「桜夜」 - sakuya - 第27話 外に出ると青空が広がっていた。 太陽の光が眩しくて、思わず手で両目を覆った。この村で見る空は、街で見る空よりも 鮮明な青色をしている気がする。そして日の光は強い。 石段に向かう途中に境内を眺めたが、詠の姿はなかった。しかし、長く続く階段の真ん 中あたりに、竹箒を使って一段一段を丹念に掃除している詠がいた。 宏則「大変そうだな」 詠「あ、桜居さん。話は終わったんですね」 手を止め、にこやかに言う。 宏則「朝早くから悪かった。それと…」 言おうか一瞬迷ったが、 宏則「日記のこと、ありがとな」 詠「…うん。元気を出してね…なんて無責任なことは言えないけど、やっぱり、桜居さん は、ちょっと意地悪なくらいが丁度いいと思います」 宏則「俺のどこが意地悪なんだ」 詠「色々ですよ」 宏則「……」 詠「意地悪で──」 と、言いかけたところで、詠は持っていた箒を落とした。カコンカコンと音を立てて、 竹でできた箒が石の階段を落ちていく。 詠「あ…」 走って箒を追いかける詠。 俺はため息をつき、遠ざかる背中を見ながらのんびりと階段を下りる。 詠「……」 逃げる箒を捕まえた詠が下からじっと俺のことを見つめていた。そして俺が到着するな り、 詠「な、何言ってるんでしょうね、私…」 宏則「…?」 詠「あ、いえ…なんでもないです」 詠の仕草から戸惑い、のようなものを感じる。 宏則「変なやつだな」 詠「…そ、そうですよね」 少し様子がおかしい。 宏則「…大丈夫か? なにか拾い物でも食べたんじゃないのか?」 詠「ひろい…もの?」 宏則「そうだ。御神木の供え物とか」 詠「そんなことはしませんよ…あっ、」 食ってかかってくるのを期待していたのだが、思い当たる節を見つけたような表情をし た。 詠「あ、あれは、ちゃんと綺麗なところだけ…」 宏則「…?」 綺麗なところ? 俺は、いつぞやの、詠のところに持っていった彩の手作りクッキーのことを思い出した。 確かあれは俺がみんな地面に落としてダメに……。 宏則「あれを…食ったのか?」 詠「…な、なんのことですか?」 俺からの視線をそらして、とぼけて見せる。 食べたらしい。 宏則「……」 詠「…うぅ」 宏則「あれを…」 詠「だ、だって、勿体ないですし…手作りのクッキーなんて滅多に食べられないですし… 食べ物を粗末にするとお母さんに怒られるし……」 宏則「……」 詠「…うぅ、そんな冷たい目で見ないでください」 そう言った詠の顔が妙におかしくて、俺は腹を抱えて笑った。 詠「何もそんなに笑わなくてもいいじゃないですか!」 宏則「はは」 詠「う〜」 詠は怒って、竹箒を振り上げ──振り下ろそうとした──が、バランスを崩して階段か ら落ち── 反射的に俺は詠の体を階段側に突き飛ばしていた。 そして俺自身は階段を転げ落ちた。 頭や肩、腰や膝などを何度か石段にぶつけ、数回転して止まる。 宏則「……っ」 立ちあがり、服についた土や砂や葉っぱなどを払う。体のあちこちが痛んだが、大した ことはなさそうだった。 宏則「怪我はないか、詠」 詠「……」 こくりと頷く。 突然のことに驚いたのか、詠はその場に座りこんでいた。 宏則「どこも痛くないか?」 詠「頭、ぶつけました…」 詠は涙目だった。 宏則「そうか。それくらいで済んでよかった」 詠「よくないです…」 宏則「痛いのか?」 詠「…痛いです」 そう言うが、それほど痛そうには見えなかった。 宏則「立てるか?」 詠「…うん」 宏則「じゃあ、俺は帰るから」 体中の痛みが退いてきたので、俺は一人で階段を下りだした。 詠「桜居さんっ!」 宏則「…?」 詠「ありがとう…ございました」 宏則「礼なんていらない。俺のせいだしな。詠の言う通り、俺は意地が悪いのかもしれな い」 詠「…ごめんなさい」 宏則「また、明日な」 詠「私…」 宏則「ん?」 詠「私は…寂しいです。桜居さんがいなくなるのは」 宏則「…そうか」 詠「…はい」 詠「……」 宏則「…また、明日な」 詠「そうですね。また、明日ですよね」 宏則「ああ。掃除、頑張れよ。邪魔して悪かったな」 詠「…邪魔なんかじゃないですよ」 石段を四つくらい下りたところで、背後から、竹箒が石とこすれ合う音が聞こえはじめ た。 木漏れ日が射す小道を抜け、俺は長峰家へと帰った。 【戻る】 |