「桜夜」 - sakuya - 第28話 宏則「……ずず〜」 縁側に座り、茶をすする。 すぐそばには洗濯物を干している長峰姉妹。 神事の後ということで、神主さんの勉強会は休みらしい。 ぱん、という音が周囲に響く。 快晴&そよ風。 これ以上ないくらい絶好の洗濯日和だった。 宏則「やっぱり、手伝おうか?」 沙夜「二人で充分よ」 彩「ふふ」 沙夜「どうしたの、彩」 彩「桜居さんはね、お姉ちゃんと一緒に洗濯物を干したいんだよ」 沙夜「え…そうなの」 宏則「暇なだけだ」 彩「そんなに暇なら、ゴーちゃんの散歩に行ってきて欲しいな」 宏則「それは別にいいけど…」 ずっと沙夜と話をする機会をうかがってたのだが。 今日は、俺が神社から帰ってきてから二人は片時も離れずに一緒に居る。 彩「どうしたの?」 宏則「沙夜も連れて行っていいか」 沙夜「私だけ?」 宏則「ああ。二人っきりで話がしたいんだ」 彩「昼間から大胆だね、桜居さんは」 にこやかにさらっとそんなことを言う彩。 宏則「変な誤解をするな」 沙夜「…嫌よ」 彩「んー」 ちょっと考える彩。 彩「いいよ」 沙夜「彩、」 彩「あたしは一人で大丈夫だよ、お姉ちゃん」 沙夜に微笑を返す。 沙夜「でも、」 彩「二人でゆっくりデートしてきて」 沙夜「…行かない」 宏則「違う」 彩「あはは。そんなに遠くまで行かないよね、桜居さん」 宏則「いつものように御神木までかな、多分」 彩「うん。あたしは、その間に掃除でもしてるよ」 沙夜「…すぐ帰ってくるから」 宏則「帰ってきたらいくらでもこき使ってくれ」 彩「ありがとう、桜居さん」 俺は犬小屋の前に打ちつけられている杭から鎖を外し、それに散歩用の紐をつける。 500円は嬉しそうに吠えながら、円を描くように走りまわった。 沙夜「じゃあ、ちょっとだけ行ってくるから」 彩「いってらっしゃい」 500円は珍しく周囲のものにそれほど気を取られることなく、まっすぐ道を歩いてい た。 宏則「……」 沙夜「……」 俺たちは無言のまま散歩道を歩いた。 たまに沙夜が俺のほうを向いたけど、特に何かを言うことはなかった。 御神木の横を通り、河原へ。 大きな石──岩と言っても差し支えないような巨大な石の塊の上に腰かける。 沙夜が500円の首輪についている鎖を外す。 500円は草むらに向かって、全速力で駆けていった。 沙夜「で、何の話かしら」 風になびく髪を押さえながら、沙夜が言う。 宏則「俺は、」 宏則「どうしたらいいのか、正直わからない」 沙夜「悩むことなんてないわ」 沙夜「あなたは、何もしなくていいの。あなたが帰って、それでおしまい。私たちは、桜 居さんが来る前と同じ生活に戻っていくのよ」 そう笑顔で言うが、俺は素直に納得できなかった。 宏則「それでいいのか」 沙夜「それでいいのよ」 いいのか。 本当に。 宏則「もし彩の病気が治って、普通の生活ができるとしたら──それでも、お前は村に残 ることを選ぶのかよ」 沙夜「治らないの。だからその質問には答えられないわ」 宏則「お前たちの母親は、とても村を出て行くことができる身体じゃなかったって、神主 さんから聞いた。それなのに何年も村を出て、そしてここに帰って来た」 沙夜「そうね」 宏則「じゃあ、」 沙夜「私は…」 沙夜「そんなことに希望を見出すことはできないの」 宏則「……」 沙夜「何度も何度も、村人が死んでいくのを見てきたの、私は。今更なのよ。何もかも。 もう私は待つだけなの」 沙夜「そう…決めたのよ」 宏則「神主さんも同じようなことを言ってた」 沙夜「そうでしょうね」 宏則「彩も諦めてるのか」 沙夜「……」 宏則「彩も、そうやって諦めているのか?」 宏則「自分はもう『死ぬだけ』だって、彩がそう言ったのかよ」 沙夜「…そんなことが…聞けると思うの?」 宏則「聞かなきゃいけないことだろ」 宏則「お前は、彩の気持ちを考えたことがあるのかよ」 沙夜「勝手なこと…言わないで」 宏則「…俺には、彩が自分は助からない、死ぬのを待つだけだって、いつ死んでもいいっ て、そんな風に考えているとは思えない」 宏則「他の村人のことはわかんねーけど…」 宏則「何日も居候させてもらってれば、それくらいわかる」 沙夜「もしそうだとして、」 沙夜「だったら、どうしろって言うのよ! 彩を連れて村を出るの? それこそ彩の死を 早めるだけじゃない!!!」 宏則「そうかもしれないな…」 こんなこと、言いたくない。 誰も傷つけたくない。 何もせず、村から出て行ければどんなに楽だろうか。 でも。 俺は二度と後悔したくない。できるだけのことをしてやりたい、誰かの為に。 沙夜「……」 宏則「彩は、選べたのか?」 ── 神事を見て、考えて欲しい ── これは、彩の、救いを求める言葉だったんだと思う。 彩の死は── 同時に、沙夜の死をも誘発してしまいそうで── 俺は不安だった。 彩はただひたすら姉のことを想っている。たしかに村を出てみたいという気持ちもある だろう。だがその気持ちが一番ではないと思う。 この村で生まれ、 両親もこの村で眠っている。 彩はこの村でしか生活したことがない。だから、外の世界に対して憧れよりも不安の気 持ちのほうが強いだろう。 だが、それでも彩は村を出ることを望むだろう。 なぜなら── 宏則「沙夜はどんな理由があるにしろ、自分の意思で『今』を選んだ。でも彩は、この村 でこのまま死んでいくことを自分の意思で選択したのか?」 沙夜「選択肢なんて、ないのよ」 宏則「そりゃあ選択することなんてできねえよな、お前がそうやって選択肢を取り除いて るんだから」 言った瞬間、 俺は思いきり頬を引っ叩かれていた。 じんじんと左の頬が痛んだが、痛いそぶりを見せず、話を続ける。 宏則「彩を大切にする気持ちはわかる。でも…彩の自由にさせてやらないか」 彩の望みは、 俺に選択肢を作らせること。 そしてその目的は、大好きな姉──沙夜の為。 沙夜は両親の代わりに、何年ものあいだ彩の支えになってきた。村の人間じゃないこと に対する風当たりも強かっただろう。神事に参加できないことだけじゃないはずだ。きっ と。 それでも、妹の自分と2人で過ごしていくことを選んでくれた。 やがて死んでしまう自分が姉にできることは何なのか。 それをずっと彩は考えてきたのだろう。 そして── 宏則「本人が村にいることを望むならそれでいい。俺は別に彩を村から無理に連れ出した いわけじゃない。ただ、」 沙夜「……」 宏則「悔いを残させたくないんだ」 俺も、悔いを残したくない。 沙夜「……」 沙夜「…よくそこまで勝手なことが言えるわね」 宏則「俺は最初からこんな感じだったろう」 俺の言葉に、沙夜は柔らかい微笑を返す。 沙夜「そうだったわね」 宏則「彩に…聞いてもいいんだな?」 沙夜「…明日」 宏則「…?」 沙夜「明日にしてくれないかしら。明日の午後。明日の朝、3人で行きたいところがある の。その後に…」 宏則「…ああ、わかった」 彩への話を躊躇っているのではないようだった。 俺たちはしばらくとめどない話をして、500円に鎖をつけて家に帰った。 長峰家に到着し 玄関の扉を開けると 彩が倒れていた 床には 絶望的と思えるほどの 赤い血が広がっていた 水の張ったバケツ 右手には雑巾が握られていて それは 血を吸いこんで 真っ赤に染まっていた 【戻る】 |