灰が、薄もやのように闇に揺れ、御神木を覆っている。 詠が1歩、また一歩と、祭壇の端まで進み出てくる。 村人たちは静かにその様子を眺めている。 虫の声が、かすかに聞こえる。 壇上に、いつの間にいなくなっていたのか、詠の母親──神主さんが上がってきて、神 事の開始のときと同じように後ろに控える。 沙夜は、無言で御神木の方を見ている。 後姿を見る限りでは、もう泣いてはいないようだった。 詠は両手を広げる。上空を見つめたままの姿勢で、しばらく突っ立っていたが──その うちに、背中を向けて神主さんと言葉を交わす。 それが終わると村人たちに向き直って、何かを伝えた。 その途端、 村人たちから喚声が上がる。 詠が言葉を発する。 喚声が上がる。 時折、神主さんが詠の代わりに何かを言う。それでもやはり、大喚声があがった。 これが、託宣というものなのだろうか。 神霊の言葉を聴き取って村人たちに伝える……それが月使である詠の役目だと言ってい たことを思い出す。 俺がいる場所からでは、詠の声は届かない。 ただ、不思議なことなのだが──村人たちはとても楽しそうだった。これから、死を告 げられる(それとも、もう告げられている?)かもしれないというのに。 詠の言っていた通り、彼らは強く望んでいるのだ、死を。 沙夜は、石のように身を固めている。 6度目の喚声を最後に、詠と神主さんは祭壇をおりた。そして村人たちが2人を囲む。 宏則「……」 どうやら、神事は終わったらしい。 神主さんたちを先頭にして、村人たちは来た道を戻っていく。 小さな人影がひとつ。 こちらに向かって歩いてくる。彩だった。 彩「帰ろう、お姉ちゃん」 座り込んでいる沙夜に手を差しのべる。 沙夜「ええ」 彩「呼ばれなかったよ、あたし」 沙夜は、わずかに肩を震わせたが、なんとか妹に笑みを返す。 沙夜「よかったわ」 彩「…うん」 俺が2人の前に出て行っていいものか迷っていると、 沙夜「さあ、帰りましょ。そこに隠れてる覗き魔も連れて」 宏則「誰が覗き魔だ!」 俺はその謂れない言葉に、思わず立ちあがっていた。 彩が驚いてこちらを見ている。 沙夜「あなたの他に、誰がいるのかしら?」 宏則「お前が神事を見ることを許してくれなかったからだろ」 沙夜「見ちゃダメって言ったのに見るのは、立派な覗き行為よ。もしかして、私のお風呂 も覗いたことがあるんじゃないの?」 宏則「それは無い。そんな毒味みたいな真似ができるか」 沙夜「ど、どういう意味よ!」 頬を赤らめながら、沙夜が歩み寄ってくる。 宏則「言ったら怒るから言わない」 彩「2人とも、喧嘩しないでよ。あっ、でも、喧嘩するほど仲がいいって言うし……」 沙夜&宏則「よくない!」 2人の声が重なる。 彩「ほら、息ぴったり」 それは春の夜風のように優しく、だけど見ている者に寂しさを感じさせる笑顔だった。 彩は俺と目が合うと、視線を外して、 彩「そろそろ帰ろ。ゴーちゃんもシロもお腹を空かせてると思うし」 宏則「俺も腹が減った」 沙夜「そうね」 沙夜も素直に同意する。 彩「うん。なんだか、あたしもお腹が空いちゃった。帰ったら夜食にしようね」 きびすを返して、俺と沙夜の前を歩く。 俺は今後も彩に死が告げられることがなければいい、と思っていた。 沙夜も同じ気持ちだろう。 あの時──俺は、アイツが病気であることを知らなかったから、祈ることさえもできな かった。 今度は、それくらいは、してやることができる。 でも。 正直、俺の祈りが届くとは思えない。 現実は、いつだって残酷なものだから。死は、無慈悲に、俺から大切な人を奪っていっ た。 宏則「……」 俺は……。 村を、出て行く。 そうなれば、二度と、この村に来ることはないだろう。そして、二人の姉妹と会うこと もない。 村は、滅びへと向かっている。 彩の──は、どこまで進んでいるのだろうか。彩を失ったあと、沙夜は、何を糧にして 生きていくのだろうか。 詠も、彩と同じ。 神主さんだって、きっと。 いつ訪れるかもしれない死を背負って生きている。アイツのように。 俺に。 何かが、できるのだろうか。 神事を見るという彩との約束は守った。 俺は神事さえ見ればいいものとばかり思っていた。だが、彩の本当の望みは、その先に ある。 俺が2人のことを知り、そして── 沙夜「なにを考えているの?」 不意に、声をかけられる。 宏則「悪かったな」 沙夜「どうしたの、いきなり」 宏則「前にアイツのことで、お前にあたったこと、謝る。アイツを神事に誘ってくれたこ と、理由はどうあれ今は感謝してる」 沙夜「……」 宏則「ありがとな」 沙夜「…うん」 宏則「腹、減ったな」 沙夜「…うん」 あと少しだけ、この村に居よう。 一度村を出たことがあるという、神主さんに相談してみるのもいいかもしれない。 それに、沙夜と彩の母親のこと──何年も村を離れていたのなら、なにか、村を出ても 平気な方法があるのかもしれない。 彩「桜居さんっ」 俺と沙夜の数歩前を歩いていた彩が走り寄ってきて、腕を絡めてくる。 彩「お願いがあるんだけど、いい?」 沙夜「彩、私じゃダメなの?」 彩「…うん。お姉ちゃんには、できないことなんだよ」 俺と沙夜は顔を見合わせる。 彩「桜居さん、ちょっと、しゃがんでみて」 俺は言う通りにする。 彩は俺の背後に回ると、背中に温かな重みが加わる。 沙夜「確かに、それは私にはできないわ」 目を細めて笑みを浮かべる、沙夜。 俺は彩を背負ったまま、立ちあがる。 彩「…重い?」 宏則「いや」 軽い。 その軽さは、想像を遥かに超えるものだった。まるで中身の無い人形でも背負っている ようだった。 宏則「もっと飯を食え。軽すぎる」 彩「…うん」 左肩の上から顔を出して、頷く。 沙夜「……」 宏則「どうした? 沙夜もして欲しいのか?」 沙夜「バ、バカなこと言わないで! そんな子どもみたいなこと、私がしたいはずが無い じゃない!」 宏則「はいはい」 沙夜「…怒るわよ」 俺はその言葉を無視して、暗がりの中を躓かないように下を見ながら歩く。御神木の方 からの明かりのおかげで、なんとか帰り道を判別することができた。 沙夜は、俺の背中の上で彩が寝息を立てていることに気づくと、しばらくは黙って隣を 歩いていたが、 宏則「……」 沙夜「…あの」 宏則「…?」 沙夜「…ねえ」 宏則「ん?」 沙夜「私も…いいかな」 足元を見つめたまま、沙夜が呟く。 一瞬、何のことを言っているのかわからなかったが、なんとなく直感で、 宏則「2人を背負うのは不可能だ」 と、小声で言う。 沙夜「大丈夫」 沙夜も小さな声で返し、凭れ掛かるように、しかしぎこちなく腕を組んでくる。沙夜の 腕は、とても冷たかった。 宏則「…寒いのか?」 沙夜「少し、ね」 それだけ言うと、また沈黙が訪れる。 微かに聞こえる虫の声と、靴底が砂利をかむ音だけが暗闇に響いていた。 【戻る】 |