「桜夜」 - sakuya -





 - Another Story B/C -

           - Saeko Sawasumi -




 







 一年ぶりに帰ってきた私を待ち受けていたのは、地獄だった






 ◇ ◆ ◇



 私は家に戻る途中、

 母さんに会う前に村人に捕まって、監禁された

 村のことが心配で戻ってきたのに

 二度と村を出れないことを覚悟して、私は帰ってきたのに

 なのに──



 ◇ ◆ ◇



 薄暗い納屋に閉じ込められた私は、そこで村の男どもに汚(けが)された

 この村の人間は、クズばかりだった

 最低の人生

 死よりもつらい日々

 早く死にたいという気持ちは

 いつしか激しい憎悪へと変わっていた

 みんな殺してやる、と思った

 毎日のように私を傷つけ犯し続けた村の男どもと、それを知っていながら助けてくれな
かった村の女ども

 殺してやる

 絶対に、許さない



 ◇ ◆ ◇



 死ぬことも許されず、人として生きることもできない

 憎いあいつらを残らず苦しめ、殺すにはどうしたらいいか

 私は屈辱と苦痛の中で、そればかりを考えた



 ◇ ◆ ◇



 詠の誕生は、私の決意を鈍らせた

 あの子の瞳があの人の瞳にとても似ていたから…

 でもそれは

 あり得ないこと

 詠があの人の子どもであるはずがない



 ◇ ◆ ◇



 あの人は全身を呪いに蝕まれていて、いつ死んでしまってもおかしくなかった

 それでも私を愛し、村を愛していた



 ◇ ◆ ◇



 地獄は終わる様相の無いまま続いていた

 なかなか私は身ごもらなかった

 私は、言った

 あの人となら、子どもができるかもしれないと訴えた



 ◇ ◆ ◇



 あいつらの目的は自分たちの手で後継者を作ることだった

 そして、私を服従させること

 私が二度と村から出たりしないように

 自分たちの意のままに神事を執り行うために

 私に恐怖を植え付けた



 ◇ ◆ ◇



 やがて私の訴えは聞き入れられた

 あの人に再会した

 あの人は、私の姿を見て涙を流してくれた

 傷だらけの身体を優しく撫でてくれた

 それだけで

 私は救われた気がした

 まだやり直せるかもしれない



 ◇ ◆ ◇



 私たちは愛し合った

 あの人は私の汚れた体を温かく包んでくれた

 でも、

 いつまで経っても子どもはできなかった



 ◇ ◆ ◇



 時は待ってくれず、

 やがて、

 あの人との、永久の別れが訪れた



 ◇ ◆ ◇



 どうしてあの人のような人間が死んで

 村のクズどもが平気な顔して生きているのか

 私には

 それが不思議でならなかった



 ◇ ◆ ◇



 私はまた地獄のような生活を味わうことになった

 まるで家畜のような扱いだった

 いや

 家畜以下、だった

 常に両手足を縛られて拘束されて、日夜監視された

 猿ぐつわを噛まされていたから、舌を噛んで死ぬこともできなかった

 食べるのをやめて抵抗した時期もあった

 無意味だった

 猿ぐつわの隙間から管のようなものを喉の奥に通されて、水で溶いた米を無理矢理胃の
中に流し込まれた

 いくら吐き出しても、何度も飲まされた

 死にたかった

 だけど

 そんな気持ちは、体力と気力の衰えに比例して薄れていった

 人間ってなかなか死なないな、って

 ただ漠然とそんな風に思ったことを、覚えている



 ◇ ◆ ◇



 私は身ごもった

 当然、父親なんてわからない

 おぞましかった

 私の中から産まれてくるのは、人間じゃなくて、

 魑魅魍魎ではないかとさえ思った



 ◇ ◆ ◇



 心身ともにずたずたにされていた私には

 死ぬことも、生きることも、どうでもよくなっていた



 ◇ ◆ ◇



 ある日、監視役の男から、母さんが倒れたことを知らされた

 神事を行うことができる人間がいなくなってしまう

 それを恐れたあのクズどもは言った

 今まで済まなかった、と

 私は思わず笑ってしまった

 自分たちが私に対して何をしてきたのか、お構いなしで言える無神経さに

 助けてくれ?

 私の嘆きや叫びには聞く耳持たなかったお前たちを、なんで私が助けてやらなきゃいけ
ないんだって、言ってやった

 あいつらは子どもを身ごもっていた私に酷いことをしたり、殺すわけにはいかなかった
から

 それに、別に死んでもよかった

 生に対する執着など微塵もなかった



 ◇ ◆ ◇



 私はその場の思いつきで5人の名前を言った

 監禁されていた私に対して特に酷いことをした5人の名前を伝えて、そいつらを殺して
くれたら、もう逃げないし月使を継いでもいいと言った

 もちろん嘘

 でも

 半日もしないうちに5人の死体が目の前に積み重ねられた



 ◇ ◆ ◇



 母さんに会うことができた

 山の中腹に新しく建てられた家に帰ることも叶った

 多少の監視つきだったけれど

 私はようやく自由を取り戻した



 ◇ ◆ ◇



 毎日、母さんの看病をして過ごした

 私は母さんのことが好きだったし、尊敬していた

 私はその頃、臨月を迎えていた

 やがて

 詠が生まれた



 ◇ ◆ ◇



 子どもの父親のことは、聞かれなかった

 母さんは純粋に

 私の子どもの誕生を喜んでいた



 ◇ ◆ ◇



 詠(よみ)という名前は

 母さんと二人で色々と案を出し合って、決めた

 呼びやすく

 とても優しくて響きのいい名前だと思う



 ◇ ◆ ◇



 詠の産声を聞いた瞬間──

 もしかしたら、私も、こうして生まれたのかもしれないと思った

 私はお父さんの名前を知らない…

 この子と同じ…



 ◇ ◆ ◇



 私は月使を継ぎ、間もなく母さんは息を引き取った

 私の出生のことは

 結局最後まで聞けなかった



 ◇ ◆ ◇



 あの人の子と思い、私は詠を育てた

 わかっていた

 あの人の子どもである筈がないと

 でも、似ていたのだ

 信じられないことだけど、本当に、詠は、あの人の面影を持っていた

 私は詠の、私に向けるその無垢で温かい眼差しに

 癒されていった

 村人に対する憎しみは徐々に胸の奥底に沈んでいった



 ◇ ◆ ◇



 村のやつらは、神事をそつなくこなす私に安心した様子だった

 神事を行うことができるのが私だけとなり

 腫れ物に触るように接してくる村人

 実質、村の実権は、私が握ることになった

 そうなってしまうと、何不自由なく暮らすことができた

 詠の成長が私の新たな生きがいになっていた

 さらにもうひとつ嬉しい出来事があった

 妹が村に帰ってきたのだ



 ◇ ◆ ◇



 10年ぶりに会った妹は

 背も伸びてひどく痩せていたけど、

 それは確かに

 あの日、一緒に村を出た私の大切な妹だった

 そして娘の沙夜と妹の夫

 沙夜は詠と年が近いこともあって

 よい遊び相手になってくれた

 妹の夫は、とても明るくよく笑う人だった

 詠と二人きりだった私に、急に家族が増えたような気がした

 まもなく彩が生まれ

 私の周りはさらに賑やかになった

 少しずつだったけれど

 幸福だと感じることができる日が増えていった



 ◇ ◆ ◇



 私は、

 復讐なんてやめよう

 運命を享受しよう、と

 この時、本当にそう思った



 ◇ ◆ ◇



 呪いの進行を抑える手段を妹が教えてくれた

 方法は、村のやつらには言うつもりはない

 詠は

 いつの日か私のように外の世界に憧れるのだろうか

 もしそのときが来るのなら…



 ◇ ◆ ◇



 村のやつらは

 私の思いを踏みにじり、また、私のことを傷つけた

 あいつらは、妹たちに嫌がらせをするようになった

 具体的になにがあったのか妹は話してくれなかったけれど

 それは限度を超えていたに違いない

 妹たちは

 まったく神社に来なくなった



 ◇ ◆ ◇



 この件に関しては、

 村のやつらは私の言うことを無視し続けた



 ◇ ◆ ◇



 許せなかった

 詠はとても寂しがっていた

 私に隠れて妹のところに遊びに行ったこともあったけれど

 泣きながらいつも帰ってきた



 ◇ ◆ ◇



 妹たちが神社に来なくなってから一ヶ月が経った頃、

 妹の夫が神社にやってきて、彩の出生届を出すために、一時的に村から出たいと言った

 必ず帰ってきます、そう熱心に言い、

 彼の祖母は産婦人科医で、その人に頼めばこんな形でも届を出すことができると思うと、
嬉しそうに私に話してくれた

 私は村の外に出ることを許可した



 ◇ ◆ ◇



 一週間後、

 彼は確かに帰ってきた

 しかし

 その表情から感情や熱は失われていた

 私は死体のわき腹に刺し傷があるのを見つけた

 この瞬間、だ

 私の眠っていた憎悪が目を覚ましたのは



 ◇ ◆ ◇



 川原で死体を見つけたという村の男を言及すると

 発見したときには生きていたが

 自分が殺したと白状した

 そうするに至った理由を問うと

 災いだとか汚れだとか、聞くに耐えない言葉が返ってきた

 こいつらは

 平気で人を殺し

 傷つけ

 それが正当性を冠していると、心底、信じ込んでいるのだ



 ◇ ◆ ◇



 時の経つのは早い

 いくつか大きな出来事があった

 妹の死

 彩と沙夜は、二人で暮らすことを望んだ

 村人が何人か呪いで死に

 詠は成長し

 いつしか私の背丈を超えていた

 私は、

 あとどれくらい生きていられるのだろうか



 ◇ ◆ ◇



 神事の準備で忙しかったせいで

 黒川葉子という女の子のことは、詠に任せていた

 ただ何点か、

 神社の外には一人で出てはいけないとか

 注意を促した

 彼女は一週間ほど村にいて

 神事を見て

 自分の死期を知り

 丁寧に私に挨拶をして帰っていった

 数日が経ち、

 彼女は川に身を投げて村にたどり着いたのだと

 詠から聞いた



 ◇ ◆ ◇



 私は待っていた

 準備はすでに整っていた

 あとは、

 実行に移す機会を待つだけだ



 ◇ ◆ ◇



 詠と沙夜と彩

 私の大切な家族たち

 村のやつらには指一本触らせない

 誰にも傷つけさせやしない

 沙夜を神事に参加させることができないのは可哀想だけど

 神主である私の、村に対する忠誠心を見せるためだ

 仕方ないことだと割り切ることにする



 ◇ ◆ ◇



 雪が降っていた

 桜の季節に雪が降るのは、珍しいことだ

 私は、

 御神木の供物を確認しに行った詠の帰りが遅いのを心配して、外に出た

 雪の上に倒れている詠を見つけ

 冷たく重い身体を背負って、急いで神社に戻った

 気がつかなかった

 すぐそばに、もうひとり人間が倒れていたなんて…



 ◇ ◆ ◇



 桜居宏則という青年にようやく会うことができた

 どこか私のことを警戒しているように見えた

 私の話をどこまで信じてくれただろうか

 勘の良さそうな子なので、いくつかの嘘は見破られたかもしれない

 しっかりした子だ

 詠たちと打ち解けている理由もわかる

 でも、一度会っただけで信用してしまうのは禁物だ

 もう少し様子を見てから決めようと思う



 ◇ ◆ ◇



 千載一遇の機会かもしれない



 ◇ ◆ ◇



 考えている時間はない



 ◇ ◆ ◇



 沙夜に嘘をついてしまった

 しかし

 これくらい言わないと沙夜は決断できなかっただろう

 村を出る二人に

 幸せな未来が待っていますように



 ◇ ◆ ◇



 詠は村を出ないと言った

 ひとり残される私のことを心配しているのだ

 私には構わず、村を出て欲しい

 私は

 あの人のもとに行くつもりなのだから



 ◇ ◆ ◇



 私は何をしているのだろう

 過去のことを忘れて

 すべてを心の奥に押し込めて

 そのまま押さえ込んでしまえば

 私は詠たちと

 ささやかな日々を送れたかもしれない


 そう思うこともある


 だが違う

 そんな風に思ってはならない

 私がいるから

 村のやつらは詠たちに手出しができないのだ

 私がいなくなったら

 詠たちは、あの時の私のように…

 そんなことはさせない



 ◇ ◆ ◇



 詠は私の説得に応じてくれない



 ◇ ◆ ◇



 すべてを話すべきだろうか



 ◇ ◆ ◇



 沙夜と彩たちが村を出てしまった

 時間がない



 ◇ ◆ ◇



 醜く歪んだ本当の私の姿を

 詠には見られたくない



 ◇ ◆ ◇



 妹は許してくれるだろうか

 母さんは許してくれるだろうか

 あの人は、私のことを許してくれるだろうか










【戻る】