「桜夜」 - sakuya -





 第24話





 俺たちは終始無言だった。


 日記に続いて、俺はアイツの手紙を炎の中に放り込んだ。


 これでアイツの遺書を燃やすのは二度目だ。


 遺書はあの時と同じように灰になってすぐに消えてしまった。


 たとえそれにどれだけの想いが込められていたとしても、炎は、躊躇することなく対象
を燃やし尽くしてしまう。


 日記だけがまだ炎の中で燻っている。


 数日前の雨を吸い込んで湿っているせいかもしれない。


宏則「……」


詠「……」


 俺たちはただ黙って、炎を見つめていた。


 こんな時に話す言葉なんてない。


 俺の心はやけに落ち着いていた。


 悲しいけれど。


 涙は出てこなかった。


 それは、ホッとしたという気持ちが、悲しさを上回っているからだろうか。


 この村に来てつらいことが続いたけど、アイツのことを知ることができてよかったと思
う。


 さっき読んだ手紙が、俺に対する最後の言葉にならなくてよかった、本当に。


 アイツがこの村を出て。


 俺のいる街に戻って来て──すぐに入院してしまうことになってしまったけど、もう一
度、今度は本心を手紙に残してくれたことが嬉しかった。


 アイツの口から直接聞きたかったけど。


 これはアイツがすべてを尽くしての結果なのだから。


 俺は何も知らず。


 なにもかもに間に合わなかったけど。


 これで、ようやく追いつくことができた気がする。


 そこに彼女はいなかった。


 残っていたのは、わずかなアイツの残滓。


 でも、なにも知らないままで、単にいい思い出としてアイツのことを心に残していくこ
とにならなくてよかった。


詠「村を出て行く日、彼女は私に言いました」


宏則「……」


詠「大切な御神木に子どもみたいな落書きをしてごめんなさい、って」


宏則「落書き?」


 詠はその時のことを思い出してか、くすりと笑う。


詠「はい。今はもう消えてしまいましたが、御神木の根元のところに……桜居さんと黒川
  さんの相合傘がありましたよ」


 ぱちぱちと日記が炎の中で音を立てている。


宏則「…バカなヤツ」


詠「もしかしたら、」


詠「御神木が川に落ちた桜居さんを救ってくれたのかもしれませんよ。彼女の、桜居さん
  に対する想いを汲んで……」


 俺が流れ着いたのは確かに御神木のすぐ近くだった。


 流されている間は、完全に気を失っていた。


 川は幅も水嵩もあり流れも急で、泳いで岸に辿りつくのさえ困難だ。俺が助かったのは
奇跡としか言いようがない。


 それにあの濁流に飲まれて傷ひとつなかった。これも奇跡的なことなのかもしれない。


 でも。


 だからって──


宏則「お前もバカだ。そんな話があるかよ」


詠「あったら素敵だと思いませんか?」


宏則「全然」


詠「ちょっと顔が赤いですよ」


宏則「焚き火のせいだ」


詠「目も赤いですよ」


宏則「灰が目に入ったんだ」


詠「ふふ、そういうことにしておきます」


 再び、微笑む。


 しかし。


 次の瞬間──なぜか彼女の瞳から涙が頬を伝い、こぼれ落ちた。


宏則「……な」


詠「どうしたんですか?」


宏則「それは俺のセリフだ。なんで、お前が泣くんだよ」


詠「私?」


 俺にそう言われて詠は自分の頬に触れた。


詠「ど、どうしたんでしょうね、私。別に悲しく無いんですよ」


 表情はいつもの詠だった。本人が言っているように、悲しんでいる風にはまったく見え
ない。


宏則「俺に聞くな」


詠「そうですよね。なんか変な気分なんです。まるで……」


 と言ったきり、次の言葉はでてこなかった。詠は、巫女装束の袖で自分の意志に反して
流れ出てくる涙を拭いていた。


 まるで──なんだと言うのだろうか。


宏則「平気か?」


詠「はい、大丈夫です」


 そのうちに詠の不可解な涙は止まり、日記は燃え尽きた。


 真っ黒な灰になった日記は、木の枝でつつくとぼろぼろと崩れた。俺は燃え残りがない
か炎の中に何度も枝を入れて確認した。


 最後に灰を日記の埋まっていた穴に入れ、埋め戻した。


宏則「ありがとな」


詠「元気を出してくださいね。黒川さんもそれを望んでいます」


宏則「……」


 俺は頷きだけを返した。


詠「あの、」


宏則「なんだ?」


詠「私たちのことは気にせず、桜居さんは、そろそろ自分の街に帰ったほうがいいと思い
  ます」


宏則「帰るよ。でもな、最後に恩返しがしたいんだ」


詠「恩返し?」


宏則「ああ。お前も、何か俺にしてもらいたいことはないか?」


詠「……」


 心なしか、詠の頬が赤くなったような。


宏則「俺にできることなら何でも叶えてやるぞ」


詠「……やっぱりいいです」


宏則「遠慮しなくてもいい」


詠「だってこれは──わからないんです。これが私の意志なのか、それともあの夜のこと
  が影響してしまっているのか……」


宏則「なんだそれは」


 詠の中で葛藤が起こっているらしい。


 何かを望む心と。


 それを拒む心。


 二つの気持ちが、せめぎあっているように俺には思えた。


宏則「本当にいいのか?」


詠「……はい」


宏則「わかった」


 俺は本来の用件──神主さんに話があって来たことを詠に告げた。二人きりで大事な話
があるということを伝えると、詠は神主さんをわざわざ起こしてきてくれた。


 前に神主さんと話をした、古風な和室に通された。しばらくぼんやりと待っていると、
襖が開き、神主さんがひとり入ってきた。










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